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石津幸恵

  • 2010/07/08(木) 22:16:08

男子は帝王フェデラーが準々決勝で姿を消す大波乱があったものの第2シードのナダルが制し女子はセリーナ・ウィリアムズが貫録の2年連続優勝を収め幕を閉じたウィンブルドン(テニスの全英オープン)。

今年のウィンブルドンを沸かした日本人は復活したクルム伊達公子でも男子の新星・錦織圭でもなかった。
17歳の現役女子高生・石津幸恵だった。



最終日センターコート横の第1コートに姿を現した茨城県の土浦日大高に通う17歳。ウィンブルドン・ジュニアの女子シングルス決勝戦。41年前に沢松和子が優勝して以来の日本人の優勝を目指して18歳のクリスティナ・プリスコバと対戦した。1m64cmあり、そんなに小さくない体の石津幸恵が小さく見えるほど1m82cmのクリスティナ・プリスコバは大きく見えた。

1万人以上の観客を集めたジュニアの決勝戦で長身のクリスティナ・プリスコバから繰り出される角度のある強烈なサーブに石津幸恵は懸命に食らいつき鋭く深いストロークで対抗した。
第一セットを簡単に失ったものの第二セットは完全にサーブを読み切りリターンを左右に振りわけゲームをコントロールしていった。



クリスティナ・プリスコバは18歳だが石津幸恵は今年5月の福岡で行われたジュニアのオープン大会で対戦しストレート負けした相手で同じ92年生まれのライバルだ。

福岡の借りをウィンブルドンの大舞台でリベンジを果たすべく果敢に攻め立てた。前日には過去に優勝経験があり地元期待のイギリス人ローラ・ロブソン破り自信を深めたストロークの切れ味は格上のクリスティナ・プリスコバを上回っていた。



第2セットをとり、最終の第3セットは相手サーブをブレークするなど一時4−2とリードし優勝が見えたかのように思われた。しかしその後の4ゲームを連取されまさかの逆転負けを喫した。
試合直後、天真爛漫な17歳の目から悔し涙が止まらなかった。

「チャレンジャーの気持ちで試合に臨んだのに・・・最後は勝ちを意識して守りに入った・・・」と涙まじりに話してくれた。これが世界の戦いなのだ。
もってはいけない感情を持ってしまった時、世界では「負け」を意味してしまうのだ。それが経験できただけでも今大会は大きな収穫ではなかっただろうか?

4歳からテニスを始めてからテニス漬けの生活を送り続け小、中学校レベルで全国制覇をした天才。高校に進学した16歳の夏には早くもプロサーキットで優勝を果たしここまで既に日本人最多の5勝を挙げている。ウィンブルドンも今年が3回目の挑戦となった。

準優勝。負けてしまったがこの日のテニスは決して悪くはなかった。むしろテニスの内容だけ見ればクリスティナ・プリスコバを上回っていたし優勝してもおかしくなったはずだ。ただひとつだけ「持ってはいけない感情」を持ってしまっただけなのだ。

この日の悔し涙を忘れず更なるレベルアップをしてもらいものだ。
まだ17歳。石津幸恵の挑戦は始まったばかりだ。

フアンマルティン・デルポトロ

  • 2009/09/16(水) 01:42:47

全米オープン6連覇&史上最多の16回目のグランドスラム制覇を狙った絶対王者ロジャー・フェデラーの記録を止めた20歳の新鋭。アルゼンチン出身の伸び盛りフアンマルティン・デルポトロ。





日本期待の錦織のライバルと言われた時代が遠い昔のような急成長ぶりにフェデラーでさえ「僕もいいプレーをしたけど相手がベストだった」と完敗を認めた。若かりし時代から反射神経の良さとフットワークの良さを武器に守備面には定評があった。193cmの恵まれた体と若さを持ちながらなのに「何故、守備的な戦術をとるのか?」と酷評された時もあった。

そんな世間の声を聞いてか聞かずかその後練習を重ね強烈なサービスを手に入れたデルポトロは攻撃にもその才能を随所に見せるようになりグランドスラム決勝初出場で見事王者を破るまでに成長した。

20歳356日という全米オープン史上8番目に若いチャンピオンの誕生は決してまぐれではなく実力を兼ね備えた若き新チャンピオンの誕生といっていいだろう。
準決勝で事実上世界2位の実力者ナダルをあっさり下しこの日はフェデラーを止めたのだから本物といっても過言ではないだろう。

昨年夏にツアー初優勝を遂げるとそこから4大会連続優勝の離れ業を演じたデルポトロはその強さを改めて証明し世界のトッププレイヤーの仲間入りを果たした。

フェデラーとナダルの時代の終焉を告げるかのような勢いすら感じさせる20歳のこれからに更なる注目をしたい



杉山愛

  • 2009/09/10(木) 16:13:49

伊達公子が作った日本女子テニスの世界への道をしっかりと進み伊達以上にその名を世界に轟かせた杉山愛が引退を決めたようである。




日本人で初めて女子ダブルスの世界ランク1位になった杉山愛。シングルも最高8位になり世界でも数少ないシングル、ダブルス共に世界のトップ10入りした選手なのだ。

小柄な体で世界を渡り歩いた杉山の武器は世界最高クラスと絶賛されたフットワークの軽さとスピードだ。強烈なサーブを持つわけでもなくパワー溢れるストロークが持ち味でもなくテクニック抜群な訳でもなくフットワークだけで世界と対等に戦った選手と言っても過言ではない。

