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ランディ・モス 電撃解雇そして再び

  • 2010/11/04(木) 12:43:13

NFLきってのスーパーWRランディ・モスがミネソタ・バイキングスに解雇されウェーバーにかけられテネシー・タイタンズ入団で合意したとニュースが飛び込んできた。

悲願のスーパーボール制覇に向けエースクォーターバック、ブレッド・ファーブとのゴールデンホットラインを形成し注目されたミネソタ・バイキングスだったがそのコンビは不完全燃焼のまま5試合で幕を閉じた。

今年で33歳になったモスは一時の峠を過ぎたとはいえまだまだトップに君臨できるWRである。度々素行の悪さでチームで問題を起こすもののその活躍は今でもリーグトップクラスである。

特に2007年。無敵艦隊と言われたニューイングランド・ペイトリオッツに移籍し、シーズン最多タッチダウンパス捕球記録を更新する23本のTDパスを捕球する新記録を達成し更なる高みに上り詰めたリーグきってのスーパープレイヤーである。



ランディ・モス自身のプロのキャリアをスタートさせたミネソタ・バイキングスに電撃移籍してきた今季はプロ生活の集大成をかけた年になると意気込んでいたはずだった。特にモスの加入でそれまでエースと言われながらも今一つ伸び悩んでいたパーシー・ハービンにも恩恵があると予想された。しかし開幕以来チームは機能せず、その矛先はチーム批判ともとれる発言を繰り返してきたランディ・モスに向けられ電撃解雇という運びとなった。開幕5試合ではモスが即戦力としていかにバイキングスに貢献したかの判断は難しい所ではあるがファンとしては故障を抱えながらのプレーで満足なパフォーマンスが出来ないが完治したファーブとのホットラインは見続けたいところだった。

一方ではテネシー・タイタンズが早速、モス獲得の意思を表明し入団に至った。モスの現役でのプレーがまだ見れる事をまずは素直に喜びたいと思う。




ランディ・モス。

「褐色の弾丸」と称されるパワーあふれるダイナミックなステップからとんでもないスピードに乗り一気に相手ディフェンスを振り切り、切り裂くプレーを是非見てもらいたいと思う。




河田剛  史上初の日本人NFLコーチへ挑戦

  • 2010/06/06(日) 17:46:02

かつてNFL(アメリカンフットボール)を目指した日本人が今はアメリカンドリームを夢見る若き大学生をサポートする仕事に就いている。
スタンフォード大学のアメリカンフットボール部のオフェンス担当アシスタントコーチ河田剛。






城西大学でアメリカンフットボールを始め、Xリーグ(社会人リーグ)ではシーガルズのオフェンス陣の顔として活躍した。日本代表にも選ばれワールドカップで優勝した事もあった。日本人トップクラスのポテンシャルを持つと言われたほどの名選手だった。
NFLを目指してファルコンズのキャンプに招待選手として参加した河田剛。
NFLへ挑戦という大きな壁はいとも簡単に河田剛の前で立ちふさがった。そのキャンプに現役を終えスタッフとして働いていたクリス・ダルマンは河田剛の献身的で基本に忠実なプレーに「もう少し体が大きくフィジカルが強ければ・・・」と日本人である河田剛のプレーに注目していた。しかしNFLの壁は高く”夢”果たせぬまま帰国したのだ。

引退後は2006年までシーガルズのオフェンス担当コーチを務め2007年からはフットボールの本場であるアメリカに渡り"夢の続き”を模索した。
河田剛が現役時代にNFLに挑戦した時のクリス・ダルマンとの出会いが河田剛の人生の運命を大きく変えたと言っても過言ではないだろう。

