白井健三 内村を本気にさせたスーパー中学生
- 2011/11/06(日) 19:02:46
前人未到の世界選手権個人総合3連覇を果たした内村航平が全日本選手権の床で本気になった。世界チャンピオン、ミスターパーフェクトを本気にさせたのはなんと中学生だった。
白井健三。横浜市の市立中学校に通う中学3年生だ。
報道陣に囲まれて丸刈りの頭をかきながらはにかむ姿はまさに中学生だった。
そんな中学生の白井健三がなんと95年大会のあん馬で鹿島丈博が優勝して以来16年ぶりに中学生が決勝に進んだ。しかも世界チャンピオン内村航平に次ぐ2位で!さらに驚くのは技の難易度を表すDスコアが内村を上回る6.9を叩き出したのだ。白井健三のD得点を聞いた内村に「すごいね」と驚かれ、「でも僕は決勝では7・2点」とクールな世界王者を本気モードにさせた。
決勝でも堂々とした動きを見せてくれた。後方宙返り3回半ひねりで入った最初のシリーズから着地をピタッと止めて場内の空気を自分の物した。3歳からはじめたトランポリンで体幹を鍛えられバランス感覚にも長けた逸材は予選を上回る15.650を叩き出したのだ。
内村航平には及ばなかったもののそれでも床のスペシャリストとして十二分に世界に通用するであろう頼もしい存在に成長していくだろう。
まだまだのびしろたっぷりの逸材に期待が膨らむばかりである。
稲倉大輝 熊本国府高校
- 2011/10/23(日) 15:38:56
まもなく開催されるプロ野球のドラフト会議に指名されるであろう中央球界では無名だが九州では有名なスラッガーがいるので紹介したい。
熊本国府高校の3年生、稲倉大輝だ。
その甘いマスクとは裏腹に実に派手なバッティングを見せてくれる期待のスラッガーである。腕っぷしが強く腕力でボールを飛ばすような強引な打撃だが実にその打撃はパワフルだ。
引き手が強く、腕っぷしの強さで打つような荒っぽい打撃のように見えるがそれでも強引に引っ張るだけでなく右方向にも強い打球が飛ばせるのが魅力である。
スクエアスタンスで打席に立ちどっしりと腰が座りそれでいてリラックスして構え、懐の広さが魅力だ。
そういった余裕のある雰囲気が投手にはなんとも不気味で恐怖感を与えボールをギリギリまで引きつけて打つ典型的な長距離打者で足もカカトを浮かせるのみであとは降ろすと言うシンプルなスタイル。
現段階の弱点として打撃の「間」と言うものがないのでどうしても打てる球は限られてしまいます。プロの投手相手に即、一軍で通用するとは思えないがそれにしても荒削りで魅力的な選手である。
ただ踏み込んだ足下は鍛えられた筋力で支えられインパクトの際にもブレず、そのためしっかり捉えた球は打ち損じも少ないですし、しっかり力をバットに伝えることができます。
いち早くトップの位置にはグリップを持ってきているので、速い球に差し込まれるという心配は少ないです。ただ少しバットが遠回りに出てくるので、どうしてもスイングに無駄が生じる。ただその分少しポイントは後ろになるが大きな弧を描いてスイングは本当にほれぼれする。
捉えた打球は実に強烈で体に力がある証拠なのだろう。
特に上下に大きく動かないので目線もブレませんし体の開きも我慢でき軸足にも強さを感じます。腰が据わり軸がしっかりしたスイングができています。
ギリギリまで引きつけて、大きな弧を描いたスイングが魅力の選手。
それだけに、このあたりを修正すると、持ち味を失いかねないが上のレベルで野球を続ける際に、今のスイングだと大きな壁にぶつかるだろう。まずは、今のスタイルでどこまでやれるのか、己の限界に挑んで欲しいと願う。
熊本国府高校の3年生、稲倉大輝
この名前を覚えておいてもらいたい
「オレ流」監督の底力 中日ドラゴンズ悲願のセリーグ連覇
- 2011/10/19(水) 18:38:26
中日が球団史上初のセリーグ連覇で幕を閉じた。ヤクルトの快進撃の前に幾度となく沈みかけた知将落合率いる中日ドラゴンズが最後の最後にペナントをもぎ取ったのだ。
「オレ流」
現役時代から落合に付けられた愛称である。マスコミに対してリップサービスが少なくぶっきらぼう!勝利至上主義で野球がつまらない!など批判は多いがそんな声を完全にシャットアウトして「勝利」のみを目指す姿勢こそが真の「オレ流」なのだろう。
それでも落合監督は監督就任当初から「ファンサービスが足りない。野球がつまらない。」と囁かれる外野の声に自問自答を重ねてきた。「いろいろ言われることには慣れてる。ただ、オレは現場を預かる最高責任者として、何ができるかを考えたら、勝つことしかないんだ。勝って気持ちよく家に帰ってもらう。それが一番のファンサービスだろ」。何を言われようと、オレ流を貫いたのだ。
落合監督の本当の「オレ流」はその野球に対する類まれな洞察力にある。
ブランコの起用の仕方がその典型的といえるだろう。
開幕から飛ばない統一球の影響からか極度の不振にあえぐブランコを、落合監督は6月4日から約2カ月間の長きにわたって二軍に落とした。
チーム状態が決して良かったわけではない。むしろどん底だった状態のときに4番を早々と切ったのだ。
しかし、落合監督の視線は、先にあった。6月の当時、抜け出していたのは優勝経験のある選手が少ないヤクルトだった。しかも開幕が約2週間遅れた今季は9月以降にも35試合以上の試合を残している。じっくりとそこに向けて調整させたのだ。2カ月のキャンプで作り直させて、勝負どころで切り札として投入した。
8月30日に再び一軍に上がったブランコを、迷うことなく4番で起用した。そしてこの4番が機能したことが、中日のラストスパートにつながっている。
プロでも簡単に見抜けない野球の奥深さや怖さを熟知する。
これがオレ流監督のすごさである。
彼我のチーム力や、選手個々の状態と持っているポテンシャルを見極める力、試合の流れを読んで勝利への道を探す探求力、そして144試合という長丁場を踏まえた上でシーズンを展望して優勝への道筋を築くコンストラクション力……。この監督は表面的には見えない、プロでもなかなか見抜けない、野球の奥深さや怖さを見抜く力に長けている。その洞察力にかけては、12球団の監督の中でもトップクラスにあることは間違いない。
そんな知将が宙に舞った。無数の手に突き上げられ、万感の思いがこみ上げた胴上げだったのだろう珍しく涙が止まらない。今期限りの勇退が決まっている「オレ流」監督は悲願の日本一をもぎ取ってドラゴンズと決別するのだろう!