特にダブルスの上手さは世界最高と評されパートナーの長所を上手く引き出し自らは豊富な運動量とカバーリングでサポート役、黒子に徹し地味ながらもいい仕事を続ける「ダブルス仕事人」と呼ばれている。キム・クライシュテルスと組んだ2003年には全仏とウィンブルドンをダブルスで制し名実ともに世界最高のダブルス選手としてその名を刻んだ。
全米も制していた杉山の悲願はグランドスラム(4大大会制覇)の掛かった全豪の優勝だったが結局勝てずにその夢は志半ばでついえた。それでも4大大会3勝を含むツアー通算37勝はかなり立派な成績であろう。

さらに杉山の事を語る上で一番大切なことがある。

これは意外とみんなに知られていないのだが4大大会シングルス連続出場の記録「62」を持っている。男女通じてこれは最高記録でいかに安定した力を維持し大きな故障をしなかったかを示すもっと褒められるべき記録なのだ。
母である芙沙子コーチとの二人三脚で、「無事これ名馬」を地でいった。

すっかり世界を見渡してもベテランの域に達した最近は肉体的な衰えからか、シーズン中に体調を崩したり、イメージと動きのギャップを感じることがあったという。

「年間通じて最高のパフォーマンスを維持できなくなった」小さな体を張って多くの偉業を成し遂げ世界を席巻し日本女子テニスの顔として君臨し続けた杉山。
34歳でラケットを置く事を決意した今は達成感を感じているのだろうか?きっと達成感に満ちあふれた引退であったろう。



ニコル・バイディソワ

  • 2009/09/04(金) 16:27:20

183cm、63キロの容姿端麗な美女戦士、ニコル・バイディソワ(チェコ)。




女子テニス界のスーパーアイドル、シャラポワ(ロシア)の後継者として実力もさることながらその美貌から“シャラポワ2世”とも呼ばれるチェコ出身ニコル・バイディソバ。




彼女を初めて見たのは彼女がまだ16歳の時だった。

ジャパンオープンでなんと16歳5ヶ月で優勝を果したのだ。183cmの恵まれた体格を活かしたパワー溢れるテニスが身上で高い打点から振り下ろされる強烈なサービスを武器に、並みいる強豪選手を次々と倒しジャパンオープンを皮切りにこの年にはツアー5勝を飾った。

端正で綺麗なな顔立ちや抜群のスタイルも手伝いあっという間に人気が広がり「シャラポワ2世」と騒がれた。着実に実力を伸ばし世界ランクも上げ最高ランクは7位にまでなった。2006年全仏オープン、07年全豪オープンでそれぞれベスト4に入るなどグランドスラム(4大大会)でもベスト8常連の選手になり、近い将来必ず世界トップに立つと誰もが信じていた。

そんなバイディソバの最新の世界ランクはなんと143位。

怪我にも悩まされているとされるがテニス以外でいろいろ話題が絶えないのも事実だ。同じチェコ出身のテニスプレーヤーであるロデク・ステパネクとフロリダで婚約したという噂が流れるなど私生活がテニスに大きな影響を及ぼしていると言われている。ステパネクと言えば、あのマルティナ・ヒンギスと婚約を電撃的に解消したことでも知られるプレイボーイと言われている。

それでもあの15歳でみた衝撃はいまでも忘れられないのは僕だけではないだろう。ルックスは別にして恵まれた体格を持ちパワー溢れるテニスにテクニックが加われば間違いなく世界のトップになる逸材だと思う。是非、復活してもらいたいと切に願っている。



アンディ・マレー

  • 2009/07/06(月) 23:10:39

ウィンブルドンで久々の地元イギリス人の優勝を期待された22歳の若きエース。アンディ・マレー。

190cmの恵まれた体格を活かしパワーテニスを展開するのかと思いきや精密機械のようなタッチで相手の弱点を徹底的につくクレバーなテニスをする。イギリス人の期待を一身に背負うまでの存在になった。世界ランク3位で今大会も第3シードをもらったマレーは初戦か順調に勝ち上がり地元の期待はますますヒートアップしていった。

若さに似合わぬ高い技術と卓越した戦術眼を背景に自ら有利な展開を作っていくオールラウンダータイプ。今大会も制した芝のコートでは絶対的な強さを誇る皇帝フェデラーに似たタイプだ。

多彩なショットで相手を揺さぶりそこからポイントを引き寄せていく。
従来はフィジカル面の弱さが指摘されていたが近代的なトレーニングを積極的に取り入れ徹底的なフィジカル強化によってショットの威力やコートカバーリングを向上させたことで弱点は克服しつつある。全体的に穴の少ない選手であり対戦相手に対して効果的なゲームプランを設定することに長けているためポイントの取りこぼしは少ない。
研究熱心な事でも知られ、自宅には他選手の試合の映像が多数保管されていると言われるほどだ。

