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大利久美 競歩界のニューヒロイン

  • 2012/02/20(月) 12:53:36

皆さんは競歩という協議をご存知だろうか?男子ではマラソンよりも長い50kmがオリンピックの種目にもなっている過酷な種目である。日本ではまだまだ馴染みがないが今年のオリンピックが楽しみな女性選手を今日は紹介したい。

1時間29分59秒以内!その基準記録を突破して優勝すれば、ロンドン五輪代表に内定するという条件ががかかった2月19日の日本選手権20キロ競歩。見事にその条件をクリアして五輪代表の座を手にしたのは富士通所属の大利久美だった。

競歩界のいや陸上界のニューヒロイン、美女アスリート大利久美が今日のお話し。



「日本記録(1時間28分03秒)も出るくらいの練習はしてきたので……。今は自分でも怖くなるくらい調子がいいけど、前半は抑えて、確実にノルマをクリアして代表を勝ち取るレースをしたいと思います」自信たっぷりにスタートした大利だったがその言葉通りの計算し尽くされた優勝には恐れ入る。




大利は日女体大時代から歩型の正確さは評価されていたが筋力は不足がちでスピードがないタイプの選手だった。だが2008年に富士通入りしてからは、世界を目指す川崎や男子の森岡らに刺激を受けて成長。初出場だった09年世界選手権(ドイツ・ベルリン)で12位に入り少しだけ世界に近づいた。それからは課題の筋力不足を克服すべくウエイトトレーニングなども重視して筋力をつけスピードを上げてもフォームが崩れにくくなったという手応えも感じるようになってきた。


ロンドンへ向けてもまだ入賞とかメダルなどを口にするレベルではないと本人も自覚している。現に昨年の世界選手権ではスローペースになると予想してスピード練習も不足したために、ペースが上がった後半の勝負に対応できず20位に止まってしまったのだ




「入賞となると後半にスピードアップすることを意識していかなくてはいけないが、ロンドンは世界選手権と違って最初から速いペースのレースになると思うからそれに付いていくのが前提になる。だからまずは、前半ついて行けるスピードを付けることが必要になると思います」とロンドンへの課題も明確にわかっている



競歩というまだまだ日本ではマイナーな競技だが彼女のような愛くるしいルックスの美女アスリートが世界と対等に戦えるようになると日本の選手層も一層あがるような気がする。その時はマスコミの力を惜しげもなく使っていただきたい。今後の彼女の活躍に期待している

復活を期す拓大 岡田正裕監督

  • 2010/10/22(金) 14:01:16

毎年、もうそんな季節になったか?と考えさせる秋の名物に箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)の予選会がある。

前年度の大会で10位までのシードを獲得できなかった関東の大学がこぞってこの一発勝負の予選会にその1年間の集大成をぶつけに来るのだ。各校12人がエントリーし上位10人の成績(タイム)の合計が各校の成績となり上位9校が晴れて正月の箱根を走る権利を得るというまさにサバイバルな予選会である。

名門がまさかの敗退をしたり、新進気鋭の学校が初切符を虎視眈々と狙っていたり、この予選会をきっかけに大学長距離界のスター選手へ上り詰めた選手もいる。

今年も過去4度の優勝を誇っている大東大が11位と敗れ連続出場が43回で止まるなど波乱も相次いだ。
そんな予選会に一際目立った学校を紹介したい「オレンジ軍団」こと拓大である。
すっかり箱根駅伝の常連である拓大だがここ数年はシードを獲得できずいつも予選会に回っては冷や冷やの通過を強いられている古豪である。昨年に至ってはまさかの予選会敗退という屈辱を味わっている。今季に賭ける思いは相当強かったのだがそんな名門を率いたのが駅伝界、長距離陸上界では有名な岡田正裕監督である。

今季から指揮官として拓大を率いたのは亜大を82回大会優勝に導いた名将・岡田正裕監督、又の名を「地獄トレーニングの鬼軍曹」。

岡田正裕。

自身の現役引退後にニコニコドー監督就任しあの松野明美を見出し育てた名監督である。

99年からは母校の亜大監督となり、06年に初優勝に導いたのだ。08年から九電工の女子陸上部を指導していたが拓大から三顧の礼で迎えられたのである。

拓大再建を託されて今年2月に就任した岡田正裕監督は合宿寮の廊下に、無造作に出されていた家具をすべて室内に撤去させ身の回りの整理整頓を心がけさせるなど、生活環境から見直して改革を進めたという。
徹底的な選手の生活を管理し食事の量、姿勢に至るまで全て規律を求めそれまであった”拓大の自由な部風”を一変させた。

選手が「地獄だった」と振り返るのは夏合宿だ。
“質より量”が岡田流。ペースを落としても徹底的に距離を踏む。故障者を減らしてチームの足並みがそろった8月の熊本・阿蘇合宿では猛暑続きの20日間の合宿で全員が820キロを走破した。起伏あるコースで早朝30キロ、夕方20キロ。

亜大時代に本戦で17位から1位までを経験している岡田監督は「今の状況なら7位だ」など常に“物差し”を示して箱根への意識を植え付けた。

日に日に岡田イズムがうえつけられた選手達は自信と実力を着実につけ今予選会も見事トップ通過を果たした。
各校が死にもの狂いで戦いに来るこの予選会で2位との差を合計タイムで4分以上つける大差での圧勝だった。

生まれ変わった「オレンジ軍団」が来年の箱根では躍動し旋風を巻き起こしている予感さえさせるこの日の内容であった。

福島千里? 進化し続けるエース

  • 2010/05/02(日) 09:32:38

関連ブログ 福島千里


陸上女子短距離のスーパーヒロイン福島千里の進化が止まらない。福島千里が臨んだ女子100mの今季初戦でいきなり自身の持つ日本記録を0秒03更新する11秒21を樹立した。

過去2シーズンで目覚ましい進化を遂げた福島千里がまた一歩世界に近づいたのだ。オフシーズンのトレーニングを計画通りにこなし自信を持って今大会に臨んだがいきなり日本記録更新とは恐れ入った。

筋力トレーニングに重点を置きながらも所属チームが契約している栄養士のアドバイスを受け食事も改善しはじめた。練習中の昼食も栄養バランスを計算しつくされたお弁当を持参し外食を止めたそうだ。体重は昨シーズンのBEST時より2kg以上増えたが脂肪分は一切増えず筋力として身についた。しかもハードトレーニング後の疲労回復のスピードが体感できる程、体質改善がされていた。チームの監督、コーチ陣も体幹のパワーアップに驚きを隠せないほどの成長を遂げたオフシーズン。
技術的にも大きく変わった点がある。昨シーズンまででは最大2m10cm間隔だったストライドのマーキング走が今シーズンでは既に2m20cmを記録し飛躍的にストライド幅が伸びたのだ。これも腰回りの筋力向上が成せる技である。ストライド幅が延びれば100mを駆け抜ける間の歩数が少なくて済むようになり女子100mのトップ選手で1歩少なくなると約0,1以上のタイムを縮めることができると言われ条件さえ揃えば記録更新は現実を帯びていた。

チームの監督は「11秒00台も夢ではない。しかも今シーズン中の記録達成もあるのでは」と自信のコメントを残している。11秒00台で走れれば世界のトップ10に入ってくる記録である。日本人女子選手が世界大会での準決勝、決勝進出を想像できる所までいくという事だ。今シーズンの最大目標になるであろう11月のアジア大会でのピークの為の初戦で日本記録をマークした福島千里。オフシーズンの肉体改造も実を結び自信が確信に変わったこの日、いよいよ本格的に世界挑戦への道が始まったのだ。

2年後のロンドンオリンピックをしっかり視界に捉えた福島千里はレース後「今後すべてのレースがロンドンに続くという気持ちで臨みたい」。世界挑戦への道はまだまだ遠いが道は確実に見えているようだ。