「オレ流」監督の短期シリーズの采配に期待してやまない
オールブラックス 事実上の決勝戦を制する
- 2011/10/17(月) 16:52:12
地元開催で悲願の優勝を目指すオールブラックス。言わずと知れたラグビーのニュージーランド代表のことである。
ラグビーワールドカップ準決勝の相手は宿敵・オーストラリア。通称ワラビーズ。ホームのオールブラックスが圧倒的優位とはいえ事実上の決勝戦である。
観衆は軽く6万人を超えている。満員に膨れ上がったスタンドの大声援を受け、すさまじいラッシュをかけたのはやはりオールブラックスだった。相手のキックオフミスからの最初のスクラムで強烈にプッシュし早々に先制トライを決めた。その後も圧倒的にボールを支配し攻め続けた80分間。ワラビーズに一切ラグビーをさせなかった。ボールを持てば低くスマッシュし、相手ボールになれば、鋭いタックルで突き刺さし攻撃の芽を摘んだ。
地元開催で優勝が至上命題のフットボール大国のニュージーランド。オールブラックスにかかる期待とプレッシャーは相当なものだったはずだ。しかし今大会はけが人が続出した。大黒柱のSOカーターに次ぎFBムリアイナが戦線離脱しピンチに陥った。
チームがコンパクトに集散を繰り返し、15人の寄りの早さは凄みすら感じた。正確なハンドリング、突き刺さるような魂のこもったタックル、数少ないピンチの場面でもFW、BKが一体になり守備に奮闘し最小限の失点で霧に抜けるた。過去140戦以上戦っているライバル・ワラビーズとの力の差は大きくないが随所に見せる気迫に満ちたプレーの積み重ねが20−6という予想外の大差のスコアとなった。
「An ALL BLACKS NIGHT!!」
6万人が連呼した。
キャプテンのマコウは試合後「ボールキャリアとブレイクダウンがゲームのカギだった。そこで勝った。"ビッグ・ナイト"になった」と胸を張った。
まさにビッグナイトな試合だった。
悲願のチャンピオン返り咲きまでマジック1。相手はくしくも24年前の初優勝を遂げた時と同じフランス。前評判は圧倒的にオールブラックスであろうが真の「An ALL BLACKS NIGHT!!」まで油断大敵である。
東京世界体操選手権 男子団体決勝
- 2011/10/16(日) 13:32:40
前人未到の個人総合3連覇がかかる東京世界体操選手権。日本のエース内村航平は大会前は事あるごとに個人総合の事よりも「団体」の金メダル獲得に意欲を見せていた。団体で掴んだ金メダルの重さの事はアテネオリンピックをテレビで見て感動を覚えたあの日から、塚原を含め富田や鹿島といった大先輩から伝え聞いている。
あの感動は内村の心を大きく揺さぶった。とくに最後のエース冨田の鉄棒は忘れられないという。最後の最後まで「綺麗な体操」を魅せた冨田は落下の危険を考え離れ業コバチを回避する作戦を無視して自分の体操を貫いた。
その先にあったものは悲願の金メダルと体操ニッポンの夜明けだった。期待された北京は小さなミスが重なり中国に完敗した。これを機に冨田・鹿島の2大エースはチームを離れた。内村はエースに成長し個人総合の世界チャンピオンの称号まで手にした。
そんな内村に課せられたノルマはただ一つ!団体の金メダル!これだけだ。
33年ぶりの悲願は真の体操ニッポン復活を告げる事を内村は誰よりも知っている。
予選をトップで通過した日本。だが得点システムが異なる決勝は各種目のスペシャリストが集まる中国有利の声はぬぐえない。
内村をはじめ山室、田中と得手不得手はあるものの比較的オールラウンダーを集めた日本に対し中国は各種目のスぺシャリストを選び結晶の一発勝負にかけていたのだ。
ミスの許されない団体戦で日本はあん馬で落下した。中国も小さなミスはあったものの安定感では一歩リードしていた。この安定感から精神的余裕を生み徐々に王者・中国は日本を追い詰めていく。神経戦が展開されていた中盤から後半にかけて日本チームから笑顔が消え確実に追い詰められていたのは圧倒的な応援を受けて優位なはずのホーム・日本だった。
最後の6種目目。ここまで全体の2位の日本は高得点が見込める日本。対するここまでトップのライバル中国は体力的に辛さがあり最終種目としては不利と言われる床。
会場内は「金メダル」の期待が現実味を帯びボルテージが上がってきた。
会場の視線が鉄棒に集まる中、会場の中央の床上では華麗な大技が連発されまるでマグネットを履いているかのようにピタッと着地が止まり続ける。これが世界の中国の底力なのだ!と言わんばかりに床のスペシャリスト達はF難度のルドルフを成功させ最終種目と思わせない脚力で着地をとめていくのだ。
中国から受ける無言のプレッシャー!それでも会場から高まる期待!
日本チームからは悲壮感すら感じさせた。完全に飲み込まれた日本は2番手で田中がまさかの落下。この時点で最終演技者の内村と中国の差は16点以上。期待が膨らむファンの声援とは裏腹に完璧な演技をしても届かない事を内村はそして日本チームの全員が知っていた。
誰よりも内村自身がノルマに上げた団体の金メダル!演技前に悲願がかなわなかった残酷な瞬間である。
内村の集中力は途切れていたことは明白だった。あのアテネで魅せた冨田と同じコバチに挑むも落下してしまったのだ。会場から悲鳴が上がる。内村にとってこの「悲鳴」がどれだけ辛かったことだろう。
辛うじて銀メダルは守ったものの内村は「こんな姿しか見せれなくて申し訳ない・・・」と唇を噛んだ。
これが世界なのだ。完全アウェー感のあったはずの中国は最後の最後で地力をみせてくれた。これが5連覇の貫録と強さなのだ。
この雪辱はロンドンオリンピックで晴らすしかない。体操ニッポンの完全復活は来年までお預けである。
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土井健大
- 2011/07/16(土) 09:00:00
オリックスの顔にと成長しつつあるT−岡田を人は『浪速のゴジラ』と呼ぶ。大阪の名門・履正社高校出身でオリックスへ進んだ経歴までは同じで『浪速のミニラ』と異名をとった一人のキャッチャーがいる事をご存じだろうか?
岡田に比べサイズは一回り小さいが岡田以上に速い球を叩くことや強い打球を飛ばすことでは岡田のポテンシャルをしのぐ逸材であったはずだ。
そう横浜に住む野球ファンに言われ高校時代のVTRを見返してみた。
当時大阪には高校NO,1左腕と呼ばれた辻内(現・巨人)がいた。
左バッターとはいえ辻内相手に完全に腰が引けスピードに対応できていない岡田に対して土井はしっかりと対応していた。インコースに入ってくるボールをしっかりと見切りライト方向にクリーンヒットしたセンスに非凡なものを感じた。
高卒キャッチャーの育成はチーム方針でどうにでも変わってしまう。長い目で見て育てるだけの時間とチーム力があればいいのだが無いチームは秀でたバッティングセンスだけを取り上げキャッチャー育成にはスグに見切りをつけファーストや外野にコンバートしてしまう傾向がある。
ちょっと小太りタイプの昔ながらの捕手と言った感じの土井もそんなチーム事情からか入団してスグにファースト点功を命じられてしまう。捕手としても中々の力量の持ち主だっただけに今思えば残念でならない。
配球に関しては時折セオリーから逸脱し痛打を浴びるシーンを見るがこれは結果論であり、その配球で抑えたら「斬新だ」とか「裏の裏をかく天才」と評されていたと思うのでここでは触れないようにしておこう。
スローイングスピードも実際に生で見た訳でなくあくまでVTR上の計測だが2秒前後で高校レベルではトップクラスだがプロの世界では普通ぐらいではないだろうか。肝心の肩の強さもプロの世界では並である。
そう思うとオリックス球団のキャッチャーへの見切りは間違っていなかったのかもしれない。
そうなれば後はバッティングで開花するしかなかったのだが・・・
独特のフォームから重心がグッと沈ませ踏み込んで来るので、多少上下に頭が動く悪癖がある。但しこのフォームが岡田をしのぐ土井独特の打球の強さを生みだしているのだから良い癖でもあるのは事実である。
むしろ修正しないといけないのは身体の開きが早いのと軸足の形が前に崩れて身体が前に突っ込み気味の所だ。
T-岡田よりも強い打球を飛ばせる要素が詰まったフォームであるがその反面、足を高くあげても全く軸がブレなかったT−岡田に比べると土井の動きには波がある。というか有りすぎる気がする。
そういう面が修正されないまま昨年、とうとうオリックスを戦力外になってしまった。これがプロの世界なんだ。
「捨てる神いれば拾う神あり」
土井のチームへの忠誠心、2軍戦とはいえ大きな声を上げベンチを鼓舞するハッスルさを買った人がいた。
巨人の2軍監督を務める川相の目にとまった。「2軍戦であんなに声を上げベンチを盛り上げる選手はいない」とそのハートに目をつけ育成枠での獲得を球団に直訴したらしい。川相監督の熱いラブコールに応える日がいつか来るだろう。
オリックスでは花が咲かなかったが巨人の育成枠からもう一度這い上がってきてもらいたい。
土井健大。いつか東京ドームで会おう。
メッシそしてバルセロナ CL決勝より
- 2011/06/02(木) 01:16:44
イングランドサッカーの生き字引アレックス・サー・ファーガソンですら「完敗だ。それ以外に形容の方法がないほどの完敗だった。もっとやれると思っていたが、相手の力量が上だったということ。至ってシンプルなことだ」と完敗をいとも簡単に認めた夜だった。