イギリスでは近年、ヘンマンが世界トップランカーになり毎年の様にウィンブルドンの季節になると「今年こそは」と期待をされてきた。それでも準々決勝止まりで地元民の期待を裏切ってきた。
しかし、この若き地元スターは一味違うかもしれない。引退したヘンマンに変わりその期待の先はマレーに集められているが22歳という若さと芝のコートの対応力、更なる技術の向上を考えると僕は近い将来必ずセンターコートで優勝カップを手にする姿を見れると思っている。

大きな怪我をすることなく順調な成長を遂げてもらいたいものである。

余談だがこのマレーという選手、サッカースコットランドの名門「グラスゴー・レンジャース」のスカウトの目に留まり本気で入団を考えるほどのサッカーのセンスも抜群の選手だったのだ。
「テニスを選ばずにサッカーを選んでいたらもっと有名な選手になってたかも・・・」と今でも惜しまれるほどの選手だったそうだ



クルム伊達公子? 13年ぶりのウィンブルドン

  • 2009/06/25(木) 00:54:52

クルム伊達公子。

過去関連ブログ・・・・クルム伊達公子

最後は完全に若さに屈した。13年ぶりにウィンブルドンの緑の芝にライジングショットが帰ってきた。
現役復帰し注目を浴び続ける38歳は主催者推薦でコートに立ち第9シードと格上で、しかも自分より20歳も年下の18歳を相手にその片りんを見せ大きな見せ場を残して周囲を驚かせた。

あの女王グラフと中断を挟み2日間にわたる熱戦を繰り広げた思い出の地での復帰に地元ファンも大きな歓声で伊達を受け入れた。

正確無比なショットは健在でも当時からすれば明らかにスピードは鈍り切れ味も影をひそめていた。
しかし、緊張がとれない18歳に対し伊達は百戦錬磨のベテランらしくコースを読み切り粘り相手のミスを誘発した。

相手のウォズニアッキもなれないライジングボールの回転数や変化、スピードの緩急に対応を鈍らせ本来の出来ではなかった。
第一セットは予想に反してなんと伊達がとったのだ。

ひょっとしたらひょっとするかもと思った第2セットから急にボールへの集散が遅くなりフィジカルに問題があることを露呈してしまう。逆に相手のウォズニアッキは冷静さを取り戻し伊達を左右、前後と動かし揺さぶり続けた。全く対応できない伊達に更なる悲劇が・・・。持病の足の故障を再発させたのかけいれんを起こし結局最終セットも奪われ逆転負けを喫してしまった。

人は惜しかったとかもう少しだったとかいうが本当にそうだろうか?

確かに38歳の現役復帰には頭が下がる思いがする。尊敬してやまないが第2セットで足がけいれんするほどのフィジカルコンディションで出場する意義が
あったのかと疑問を持ってしまう。

ウィンブルドンとは4大メジャー大会、グランドスラムの中でも最も最高峰の大会と僕は思っている。

その場に立つことは世界中のテニスプレイヤーの憧れであり目標である最高のステージだと思う。そこに主催者推薦を受けた。とはいえこういった結果での敗退はやはり残念である。ならば新進気鋭の若きホープを一人推薦枠で出場させてもよかったのではないだろうか?

過去の健闘に敬意を表しての出場要請だったのだろうが年齢も過去の実績も関係なく今の世界一を決める大会であってほしいと思っている僕にはやはり不可解である。

伊達の凄さも日本テニスを牽引してきた過去も僕の中では今でも焼き付いているし伊達が通っていた園田女子大の練習コートに噂を聞きつけ見に行き衝撃を受けた事も忘れたわけでないがそれだけにあの負け方は見たくなかったのが本音である。

確かにこの日の伊達はゲーム開始から素晴らしい集中力とテクニックの全てを駆使したベテランらしい味のあるテニスを展開し観客を沸かしてくれた。しかしその反面そのプレーがどうも物さみしく感じた往年のファンがいたであろう事も忘れてほしくはない。



マラト・サフィン  「愛すべき悪童」

  • 2009/06/02(火) 16:02:02

「愛すべき悪童」あるテニスプレイヤーの愛称だ。時に凄みを感じるまでの研ぎ澄まされた集中力で世界ランク1位を圧倒したかと思えば格下選手相手に完全にゲームをコントロールされ見事に完敗を喫したりする。

彼の才能の一端に「我慢」というものがあれば世界最高、いやテニス史上最高プレイヤーになっていたかもしれない。
今季限りでの引退を表明している「ロシアの悪魔・マラト・サフィン」がローランギャロスのクレーコートに立った。





彼のプレーに心を奪われてもう10年になる。2000年には世界ランク1位にもなり全米オープンを制した。その時のテニスは見ていて楽しかったし本当に憧れた。時に大きな声で審判に詰め寄りファンに向かっても奇声を浴びせ何事もなかったかのようにスーパーショットを放ち笑って見せた。