クリス・ダルマンがスタンフォード大のスタッフに就任したと知った河田剛は特に約束も取り付けずにアメリカに渡りクリス・ダルマンに頼み込んでボランティアスタッフとしてチームに参加した。
ボランティアというだけあって給料も出ず環境は決して良くなかったが河田剛には大チャンスだった。ボランティアスタッフと言っても河田剛の都合で好きなだけチームに帯同させてもらえる訳ではない。契約期間は3か月。河田剛の働きをテストしスタッフとして必要かどうかを見極めるのだ。ボランティアスタッフからアシスタントになりフルタイムコーチに昇格するまでの険しく長い道のりだ。河田剛にとって2度目の挑戦であった。本人曰く「馬車馬のように働いた」そうだ。その献身的なサポート力と戦術理解度、コミュニケーション力を認められアシスタントスタッフとして契約したのだ。

全米屈指の名門校として名高いスタンフォード大学。コーチングスタッフの大半が元NFLのトッププレイヤーが占める。アメリカ全土からNFLを夢見るフットボーラーが元NFLプレイヤーの指導を受けたくて集まってくる。選手も一流、コーチも一流。そんな環境に河田剛は身を置いている。

グランドには朝6時に入り、日中はアシスタントコーチ業務に邁進し、夜になるとオフィスでデータ資料作りに没頭し帰宅は深夜12時を回る事も少なくないらしい。何故、そこまで頑張れるのか?
”夢”の為である。

永遠の”夢”である「NFL」に挑戦し続けているのだ。現役選手として果たせなかったがコーチングスタッフとしては諦めていないのだ。

スタンフォード大学からステップアップしてNFLへの挑戦の為にはどんな自己犠牲もいとわない。
そんな河田剛を心から応援したいと思っている。

関西学生アメフト観戦記  関京戦を振り返る

  • 2009/11/17(火) 00:09:56

関西学生アメフト界をここ数年引っ張ってる関西BIG3と言われる関西学院に立命館、京都大。今季は古豪・関西大学がこのBIG3を立て続けに撃破し予想だにしないまさかの優勝目前としている。

毎年リーグ戦の終盤に組まれ優勝争いのカギを握るBIG3の直接対決も今年は少々盛り上がりに欠けていた。
特にBIG3といわれながらここ数年の京大はなかなか好成績が残せず優勝はおろか下位チームに取りこぼし優勝争いにも絡めないほどになっていた。今季もリーグ全敗の近畿大には勝利したものの立命、関大、同志社、甲南と4敗し最下位争いをするなど過去の栄光の歴史からすれば考えられない成績に甘んじていた。

しかし、対関学戦には並々ならぬ対抗心を抱き、度々番狂わせを演じるなどいつになっても関西屈指の好カードとして色あせていない。先日行われた関学と京大の試合も久々に熱くなる一戦だった。

序盤は関学のパス攻撃が面白いように機能し17−7とリードして折り返した。
京大ディフェンス陣は関学のラン攻撃には対応できるもののショットガンフォーメーションからのパス攻撃には全く対応できていなかった。後半になってもその流れは止めれないものの気迫溢れる気持ちのこもった必死のディフェンスでなんとか絶え凌ぎ失点を防いでいく。突き放せない関学オフェンス陣にも焦りが生じミスを連発し波に乗れない。京大も堅実な攻撃を続け10点を返し、気がつけば同点に。

ここ数年は序盤で大差がつき面白くない展開になっていた伝統の一戦も今年は下馬評を覆すシーソーゲームにファンは一喜一憂し盛り上がっていった。試合時間残り5分を切り京大が執念のタッチダウンパスを通しなんと6年ぶりとなるリードを奪うまさかの展開に・・ここからゲームは激動のクライマックスへ進んでいく。

逆転され焦りが生じ始めた関学はここでタイムアウトを挟み集中力を戻し、意地の総攻撃を見せる。パスとランの組みあわせは絶妙で完全に京大ディフェンスを翻弄。ノーミスでタッチダウンを奪い返す。
ここで関学は確実に同点にできるキックを辞め2点コンバージョンという逆転をねらったギャンブルにでる。引き分けでは意味が無いという強い意識の表れか?見事成功し再びリードを奪い返す。京大万事休す。
しかし残り3分30秒から京大も諦めずに攻撃を進める。しかもラン攻撃で時間を最大限に使いながら・・・仮に京大が逆転しても関学に再逆転を許す時間を与えないように考え抜かれた時間の使い方であった。焦る関学も反則できない危険な状況下に置かれ後手を踏み続けズルズルと後退してしまう。