マンチェスター・ユナイテッドvsバルセロナ。今季好調同志のチームのガチンコ対決。場所はイングランドサッカーの聖地ウェンブリースタジアム。条件といい対戦カードといい最高の決勝戦のはずだったが、蓋を開けてみればバルセロナの引き立て役に終わったマンチェスターUだった。
「63%」というボール支配率におけるバルサの優位性は戦前の予想どおりだったもののバルサの「12」に対してユナイテッドが「1」という枠内シュート数が示すとおりファーガソンの予想以上にバルサは強すぎた。
マンチェスターUのチーム戦略が機能したのは試合開始から10分が経過するころまでだった。得点の起点となりチームの攻撃に欠かせないはずのナニをベンチスタートさせパク・チソンをメッシにマークさせ前線のルーニーまでもが中盤のプレスに加わりメッシはもちろんの事、イニエスタにも全くスペースと自由を与えない。
しかし、その流れも長くは続かなかった。次第に生まれ始めた中盤のスペースとそのスペースを効果的に利用する意識と目的をしっかりと共有できているバルサの選手達。
ベテラン揃いでチーム戦略も熟知していたはずのマンチェスターディフェンス陣にほころびが出始めた。ほころびと言うよりはメッシ率いるバルサの攻撃陣がしっかりディフェンス網を読み切ったといっていいだろう。
27分、バルサがあっさり先制点を奪う。シャビのスルーパスに抜け出したペドロが右足を振り抜いた。シャビのスルーパスもイニエスタがおとりになった瞬間に中央をメッシが駆け上がる。慌てたマンチェスターUのディフェンス陣が2枚メッシについたところを後ろから駆け上がったペドロへラストパスが通ったのだ。攻撃陣がイメージを共有していたからこその1点だった。
「メッシは私が今まで見てきた中でのベストプレーヤーだ。もしかしたら、サッカー史上最高のプレーヤーかもしれない。彼は違いを作れる、唯一無二の存在だ。」監督のグアルディオラは誇らしげにメッシの肩を抱いた。
アルゼンチンが生んだ169cmの天才の活躍に誰もが舌を巻いた。
身も蓋もない話だが、今のバルサを破るには、リオネル・メッシを奪うほかに術はないのかもしれない。そんな事を言われるほどの輝きを魅せるメッシ。
今のバルセロナは強い。しかし、それはチームとしての戦術とメッシという別格の存在がバランス良くマッチして生まれる強さでもあると思う。バルサ勢を多数擁するスペイン代表が、バルサほどの破壊力を秘めていない点もそれを裏付けるのではないだろうか。
クラブ史上最強とも言われる今のバルサを破るヒントは、今夜マンチェスターUが開始10分だけ見せ機能した戦術しかない様に思う。最終ラインと中盤の選手がスペースを埋め積極的なプレッシャーをかけ続けボールを奪ったら素早く攻撃へと展開。堅守からのカウンターという“至ってシンプルなプラン”だ。
しかし、このプランを全メンバーの共通理解の下で徹底し続けることは案外に難しい。
経験豊富なマンチェスターUでさえバルサ相手に10分しか機能しなかった。
美しくそして強すぎるバルサを倒すチームは出てくるのだろうか?少なくともメッシが健在である今は無理であろう。そんなため息交じりの言葉が飛び交いそうなほど今夜のバルセロナは強すぎた。
中島裕之
- 2011/05/29(日) 15:33:47
西武ライオンズの浮沈はこの人に懸っているといっても過言ではないだろう。あのイチロー、松坂大輔をもってしても「天才」と言わしめた逸材。
西武ライオンズの英雄清原和博がつけていた背番号「3」を引き継ぎさらに大きくした男。中島裕之。
兵庫県伊丹市出身の中島は名門報徳学園からの誘いを蹴って(正確には受験失敗)地元の無名校に進学した。高校通算43本の本塁打を放った無名校の天才が西武のスカウトに目にとまり入団して10年がたった。高校まで投手と外野手。プロに入って内野の要ショートにコンバートされたのだ。北京オリンピックやWBCも経験した今や日本球界きっての名プレイヤーに君臨している。
走塁では一塁到達タイムは5秒台が多く、良くて4.25秒と速くはないがベースランニングは上手く、三塁打時には12秒台前半を記録する。このスピードにはイチローも驚きメジャー関係者も注目している。守備面では肩が強くコントロールもよく送球だけはメジャークラスだが失策が多すぎるのが玉にきずである。それ以上のバッティングを見せているので目立ちはしないが実はリーグ失策王を何度も獲得してしまっている・・・。
そんな中島がバッティングではまた一段高い頂きに上った。
空振りにも高度な空振りがある。
5月28日のヤクルト戦で見せたヤクルトの技巧派左腕石川から放ったホームランに注目したい。
この日の第3打席。前打席で凡退した石川の勝負球カットボールとほぼ同じ軌道の内角高め直球をわざと空振りし、石川らしい配球で追い込み満を持して投げた勝負球の外角球をスタンドまで軽々と運んだ。天性の感覚と究極のバットコントロールから生まれた一発でありそこに読みと技が加わった究極のホームランと言っても過言ではないだろう。
一流のバッターがタイミングが合わずに見逃すことはあっても、スイングの途中でバットの軌道を変えることは容易ではない。それを平然とやってのける。右打者の中島が、5年連続で打率3割をクリアしている理由は、自在にバットを操る非凡な技術にあるのかもしれない。
「前の打席で同じような軌道だったので、(バットに)当てたら嫌だなと思ってわざと空振りしました」。
全打席で初球の内角高め135キロカットボールに手を出し、詰まって凡打となった。6回の初球も同じく内角高め、カット気味の136キロ直球。瞬時に球の軌道を察知し、前の打席と同じ凡打を回避するために空振りし、次のチャンスを得た。いうなればホームランを打つ布石となった空振りと言うことになる。
「内角直球と、外寄りの浮いたシンカー。その間の球なら全部打とうと思っていました。僕はベースから離れて立っているので、踏み込んで行きました」。内角への意識を持ちながら、外角球を引っ張る技術とバットコントロール。中島にしか打てないホームランに好投手石川もヤクルトバッテリー、ベンチも言葉を失った事だろう。
空振りにも高度な空振りがある。
中島裕之。来季こそメジャーリーガーであろう
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ローリー・マキロイ オーガスタの魔物に出会った男
- 2011/04/29(金) 23:51:51
オーガスタの神が笑ったのは北アイルランドの若き至宝、21歳のローリー・マキロイではなかった。
3日目を終えローリー・マキロイが2位グループに4打差をつける12アンダー。最終日が始まる前まではこの北アイルランドの若き至宝の優勝が濃厚と誰もが思ったはずだ。「オーガスタはそう簡単ではない」と若きチャンピオンの誕生に待ったをかけたファンですらすくなくともマキロイを軸に優勝争いが繰り広げられると考えていただろう。
今年のマスターズもまた終盤に波乱が待っていた。
まずは復活を期すミスター・オーガスタ、タイガー・ウッズが前半から猛チャージをかけアウトで31という驚異的なハイスコアをマーク。最終日スタート時にあった首位マキロイとの7打差はいつの間にかなくなっていた。そればかりかマキロイがバックナインにさしかかった時1打差の10アンダーに4、5人がひしめく大混戦になっていた。
そしてマキロイ自身も「何が起きたのか解らなかった」という10番での大乱調。左に引っ掛けた第1打が木に当たりトラブルになるとこのホールでトリプルボギーを叩き一気に8アンダーまでスコアを下げてしまった。完全に冷静さを失ったマキロイ。案の定もう修正が利かなくなっていた。続く11番でボギー、12番ではダブルボギーを叩いて完全に自滅してしまった。
これがマスターズなのだ。これがオーガスタなのだ。
マキロイは失意の中で「確かに失望したけれど、63ホールまでは完璧だった。優勝するために何度もこういう経験が必要だと思うしかない」と涙を流した。
ローリー・マキロイ。
彼は天才である。近い将来きっと世界のゴルフ界を牽引していく男であることは間違いない。
そんな天才に与えた試練。それがオーガスタの洗礼である。
「オーガスタには魔物が住みついている。」
誰かが言った言葉である。
「本当に魔物がいたんだ。僕は幸せかもしれない。世界中のゴルファーの中で魔物に出会った数少ないプレイヤーになれたのだから」
オーガスタの魔物に出会ってしまった天才の今後が楽しみである。
羽生結弦
- 2011/03/29(火) 23:30:53
男子フィギュア界にまた一人新星が現れた。高橋大輔、織田信成、小塚崇彦。日本男子三羽ガラスと呼ばれ誰もが世界一を目指せるポテンシャルを秘めている。そんな中で生まれた新星が今日の主役、羽生結弦である。
四大陸選手権で大会史上、男子シングルでは最年少で銀メダルを獲得したのだ。高橋、織田、小塚ら世界選手権出場組が調整段階とはいえ完璧な演技で獲得した銀メダルの価値は本物であろう。
「驚きました」
大会を振り返っての当人のコメント以上に観る者が驚かされ演技にわくわくした。
16歳の羽生結弦は昨シーズン、ジュニアグランプリ(GP)ファイナルで小塚崇彦以来2人目世界ジュニア選手権では高橋大輔、織田信成、小塚に続く4人目の優勝を遂げ今シーズンからシニア参戦を果たした。
デビュー戦となったNHK杯で4位と上々の滑り出しを見せた羽生はロシアでのGPこそ7位にとどまったものの全日本選手権で4位と健闘し四大陸選手権で表彰台に上ったのである。
今後、体の成長が柔軟性などにどんな影響を及ぼすか心配ではあるがそこはたぐいまれな身体能力で是非克服してもらいたい。
シニア参戦1年目で残した成績はもちろんの事だがシニアの舞台でも際立った個性を持つことを示したところに誰よりも将来性を感じさせる。