全国都道府県駅伝 駅伝王国兵庫が優勝

  • 2010/01/26(火) 00:28:06

兵庫が全国都道府県駅伝で3年ぶり3回目の優勝を飾った。

原動力は最終区アンカー勝負で3位から逆転し優勝のテープを切ったエスビー食品の竹沢の活躍だったことはいうまでもない。竹沢は昨年まで早稲田大学に所属し箱根駅伝で数々の記録と伝説を作ったスターで北京五輪では5000、1万メートルの両方に代表として出場した。実力からすれば首位だった埼玉の堀口やマラソンで実績のある2位でタスキをもらった福島の佐藤敦之との戦いでは逆転するチャンスがあったかもしれないが駅伝王国地元・兵庫の威信にかけての走りは圧巻だった。

7区間で竹沢を含め区間賞(区間1位)が一人もいない成績で優勝したのはさすが駅伝王国といったところか?中学生駅伝大会でも常に代表校が上位入賞を収め、高校世代では報徳学園に西脇工業の名門2強に最近めきめき実力をあげている須磨学園を含めたトップ3校はどの学校も全国駅伝の優勝を狙える実力を持ち合わせている。そんな中・高学校から選りすぐりのトップスターが集った今回のチームでこの年代では実力がずば抜けていた。社会人の森本が区間37位と大ブレーキになっても優勝した実力は本物だった。
特に5区を任された西脇工業の志方文典が区間5位ながら着実な走りでまとめ上げた。165cmほどの小柄な身長ながら華麗なフォームと小気味良いピッチ走法はどこにも穴を感じず卒業してから大学に進学してもこれから期待できる選手であろう。志方を中心に一区を任された須磨学園の西池はまだ2年生。中学生もそれぞれの強豪の高校に進学し実力を伸ばすことだろう。

更なる駅伝王国の伝統を継承すべき若き実力者が次々に生まれる兵庫県の育成方法に敬意を表すとともに出身地として僕は誇りに思う。

村沢明伸

  • 2010/01/04(月) 12:44:18

村沢明伸。





新・山の神柏原の活躍で東洋大学の連覇が話題の箱根駅伝に現れた東海大学のスーパールーキーだ。

ちなみに山の神については昨年すでに一度このコーナーで書いているので参考までにそちらも読んでもらいたい。(山の神)

長野出身の村沢は佐久長聖高校時代に駅伝で全国制覇をしその名を轟かせた。外国人留学生がひしめき合う3区のインターナショナル区間を任されても区間2位の好記録で優勝の原動力になった。個人に限って言えば高校総体で5000mで2年連続6位に甘んじるなど最強高校生というには今一の成績だったが大学に進学し距離が延びてからその進化は始まった。昨年9月のインカレの10000mで日本人最高の2位に入り注目をあびたかと思えば11月の箱根駅伝予選会に出場し見事個人1位でゴールし東海大学の出場に大きく貢献しチームのエースになったのだ。

佐久長聖高校、東海大学といえば昨年まで在籍し?年連続区間新記録を出し大学会のスーパーエースと呼ばれた佐藤と同じ道をたどっている。もちろん、憧れの存在である。普段は冗談好きで「お笑い部長」と呼ばれる面白学生だが、シューズを履いて練習になるとまるで何かが憑依したかのように鬼の形相になり真剣なまなざし先輩達をも圧倒するほどだ。指導する新居監督も「佐藤のレベルではまだないが練習量、素質は十分に佐藤を超える力を持っている」と期待してる。夏合宿ではチーム最高の1000kmの走り込みをしたのにも関わらず一切、故障しなかったという強靭な肉体も大きな武器である。166cmと小柄な体ではあるが全身を使ったダイナミックな走りはもっと大きな体格を想像させるほどで力強さも感じてしまう。

そんな村沢明伸が箱根駅伝の「花の2区」に登場した。14位で受けタスキを一気に4位にまで引き上げ1年生史上最多の10人抜きを演じて見せた。飛び跳ねるような独特のリズムに乗った走り方は一見、長距離向きでないのかもしれない。しかしその走り方を支えるバネyのような下半身の強さが村沢明伸の持ち味であり魅力なのだ。混戦状態でタスキを貰ったとはいえ2区には各校のエース級がずらりと並んでいる。そこで10人も抜いて見せるのだからそのスピードは桁違いだった。日大のエース・ダニエルに次ぐ区間2位の好タイムで一気にスターダムに名乗り上げた。新居監督も「一年生だからといってこんなものでは困る。彼は東海大学のエースなのだから」と早くも来年を見据えた。更に、来年は5区起用のプランがあるという。そう、あの山の神・柏原との直接対決が見られるかもしれないのだ。村沢明伸も「柏原さんは憧れの存在。是非対決してみたい」と意気込んでいるという。”直接対決”が見れるかも知れない来年の箱根駅伝が今から楽しみになってきた。




村上幸史  日本人初のやり投げでメダル獲得

  • 2009/08/25(火) 00:52:28

世界陸上最終日で日本人初のやり投げでメダル獲得という奇跡が起こった。同日に行われた女子マラソンの尾崎の銀メダルに沸く日本に届いた2つ目のメダル獲得のニュースに「村上幸史って誰?」とか「やり投げってそんなに期待されてたの?」という声が聞こえてきそうだ。

確かに日本選手権10連覇中で日本やり投げ界お第一人者であり「やり投げの鉄人」と言われていたが世界では全く注目されていなかった選手だ。

村上幸史。




この種目で日本人として初となったメダリストは「日本のやり投げが世界で通用することが証明できた」と胸を張ったが実際は強豪達の不調による棚ぼた的なメダルである事は村上選手本人がわかっていることだろう。
しかしこの大舞台で自己記録更新した精神力はたいしたものだと思う。10年前にジュニア世界選手権で銅メダルを獲得した当時は世界からも少しは注目されたがその後の世界の記録更新のスピードについていけず世界レベルの大会では出場しても予選落ちを繰り返すなどすっかり世界からは忘れられた名前だった

愛媛県の小さな島で育った村上は島の野球チームのスターだった。
小学生当時から速球を投げ込み中学生時代には甲子園常連の名門高校からのスカウトが殺到するほどのスターだった。しかしチームプレーに馴染めず「自分の力だけで勝負したい」と思った少年はある日陸上の投てき種目に出会う。
高校に進学した村上は本格的にやり投げに取り組みはじめるのだ。
野球をしていたらどんな選手になっていたかと思わせるほどの地肩の強さは健在だった。遠投で150mを投げ(これはプロでもトップレベル)でマウンドに立てば常時145kmの剛速球を投げ込んでいたというポテンシャルはその才能を開花させるのに時間はかからなかった。
やり投げを始めて一年後の高校2、3年で全国高校総体2連覇し世界を目指すようになる。

それでも世界はそんなに甘くない。投てき、特にやり投げが国技のようになっている北欧の強豪ははるかかなたのレベルで戦っていたのだ。

それでも地道にトレーニングを重ね何度も何度も世界の壁につき帰されても何度も立ち上がり挑戦し続けた結果、世界の銅メダル獲得というご褒美がめぐってきたように思う。

メダル獲得に沸く日本チームには申し訳ないが今回のメダル獲得には大きなラッキーがつきまとったことも忘れてはいけない。
優勝候補のピドカマキリ(フィンランド)が風邪で体調を壊し本調子でなかったなどライバル達の自滅が大きな要因であったろう。現に村上の記録も前回の大阪大会では8位の記録にも及ばず北京オリンピックでも入賞がやっとの記録だった。

それでも銅メダルを獲得した事実は立派なことだし胸を張って帰ってきてもらいたい。その上でより上のレベルを目指して頑張ってもらいたい。
小さな離島出身の元野球少年がやり投げの歴史に新たな一ページを開いた事に最大限の敬意をはらいつつ、今後のさらなる飛躍を期待したい。

寺田明日香  世界陸上女子100mHから

  • 2009/08/23(日) 03:50:56

100mハードルに出場した寺田明日香。




19歳の新鋭でジュニア世界ランク1位で挑戦した初めての世界陸上。結果はタイム(13秒41)も着順(予選6着)といまいちで早々と敗退してしまった。これが世界初挑戦、いわば新たな一歩を踏み出した所だから仕方がないと言えば仕方がない結果であろう。
「緊張しました」レース後の第一声が全てを物語っているように思えた。
高校生時代にインターハイ3連覇するなど期待されていた逸材が本格的に世界に踏み出した最初の一歩。