流れは再び京大か?しかし京大はここで大事なパスをミスしてしまうのだ。残り30秒。計算されつくした攻撃に最後の最後でひずみが・・・。予定よりも早くで攻撃を使いきり「キックで逆転!」というシナリオが大きく狂う。しかし関学戦の勝利に対する執念はその逆境を跳ね返すのだ。誰もが諦めはじめ無謀と思われた残り43Yのギャンブル的なキックが見事に決まり残り16秒で再び1点差をつけ大逆転したのだ。奇跡の大逆転劇だ。

示した時計の針は残り16秒。歓喜に沸く京大ベンチ。勝利を確信したキッカー本人も放心状態にまでなった。

しかし残り16秒から本当のドラマが始まった。

それは勝利を確信しきった京大ディフェンスに一瞬の隙が生まれマークがずれロングパスを通されてしまったのだ。確かに前半から関学のパス攻撃に翻弄されてきたがそれでもあんなにマークがずれる事はなかった。完全に油断から生まれたビッグプレーを許してしまう。それでも関学の攻撃に残された時間は2秒。たったの2秒しかなった。文字通り関学の最後の攻撃。

関学ベンチから出てきたキックのスペシャリストは昨年、大事な場面でキックを2本も外し優勝できなかった「A級戦犯」として酷評された2年生だった。残り2秒。観客が固唾を呑んで見守ったラストプレー。キックは堂々と真ん中に綺麗な放物線を描きブザーがなった。示した時計は0秒。

関学の奇跡の大大逆転勝ちだった。

歓喜に沸き返る関学に茫然自失の京大。
勝者と敗者が同じフィールドで全く違う顔を見せていた。
見事な集中力で勝った関学も凄かったが不利な予想に屈せずここまで追い詰めた京大にも心から拍手を送りたい。

久々に面白い関京戦を見せてもらったのだから。

マイケル・ジャクソンとスーパーボール

  • 2009/07/12(日) 17:31:19

享年50歳という若さで急死した世界のスーパースター、マイケル・ジャクソン。
たくさんの人に惜しまれて逝ったマイケル・ジャクソンについて今日は語りたい。スポーツBLOGで何故?と思われた方も沢山いるだろうが実はこのスーパースターが全米一の人気を誇るアメリカンフットボールの価値を上げた張本人でもあり、多大な功績を残しているからだ。


スポーツとトップエンターテイメントを融合させ全米一決定戦である『スーパーボウル』が世界の人々の注目されるゲームとして認知されるきっかけを作ったのだ。

1993年のスーパーボールのハーフタイムに衝撃が走った。

ダラス・カウボーイズとバッファロー・ビルズの試合のハーフタイムショーでマイケル・ジャクソンが登場したのだ。

それまでのハーフタイムショーといえば、毎年変わる開催地の人によるマーチングバンド演奏やキャラクターが踊ったりと本当の休憩時間のような意味合いに当てられてきた。しかし、ハーフタイムショーの視聴率が試合に比べて10%近く落ちることを改善したいリーグ機構がさほどフットボールに興味のない若い世代の視聴者層を獲得したいと思いたち当時、人気絶頂にあったマイケル・ジャクソン出演の白羽の矢を立てたのだ。 

その結果なんと試合の視聴率よりもマイケル・ジャクソンが出場したハーフタイムタイムショーの視聴率の方が高くなってしまった。

結果、『スーパーボウル』そのものの価値が上がり世界のトップアーティストを毎年ハーフタイムショーに招くことが定着していったのであった。トップアーティスト達もスーパーボールのハーフタイムショーに出演する事がひとつのステータスにもなり双方の思惑が一致した一大イベントになったのだ。