図抜けた柔軟性をいかし女子の技といってよいビールマンスピンを取り入れるなどしたプログラムはジャンプ全盛の男子フィギュア界で異彩を放つ。誰よりもバランスが取れそれでいて華のある演技力で国内のみならず海外でも観客の目をひいた。
柔軟性ばかりではない。
羽生結弦は四大陸選手権出場選手の中でただ一人4回転ジャンプを成功させた。男子では十分な筋力をつけて習得するケースが多いのにほっそりした体型にもかかわらず成功させたポテンシャルの高さは大きな驚きに値する。
反面、課題もはっきりした。
フリーの演技時間はジュニア時代と比べ30秒長いがスタミナ面で対応し切れていないように見受けられる。こうした課題はあっても、十分以上に存在感と可能性を示した活躍は近年、好成績を残してきた日本男子の次代の担い手が現れたことを告げるには十分すぎるパフォーマンスであった。
ジャンプだけをを武器に世界水準まで台頭する選手の多かった日本男子フィギュア陣の中では珍しいタイプの若武者は大きな存在感を感じさせると共に世界を制する日がきっと来る事を予感させるのにも十分だ。
羽生結弦
是非、覚えておいて頂きたい。
ガリー・ネヴィル
- 2011/02/26(土) 17:04:28
イングランドが生んだ現代サッカーの常識、攻撃的サイドバックの先駆者でもあったガリー・ネヴィルが静かにピッチを後にした。
元イングランド代表でマンチェスター・ユナイテッドの元主将だったガリー・ネビルが突然現役引退を発表したのである。
今年35歳のネビルは「私は生涯マンUのファンだ。描いていたすべての夢をかなえた。選手として終えることはとても残念だが、みんなが経験すること。私にその日が来たということだ」と談話を残した。
マンチェスター・ユナイテッドのユースアカデミー出身で同期にデイヴィッド・ベッカムやライアン・ギグスやスコールズといったマンチェスターの黄金期を支えた一員で特に花形スターのベッカムを陰で支えた功労者であり、サッカー関係者は口を揃えてベッカムが輝けるのはネヴィルのお陰と評する。
ベッカム自身もユースから右サイドでコンビを組む相性は抜群で「ギャリーは俺の影のような存在」とその存在意義を認めている
疲れを知らずタイミングよく右サイドを一気に前線まで駆け上がる、現在では当たり前になった攻撃的右サイドバックのはしりといっていい。何かあると怒鳴ってチームに気合いを入れるタイプでチームの精神的支柱でもあった。
トップチームでデビューして以来、8度のリーグ優勝に貢献。05年から主将を務め、約20年間で602試合に出場した。レギュラーポジションを獲得して以降、常に安定したパフォーマンスを披露し彼の突出したリーダーシップと普段の生活態度クラブに忠誠を誓ってきた事等を考えるとネヴィルがキャプテンに任命されたのは自然な流れであったろう。 イングランド代表としても2度のワールドカップと3度の欧州選手権に出場するなど通算85試合に出場した。イングランド代表史上最も長い期間代表として活躍した右サイドバックである。
勝った試合でも負けた試合でもミックスゾーンと呼ばれる会見場では多くの選手が素通りするなかガリー・ネヴィルだけは確実に止まって話していた。そんな姿にピッチでは想像もつかない英国紳士の姿を重ねたのは僕だけじゃなかったはずだ。
それにしても安定感抜群で完成度の高い右サイドバックであった。常にインテリジェンスに溢れたハイレベルなディフェンスを披露下かと思えば抜群のタイミングでの攻め上がりから精度の高い右足のクロスを撃ち込むことができ、瞬発力・敏捷性やスピードとも水準程度あり上下動を繰り返す持久力は高いレベルを誇った。
ミスを犯しても引きずらない強靭な精神力を持ちひたすら勤勉にライン際を往復し続ける。
クロスやサイドチェンジなどのスキルは世界有数であり利き足の右足で精度の高いクロスを上げることができる。攻撃の幅を広げるロングレンジのサイドチェンジも精度が高くクロスの種類も豊富であり敵陣浅めの位置からの大きくカーブをかけたアーリークロスからディフェンスラインの裏側に送り込む低くて速いクロスまで持ち合わせていた。
そんなテクニックも豊富でキャプテンシーに長けたガリー・ネヴィルがピッチを去った。少し寂しい気もするが今は心から「お疲れ様」と言いたい。ガリー・ネヴィル。最高の右サイドバックがいた事を僕は忘れない
東九州龍谷の復活!女王のプライド復権
- 2011/01/29(土) 16:16:03
バレーボールの全日本高校選手権(通称:春の高校バレー)が今年から1月開催になりこれで3年生が出場できるようになった。名実ともに高校バレーの頂点を決めるBIGイベントになったという訳である。
「女性バレー界最強」。これが東九州龍谷に課せられた宿命でありもはやキャッチコピーである。
過去にもこのコーナーで書いた事もあるがその強さは時にVリーグのトップチームを破ってしまうほどであり高校女子バレー界では無類の強さを誇っている。
「東九州龍谷高校」
“最強”という東龍の伝統を継承すべき走り出した今季は春高バレーで三連覇を達成した後はインターハイでは準決勝で鹿児島女子に、昨秋の国体は決勝で古川学園に敗退するなど無冠。
女王のプライドは、ズタズタになった。
1年時からレギュラーリベロとして数々のタイトルを手にしてきた将来の日本の守護神・筒井さやかが、当時の選手たちの心情を代弁した。
「先輩が築き上げてきた伝統を崩してしまった。みんなが自分を責めていたし、申し訳ない気持ちでいっぱいでした」と暗くうつむいた。
東九州龍谷バレー=スピードバレー
と言っても過言ではないほど、独自の高速コンビバレースタイルは高校女子バレー界に強く刻まれてきた。「打倒東龍」を掲げ続けた北の女王古川学園も、高さとパワーが圧倒的に勝っているにもかかわらず、その利点を捨ててでも「スピード」を封じるための策を打ち出した。課題として取り組み続け、古川学園がようやくその東龍の壁を破ったのが昨秋の国体だった。
一斉にひかれた「東龍」包囲網。
その網にまんまと引っ掛かった「東龍」。
苦しんだ末に臨んだ今大会。女王のプライドにかけてももう負けられない。
決勝戦、古川の高さとパワーに苦しむも、徐々に自分たちのペースをつかんだ
「スピード」というその最大の強みに、東龍の相原昇監督は変化を命じた。
「今まではただの高速バレー。さらに進化するために、立体化を加えました」スピードを封じこまれたらその次の作戦を練り込む監督もすごいがここ数カ月でその高度な戦術を具現化した選手たち。これが女王のプライドなのだ。
両サイドからのスピードを生かした攻撃にバックアタックを加える。これまでは全日本候補の村田を軸に鍋谷とのWエースとして攻撃陣を支えてきたが鍋谷が打ち、村田が守ると2人の役割を区分。他の選手に対してもアタッカー陣はスパイク決定率を高めるよう無理な勝負はせず、決めるべき時に必ず決めることが課題とされ司令塔セッターの比金には状況判断と正確なトスの提供が命じられた。
もともと身体能力やバレー技術に優れた選手たちとはいえ、その課題克服はたやすいことではない。
特に困難を擁したのが、セッターの比金だった。「求められるトスの高さも質も変わり訳が分からなくなってしまったこともありました」と優勝後のインタビューで胸の内を明かしてくれた。何度も自信を失いそうになる中、「つらい時は(自分に)上げてくれればいいから」と言うエース村田の言葉に励まされ、「三連覇を達成したセッターなんだ」と自らを奮い立たせ覚悟を決めて臨んだ最後の春高。勝つことに加えて自分たちの形を貫くことにこだわり、今できる最高の試合で勝利する事を義務つけられた東龍の司令塔は誰よりも涙を流した。
挫折と苦節を乗り越えた最強東龍が再び女王のプライドを取り戻した春高バレー。東龍の強さがよみがえったと同時に更に東龍包囲網が全国に張り巡らされた事はいうまでもない。
森本稀哲
- 2010/12/02(木) 15:18:29
プロ野球の世界には特に野球に秀でた強者ばかりが集まっている。そんな野球センスにあふれた選手の中でも性格も違えば考え方の違う選手がいる。
森本稀哲。「ひちょり」と言った方がピンとくかもしれない
幼少のころ、髪の毛が抜けて生えなくなる病気にかかり、人知れぬ苦悩を味わった森本だが、今では底抜けの明るさでチームの雰囲気を盛り上げ強いてはプロ野球界きってのエンターティナーである。
44年ぶりに奇跡の日本一の栄冠に輝いた北海道日本ハムファイターズのトップバッターであり守備範囲の広さに地味ではあるが犠打も上手い。足も速く野球センスとしては最高レベルのものを持った選手の一人であるに違いない。
おちゃらけたイメージが先行している森本だが実はいたって真面目な好青年だ。インタビューでも一生懸命誠意を持って答えようとする。しかし、あいまいな質問や、自分の考えと異なる場合には即座に否定する。彼は努力をひけらかしたがらない。「みんなやっているから」とさらりと言ってのけるがその練習量は球界でもトップクラスと言っても過言ではないだろう
そんな森本に影響を与えた選手といえばやはり新庄剛であろう。森本にとって、心をさらけ出せたのは新庄だけだったのではないか。そんあ新庄の助言もあって日本ハムから横浜へFA移籍することが決まった。
「弱いチームをなんとかしたい」
言い換えれば試合に負け続けて下を向いてばかりいる選手をなんとかしたい!という事であろう。
ストイックに練習に取り組む森本の姿勢を見て弱小球団の若手選手たちが何を感じるかが大事であろう。練習を積み重ねたうえで明るくエンターティナーに徹する姿を見て何を感じるのだろうか?