テニス界の悪童はいつしか世界中のファンをとりこにしたものだ。その後フェデラーら若手の台頭で思うような成績をあげれなかったが2005年の全豪オープンで見事復活優勝を遂げる。

ロジャー・フェデラーと戦った準決勝は全豪テニス史上最高ゲームとして今尚語り継がれている。
正確無比なストロークの応酬にパワー溢れる攻撃の数々、巧みなテクニックで相手を翻弄したかとおもえば強烈なバックハンドを一閃。見事なまでのコースに決まるリターン。見ていて興奮し抑えられない気持にまでさせてくれたのを今でも覚えている。

不甲斐無い自分のプレーにかんしゃくを起こすとすぐにラケットをたたきつけ何本も折った。
そのたび批判を浴びブーイングの嵐を受けてもイライラはおさまらずベンチやコートサイドの壁に穴をあけたり壊したりを繰り返した。サフィンの折ったラケットが各テニス会場の展示物になっているのは有名な話だ。
イギリスにあるテニスの博物館にも勿論飾っている。博物館訪問者もみんな「あれがウィンブルドンで壊れたサフィンのラケットだよ」と少しにやにやしながらそれを眺める光景が名物になっているらしい。




今では数少なくなった「喜怒哀楽」を素直に表す選手の代表だったサフィン。その人間性あふれるテニススタイルが今や主流の機械のように黙々とプレーする選手のなかでひと際異彩を放ちファンもそこに惹かれた。

「愛すべき悪童」冒頭に述べた彼の愛称。

彼の才能にほれたコーチが彼の元にやってきた彼の心をコントロールすれば世界最高の選手を育てた名コーチとして名を挙げれる事を知って彼に近づいてきた。多数のコーチが彼につきそして彼の元から去っていった。彼の才能の一端に「我慢」というものがあれば世界最高いやテニス史上最高プレイヤーになっていたかもしれないのは周知の事実だった。しかし彼はその「我慢」という才能を得ようとしなかった。それを得る事によって自分のテニスに魅力がなくなる事を誰よりも本人が知っていたからだろう。そんなサフィンにみんなひかれた。引退が決まった今でもそしてこれからも・・・・きっと。


マリア・シャラポア

  • 2009/05/16(土) 18:33:24

テニスの世界ランキングというのが発表される。毎度毎度は目を通さないのだがグランドスラムと呼ばれる4大メジャーの大会前には必ず目を通すようにしている。最新のランキングを元にシード選手が決まり、組み合わも見えてくるのでちょっとした”楽しみ”として大会前は気にしているのだ。

ランキングの30位〜50位ぐらいの若手選手は特にチェックしておこうと思う。何故なら大舞台で番狂わせを演じベスト8ぐらいに進出してくるのはこの辺りのランキングの選手が多い為だ。

そのランクに見慣れた名前があった。きっと皆様もご存知だろう。

ロシアの妖精『マリア・シャラポア』その人だ。




肩の故障で1年もツアーから離れリハビリに専念してきた女子テニス界きってのアイドル選手だ。故障とはいえ1年以上も長期欠場していた“テニス界の妖精”マリア・シャラポワがこのたび本格的に復帰しようとしているのも全仏オープン・ウィンブルドンと続くツアーの目玉になるだろう。

その美貌(びぼう)はテニス界だけでなく世界中で称賛される説明不要の存在。勿論ルックスだけでなく実力でも世界ランキング1位に君臨した事もあるし、ウィンブルドンをはじめ全米オープンや全豪オープンなど4大メジャーも優勝した逸材だ。


マリア・シャラポア。


ロシアの西シベリアの貧しい家庭に生まれるが4歳頃から公園で壁打ちを始めたのがテニスとシャラポアの出会いだ。勿論、ジュニア用のラケットを買い与えられる環境でなかったのは明白だ。そのラケットとボールも近所に住む少年のお下がりというのだから不思議な縁だ。子供が見つけた”遊び道具”が世界一になるのだから・・・。
4歳の女の子がひたすら打ち込む姿を見て近所の同世代の親たちはかわいそうな目で見ていたとも言われている。しかしそんな姿を目にした一人のテニス経験者の男性がその女の子のとてつもない才能を見抜いたのだ。

壁はボコボコに凹凸が出来てる。壁に打つといつどんなコースにどんな回転をして戻ってくるか解らない。しかし4歳の女の子はその軌道を判断しボールの返球地点にはすでにスタンバイしまた打ち返しているのだ。しかもその返球場所はブロック1つの面積を外す事は無いほどの正確無比な”ストローク”だった。一度皆さんも想像してもらいたい。でこぼこの壁にボール投げてその帰ってきたボールを同じブロック1枚のスペースにコントロールして投げられるだろうか?絶対無理だろう。それを4歳の女の子がテニスで実践したのだから”奇跡”か”天才”かという言葉が飛び交うのも不思議ではない。