13秒29の自己ベストで挑んだ日本選手権で参加標準Bタイムを破る13秒05で優勝し切符を獲得した。日本選手権でしかも自己ベスト、しかも参加標準Bタイムを更新、さらにその1ヶ月後にも同タイムを叩きだすなどその伸び盛りの若さには期待が集まった。
ちなみにこのタイムは今季のジュニア(20歳以下)の世界ランク1位タイムだ。
当の本人もある程度自信を持ってこの日を迎えたことだろう。しかし世界はそんなに甘くなかった。予選の同組に入った世界の強豪達のベストタイムはどの人も12秒台。このレベルの違いにどんな違和感を感じたのだろうか?この組み合わせで萎縮するなと言う方が無理なのかも知れない。日本人が誰も到達していない12秒台(日本記録は金沢イボンヌの13秒00)が予選で当たり前のように連発されるのが世界だ。
弱者は予選敗退という現実だけが突きつけられる世界。
壁に大きく跳ね返された後から成長した先輩の福島の様に今後の寺田にどうしても期待をしてしまう。日本の女子でもトップクラスの100mのタイムを持つ寺田(リレーメンバーにも登録される実力)がハードリングの上手さを身につければ日本記録は勿論のこと世界と戦えるかもしれないという期待をしてしまうのだ。
今大会で見えた課題を問われた本人は「スタートからの加速。それにハードリングも遅いし、もっとスピードもスタミナつけなきゃ」と答えた。つまり全部に置いて世界との大きな差を認識したのだ。これが大きなそして一番の収穫だったろう。
「これから頑張ります」とはにかんだ笑顔は悔しさを感じるレベルでもないという認識があったのだろう。
初めての世界陸上は楽しめましたか?の問いに「はい」と答えた上で「楽しめました。でも次回はもっと戦えるように準備してきます」しっかり次を見据えているのが伺えた。まだまだ19歳の寺田明日香。
今後のさらなる成長が楽しみな選手である。きっと世界で戦える選手に成長してくれると期待している

エレーナ・イシンバエワ ワールド・レコードアーティストの敗北

  • 2009/08/18(火) 04:35:40




ワールド・レコードアーティストという称号がお馴染みのエレーナ・イシンバエワがベルリンの空で輝く事はなかった。

出場するたびに優勝は義務つけられ世界記録の更新を期待されるアスリートの感じるプレッシャーはどんなものなのだろうか?
一度聞いてみたいと思っていたがこの日のイシンバエワは明らかにいつもと空気が違っていた。
こんなに追い詰められた表情を見たことがなかったからだ。

競技場に入って念入りにウォーミングアップを繰り返すといつもの様にパーカーをはおり顔にタオルをかけ同じ種目に出場しているライバル達の動向に左右されることなく集中力を高めていた。いつもは係員に促されても動かないイシンバエワが時折タオルを外しライバルの動向に目をやっては気にしているようだった。
大会前に足首を故障し調整的な意味合いで出場した試合でまさかの敗北を喫するなど今大会での調子はどうなのか?と疑問視する専門家もいた。

それでもワールド・レコードアーティストの称号に恥じない結果は誰もが待ち望んでいたのではなかったろうか?

記録もさることながら圧倒的な強さで他の追随を許さない勝ち方にその美しさを感じていたのだが今日はひょっとしたら負けるのではないか?嫌な感じになったのは僕だけだったろうか?
明らかに集中力を欠きライバルを気にするイシンバエワを見てそう思ったファンは決して少なくなかったはずだ。

今日初めて登場した4m75。

いつもなら余裕の高さのはずだ。それでもスタートしてからスピードも乗らないし踏み切りも合わなかった。結果バーに触れることなく失敗に終わった。ちょっとした修正でどうなるものでもない程の不調に観客以上に焦りを見せたのが当の本人だったようだ。バーの高さを上げ自らを更に追い込み集中しようとすればするほど焦りが生じますます窮地に迷い込んだ。ワールド・レコードアーティストの輝きはこのとき既に失っていた。

世界チャンピオンでもワールド・レコードアーティストでもエレーナ・イシンバエワでもいつものルーティーンが崩れた時、敗れる時がくるのだ。
スポーツの世界に「神話」は存在しない事を皮肉にもこの日のイシンバエワが自ら証明してしまった。

結果記録なしという惨敗。
屈辱以外の何物でもない状況に涙を流す女王のすぐ横では新女王が歓喜の雄叫びをあげている。あまりにも残酷すぎる光景ではあるがこれがスポーツというものだろう。

以前のインタビューでイシンバエワはこう言っていた

「練習では4m75以上は飛ばないわ。何故ならって練習ではアドネラリンが出ないから飛べないし集中しても集中しても4m75が限界だから。だからいつでもどんな悪条件でもどんな精神状態でも4m75を確実に飛ぶ練習をするの」

この日はその4m75が飛べなかった。それが悪夢なのか現実なのかはイシンバエワ自身が一番知っていることだろう





ウサイン・ボルト 人類最速王決定戦で9秒58の衝撃

  • 2009/08/17(月) 17:26:33

いくら優秀な科学者が議論を重ね正解を導き出そうともこの男の前では机上の空論と化してしまう。人類最速王決定戦で9秒58の衝撃で駆け抜けたウサイン・ボルト。

ほんの1年前の同じ日、北京で衝撃を放った男が今年はベルリンで新たな衝撃を放った。誰も想像しなかったというか出来なかった未知の世界。神の領域に瞬く間に駆け抜けたのだ。
世界中で論議を呼んだ「人類最速の可能性」にウサイン・ボルトが自ら答えを出してみせた。




世界中の科学者の関心の的だったはずの「もし、ボルトが北京で力を抜かずに全力でゴールしていたら・・・」の問いにいとも簡単に答えを出した。
ある人は決勝で出した秒速12.2メートルの最高スピードを指標に9秒56と語れば、力を抜いたとしても足転数、歩幅が落ちたわけでなくかえってリラックスした分を差し引いて9秒62と反論したりボルトのコーチまで条件が揃えば9秒52までは確実に出せると証言している。ボルト自身も「私にはすべての可能性がある」と自信満々に語っている。

迎えた頂上決戦。

元来こんな大舞台ではライバルを気にするあまり体が硬直し思ったようなパフォーマンスが出来ず記録が出ない傾向がある。現に決勝より準決勝の方がタイムが良かったというレースも沢山あるのだ。

そんな過去の結果やデータなどもこの男には全く関係ないようだ。

低速トラックと酷評のベルリンスタジアムでもこの日は追い風0.9メートルの好条件。ボルトのスタートの反応時間は、北京の0秒165に対し、0秒146と確実に改善され更なる自信を生み出している要因だ。まさに進化中の怪物の様だ。
20メートル付近で既にトップに立ち、そのままぐんぐん加速。他の選手が遅いのかと思わせるほどの加速をみせ隣を走る最大のライバルであろうタイソン・ゲイを横目で確認しながらのゴール。示した電光掲示板の数字を見て大観衆が一斉にフィーバー状態に。

世界中の観客が鳥肌が立った事だろう。まさに衝撃的で信じがたい記録を指差しその男は笑っていた。「北京ほどのコンディションではなかった」
この男の記録はどこまで伸びるのか怖くさえなってきた。




ウサイン・ボルト過去関連ブログ ウサイン・ボルト
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日本人が挑んだ世界との差  男子100M予選から

  • 2009/08/16(日) 19:11:30

陸上の世界選手権がドイツ・ベルリンで開幕した。
注目の男子100m。オリンピック三冠ボルトと前回の世界選手権(大阪)三冠のタイソン・ゲイの頂上決戦に注目が集まっている。
時折笑顔を見せしかも軽く流す程度の走りを見せる世界のトップレベルの選手達に1次・2次予選は顔見世興行のようなものか?そんな中3人の日本人スプリンターが緊張の面持ちで世界選手権の1次予選に登場した。