森本稀哲(ひちょり)。
来季の活躍がそして横浜の変貌が今から楽しみである
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澤穂希
- 2010/11/14(日) 20:43:36
澤穂希。
この一人の女子サッカー選手を日本はもっと注目してもいいのではないだろうか?といつも思う。
サッカーは男子が圧倒的人気でワールドカップの予選ですら一喜一憂するのに女子サッカーとなるとなかなか盛り上がらない。
男子が惨敗した北京オリンピックでもベスト4に入りメダルにもう一歩のところまで行った事もあまり知られていないのは悲しい限りだ。
そんな『なでしこジャパン』の中盤で圧倒的な存在感を放つ背番号「10」。15歳の中学3年生から青いユニフォームに袖を通しているまさに日本女子サッカー界の伝説である。
今なおトップレベルのフィジカルとテクニックで日本代表の中心選手として活躍を続ける“なでしこ界のレジェンド”、澤穂希選手。日本人歴代トップのキャップ数を誇る大エースをもっと取り上げてもいいのではないだろうか?
15歳で代表に初招集されアジア女子選手権で初出場すると中学生ながらデビュー戦で4ゴール。以後、五輪(1996年アトランタ、2004アテネ、2008北京)、W杯(1995、1999、2003、2007)などに出場。国際Aマッチ156試合出場は、男子歴代1位の井原正巳氏の122試合を上回る日本人トップである。
海外挑戦したのも澤が最初だったし日本リーグ(Lリーグ)初のプロ契約選手も澤だった。
まさに日本女子サッカー界を一人でひっぱてきた開拓者でありまさに”伝説”である。
類まれな身体能力に加えスピード豊かなドリブルと決定機を確実にものにする世界に通用するFW選手だったがここ最近ではトップ下にウィングにボランチにとマルチにこなすユーティリティープレイヤーとして存在感を見せている。ボール奪取能力と展開力に戦術理解度も高い。足元のテクニックなどどれをとっても世界で通用する選手である。
「苦しい時は私の背中を見なさい」といまや最年長になった代表で若いチームメイトに難しい状況で試合に臨む時や苦しい時に声をかけ強烈なキャプテンシーでチームを鼓舞する。
「苦しい時間帯に、経験のある選手が声をかけて若い選手の気持ちを上げていくのはもちろんですけど、やっぱり口だけじゃなくて、自分がグラウンドで表現していかないとついてこないですよね。『絶対に勝ちたい』という気持ちを前面に出していくというか。勝ちたいという気持ち。絶対に負けたくない。」
このハートの強さも今の男子のフル代表には無い気がしてならない。
現在代表通算75ゴール。これは釜本邦茂持つ代表通算ゴール代録に並んでいる。まだまだ現役でいる以上この記録更新は時間の問題であろう。そして新たな勲章を手に入れる事になるのだろう。
澤穂希。
日本の女子サッカー界をけん引し続ける”伝説”をもっと注目してもらいたい。
ランディ・モス 電撃解雇そして再び
- 2010/11/04(木) 12:43:13
NFLきってのスーパーWRランディ・モスがミネソタ・バイキングスに解雇されウェーバーにかけられテネシー・タイタンズ入団で合意したとニュースが飛び込んできた。
悲願のスーパーボール制覇に向けエースクォーターバック、ブレッド・ファーブとのゴールデンホットラインを形成し注目されたミネソタ・バイキングスだったがそのコンビは不完全燃焼のまま5試合で幕を閉じた。
今年で33歳になったモスは一時の峠を過ぎたとはいえまだまだトップに君臨できるWRである。度々素行の悪さでチームで問題を起こすもののその活躍は今でもリーグトップクラスである。
特に2007年。無敵艦隊と言われたニューイングランド・ペイトリオッツに移籍し、シーズン最多タッチダウンパス捕球記録を更新する23本のTDパスを捕球する新記録を達成し更なる高みに上り詰めたリーグきってのスーパープレイヤーである。
ランディ・モス自身のプロのキャリアをスタートさせたミネソタ・バイキングスに電撃移籍してきた今季はプロ生活の集大成をかけた年になると意気込んでいたはずだった。特にモスの加入でそれまでエースと言われながらも今一つ伸び悩んでいたパーシー・ハービンにも恩恵があると予想された。しかし開幕以来チームは機能せず、その矛先はチーム批判ともとれる発言を繰り返してきたランディ・モスに向けられ電撃解雇という運びとなった。開幕5試合ではモスが即戦力としていかにバイキングスに貢献したかの判断は難しい所ではあるがファンとしては故障を抱えながらのプレーで満足なパフォーマンスが出来ないが完治したファーブとのホットラインは見続けたいところだった。
一方ではテネシー・タイタンズが早速、モス獲得の意思を表明し入団に至った。モスの現役でのプレーがまだ見れる事をまずは素直に喜びたいと思う。
ランディ・モス。
「褐色の弾丸」と称されるパワーあふれるダイナミックなステップからとんでもないスピードに乗り一気に相手ディフェンスを振り切り、切り裂くプレーを是非見てもらいたいと思う。
小山 雄輝
- 2010/10/24(日) 12:48:28
早稲田の斉藤・大石・福井の三羽烏に速球派右腕・沢村ら大学の投手が注目される今年のドラフト会議。
関西のしかもかこにプロ野球選手を一度も輩出していない中央球界では無名の天理大学から隠し玉としておくには惜しい逸材がいる。
小山 雄輝。
細見ながら187センチの長身から投げ下ろす最速149キロ右腕に、各球団のスカウト陣は大きな将来性を見いだしているようである。
タイプ的には西武ライオンズの岸に似ているかもしれない。長身もさることながら身体的特徴として手が大きく右手中指の先から手首まで22センチもある。
片手で硬球5個を持つことができるというメジャーリーガー並みのフィジカルである。長い指を使い投げ込むフォークは身長の高さとあいまり急角度に落ちる絶対的な武器である。
フォークのほかにカーブ、スライダーなど駆使する本格派右腕でそういう意味からも”岸2世”と呼んでもでもいいかもしれない逸材である。
手の大きさだけでなく大学では2年まで50メートル6秒0を誇る俊足内野手としてプレーし身体能力の高さは折り紙つきである。
投手転向後の経験が浅いことから今後大きく成長する可能性を秘めたプロのスカウトが気にする「のびしろ」をまだまだ持っている選手だけにドラフト下位でも必ず指名される選手ではないだろうか?