6歳の時にエキシビションマッチでロシアに来ていた元女王のマルチナ・ナブラチロワがその光景を目にして驚き、早速アメリカのテニススクールに入門させるように進言し援助もしたらしい。
天才少女はナブラチロワの手によってアメリカにわたり本格的なテニスの練習に没頭し始めたのだ。14歳でプロツアーにデビューし、そのごの活躍はここで書く必要も無いぐらい皆様もご存知だろう。

圧倒的な美貌と才能を手にしたシャラポア。
怪我をし大好きなテニスから離れた今だからこそ新しく更に進化を遂げたシャラポアに出会える気がしている。若手と共に注目した選手であることには違いない



全豪テニス 杉山の凄さと世界との差

  • 2009/02/11(水) 14:35:09

全豪オープンテニスをシングルからダブルス全て録画DVDで見終わった。ハードスケジュールに押されてやっとという感が否めないが期待した錦織の初戦敗退、大好きなフェデラーの決勝での敗退など少々残念な結果ではあったが酷暑ともいえる天候の中面白いゲームが沢山あり十分楽しませてもらった。

なかでも女子ダブルスでの杉山の活躍には驚くとともに感動すらさせられた。ダブルスのペアは美人と名高いハンチェコーバ。
決勝に進出した杉山・ハンチェコーバ組の相手はウィリアムズ姉妹。黒人独特のリズムとパワー・スピードを全面に押し出したパワーテニスの代表格であり世界のトップに君臨する2人を相手にベテラン杉山の技とハンチェコーバのテクニックで真正面からぶつかりあう展開に好ゲームを期待した。
下馬評は圧倒的にウィリアムズ姉妹。
ウィリアムズ姉妹はダブルスでの出場試合数が少ないため姉ビーナスが25位で妹セリーナが29位とダブルスの世界ランキングは決して高くない。しかし2人ともシングルでは世界のトップ10に常時入ってくる力がある。“個人技”を持っている姉妹はランキング以上に強いダブルスチームである事は間違いない。「チャンスがあっただけに残念」試合後杉山もハンチェコーバも悔しがったが実力差は相当あったと言わざるをえない。
杉山は常に積極的なネットプレーを仕掛けハンチェコーバは冷静かつ正確なグラウンドストロークでウィリアムズ姉妹の足を使わせるなど2人のプレー内容は悪くなかった。しかし結果は3−6、3−6のセットカウント0−2で完敗だった。大事な所で見せるパワフルで正確無比なウィリアムズ姉妹のパワーショットに全く反応できていなかった要所要所であと一歩、あと1ポイントが取れないのが世界との大きな差であろう。
杉山も10年以上世界の一線で戦っている世界でも数少ない選手の一人である。そんなベテランが今持てる力は全て出して戦えたのだろうと思う。特に印象的だったのは攻撃的なアプローチショットでネットに出ていくシーンだった。攻撃的な相手にひるまずあえて前に出てプレッシャーを与えるプレースタイルに
ダブルスでの高いスキルを随所に感じさせベテランの味を十二分に見せてもらった。その反面弱点は杉山がサービスに下がった時でその隙を徹底的に狙われた。杉山がベースラインに下がりストロークで対抗しハンチェコーバがネットに出る状況の時明らかにストロークで“押されて押されて”という感じで渋々返すリターンが甘くなりカウンターをあっさり食らってしまった。「クロスラリーの質」では、やはりシングル世界トップの姉妹に到底かなわなかった。ハンチェコーバの弱点もネットプレーにあるだけにこの杉山がサービスにさがった局面が勝敗を分けたと言っても過言ではないだろう。実際、杉山のサービスゲームは一度も取れなかったのだから敗因は明白であろう。

史上14人目となるダブルスでの4大大会全制覇(グランドスラム)を逃した杉山だが思いのほか落胆の色はなかった。「タイトルを取れなかったことは残念だったが2009年のいいスタートが切れた。今大会での課題が見えたのでそこを練習していけばまたトップにいける実感がもてた」と前向きにコメントしていた。改めて杉山の凄さと世界との差を感じた試合だった気がする

錦織圭  テニスの王子様の進化

  • 2008/09/04(木) 14:37:03

テニスの王子様は第二の故郷アメリカで更なる進化を遂げた。

注目の全米オープン3回戦にノーシードから勝ち上がった錦織が旋風を巻き起こしていた。男子シングルス3回線。冷静だった観客がいつの間にか錦織圭とフェレールの名を交互に大合唱していた。世界ランク4位で今大会も第4シードのフェレール相手に互角以上の打ち合いを見せ、錦織圭独特のリズムで繰り出される強烈なフォアハンドに観客が酔いしれている。




「嬉しいとしか言いようがない。最後まであきらめないで戦えた」「決まりきったプレーは好きじゃない。お客さんをびっくりさせるようなことをしたい」流暢な英語で勝利者インタビューに答える18歳はまさに日本のテニス界を変えた男になった。