早稲田の先輩、後輩にあたる木村、江里口に日本のトップである塚原。世界のトップが余裕を見せているのに対し日本人3選手は必至の形相でまさに全力疾走。全身に力が入りすぎているようにも見える。これが「世界との差」なのだろう。この「差」を是非肌で感じてもらいたい。

日本人が個人短距離で特に100Mでオリンピックの頂点に立つ日は残念ながら来ないかもしれない。
しかし、それは生まれ持ったスプリンターとしてもフィジカル面の違いであって技術、テクニックの差ではない。
しかしリレーは違う。
バトンパスの正確性を追求すればオリンピックでもメダル常連もしくは金メダルもあるかもしれない。そのときの為に必要な走力のアップを目指して個人競技に集中してもらいたいと思う。今感じている「世界との差」を各々が縮める事ができればリレーがますます楽しみになる。

一次予選も出場3選手全員が突破した。地味ではあるがこれは凄いことである。日本のレベルも捨てたものではないと思って楽しみにしていた2次予選。

期待された木村・江里口は自己ベストを大きく下回るタイムで各組の最下位に甘んじた。日本選手権を制しユニバーシアードでなんと史上初の100M銅メダルに輝くなど成長著しい江里口でさえ全力で走った一次予選の疲れが抜けずに精彩を欠いた。
木村もスタート前のルーティンワーク(選手がレース前に必ず行うストレッチや集中動作など)が遅延行為とみなされ警告を受けた上会場全体からの大ブーイングで集中力を欠き全くいい所なく惨敗した。

もう一度言おう「これが『世界との差』なのだ」

9秒台が足り前の黒人スプリンターは余裕を見せ、集中力も半分で体力も半分で楽々通過していく予選に対し集中力を高めようといた行為が遅延行為と言われたり疲れが抜けきれずに足が痙攣したりしてしまう。これが「世界」なのだ。

この日の2人が世界を見据えるには世界短距離で戦うにはこの経験を大きな糧にしなければならない。一発勝負では時に大きなアクシデントを生む。フライング失格もそうだし急な故障もそうだ。
しかし世界のトップアスリートとなれば連戦の中で大舞台に向けたコンディションを作って最高の状態に上げていくすべは誰もが身につけている。加えてどんな大舞台で何が起こっても「想定内」とし動じないハートも強さも持っている。黒人特有のフィジカルの強さポテンシャルの高さに加え精神的なタフさも持っているのだ。今、日本人がかけているのはこの「ハート」の部分ではないだろうか?

フィジカルの差を埋めようと躍起になって取り組んでいる技術の向上や作戦、戦略。勿論大事であるし絶対に補なわければいけない点だがそれ以上に大事なのは大舞台に自己のコンディションをベストに持っていく術と大舞台で何が起こっても動じない精神的タフさではないだろうか?

この日の2人に一番かけていた様に思った。これを「経験」とし更なる高みを目指して頑張ってもらいたい。

日本人からすると一見「生意気」に見えるかもしれない態度の塚原がフライングで3名が失格する荒れたレースの中、スタートから飛び出し準決勝に進出した結果が先の2人との差なのだろう。流石、オリンピックのリレー銅メダリストと思わせた。ともに成長の過程にあり今後の日本スプリント界を担う江里口と木村の両選手にはない「ハート」の強さをまずは塚原から学んでもらいたい。

「土」

  • 2009/08/06(木) 00:45:34

世界と戦うには少し実力差がついた感が否めない陸上の男子長距離界。高校生のジュニア世代からの根底からの実力強化を狙った全国有名校の全体合宿なるものが行われているらしい。
長野の高原で地元、佐久長聖高や兵庫の名門、西脇工業、大牟田など全国駅伝の強豪高校が一同にそろい互いに刺激しあって練習する合宿。この試みはとても有意義であると同時にいろんな指導者に出会う選手にとってまたとないチャンスである。

そんな中、史上最多の8度の全国制覇を成し遂げた名将で西脇工業の元監督渡辺さんの講演もあった。

「長距離において天才と呼べる人は努力を重ねた人」
渡辺さんの名言であるとともに口癖だ。

西脇工業と報徳学園。「兵庫を制する者が全国を制する」と言われるほどハイレベルな戦いをしてきた渡辺監督の言葉はやはり重みがある。僕も地元ということもありよく練習風景を見に行ったものである。夏の暑い日だったと記憶している。誰よりも早くグランドに姿を現した監督はグランドの細かな石を取り除いていた。おもむろにやってきた下級生らしき選手達も挨拶をすませるとスコップや鍬や鎌をもってグランドの四方に散ってグランド整備に汗を流していた。

はたから素人が見ても十分に整備されているグランドに見えたが監督は作業する下級生に「ぴしっと基本ができたグラウンドの上でなければいくら練習しても意味がない」 とはっぱをかけグランド整備の大切さを教え込んでいた。

砂利ひとつにつまづき怪我をし選手生活を棒にふった教え子から学んだ教訓らしい。今でも練習前後のグランド整備は、西脇工では基本中の基本であるらしい。

芝生や全天候型のトラックを備えたスポーツ強豪高が増えたと聞く。
確かに足の負担は軽減され選手の怪我も少なくなったというしスピード強化にも一役買っているらしいが渡辺さんはあえて「土の上でないと、本当の走る力は生まれてこない」 と持論を展開させた。渡辺さんの「土」へのこだわりは今、日本に欠けている「強さ」につながる気がしてならない。

グランドの整備に明け暮れ上級生になって整備された土のグランドに感謝をしつつ目いっぱい練習に励み、また「土」に感謝をする。

そんな心が「強さ」を育て「強さ」こそが低迷する日本の切り札になると考えている渡辺さんの教えが今、何人の参加者に響いたのだろうか?

科学的な効率重視のトレーニングも勿論大事だろうし必要であろう。

しかし日本の強さはもっと別のところにあったような気がしてならない。今こそ原点回帰「土」に賭けてみてはいかがだろうか?70歳を越えても今尚、健在な渡辺さんの指導こそが何かを変えるかもしれないのではないだろうか

佐々木七恵  

  • 2009/06/30(火) 15:11:54

皆さんは覚えているだろうか?今でこそ日本の女子マラソン界はオリンピックで金メダルを獲得できるほどの実力を身につけたが初めてオリンピック種目になったあのロサンゼルスオリンピックの時のことを。

酷暑の中のマラソンでリタイア選手が相次ぎアンデルセン選手の脱水症状になりながらの感動的なゴールを生むなど過酷なレースだったのを今でも鮮明に覚えている。

ロサンゼルスオリンピックの1年前に僕は佐々木七恵という選手に衝撃を受けたのもよく覚えている。
兵庫県の王子陸上競技場で開催されていた「兵庫リレーカーニバル」を観戦した時のことだ。サブトラックでレース前のアップ中の選手を見ていた。赤いユニフォームが目に鮮やかなSB食品軍団。先頭を切るのは瀬古や新宅といった当時日本男子の長距離界をリードする面々。その最後尾に必至の形相でくらいつく一人の女子。それが佐々木七恵さんとの初めての出会いだった。

故・中村監督に烈火の如く怒られ泣きべそをかきその様子はとてもレース直前の師弟関係には見えなかったほどだ。

26歳でそれまで順風満帆だった高校職員の職を捨ててマラソン挑戦の一心で中村門下生になった遅咲きのオールドルーキーは強靭な精神力で男子でも根をあげた中村スパルタ指導に食らいついた。練習量は世界のトップと称されオーバーワークを指摘する関係者も少なくなったらしい。

翌年マラソン挑戦1年で東京国際女子マラソンに勝利し念願のオリンピック代表の切符を手にした。
男子で世界のトップクラスにいた瀬古や宗兄弟(旭化成)も舌を巻くほどの練習量をこなした佐々木は練習でも次第に記録を伸ばしアイドルランナーだった増田明美とともにマラソン転向たった1年でオリンピックの女子マラソンの代表になったのだ。

日本の女子マラソン界の礎を築いたといっても過言ではない佐々木七恵さんが今月27日にがんの為この世を去った。

53歳という若さだった

東京都内で親族らによって行われた密葬に涙に暮れる瀬古利彦の姿があった。
「26歳で安定した仕事を捨てて来たこと自体に驚いた。覚悟が伝わった」と佐々木と出合った当時の事を振り返っていた。
「監督に怒られしょっちゅう泣いていたが僕らもいろいろ勉強になった」と更に付け加えてくれた。