不安定だった球筋を安定させるため 上半身主導の投球フォーム修正に着手したところすぐに成果を見せ、以後着実に成績を伸ばしたあたりはフィジカルの高さに加え「のびしろ」を感じさせるには十分な逸話である。
阪神大学リーグでやっと一部に昇格したようなチーム初のプロ野球選手の誕生はいよいよ現実味を帯びてきたかもしれない。
小山 雄輝。
覚えておいてもらいたい
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復活を期す拓大 岡田正裕監督
- 2010/10/22(金) 14:01:16
毎年、もうそんな季節になったか?と考えさせる秋の名物に箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)の予選会がある。
前年度の大会で10位までのシードを獲得できなかった関東の大学がこぞってこの一発勝負の予選会にその1年間の集大成をぶつけに来るのだ。各校12人がエントリーし上位10人の成績(タイム)の合計が各校の成績となり上位9校が晴れて正月の箱根を走る権利を得るというまさにサバイバルな予選会である。
名門がまさかの敗退をしたり、新進気鋭の学校が初切符を虎視眈々と狙っていたり、この予選会をきっかけに大学長距離界のスター選手へ上り詰めた選手もいる。
今年も過去4度の優勝を誇っている大東大が11位と敗れ連続出場が43回で止まるなど波乱も相次いだ。
そんな予選会に一際目立った学校を紹介したい「オレンジ軍団」こと拓大である。
すっかり箱根駅伝の常連である拓大だがここ数年はシードを獲得できずいつも予選会に回っては冷や冷やの通過を強いられている古豪である。昨年に至ってはまさかの予選会敗退という屈辱を味わっている。今季に賭ける思いは相当強かったのだがそんな名門を率いたのが駅伝界、長距離陸上界では有名な岡田正裕監督である。
今季から指揮官として拓大を率いたのは亜大を82回大会優勝に導いた名将・岡田正裕監督、又の名を「地獄トレーニングの鬼軍曹」。
岡田正裕。
自身の現役引退後にニコニコドー監督就任しあの松野明美を見出し育てた名監督である。
99年からは母校の亜大監督となり、06年に初優勝に導いたのだ。08年から九電工の女子陸上部を指導していたが拓大から三顧の礼で迎えられたのである。
拓大再建を託されて今年2月に就任した岡田正裕監督は合宿寮の廊下に、無造作に出されていた家具をすべて室内に撤去させ身の回りの整理整頓を心がけさせるなど、生活環境から見直して改革を進めたという。
徹底的な選手の生活を管理し食事の量、姿勢に至るまで全て規律を求めそれまであった”拓大の自由な部風”を一変させた。
選手が「地獄だった」と振り返るのは夏合宿だ。
“質より量”が岡田流。ペースを落としても徹底的に距離を踏む。故障者を減らしてチームの足並みがそろった8月の熊本・阿蘇合宿では猛暑続きの20日間の合宿で全員が820キロを走破した。起伏あるコースで早朝30キロ、夕方20キロ。
亜大時代に本戦で17位から1位までを経験している岡田監督は「今の状況なら7位だ」など常に“物差し”を示して箱根への意識を植え付けた。
日に日に岡田イズムがうえつけられた選手達は自信と実力を着実につけ今予選会も見事トップ通過を果たした。
各校が死にもの狂いで戦いに来るこの予選会で2位との差を合計タイムで4分以上つける大差での圧勝だった。
生まれ変わった「オレンジ軍団」が来年の箱根では躍動し旋風を巻き起こしている予感さえさせるこの日の内容であった。
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後藤駿太
- 2010/10/14(木) 01:36:36
先日のこのコーナーで今年の秋のプロ野球ドラフトの隠し玉候補生を紹介したがもう一人是非、紹介したい選手がいる。
群馬の前橋商業の後藤駿太である。
俊足活かした高校生離れした守備範囲の広さにはプロのスカウトも度肝を抜かれたのではないだろうか?
全く無名の高校生が甲子園の大舞台で幾度となく見せるスーパープレイに観客もため息しか出ない感じだった。そんな選手に野球の神様は幾度となく難しい打球をお見舞いし続け後藤駿太はその抜群の野球センスで好捕を重ね観客を魅了した。
この神がかり的なビッグプレーは決して偶然の産物でない事を僕は誰より知っているつもりだ。甲子園への道のりで何度もダイジェスト放送で流れたプレーの質の高さに注目していたのだ。特に群馬県大会決勝戦の前橋工戦で見せた好捕は高校生かどうかすら疑った程だった。
打った瞬間。正確に言うとバットにボールが当たる前にバットスピード、投球され球種、コース・・・全てを一瞬で判断して一目散に打球の落下地点で走り始める。この間、打球の行方、勢い、は一切見ずにあくまで感性で落下地点へ目指して走りこんだ。これはプロの選手でもなかなか出来るセンスではないはずだ。
そして打球の勢いを確認しながらここぞというタイミングでダイビングキャッチを試み。味方のピンチを救った。ダイビングした最後のプレーが注目されがちだがそこはある程度偶然の産物もあるので結果論でなくあの打球であの守備地からあそこ追いついたフィジカル、スピード、センスを称えたい。
「一歩目の速さ」これが後藤駿太の真骨頂である。
これは「判断」という一瞬のきらめきが大きなウエイトを占めるので教えられてできるセンスではない事だけはわかってもらいたい。
本人も「外野は高校から始めたし、経験がひとつもなかった。見て学ぶというより、とにかくやらなきゃいけないという意識がありました」と練習の賜物と強調しているがここは天性のセンスありきで考えて頂きたい。
それだけ彼のプレーはクオリティが高いのである。
当然、プロのスカウトもほっておくはずがなく「守備だけならすぐにでも使える選手」と高校生に太鼓判を押しているスカウトもいる程である。
後藤駿太の売りはそのセンス溢れる守備範囲の広さだけでなく投手をすれば最速147キロを記録する強肩も大きな武器である。
だが、それとともに見落としてはいけないのがバランスのよさ。速く強い球が遠くまで投げられるせんしゅは沢山いる。そんな中でで後藤のすごさはよりバランスの崩れた体勢からでも同じ球が投げられるところにある。これこそ最大の長所といっていいのではないだろうか。
小学生の頃、後藤は毎日夜ごはんも食べずに壁当てに没頭していたそうである。その場所の地面が砂利。足場が不安定なのに加え、軟式球のため、どこに跳ねるかわからない。そのバウンドの変化に対応し、壁に書いた枠にストライクを投げ続ける。そんな事をくり返していくうちにバランス感覚は培われたものだろう。そのおかげか、後藤は一輪車にも乗れるし、左で50m程度ボールを投げることができる。プロでも通用するバランスのよさと体幹の強さが後藤には既にあるのだ。
高校球界、アマチュア球界ナンバーワンといってもいい守備を考えると、打撃はまだまだ力を発揮しきれていない。ここは並みの高校生レベルとは言わないがプロでは相当苦労するレベルであることは否めない。
しかし、そこは天性の野球センスに努力を重ねる事ができる精神的強さも持っている後藤だからこそ克服してくれる気がしている。
「当たり前のことを当たり前にやる選手が目標」
高校生とは思えない大人びた目標設定におどかせられつつもいつの日か「いぶし銀」と言われる偉大な選手になっている可能性を感じる後藤駿太という名を是非、覚えておいてもらいたい
藤谷周平
- 2010/10/12(火) 20:33:27
早稲田の三羽烏、斉藤・大石・福井をはじめ中央大学の快速王沢村などの大学生を中心に甲子園を沸かせた沖縄興南の島袋や一二三などの入団先が気になる運命のドラフト会議がいよいよ近づいてきた
各球団の編成部はチームの現状と他球団の動向をこれでもかと調査し当日ギリギリまで情報戦を戦うのだ。
そんなスカウト陣を脅かすようなサプライズ指名が今年も見れるのか?見れるとしたらこの選手を挙げたい
藤谷周平
日本の高校、大学とは一切無縁の南カリフォルニア大に所属する全く無名の快速右腕である。190cm以上の身長から投げ下ろす角度あるストレートは150kmをコンスタントに越え大学3年生時にはメジャーのドラフトでパドレスから指名されたほどの実力者である。
幼少時から渡米しあめりかで人生の大半を過ごした藤谷周平だが日本国籍を持っている為、ドラフト対象者になる。この情報を日本ハムやヤクルトなど数球団がキャッチし既に内偵しているそうだ。
日本球界では無名で、漫画の主人公にすらなりそうなややミステリアスな印象だが漏れ伝わってくる情報によると、藤谷周平が米国で積み上げてきたキャリアは抜群だ。
東京に生まれたものの父親の仕事の関係で渡米。カリフォルニア州のアービン高校では4年間、野球優秀選手として奨学金をもらっていたという。ノーザン・アイオワ大に入学すると2年生からレギュラークラスとして活躍した。3年生だった09年には、21試合に登板して22回2/3で29奪三振、1勝4敗9セーブをマーク。2年時の1セーブと合わせて計10セーブは、同大の史上最多タイ記録となった。しかもその実力を買われて将来を嘱望される選手を取り上げた「トップ・プロスペクト100」にも選ばれた。実力、経歴ともに未知数な部分は多いものの残してきた成績から判断するならば日本の球団で需要の多い中継ぎや抑えとして即戦力となりそうな逸材である。まさに隠し玉という存在である。
ドラフト指名したものの入団拒否されたパドレスの関係者は諦めきれない様子で「日本の球団が確実に指名をするだろう。そして入団するだろう」と話している。
藤谷周平
ドラフト当日にこの名が轟くのは確実ではないだろうか?覚えたおいてもらいたい。
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岩瀬仁紀
- 2010/10/11(月) 03:33:38
今季のプロ野球はセリーグ、パリーグともにレギュラーシーズンを終えいよいよポストシーズンへと進んでいく。大混戦のセリーグを制した中日ドラゴンズ。その立役者に和田や森野といった名前が挙がっているがぼくはやはりこの人の力に改めて敬意を表したい
岩瀬仁紀。
滑るような高速スライダーを武器に常勝中日の絶対的守護神である。今季は42セーブを上げ2年連続4度目の最優秀救援投手のタイトルを獲得しただけでなく大魔神・佐々木、元ヤクルトの高津に次ぐ通算250セーブを挙げ名球会選手に仲間入りするなど活躍が目立った。
しかし、岩瀬のすごさはそこではないのだ。
1999年に社会人からドラフト2位で入団したサウスポーはワンポイントの中継ぎからセットアッパーとその役割と信頼度は地味ではあったが評価が高った。当時、常勝軍団だったヤクルトの野村監督に「岩瀬がいたらどんなチームが楽か?年間10勝以上変わってくる」と言わしめたピッチャーである。
その岩瀬のすごさを語るに一番の数字が入団以来今季も含め12年連続50試合以上登板、6年連続30セーブ以上というとんでもない記録を更新しているのだ。
この数字は岩瀬の鉄腕ぶりが大いにうかがえる数字である事を知ってもらいたい
最近の野球界は「肩」「肘」は消耗品と呼ばれ酷使すればすぐに故障につながり野球人生を短くしてしまう傾向がある。年間50試合とは毎シーズン約3試合に1試合は登板している計算でそれを12年間続けているのだ。
まさに「平成の鉄腕」である。
ストッパー、クローザーは3年連続で勤め上げれば超一流と言われるポジションである。現在でも大きな故障なしに3年以上勤めているのは阪神の藤川ぐらいではないだろうか?