「後半からいつもの強いフェレールになってきたので大変だった」といとも簡単に世界ランク4位をくったようなコメントを残すあたり大物の片鱗が十分にうかがえる「マッチポイントを握ったときはさすがに緊張で手が震えた」笑うが何度も言うが相手は世界ランク4位で錦織圭より122も上の選手である。
世界トップランカー相手に「5セット戦えることを楽しもう思った」と言えた選手が過去にいただろうかこれは本当に凄い事である事を皆さんにわかってもらいたい。

4回戦ではこれも若手の成長株アルゼンチンのデルポトロにストレート負けを喫したが全米中にしらしめた錦織圭の名前と技術。
華麗で繊細でそれでいてアクロバティックな魅せるテニスで魅了した「シルクパフォーマンス」(絹ような動き)と称されたプレーが更なる進化を遂げる日を早く見たいものである。成長過程中にある体のバランスを整え、故障をしない体を作り上げもう少しプレーの精度が上がれば世界のトップ10には入ってきそうな逸材である。

そのちょっとした体の強さであったり精神的なタフさが難しい大きな差であるのだがそのちょっとした差の中に入ってきた事事態が既に凄い事であろう。

ますます楽しみな選手である。



ロジャー・フェデラー   ウィンブルドンの貴公子

  • 2008/07/04(金) 12:29:37

正確無比なストロークに強靭な精神力、天才的なボールコントロールに強烈なサービス・・・とどれをとっても世界のトップに君臨するテニス界の王様がロジャー・フェデラーだ。




ウィンブルドン6連覇に挑む彼を止める選手は出るのだろうか?クレーコート(土のコート)の魔術師ナダルがその筆頭だろうが実力ではやはりフェデラーの方が上だろう。グラスコート(芝のコート)では63連勝と圧倒的な強さをほこる王者の強さの秘訣に迫ってみたい。

6年前のウィンブルドンの1回戦でアンチッチに敗れた試合がフェデラーのグラスコートでの最後の敗戦となっておりそれ以来グラスコートでの試合では連勝記録を63に伸ばしているフェデラーは、それでも当時無名選手との初対戦でのあの敗戦がいまだに心に残っているという。

当時からウィンブドンはフェデラーの為の大会と騒がれ期待されながらよもやのノーシード選手に一回戦負けを喫した。「あの敗戦はどこの国の選手かどんなテクニックを持っているかランキングが何位であるかに関係なくどんな対戦相手も見下してはいけないということを教えてくれた。相手がある程度のテクニックを持ち合わせていないとき僕にはそういった傾向があったと思う。

時々、彼らが受けるべき敬意を欠いていた」と赤裸々に語ったフェデラーはこの敗戦以来「悪童」と呼ばれあのマッケンローの後継者と言われたテニススタイルががらりと変わった。

これを人生とテニス人生に価値のある教訓とし前人未到の6連覇に向かっているのだ。「実力者が油断をしなくなったとき本当のチャンピオンになる」ウィンブルドン5連覇を成し遂げた先駆者であり当時絶対王者として君臨したボルグがフェデラーに残した言葉だ。

今年もその「言葉」を胸にウィンブルドンのセンターコートに戻ってきたフェデラー。今季は度重なる故障でここまで4大大会をひとつも取れずにツアーでもわずか2勝しかしていない明らかな不調だ。しかしこの男はウィンブルドンの王者なのだ。きっと復活し今週の日曜日には堂々と優勝カップを掲げるのだろう。

エナン・ア―デン   〜引き際の美学〜

  • 2008/05/18(日) 11:21:07

女子テニス界に衝撃のニュースが舞い込んできた。最新のランキングで1位のベルギーの若き女帝エナン・アーデンが25歳の早すぎる引退を表明したのだ。

絶頂期の選手の突然の引退に周りは重病説や昨年の離婚が原因か?とはやし立てているがそれも無理もないのかも。世界ランク1位のまま一線から退く選手が過去にはいなかったのだから。

「自分はわき上がる気持ちに支えられてテニスをやってきた。だが、自分の中にそれを感じられなくなった」とこみあげる熱いものを拭いながら淡々と語る姿に引き際の美学を感じたのは僕だけだろうか?

連覇した昨季最終戦のツアー選手権で「自分の最高点に達した」と感じたという。離婚を乗り越え得意のクレーコートの全仏オープンで3連覇。さらには全米も制した若き女帝・精密機械は2年連続で年間ランク1位を守った実力者であった。

激動の昨年は長らく疎遠になっていた家族と奇跡的な復縁を果たしテニスよりも家族を大切にしたいと考えていたらしいがそういう所も彼女らしい気がしてならない。
今、世界のテニス界はウィリアムズ姉妹やシャラポアに代表されるように大型でパワーで相手を牛耳るパワーテニスが主流である。その大きな流れにのみこまれることなく正確無比な片手打ちのバックハンドのストロークで立ち向かい続けたのである。そのせいか故障も多かったし精神的にもタフな局面が多かったであろうがそのファイティングスピリットは目を見張るものがありファンを魅了し続けた。