今の様に科学トレーニングもウェートトレーニングもなかった時代。

マラソン選手はひたすら走り続け心肺機能の向上と精神力を鍛える事に主眼を置いたトレーニングしかなかった。佐々木は弱音を吐かずにただひたすら走り続け監督に怒られ続けたマラソン人生だったのかもしれない。

マラソン選手としてオリンピックに行きたいという一心で教師を辞め初志貫徹した精神力に最大級の賛辞を贈るとともにご冥福をこころから祈りたい。



江里口匡史   世界に羽ばたくスプリンター

  • 2009/06/29(月) 16:17:21

陸上の世界選手権代表選考会を兼ねた日本選手権が行われた。
女子短距離陣が好調で日本記録連発の話題には触れたが今日は男子100メートルに注目してみたい。

注目した選手は早稲田大学の江里口匡史。

男子短距離はリレー種目で悲願のメダルを獲得し来る世界選手権でも大きな期待をされている。
そのメンバーからアンカーを務めた朝原が引退し後継者選びに奔走する日本陸連の関係者をほッとさせる逸材がいよいよ表舞台に登場した。
高校生時代からインターハイや国体で優勝するなどその才能は非凡なものがあった。
憧れの選手は末続でライバルは江里口が大学入学当時、大学短距離界のプリンスだった塚原と今の日本を支えるメンバーつまりリレーメンバーである。

その二人の背中を追いかけ、いつか倒したいと目標に掲げトレーニングをし続け着実に成長を遂げていた。しかし、ここ数年は記録も成績も思いのほか伸び悩み関係者の期待を裏切り続けていた。
今季のベストも10秒34と振るわず今大会も決勝進出すら怪しくなっていた。しかし今大会にはいってから予選、準決勝と順調にタイムを伸ばし準決勝では好条件の元10秒07の驚異的な記録をつくった。この記録は日本歴代4位という大記録である。

いよいよ決勝が楽しみになりライバルの塚原との直接対決が注目されたが直前で塚原は持病の左ひざを痛め棄権してしまった。
モチベーションが一気に下がる環境でスタート台についた江里口は思いのほか冷静だった。
スタートから突っ込んでいきそのまま一気に駆け抜けた。好調さを裏付けるには十分な圧勝劇に観客は酔いしれた。「塚原さんと戦いたかった。ショックだった。勝負できなかったのが残念」とレース後のコメントもライバルを意識したものになった。大記録達成にも初の日本チャンピオンにもおごることなく「まだまだです」と謙虚な姿勢も好感が持てる。

新たなヒーローお誕生に活気付く日本男子の短距離陣。

今年の夏のベルリン世界選手権の出場が決まった。

本当の世界の速さ、強さ、を知るチャンスを得たといえよう。
初めて世界を見て世界のスピードにきっと驚くのだろう。自分より数段レベルの高いいわば異次元の選手達とあいまみえる事で知ることになる世界との圧倒的な差。その差を恐怖のように感じてもらいたい。そしてそれをバネに更なる飛躍を目指して頑張ってもらいたい。

かつての高校チャンピオンは大学チャンピオンを経て今日、日本チャンピオンになった。
世界と戦える事を誇りに感じるとともに更なる頂きを目指してもらいたい。



渡辺真弓  第3の女の逆襲

  • 2009/06/06(土) 15:46:27

先日日本記録を更新した女子陸上界の新しいヒロイン福島千里選手についてはこのコーナーで取り上げさせていただきました。

関連過去ブログ 福島千里 

その福島を3年後のロンドンオリンピックでは代表の座を脅かす存在になりそうな選手が出てきた。

5月9日に福島第が第2走を務め見事日本記録を出した女子100x4リレーの第3走者。福島から直接バトンを受け取った走者が渡辺真弓だ。
今日はこの選手を取り上げてみたい




福島を中心に女子短距離陣の好調さが目立った春のトラックシーズン。25歳の遅咲きのスプリンターが大きく開花しそうな花のつぼみを感じさせる活躍をした。

現在は百、二百メートルの日本記録保持者である現女王福島千里に100分の1秒差で惜敗が続く高橋萌木子の20歳コンビに続く「ナンバー3」的な存在だが飛躍の可能性は十分に感じさせる25歳だ。

女子陸上界の名門福島大学在籍時代はキャプテンも務めるなど早くからその才能の片りんは感じさせていたが大きな成績を残せないままここ数年を過ごしてきた渡辺だが今季フォームを大幅に変えたという。25歳にしての挑戦はあきらかにくすぶり続ける自分への戒めと20歳の2人の台頭に刺激されたに違いない。ではいかなる新フォームに変えたのか尋ねてみたら答えは意外とシンプルというか極々当たり前のことだった
「しっかり前に足を出す大きな走り。前を大きくです」

陸上のフォーム等に詳しくない方でもそんなの当たり前でないの?とついつい聞いてしまうようなことだがこれが意外と難しいことなのだ。「地面をキックするスプリング動作に加え、足を振り下ろすスイング動作もしっかりイメージできるようになった」と監督も成長を認めているようだがそこまでいくとアスリート特有の感覚的な世界になるのだろう。

女子短距離界をリードし続けるアメリカ合宿や合同練習にも積極的に参加し、自分より速い選手の中でもまれるという環境で精神的なタフさも身につけたようだ現に追い風参考記録ながら日本記録を更新するタイムを連発しているのだからその成長たるもの凄い。

「日本記録が速いとは感じない。遠い数字ではない」と断言できるようになったのも成長の証しであろう。

高校、大学と名門を渡り歩いた割には目立った活躍は出来なかったがその素質の高さは昔から言われていた。
今こそ開花するときではないだろうか?
目下の最大の課題である「スタートから4歩目までの動き」を改善すれば持ち味の後半の加速がさらに生き更なる記録更新が現実味を帯びてくる
それでも渡辺は「トップ2人の存在が私の世界を広げてくれるんです」と謙虚な姿勢は崩さずともその目はしっかり2人をとらえているようだった。



福島千里

  • 2009/05/12(火) 19:01:50

北京オリンピックで女子100mに出場した福島千里。

ちなみに1次予選であっさり敗退したのだが実はこの出場は歴史的快挙だったのだ。日本人女子として56年ぶりの100mの出場だったのだ。

21歳の細身のスプリンターが日本女子の新たな歴史の1ページを刻んだ。先日行われた200mで23秒14の日本記録を樹立した。




北海道の田舎町出身の福島は中学生当時から全国に名が知れたスプリンターだったが同じ年に高橋萌木子がいたため全国選手権での優勝は一度もなく
常に高橋に敗れ続けていた。
福島は陸上名門校でなく地元の高校に進学し陸上を続けるもののインターハイでも高橋に敗れ続けた。

今一、伸び悩んでた感じがあった福島だが高校卒業を機に一気にその才能が開花した。100mでオリンピック参加B標準記録を見事に突破し前述のように56年ぶりにオリンピックのトラックに立ったのだ。スプリンター選手にとって筋肉の質が圧倒的に左右する為、男子以上に黒人やヨーロッパの大型選手に大きく後れをとっていた日本女子が世界の舞台に立っただけでもすごいのだ。

11秒34と自らが持つ日本記録の大幅更新も見込める今季早々と200mで日本記録を樹立し更なる飛躍がますます現実味を帯びてきた。

容姿のよさと愛嬌の良さでにわかに陸上ファンだけでなくファンが付いてきているようだ。注目されることでプレッシャーを感じ記録を伸ばせない選手が多い中この福島はそんなファンの声援を力に変える性格を持ち合わせているように思う。