先にふれた名球会の入会規定に200勝か250セーブという規定がある。ここ数年。毎年のようにこの250セーブという記録の是非が問われる。先発ピッチャーが20年近くかけて達成する記録に対し250セーブは基準が甘くないか?というのが大筋の議題である。現に岩瀬は実働7年でこの数字をクリアしたのだからその議論も無駄ではないようである。
そもそもヒットは2000本。投手は200勝というアバウトな基準が間違いではなかったのか?問いたい。
本塁打や打点、盗塁数や連続出場など野球人として誇れる数字は他にも沢山あるのに打者はヒット、投手は勝利数だけが基準とは、はなはだおかしいと思うのだが。
岩瀬が250セーブを達成したからいいもののもっと12年連続50試合以上登板をヒューチャ―してもいいのではないだろうか?
むしろ僕には他人任せてきな部分も多少は感じる勝利数やセーブ数より個人のフィジカル管理も含めた技術や故障しない体、コンスタントに安定した成績を残し続けている事に着目すべきでないだろうか?
そんな議論をぶつけたくなるような岩瀬の毎年の様な活躍に改めて敬意を表すとともにMVPは岩瀬のものであると強く信じている。
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怪物 ロナウドの最後
- 2010/10/04(月) 23:00:04
サッカー界で“怪物”とよばれるFWは誰か?と聞かれれば大多数の人が「ロナウド」の名を挙げるだろう
1998年のフランスワールドカップでその輝きを放ったものの決勝戦のフランス戦でプレッシャーからか体調不良に陥り大失態を犯してしまったものの4年後の日韓ワールドカップではその存在感たるや全世界のフットボーラ―の心を鷲つかみにしたのだ。
スペインの名門バルセロナでヨーロッパのサッカー界に強烈なインパクトを与えた後イタリアの名門インテルに渡りさらにはレアル・マドリードで銀河系軍団の一役を担い度重なる故障、しかも選手生命の危機に瀕するような大きな怪我に見舞われながらも不死鳥のように戻ってきては世界中のファンを魅了した。
今は地元ブラジルに戻りコリンチャンスでプレーしている。
契約更新の席上「これが最後と決めた」という言葉を残しファンを驚かせた”怪物”ロナウドだが今年の9月でもう34歳になった男をファンは温かくその最後を見送る事になるのだろう。
サッカー史上最高のFWの一人と呼ばれ“怪物”の異名どおり、その希有な決定力で多くのDFを恐怖に陥れた天才の中の天才の勇姿を目にできる時間は残念なことに残りわずかなのだ。
少年時代から草サッカーの場で頭角を現し地元チームの数チームから誘われ
町が分断する騒ぎまで起きたほどの神童だった。
なんと14歳の時にブラジルのユース代表チームに招集を受ける。16歳でクルゼイロに入団。
ブラジル全国選手権で14試合12得点という記録を残しその名はブラジル中はおろかヨーロッパでも轟き天才は17歳で海を渡る。
17歳の時にオランダの名門PSVへ移籍し1年目にいきなり得点王を獲得。17歳のブラジル人が屈指のレベルを誇るオランダで簡単に一年目で得点王に輝いた。
2シーズンでリーグ戦42ゴールという驚異的な記録を残しバルセロナから高額の移籍金で引き抜かれるとスペインの地でも1年目で得点王のタイトルを手にする。
そして翌1997年にはインテルへと移籍。96年に続き、2年連続でFIFA年間最優秀選手に選ばれるなど、選手として絶頂の時期を迎えていた。
しかしインテルでの2年目にロナウドは右ひざのじん帯を断裂。翌年4月に一度は戦列復帰を果たすが再び同じ箇所を痛めてしまう。2度に渡る選手生命を脅かすほどの大怪我と20カ月にも及ぶリハビリ期間。
「ロナウドはもう終わった」そう考える人間も少なくはなかったし実は僕も
そうだった。
2002年の日韓ワールドカップ直前に電撃復帰を果たすと体重増加によるコンディション不良をマスコミに叩かれながらも大会得点王に輝く大活躍でブラジルの通算5度目の世界制覇に貢献し
”怪物”は不死鳥のように舞い戻ってきたのだ
レアル・マドリードへ移籍後も怪我と戦かいながらもコンスタントに成績を残し
チームの優勝に大きく貢献し再びイタリアの名門ACミランへ移籍したものの
左ひざの腱を断裂する大けがに見舞われ流石に復活は無理と判断され契約を解除されてしまった
”怪物”ロナウドの名はこのままフットボーラ―界から完全消えてしまうと思われた。
そんなファンの絶望感に天才は三度、ピッチで答えを出す道を選択しブラジルの名門・コリンチャンスで輝きを取り戻したのだ
往年の爆発的で驚異的なスピードこそ失われたものの、天性のゴール嗅覚と圧倒的な決定力を生かしコンスタントにゴールを重ね続けた。
やはり“怪物”である。
3度のFIFA最優秀選手賞と2度のバロン・ドール、クラブでの3度の得点王に加え、先に触れたワールドカップ得点王と、個人タイトルだけを取っても輝かしい栄光に彩られているロナウドのキャリア。
そんな彼がいまだ手に入れていないタイトルの一つがコパ・リベルタドーレス。
南米最強クラブの称号である。
26試合を消化した時点でブラジル全国選手権で2位につけるコリンチャンス。
このまま彼らが4位以内をキープすれば、ロナウドはコパ・リベルタドーレス2011への出場権を得ることができる。
そして、彼がコリンチャンスの一員として同大会を制すことができれば、
怪物”の最後の大舞台は恐らく、日本で開催されるクラブ・ワールドカップとなるだろう。
怪物の伝説は日本で終わるのか?