「自分に嘘はつけなかった」と正直に露呈した彼女の決断に残念ではあるが心から祝福したいと思った。
前人未到の4連覇が懸かり「大好きだ」という得意の全仏オープンの開催を間近に控えての終止符。
「何も後悔はない。正しい決定だと思う」と笑った女帝の目から一滴の涙がこぼれたのを見たが最後まで彼女は笑い続けた。まさしく引き際の美学を見た気がした。
これから送る第二の人生で更なる幸せになれますように・・・・



クルム伊達公子

  • 2008/05/05(月) 15:39:33

世界の伊達公子が現役に復帰した。
結婚し子供ももうけてなお現役に復帰した事に賛否両論あるようだが彼女の真意を知るまでは批評をやめておこうと思うが、今現在では日本のテニス界は歓迎するべきではないだろうかと思う。

日本のテニス界は伊達公子引退後に世界と対等に戦えたのは杉山愛のダブルスぐらいで有望な若手がこぞって出てくる環境には全くない。
シャラポワやビーナス姉妹の方が日本でも有名で活躍している日本人のテニスプレヤーを知られていないのが今の日本の現状であろう。今の若手と言われる選手は幼いころに見た伊達公子のプレーを見てテニスに憧れウィンブルドンを目指してテニスを始め練習してきた世代であろう。そんなあこがれの人が現役復帰したのだから刺激になる事は間違いないだろうがいざ、試合を見ているとどちらが若手か分からないほどの伊達の動きの良さと若手選手の動きの悪さが目立ってしまった。

確かに世界トップランカーの有名選手がガチンコでしのぎを削るツアーの試合でなく下部組織のしかも日本開催である試合の為、応援席には関係者と家族しか見に来ていないのがいつもの感じだが一目伊達公子を見ようと超満員の観客が入りカメラ片手に観客の全員が伊達公子の応援に回り対戦する若手選手にとっては完全なるアウェー状態では普段の力を出せというのが無理な要求ではないだろうか?
今までそんな環境で追い詰められてテニスをしたことのない高校生を含む若手選手が委縮してしまうのをあざ笑うかの様な伊達のプレーが随所に見られた。




「若手に何をやってるんだ!」「早く私を越えなさい!」と魂を込めた伊達の一打一打が若手の彼女たちに響いているのだろうか?「憧れの伊達先輩と試合ができるなんて・・・」と感激に浸っている選手がいるとは考えたくはないが今大会においては若手から覇気は感じれなかったのが現実だ。

そんな中、一緒にダブルスを組み優勝を遂げた奈良くるみ選手は刺激を受けた様だ。
気後れすることなく堂々とプレーし疲労の見えた伊達を盛り上げる活躍だった。今後もこういった選手が一人でも出てきたら日本テニス界にうっすらとだが光が差すかもしれないと期待させる。そういった意味で伊達公子の現役復帰を歓迎している。すべては若手の為に。すべては日本テニス界の未来の為に。



盛田テニス・ファンド

  • 2008/02/19(火) 18:59:49

世界テニスツアーで見事優勝した18歳の錦織圭。




松岡修造に次ぐ日本人男子2人目の快挙。
勿論史上最年少。早稲田の斉藤は「ハンカチ王子」、ゴルフの石川は「ハニカミ王子」・・・
テニスの錦織は何王子と命名されるのだろうか?錦織の凄さは専門家のコメントを聞いていただけたらと思う。

今日はテニス界のニュースターを発掘し育て上げた「盛田テニス・ファンド」について紹介したい

日本テニス協会の盛田会長が2000年に私財を投じて設立したもので世界レベルで見たら極々普通のテニス英才学校への入学・斡旋・援助をする所である。有望選手を発掘してはフロリダにあるアカデミーに留学させ、渡航費、学費、アカデミーの授業料、寮費、遠征費などは勿論のこと、専属プロコーチの費用を全てを負担し選手にはプレーだけに専念させる環境作りをしている。
総費用で年間約1000万円を担う。’ファンド’という名がついているが基本的は個人の私財でまかなっている。以前このブログで書いた「奈良くるみ」も“卒業生”のひとりだ。

関連ブログ  奈良くるみ

シャラポワらを輩出したフロリダのアカデミーはピラミッド構造を成し実力があれば中級に、さらに小人数が上級へ進む。
錦織は3年目の途中から上級入り。
選ばれた選手達との練習で才能に磨きがかった。つまり強い選手になりたければ強い選手と練習しないといけない。その為には自分がレベルアップしないと落ちこぼれになるという日本にはない厳しい環境の中に身を置くことによって技術はもとより精神的な部分が養われる。 

その経済的支援をしているのが【盛田テニス・ファンド】である。


「5年間、1人で外国で寮生活をしながら練習できる強いメンタリティーと適応力」も今後、世界で戦う上で武器になるだろう。
今後も盛田会長の“足長おじさん制度”が作った環境が、日本男子テニス界に与える影響は計り知れない。