注目されればされる程、自分の力をさらに引き出せる福島千里。
リレーでもその福島とライバルの高橋がともに走り日本記録を更新した。

新たな陸上のヒロインが本当に登場した。皆さんも是非、注目していただきたい




高橋尚子  笑顔で終えたマラソン人生

  • 2009/03/14(土) 00:10:22

過去関連ブログ 高橋尚子 Qちゃん引退 「マラソン」と結婚した高橋尚子

「行ってきます」という言葉をスタートと同時に口にしたという。

感謝の思いを胸にラストランのスタートを切った。
世界を目指すアスリートからすればちゃんちゃらおかしな出場なのかもしれない。高橋尚子という伝説のランナーの引退レースを一目見ようと集まる観客やマスコミ。「世界を目指す若手と世界での戦いを終えた去りゆくスター」が同じフィールドに立っていいのか?という疑問は確かに残るがそれも高橋尚子の高橋尚子らしい”けじめ”のつけ方だと前向きにとらえてもらいたい。

「ラスト10キロは走り終えるのが寂しかった。皆さんに私の笑顔を覚えていてほしいなと思いながら走りました」。そう残したコメントの全てが高橋尚子そのものを表している。

徳之島での合宿中に訪ねて会話を交わしたことはこのコーナーにもいつか書いたと思うがあの時も高橋尚子は笑っていた。60km走を完走した後だというのに平気な顔をしてこちらに手を振ってくれた時のあの笑顔が忘れられない
スタートからフィニッシュまで「ありがとうラン」を笑顔で終えた高橋尚子に「ありがとう」と言わなければならないのはこちら側ではないのだろうか?
それでも3時間を切るタイムでかけぬけるのだからやっぱり凄い。
小出監督の手にかかればもう一度世界で戦えるのではないかと思ってしまうほどだ。

しかし高橋尚子というスーパーランナーはもう世界のトップステージには帰ってこないだろう。

「世界一のマラソン選手から世界一のジョギング愛好家」になりますという言葉も高橋らしい。
思えば史上初めて金メダルを獲得したシドニー五輪の代表切符をつかんだのもここ名古屋の選考レースだった。思い出深い名古屋で大きな区切りをつけた形だ。

あの笑顔が僕は好きだった。「楽しく走る」事が一番大事と心掛けた選手生活だったらしいがその心を実践し続けた高橋尚子に改めて凄さを感じた。
「本当に楽しい42kmでした」覚えているだろうか?金メダルをとった酷暑のシドニーオリンピックのレース後の第一声を。同じ言葉をどんな試合、どんな辛い結果のレース、
もちろん引退ランの後でも言えた高橋尚子という選手が僕は本当に好きだった。

たくさんの感動を本当にありがとう。
そして本当にお疲れさまでした。



藤永佳子 10年ぶりの表舞台

  • 2009/03/12(木) 17:56:20

来年の世界選手権の代表選考を兼ねた名古屋国際マラソンに新しいヒロインが生まれた。去りゆくスーパーヒロイン高橋尚子のラストラン(一般参加)で注目されたレースで28歳遅咲きの藤永佳子が初マラソンで見事に優勝し世界選手権の切符を手に入れた。

藤永佳子。

長崎の名門・諫早高在学当時、高校女子長距離界女王の名をほしいままにし100年に一人の天才ランナーともてはやされたものだ。
高校3年生の時に5000mで世界選手権に出場し予選落ちはしたものの大きな手ごたえをつかんで更なる飛躍を期待されていた藤永佳子はその後度重なる故障や挫折を重ね天才の名はいつしか日本の女子陸上界から完全に消えてしまった。
輝かしい成績を収め脚光を浴びたあの過去の栄光から一気にとりのこされ世間から忘れ去られてもう10年がたった。

意を決して臨んだ初マラソンで藤永佳子は簡単にあきらめる訳にはいかなかった。そんな強い気持ちが何度も何度も先頭集団から遅れてもまた食らいつく粘りの走りから感じ取れた。レース後のインタビューで初マラソンを振り返り「長かった」という言葉は、42.195キロの距離以上に、脚光を浴びた過去の自分や度重なるケガと向き合い戦ってきた10年の年月に込められた実感だったのだろう。

やっと表舞台に帰ってきたというプライドは若くて生きのいい若手有望ランナーにはない大きな心の支えだったことだろう。たしかに記録自体は物足りないし世界のトップランナーのスピードに対して本番で対抗を期待できる記録でもない。どちらかといえば標準以下で「優勝」という結果以外に選考レースでアピールする程の材料も残せなかった。

しかも世界選手権は真夏に行われる。スピードマラソンよりも忍耐マラソンになるだろう。本番に小さくとも新たな可能性を示してくれた。「離れたときも『大丈夫、大丈夫』という気持ちでした。頑張ってついて労力を使うより自分のリズムで行こうと思っていました」とレースを振り返った言葉は世界のトップランナーの発想とは違うものだった。しかし藤永佳子はこのレースで負けなかったのだ。

何度もケガに泣き何度も走ることをやめたいと口にした藤永はすべての苦悩を吹き飛ばす根性をレースでみせてくれた。世界と戦う上でたしかに時代遅れの精神論と言われれば返す言葉もない。でもいいではないか

満面の笑みで10年ぶりに再び世界へ飛び出すチャンスを力強くつかみ取った藤永に拍手を送ろうではないか?

かつて「天才」と言われた女子高生は大きく遠回りはしたが28歳の大人になって2度目の世界選手権を迎える。
その事実に大きく酔いしれてもいいのではないかと改めて僕は思った



新・山の神 柏原竜二

  • 2009/01/03(土) 16:51:08

第85回東京箱根間往復大学駅伝競走は東洋大学が初の優勝を遂げ幕を下ろした。優勝の大本命と目されていた駒沢大学がまさかの13位でシード権を失うなど今年も波乱があった上、各校のレベルが一段と上がり戦国駅伝となり見てる者を魅了した大会だった。

そんな中、ビックリする様な選手が彗星の如く現れた。東洋大のスーパールーキー柏原竜二である。




永遠に破られる事のない記録とされた山の神「今井正人」が残した記録を一気に47秒も更新するとんでもない記録が達成された。
首位早稲田大から離れる事約5分の差でスタートしたスーパールーキーは監督の指示を無視する程の快速で走り出した。
誰が見てもオーバーペースで入ったスタートにゲスト解説していた今井正人さんも「一年生で怖いもの知らず。これからです・・・」と心配そうに思いやったコメントが印象的だった。
口を半開きにし、みけんにしわを寄せ、表情は苦しそうにゆがむ。「箱根の山登りをなめるな」とばかりにスーパールーキーを苦しめ続ける登り坂。しかしそんな苦悶の表情とは裏腹に快調にピッチを刻み続けいつしか首位早稲田大の背中がはっきり見えるまでに・・・そして一気に首位に立ちそのままゴールを駆け抜けた。

新たな山の神が降臨した瞬間だった。

昨年12月に元部員が強制わいせつの現行犯で逮捕され部長や監督が辞任するショッキングな事件を乗り越え箱根に新たなヒーローが誕生した。
ゴール後の柏原は興奮で目は真っ赤だった。誇らしげに両手の人さし指を何度も突き出し雄叫びを上げながら先輩達の手荒い祝福を受けた。
 
福島県のいわき総合高時代は主要な全国大会の出場経験はなくまったく無名の存在だった。
試合にでてもその性格からか前半から果敢に飛ばしては後半失速し続けた。
高校卒業後は就職をし競技から離れる予定だったが東洋大・佐藤監督代行が視察したとあるレース後に過呼吸で倒れた柏原を見て内臓機能の検査を受けさせた。そこで持病の「貧血」が発覚した。
薬と食生活の改善でその後は持久力がつき飛躍的にタイムが向上した。「3年までに強くなってくれればいい」と熱心に誘われ東洋大学に入学した。入学後もその成長は止まらずこの快挙に結びついたのだ。

新・山の神の誕生は箱根駅伝の新たな伝説を生みさらにその伝説は続くであろう。あと3年つまりあと3回・・・
ゲスト解説の今井正人さんが最後に言った「ビックリしました。化け物ですね。あと3回も見れるんでね。本当に楽しみです」

柏原竜二。

東洋大学のいや箱根駅伝のスターの名を覚えておいて貰いたい

高橋尚子   Qちゃん引退 「マラソン」と結婚した高橋尚子

  • 2008/11/04(火) 18:12:41

マラソン選手史上誰からも愛された名選手「Qちゃん」こと高橋尚子が引退を決意した。
今年で36歳と年齢的にもピークすぎた感のある彼女は目標を見失い引退を選んだようだ。

現役最後の大きな目標に掲げた「国内3大マラソン連続走破」も叶えることなくシューズを脱いだ。
アジア選手権を圧倒的に強さで制した後、世界の頂点を極めた2000年シドニー五輪。さらに1年後、女子で史上初めて2時間20分の壁を突破した01年ベルリン・マラソン。
どれも衝撃と感動を与えてくれた走りだった。今でも鮮明に覚えている。

重圧を感じさせない笑顔を振りまきリラックスした表情をみせるかと思えば一変、鬼の形相で自らのギアを変え異次元の速さで駆け抜けたあの走りはもう過去の栄光に過ぎないのか?