そんな礎を築いたマイケル・ジャクソンだが出演交渉を行った当初いろいろ苦労があったとされている。

まず、「スーパーボウル」さえ知らなかったマイケル・ジャクソンに、まずフットボールがどんなスポーツで、誰がプレイするかなど、一から説明し数多くの発展途上国を含む世界100カ国で放送されて、世界各地に駐留している軍関係者にもライブで観てもらえることが特徴と説明したそうだ。

するとマイケル・ジャクソンは快く快諾しなんとノーギャラで引き受けたというのだ。

チャリティー活動に最も熱心だったポップスターとして有名だったマイケル・ジャクソンだ提示した条件はただひとつだけ売上(収益金)の一部を恵まれない子供たちを救う基金に寄付をする事だけだったそうだ。勿論その条件は満たされそのご今日に至るまで超大物スターが登場してもノーギャラで出演しているのだ。

スポーツとエンターテイメントの融合にも大きく貢献し世界に衝撃を与えたマイケル・ジャクソン。その功績はスポーツ界にも大きな影響を与えてくれた。改めて心からご冥福をお祈りしたい。

スーパーボール観戦記  歴史的好ゲームに乾杯

  • 2009/02/09(月) 10:26:17

100年に一度の大不況に苦しむアメリカにおいて国の威信をかけた一大スポーツイベント第43回スーパーボールが行われた。

史上最多優勝を目指すピッツバーク・スティラーズと37歳の大ベテランQBワーナー率いるカーディナルスの一戦は歴史的な大接戦となった。

結果からいえばスティラーズが第4Q残り35秒に劇的なタッチダウンパスで3年ぶり史上最多の6度目のチャンピオンになったのだが濃密かつ濃厚な60分フルタイムのナイスゲームだった。

試合開始早々若干36歳のトムリンHC(ヘッドコーチ)の指示のもと猛攻をかけ最初の攻撃でQBロスリンバーガー自ら持ち込み先制タッチダウンになったと思いきやカーディナルスがチャレンジ(写真判定)を申し出た結果認められタッチダウンは認められずFGのみになり早くも波乱含みの展開を見せる。第2Q早々にはRBラッセルが1ヤードを押し込むTDランで10対0とするも意地を見せる今季大躍進のカーディナルスもすぐさまその躍進の立役者でありカーディナルスの代名詞パス攻撃の司令塔QBワーナーのタッチダウンパスで7点を返し一進一退の好ゲームを展開する。

そして序盤の大きな山場を迎える。

スティーラーズのQBロスリスバーガーのパスをインターセプトしたカーディナルスが残り1ヤードまで攻め込み一気に形勢逆転を狙い得意のタッチダウンパスを試みるもなんとエンドゾーンで堅守スティーラーズの網にかかりスーパーボール史上初の100ヤード独走インターセプトタッチダウンを決められる。レギュラーシーズンでもめったに見ない100ヤード独走タッチダウンをみれただけでも今年のスーパーボールは価値があるというものだ。

ここで前半終了。

後半も前半終了間際の超ビッグプレーで流れを掴んだスティーラーズが攻め続け一時は13点差をつけ点差以上の実力差を感じ始めた最終第4Qにミラクルは待っていた。残り時間7分を切ってそれまで息をひそめていたカーディナルスの秘密兵器エースWRフィッツジェラルドが巧みなステップと抜群のスピードを見せタッチダウンレシーブを決め流れをつかむと残り3分でなんとワーナー→フィッツジェラルドの超強力ホットラインがさく裂し大逆転のタッチダウンパスを通した。
スタジアムを覆う興奮と歓喜の雄たけび。誰もがカーディナルスの優勝を信じた時間帯だった。

しかし奇跡の大逆転劇はもう一幕残っていた。

残り2分を切ってスティーラーズのQBロスリスバーガーの右手から奇跡の軌道を描くパスが見事にヒットし続け示した時計は残り35秒。

アメリカンフットボールの勝負の明暗を握る作戦タイムも全て使い果たした。もう何もない。
意地とプライドが激しくぶつかる魂の時間。そしてロスリスバーガーが放った世紀のラストパスがエンドゾーンぎりぎりでWRホームズがキャッチ。しかし微妙な判定に、カーディナルスは迷わずチャレンジ(写真判定)をしかけ静寂の時を迎える。両チームのファンが結果を待ちわびそして祈った。悲鳴と歓喜の雄たけび。