ならば是非、見届けたい。
そう思うサッカーファンは少なくはないはずである。
宮市亮
- 2010/09/15(水) 01:21:44
サッカーの19歳以下(U19)日本代表でもあり現在、中京大中京高の高校3年のFW宮市亮選手が、イングランド・プレミアリーグの強豪アーセナルに入団が内定したというビッグニュースが飛び込んできた。
宮市亮は身長180cmと日本人FWといては大柄ながら瞬発的な運動能力に優れた俊足を生かしたドリブルが持ち味の日本人にはいないタイプのストライカーである。その素質は高校入学当時から高く評価され続け、地元名古屋のグランパスエイトを中心に勧誘合戦が過熱していた。17歳以下(U17)ワールドカップにも出場し世界的な評価も得たストライカーの進路はまさかのイングランド・プレミアの名門であの世界的名将ベンゲル率いるアーセナルだった。
今夏、アーセナルの練習に参加しベンゲル監督の度肝を抜いた天才ストライカーは日本人高校生3人目の高卒即海外クラブ移籍に至ったのだ。
ベンゲルに「ぜひとも欲しい」と言わしめた17歳。正式契約は宮市亮が18歳になる12月以降に結ぶといい。条件も期待の表れか異例の4年を超える長期大型契約になるという。
しかし、宮市はフル代表経験など英国就労ビザ取得の基準を満たしておらず、契約後、イングランド国外の他クラブへ期限付き移籍などをし、実績を積むとみられる。それでも海外で即通用するといわれる逸材はすぐにプレミアのピッチに立つのだろう。
宮市は現在、左足ひ骨を亀裂骨折してしまい治療中だがそんな怪我は天才の才能をもってすれば何のハンデにもならないようだ。さらにプレミア・リーグにおいてEU籍外選手は、英国の労働許可証を取得しなければ、プレミアリーグはおろか、リザーブリーグにも出場できない。この英国の労働許可証は、これまで何度も日本人選手のイングランド移籍を阻んできた、大きな壁だ。発給目安は、自国のフル代表として、過去2年間の公式戦での出場率が75%以上、となっている。また特例として「類まれな才能ある若手選手」と認められれば、発給された例があるものの宮市の世界での評価はそこまで高くないはずである。もっと言えば例えアーセナルの所属選手になれたとしても、リーグ戦へ出場するには、もっと過酷な競争が待っている。さらにレギュラーを獲得し、活躍できるようになるのは、ごくごく少数の選手だけなのだ。
つまりはプレミアだアーセナルだベンゲルの目にとまったと言っても世界はそんなに甘くなく宮市の成長に合わせてくれる世界でもないはずだ。
類まれな才能とわずかなチャンスをものにした者だけが脚光を浴びる世界で宮市は輝けるのだろうか?
かつアーセナルに所属した日本代表の中でもトップクラスのフィジカルとテクニックを持った日本代表の稲本潤一でさえ、1試合も出場できなかったアーセナルというチームのレベル。日本サッカーの象徴と言われた中田英寿でさえ通用しなかったプレミアという世界。前途多難ないばらの道をあえて選択した宮市はどうやって這い上がっていくのか?楽しみである。
例え、プレミアリーグに出場できなくてもイングランドの地に何か大きな爪痕を残してもらいたいものである。期待している。
鎮西まゆみ史 史上最年長ルーキー誕生
- 2010/08/16(月) 01:26:24
先日行われた日本女子プロゴルフ協会(LPGA)プロテストで合格し晴れて「プロ」とよばれた選手の中にひときわ注目を集めるオールドルーキーがいた。
史上最年長ルーキーが誕生した瞬間だった。
鎮西まゆみ。43歳。
24歳でゴルフを始め、29歳からプロを目指し、15年目の挑戦で受けたプロテストは実に8回目。ついに大きな夢を実現させた。史上初の「40代合格」の偉業を成し遂げたのだ。
過去の記録はさかのぼる事25年前。1985年に38歳で合格した藤本麗子選手の記録を大幅に更新する大偉業である。
しかも昨今のゴルフ界の低年齢化のスピードは速く、10代でのプロ選手も珍しくない近年では異例中の異例と言っても過言ではないだろう。
24歳でゴルフを始めた時点ですでにスタートに大きく出遅れているのにあきらめず「プロ」の称号を得るまでの頑張りは尋常では無かったのでないかと容易に想像がつく。
「長かったです」と報道陣の前で流した涙は本当に実感がこもった涙だったと思う。
気温35度超の猛暑の初日は4オーバーとやや出遅れたが、てんこうが 落ち着いた2日目はパープレーと耐え、暴風雨となった最終日。上位陣が天候と極度のプレッシャーの中大きくスコアを落としていく中、経験豊富な43歳・鎮西まゆみは冷静さを保ちこの日はベストスコアの2アンダーで回り通算成績2オーバーの4位で合格したのだ。
「ゴルフは大好きなので、ほかのことは考えられなかった。これからも経験を積み、稼げるプロになりたい」43歳のオールドルーキーは真っ赤な目で次なる挑戦を誓った。
最後には「ツアーで1勝したいと、ひそかに思っています」と報道陣に向かって笑顔を見せてくれた。
鎮西まゆみプロの挑戦は今、始まったばかりである。
追伸・・・実はこの日、41歳の小久保由加里も6度目の挑戦で見事合格し、40歳以上の“オールドルーキー”が鎮西まゆみと合わせて2人生まれたという実に珍しいプロテストとなったのだ。
リカルジーニョ フットサル界のスパースター
- 2010/08/04(水) 15:30:37
この人のプレーは是非、一度生で見ていただきたい。
世界的スーパースターが日本で見られるのだ。フットサルのFリーグに所属する名古屋オーシャンズにリカルド フェリペ ダ シルバ ブラガというポルトガル人が入団した。
彼の事をフットサル界のクリスチアーノ・ロナウドと呼ぶ。
通称・リカルジーニョ。
若干15歳でフットサルのポルトガル代表に招集された天才テクニシャンは スペインやイタリアのビッグクラブから獲得の打診が沢山あったが彼がプロのキャリアを始めたSLベンフィカ時代に指導を受け現在、名古屋の監督を務めるアジウ監督の下でプレーする道を選んだのだ。
昨年のヨーロッパフットサル選手権で最優秀選手賞を獲得しチームも準優勝に導いた24歳である。あのリカルジーニョが日本でプレーするというのだ。
現役No.1とも謳われるフットサルプレーヤーのFリーグ参戦で活気づくのは間違いない。
たった一人でFリーグの歴史を変えるかもしれない天才的プレイヤーである。
Fリーグでこれまで全く見たことの無い想像を超えたプレーが見られることになる筈である。移籍金は明らかにされていないが一体いくら払ったのだろうかと下衆な質問をしたくなるような選手である事を強く言っておきたい。入団記者会見でも「全タイトルが取れるように貢献する」
「会場に足を運び、フットサルの魅力を感じてほしい。必ず満足させるプレーをする」と宣言するあたり本気度も伝わってくる。
リカルジーニョ。名古屋オーシャンズのこの選手に是非、注目していただきたい。
ウェイン・ルーニー
- 2010/07/29(木) 00:03:26
ワールドカップで期待外れの成績に終わったイングランド。44年ぶりの頂点も狙えるのではと期待していたが結果は決勝トーナメント一回戦でドイツ相手に簡単に敗れ去ってしまった。
大会前にいまやチームの精神的支柱となったベッカムを欠きさらに守備陣の要ファーディナンドも故障で欠くなど故障者に悩まされたのが大きな敗因であるがあえてA級戦犯を見つけるとしたらウェイン・ルーニーを指してしまうのは僕だけではないだろう。
3月末に負った足首の怪我から高地への適応失敗まで、不振の原因には複数の説があるが、それにしても、南アフリカでのウェイン・ルーニーの出来はひどかった。
クリスティアーノ・ロナウドが抜けた名門マンチェスターUのFWをしっかり守り、前線からの守備意識を高く持ちながらもゴールを量産したその姿は完全に影をひそめた。
大会前は大会得点王の呼び声が高かった事を思えば散々というべきだろうか?
フィジカルの問題もあったのだろうがルーニーという選手を生かす戦術が取れなかったのも事実ではある。
マンチェスターUではギグスやナニといった左右を駆け上がりセンター付近でもしっかりルーニーをサポートしスペースを作ってくれるアシスト陣がいる。しかしイングランド代表の攻撃陣にはその確かな存在がいなかった。ヘスキーやレノンがその役を務めたのだがどちらも役不足の感は否めない。
しかも守備の要、ファーディナンドをけがで欠いたディフェンス陣が安定せず頼みの綱であるジェラードやランパードの位置が下がり前線との距離がぽっかりと空いてしまう致命的な欠陥を露呈してしまった。
たまらずルーニーも下がってボールをもらいに行くため相手ディフェンダーをますます楽にさせてしまいしっかり守備網をひかれてしまったのだ。
優勝候補の呼び声が高かったはずのイングランドの惨敗の責任を一身に背負う若きセンターフォワードは今後、どのような成長と輝きをみせてくれるのだろうか?
次回のブラジル大会では本物のウェイン・ルーニーがみれるのだろうか?
プレミアリーグだけで輝く選手にだけはなってほしくないのだが・・・・そう思えばルーニーの成長よりも若きイングランド人の台頭の方が気になるところだ。