マラソン6連勝と向かうところ敵なしだったが02年秋から歯車が狂いだす。かかと付近の故障で世界選手権を直前に回避し復活を期して取り組んだアメリカ高地のボルダーでの合宿中に肋骨を骨折しまた出場を回避仕切り直しの翌年にはアテネ五輪代表選考会の東京マラソンで調整ミスでよもやの失速で2位。

五輪2連覇の夢をかけて選考にかけられたが難航した議論の結果、落選となりその夢はついえた。気持ちを切り替えたアテネ五輪後の秋、北京を目指して再始動した矢先今度は足首骨折。満身創痍の体で選んだ決断は恩師である小出監督の元を離れ独自の調整法に切り替えた「チームQ」の発足である。

翌年の東京マラソンで復活の優勝をし北京に僅かな望みを繋いだがその後も度重なる怪我もあり満足な走りは出来なかった。北京出場の夢もあっけなく幻と消え最後の花道とご奉公にと「国内3大マラソン連続走破」と無謀ともいえるプランを明かしていた。「誰もやっていないことをやりたい」それが彼女の口癖だった。

その昔、徳之島で合宿をしていた高橋選手を訪ねた事があった。一ファンという立場の関西弁の僕に気軽に声をかけてくれた

「何しに来たんですか?」
「高橋さんの応援です」
「珍しいですね。こんなとこまで」
「高橋さんの走りを見てるととても感動するのでどんな練習してるのかと気になって・・・」
「そうですか。ありがとうございます」「日本中の人にそう言ってもらえるまで頑張ります」
「もう十分じゃないんですか?」
「まだまだ始まったばかりですょ」
そういって笑いながら40km走にスタートして行った。その数ヵ月後シドニーで金メダルを獲得し日本中の人々を感動の渦に巻き込んだ。




余談だがこんな会話もした

「恋人はいるんですか?」「いないんだったら僕と付き合って下さい」
「恋人はいないです。お気持は嬉しんですが『マラソン』と結婚しちゃいましたから」
あの時の屈託のない笑顔はいつまでも忘れない。

本当にお疲れ様でした。



ハイレ・ゲブレシラシエ 

  • 2008/10/01(水) 10:29:33

ベルリン・マラソンで世界記録保持者でエチオピアの皇帝ハイレ・ゲブレシラシエが驚異的な世界新記録で3連覇を達成した。




その記録は自身の持つ2時間4分26秒の世界記録を27秒更新し史上初めて2時間3分台に突入した驚くべき記録だった。

優勝賞金のほかに世界新のボーナスなどが懸賞にかけられペースメーカーがつく事も許される都市マラソンで記録が出るのが近年のマラソン界の常識である。
記録をもつ「速いランナー」と基本的に夏場の暑い時期に行われる世界選手権やオリンピックに勝つ「強いランナー」とくっきり色分けされ42.195キロの距離は同じでも違う種目にすら感じてしまうほどその色分けは鮮明になっているようだ。5キロのスプリットタイムはすべて14分台。35キロ〜40キロの5キロは、14分29秒という終盤としては、驚異的なタイムをマークし優勝した皇帝の周りには複数のペースメーカーが伴走していた。綿密に計算されつくした世界記録という訳だ。

ハイレ・ゲブレシラシエ本人も北京のマラソンを「大気汚染」を理由に回避してまでもロンドンでも3連覇、記録更新に標準を合わせてきていた。

北京回避の本当の理由として『オリンピックの金メダルで得る栄誉と報酬が明らかにロンドンより低かった』というのがもっぱらの噂である。酷暑のなか走るリスクを考えれば高額の報酬で招待されている都市マラソンで記録を目指したほうがいいと考えたのは当然なのかもしれないがやはり残念な気がしてならない。

しかし「強いランナー」を決めるはずの北京五輪は夏場にもかからわずワンジル(ケニア)が2時間6分台で優勝するなど年々高速化に拍車がかかているのはもはや世界の流れであることは否めない。
今回と同じベルリンで開催される来年の夏の世界陸上には皇帝ハイレ・ゲブレシラシエ出場する意向を表明している。「速いランナー」と「強いランナー」の頂上決戦。
本当の世界一決定戦は来年のベルリンが最初で最後かもしれない。その後は人類史上初のマラソン1時間台を目指す「速いランナー」とオリンピックチャンピオンや世界選手権覇者の栄誉を目指す「強いランナー」とそれぞれ分野が明確に分かれる気がする。



ティム・モンゴメリー    スターランナーの末路

  • 2008/07/11(金) 02:12:07

陸上大国さらには短距離大国アメリカにあってその歴史に名を刻んだスターランナーの一人にティム・モンゴメリーという選手がいた。

ジュニア時代から世界最高クラスの才能と言われ17歳で9秒96の当時ジュニア世界最高記録をだした早熟の天才ランナーだ。
しかし、度重なる非行でその才能は陰に隠れるようになってしまう。
そして2005年にドーピング違反を犯し2年間の出場停止と過去の記録、優勝履歴さらには当時の世界最高記録9秒78など全てを抹消されるとすぐに引退を表明し陸上界から去ってしまった。

さらに陸上ファンを悲しめたのは女王マリオン・ジョーンズとの離婚である。天才スプリンターを両親にもつ天才DNAを継ぐ2世の誕生と成長を心待ちにしていたファンまでも裏切ってしまった。

その後のモンゴメリーは絵にかいたような転落人生を進むことになる。2006年4月には数百万ドルに及ぶ巨額詐欺と資金洗浄に関与していたとして逮捕され執拗な取り調べに業を煮やし取り調べ官に暴行を働くなど悪態をついた。その後も黒い噂は絶えることなく数々の事件の陰に顔を出すことになり、先日にはヘロインの密売容疑で逮捕され、有罪となってしまった。
詐欺行為で禁固3年10か月の刑を受けたばかりなのにさらにこの一件で5年以上の禁固刑が科せられるらしいがもう更生する事はできないのだろうか?

天才的才能を武器に世界を席巻したあの男に胸をときめかしていた僕としてはなんとも悲しい末路にしか見えない。残念な思いでいっぱいである。

絹川愛    「祈り 絹川愛への思い」

  • 2008/06/06(金) 11:24:40

昨年の大阪世界陸上で一人の女子高生が脚光を浴びた事を覚えているだろうか?絹川愛という女子10000mに出場した未来のエースと期待されていた女子高生の事を。





仙台育英高校時代は駅伝での12人ごぼう抜きの快走で一躍スターダムに登りつめ、数々のジュニア記録を塗り替えた天才少女だ。

アイドル並みのルックスと合わせて人気・実力ともに日本のトップランナーとして早々と世界へ飛び立った天才少女に悲劇が起ったのは昨年の年末。

骨盤の疲労骨折が判明したのだ。北京オリンピックを目指し過酷なトレーニング合宿中だったためこのアクシデントは監督の渡辺氏に批判の矢は集中した。

しかも左右両方の骨折だったため初発育途中の高校生世代に何を押し付けたのかと非難を浴びせた。
しかし、それが悪夢の始まりだった。骨盤の骨折は悲劇の序章にしか過ぎなかった。

腰が完治しないまま今度は左ひざに痛みを発し続いて右アキレス腱・左ふくらはぎと次々と故障を重ねたのだ。

しかも腰を含め故障個所が完治していないので無理な練習をしていない時期の続く故障に周囲は驚きを隠せず内臓を含む精密検査を繰り返し受けさせた。

放射性同位元素診療と特別な血液検査を実施。
その結果、通常の血液検査で正常値だった血液に異常が見つかり、悪性のウイルス感染と診断された。担当医の話では「未知のウイルス感染で赤血球と白血球が変形していた。国内では報告のない症例。中国の昆明合宿での感染が疑われる」として昨年3月の昆明合宿中に感染し潜伏期間を経て発症した疑いがあるらしい。7月に英国で開かれる学会で症例の発表を予定しているという程の珍しい病状らしい。

北京はおろか陸上選手として再生できるのか?命に関わるのか?治療法はあるのか?ないのか?