奈良くるみ  15歳の天才テニス選手

  • 2007/12/14(金) 05:39:00

第82回全日本テニス選手権から。

世界を席巻したライズボールの伊達公子やテニスの名家の至宝・沢松奈央子、ダブルスのスペシャリスト・杉山愛・・・。近年まで女子テニス界は世界に通用する選手がいた。しかし、杉山の後の世代が育ってきていないのが現状でこれはという若手も見当たらずウィンブルドンも寂しいな〜と思っていた矢先、ニューヒロインは突然現れた。


大阪産業大学附属高校の奈良くるみ。







昨年の覇者、高雄恵利加に挑んだ女子シングル2回戦。注目を集めるセンターコート「向かっていくだけ、思いっきりやろう」と語っていた通りアグレッシブなテニスを見せた。
奈良の攻撃パターンは相手のグラウンドストロークが甘くなったところでのドライブボレーがある。といってもこれひとつといっても過言では無いだろう。この日も第1ゲームから高雄のつなぎ球を逃さず攻め、鮮やかなボレーを相手コートに突き刺した。

「子供の頃から武器だったので、得意だし、自信もある」というドライブボレーは、動きに無駄がなく美しい。ドライブボレーだけで言うと世界のしかもシニアのトップと渡り合えるほどの精度とスピードだ。

第1セット終了後メディカルタイムアウトを取った程の前年度のチャンピオン高雄。その表情が冴えないし明らかに追い込まれていた。

前年度のチャンピオンが15歳。しかも初出場の高校生に完全に飲み込まれてしまった。この時点でこのゲームの勝者は決まった。シンデレラガールの誕生である。

勝利した15歳は臆することなく次戦に向けて「まだまだ調子がよくない、ミスが多すぎた」「自分のプレーに徹する」と意欲を示した。「足が踏ん張れなかった分、(ダウンザラインを狙ったショットに)ズレがあった」と冷静な反省を口にする15歳。

旋風を巻き起こした15歳は準々決勝で敗れたが大きな収穫もあったようだ。「ショットの速さでもついていけたし、持ち味である展開力も通用する自信が持てた」。15歳のシンデレラガールは、そう言って目を輝かせた。しっかし、その先つまり『世界』を見据えているのだろう。彼女に日本女子テニス界の期待を一身に背負わすのはいかがなものかと思うが、少なくとも今テニス界期待度NO1選手である事は間違いない。

マルチナ・ヒンギス 

  • 2007/11/03(土) 02:48:11

1995年のメルボルン。阪神淡路大震災が起こったまさにその時、14歳の天才がプロ宣言しはじめて全豪オープンのコートにたった。




「マルチナ・ヒンギス」テニス好きで元選手だった母がマルチナ・ナブラチロワにあやかって「マルチナ」と命名したらしい。そんな天才は早くから『妖精』と呼ばれ注目を浴び、スター選手の階段を順調に登る。




当時世界をリードしていた「女王」シュテフィー・グラフに「私が負ける時がきたその時に私の横で笑っているのはきっとマルチナだと思うわ」とウィンブルドンで優勝した時に発言した事があった。それはもう峠を過ぎていたマルチナ・ナブラチロワの事をさしている絶対女王ならではの風刺だとイギリスのメディアは書きたてたが、僕はマルチナ・ヒンギスの事だと信じて疑わなかった。

それほど「マルチナ」のストロークは繊細なタッチと卓越した技術があった。16歳で史上最年少世界ランク1位や4大大会チャンピンになった後も彼女は女王でなく「妖精」だった。モニカ・セレシュやビーナス・ウィリアムズ、セレーナ・ウィリアムズのようなパワーテニスが主流になった頃でも「妖精」はスタイルを変えなかった。というよりかえる必要がなかった・・・。




強かった。そして可愛かった・・・。十代のマルチナ!だれもが長く「妖精」の時代がつづくと思ったがやはりパワーテニスは世代を超えて「妖精」包囲網を引いていく。
若くして輝いた華麗なテニスはすっかり勝てなくなり幾多の故障にも悩まされ2000年代からは4大大会で勝てていない・・・そして引退。

2006年一度は失いかけた情熱に後押しされたのか「現役復帰」をするもウィンブルドンで杉山愛に簡単に負けるなど明らかに過去の姿とは違った。

ウィンブルドンに生観戦しにセンターコートで男子のフェデラーの試合を見ようか杉山対ヒンギスを見ようか最後まで悩んだ結果、見なくてよかったと今でも思う。「妖精」が華麗でなかったら「妖精」でないし・・・・やはり見たくなかったという思いが残っていたのも記憶している。




翌年のウィンブルドンの後のドーピングで薬物(コカイン)検査にひっかかるという事件が勃発。これを機に世間は「マルチナ」という輝きを忘れようとしている。それは力が衰えたのではなく若い力が台頭してきたのでなく「薬物依存」という邪悪なイメージが過去の輝きすら奪ったのだ。





無論本人は完全否定しているが真偽のほどは分からないがそんな事を超越した「マルチナの輝きは僕の心に残っている。僕個人は「マルチナ・ヒンギス」という一人の『ようせい(妖精)』を忘れる事はないだろう。今はヒンギスが唱える様に薬物反応が『ようせい(陽性)』でない事を祈る。


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