完治するのかも分からずにただただ痛みと戦っている絹川の気持ちを思うと涙が出る思いだ。天才少女とよばれこれから10年は絹川の時代が続くとまで嘱望された選手だけに命は勿論、是非陸上界に戻ってきてもらいたい。

幸い彼女はまだ若い。

北京は無理でもロンドンが待っている。いやロンドンでなくともいい。各地のトラックが君を待っている。もう一度あの走りが見たいと心から祈る。待っている。

ウサイン・ボルト

  • 2008/05/07(水) 13:14:29

昨年行われた大阪世界陸上でアサファ・パウエル(ジャマイカ)とタイソン・ゲイ(アメリカ)の男子短距離頂上決戦の間隙をぬって一人の大男が男子200mで銀メダルを獲得した。

その男の名はウサイン・ボルト(22歳)




カリブの怪人と呼ばれるその男を初めて見たのは彼が15歳で出場した世界ジュニア陸上の男子100m決勝だった。
当時全くと言っていい無名選手は3〜4歳年上の世界のなみいる強豪を抑えて優勝をさらったのだった。心底驚いたのを今でも覚えている。

その時からすっかり僕は彼の虜になってしまった。ジュニア世代といえば身体の成長期とかぶるため1歳年が違えば身体能力は雲泥の差といわれている。事実歴代のチャンピオンを見てもその傾向は否定できない。そのカテゴリーで15歳で金メダルを獲得した事の凄さを世界中の陸上ファン知っているのだ。ちなみに200mのジュニア時代自己記録は19秒93で、史上初めてジュニアで20秒の壁を破ったのが彼だった。

カール・ルイスもリロイ・バレルもタイソン・ゲイも200・400mの神様マイケル・ジョンソンも20秒をジュニア世代で破れなかった事を説明すれば彼の凄さがなお分かってもらえると思うのだが・・・。

2007年世界陸上選手権大阪大会で、200メートル19秒91で銀メダルを獲得し一気にシニア世代のチャンピオンを射程圏内にとらえる所まで上り詰めてきた。北京では金メダルの有力候補に名乗りを上げるであろうその怪人はなんとシーズンの最初に9秒76の世界歴代2位の好タイムで優勝してしまった。

一躍世界のトップに躍り出た感じだ。同郷で世界記録保持者アサファ・パウエルも本番に向け調子を上げてくるだろうし世界チャンピオンのタイソン・ゲイを含むアメリカ勢も黙ってないだろうますます面白くなりそうな男子短距離界であるが覚えておいてほしいウサイン・ボルトの名を。

その男の名はウサイン・ボルト(22歳)

日本男子マラソンに苦言  男子マラソンに金メダルはない

  • 2008/03/03(月) 02:40:46

北京オリンピック出場をかけた予選が国内外で行われている。

瀬古や宗兄弟が走ったロサンぜルスから数えて7回目のオリンピックで日本は悲願の男女アベック金メダルを目指すという。その権利をかけて熱い戦いが行われている。男子は福岡国際に東京シティマラソンに今回のびわ湖と選考レースが行われているが、少々違和感を覚えることがある。

オリンピック出場の条件である日本人最高位を意識するあまりけん制しあうのもいいが序盤からしかも対日本人だけを意識したレースをやっている、

今回に限って言えば相手は世界選手権・銀メダルの選手が招待されていて格好の対戦相手を用意してもらっているのに全く無視を決め込み他の日本人より先にゴールすることだけを見据えたレース展開に終始しその結果日本人最高位でゴールしたらガッツポーズである。このレースは3位なのに!しかもインタビューではさも自分が優勝したかのような興奮ぶりと満足そうな笑顔。なんども言う!このレースは負けているのだ。




レース前から目標タイムは「2時間8分40秒」のライバルが先に東京で出したタイムを挙げそれを上回ると世界最高を樹立したかのような喜びぶりとはなんとも情けない。確かにオリンピックに出場しないことには金メダルのチャンスもないがそんな気持ちで金メダルはとれるのだろうか?





出場に気を使ってそれで満足してしまって本戦に失敗した選手やチームを幾多とみてきた僕にとってはなんとも寂しいレースを見た気がしてならない。

少なくとも「オリンピックでメダルを」と考えているのら世界選手権2位の選手に勝たないといけないし仮に負けても悔しがらないといけないのではないか?

日本マラソン界の世界におけるレベルの高さは十二分に理解しているつもりだが金メダルを獲得できるのは出場した全選手のうちのたった1人であることを完全に忘れてしまっているようだ。

残念ではあるが北京の表彰台の真ん中に日の丸が揚がる可能性は極めて低いと予想してしまった。

福士加代子  大阪国際女子マラソン展望

  • 2008/01/25(金) 12:10:56

冬の大阪の風物詩。大阪国際マラソンの号砲がなる。

今年はオリンピックイヤー、昨夏の世界選手権銅メダルの土佐礼子、東京で驚異的な勝ちっぷりをみせた野口みずきが内定となった女子マラソン枠は残り1。

そこに復活を目指す高橋尚子をはじめ世界屈指のレベル、層の厚さを誇る精鋭が虎視眈々とその残り1枠を目指す。

そんな中、注目選手が大阪で初マラソンを迎える。女子長距離界の女王・トラックの日本記録コレクター『福士加代子』である。




青森出身で高校生時代は無名の選手であったがその素質の原石は名門ワコールに入社してその潜在能力を開花させる。
3000m・5000mと次々と日本記録を塗り替え世界と距離のあった、女子長距離トラック界を一人で引っ張る。時に僅差で競り負けた試合のテレビインタビューで「乳首3つ分ぐらい足りませんでしたね」と爆弾発言をし、周囲を慌てさせたり余裕のゴールの際に志村けんのギャグをしながらゴールしたりと奇行に驚かさせられるが実力は間違いなく日本のトップである。




そんな、福士の口癖はマラソン転向は?
の質問に対して「2時間半も走るぐらいだったら映画1本見ます」だった。

彼女なりのユーモアなのか真剣なのかはわからないがこれを言い続けて3年にはなる。少なくともマラソン転向はないと思っていた。
ところが、日本陸連から発表された大阪国際女子マラソンの一般出場選手の中に「福士加代子」の名前があった。
招待選手でなく、市民一般ランナーとしてである。

当の本人はマラソン選手特有の50km走など持久力をつける練習は一切しておらずあくまでトラックレースの延長、ロードレースでもスピード強化に努めているので周りは福士はホントにマラソンを走るのか?と疑問が上がっている。

しかし、今世界のマラソンは一貫してスピード強化がトレーニングの基本である。
とくに、エチオピア・ケニアの強豪アフリカ諸国はこぞってクロスカントリーを含めたスピードの強化だけで世界に出ては驚異的な記録を更新し続けている。

「’速いランナー’と’強いランナー’は違う」という名言を大阪女子マラソンの顔、カトリン・ドーレ(ドイツ)やリリア・シモン(ルーマニア)は口をそろえて残した。

福士も速いランナーになりはするが日本が求める金メダルを取れる’強いランナー’になれるのか?という不安を残しつつも日本のマラソンの常識が覆るのではないかという期待感のほうが今は強い。
アフリカ勢のスピードか日本勢の知恵と駆け引きと持久力かという対決構図に一石を投じることは間違いないが果たして結果は・・・・注目してレースを見たいと思う。





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