爪先一本で残り大逆転のタッチダウンを勝ち取ったホームズの元にチームメイトが集まりまさにお祭り騒ぎ。

優勝を決めたスティーラーズは勿論、ここまで奇跡ともいえる躍進を続けたカーディナルスもまた強かった。

数々のビッグプレーやナイスファイトが見れ史上最高クラスのナイスゲームとも称される好ゲームに酔いしれた夜だった。

スーパーボール観戦記    ペイトリオッツ敗れる

  • 2008/02/07(木) 11:34:02

「歴史的番狂わせ!」「モンタナの奇跡の再来!」と全米中、特にニューヨークは大騒ぎになったスーパーボールが幕をとじた。

素晴らしいゲームだったと素直に感想を述べたいところだが今年に限りはペイトリオッツをシーズン序盤から応援してきただけにやはり残念な結果になってしまった。

レギュラーシーズン16連勝。

プレーオフと合わせ史上初の19連勝無敗の優勝は夢と消えた。

残り35秒、相手クォーターバック・マニングが投じたタッチダウンパスを故障でベンチに下がったブレディはどういう気持ちで見届けたのだろう。
レギュラーシーズンでたった3回しか許してなかったサックをカンファレンス決勝では1試合で3回、大事なスーパーボールではなんと5回も許した。捻挫していた右足を引きずりパスを投げるエースのパスはやはりスピード・精度ともに輝きはなかった。それでも、第4Qで逆転のタッチダウンパスを送るなど見せ場は作ったが
研究し尽くされた相手のディフェンス網に完全にはまった。

戦前、もしペイトリオッツが負けるとすればという予想にあがっていた
?ロースコア対決?ブレディの故障?ペイトリオッツの油断?ジャイアンツに神が舞い降りるという4つの条件が見事に当てはまってしまった。

たしかに残り5分からの’奇跡の時間’はすごかったし神が舞い降りた瞬間でもあった。マニングのディフェンス2人を引きづりながらの30ヤードのパスはスーパーボール史上最高のパスと言えるほどの興奮を覚える圧巻パスだった。

実質2分の攻撃タイムで80ヤード進めたマニングの攻撃力には十分MVPに値するが圧倒的なパス攻撃を武器に、破壊力満点のペイトリオッツ攻撃陣を5回のクォーターバックサックもさることながらエースレシーバーのモスを完全にマークし続け攻撃のバリエーションを与えることなく完全に封じたジャイアンツの守備陣全員がMVPであった典型的なディフェンス陣のゲームであった。





ペイトリオッツからすれば呪縛にかかり縛られ、エースクォーターバックを故障させてしまい攻撃が機能しなくなった為なのか点差以上の敗北感・完敗感が
残ったゲームになってしまった。「この借りは来期必ず返してみせる」と涙を拭うエースの言葉を僕も信じている。

関連ブログ? ニューイングランド・ペイトリオッツ  スーパーボールへ

関連ブログ? スーパーボールまもなく
 

スーパーボールまもなく

  • 2008/01/27(日) 15:59:00

アメリカ最大のスポーツイベントにして最高に盛り上がる舞台。スーパーボール。いわずと知れたアメリカンフットボール選手の最高の憧れの舞台である。

今年はブレディ率いる無敵艦隊「ペイトリオッツ」と天才QBを親と兄に持ちその類まれな才能をみせつけるマニング率いる「ジャイアンツ」とのQB対決がみものの好カードとなった。前年度、コルツでチャンピオンになったマニングが兄弟で連続チャンピオンになれるのか?

史上初19連勝無敗のまま王者に登りつめるのかと話題は事欠かない。







スーパーボールといえば僕はいまでもサンフランシスコ・49ersを思い出すし、あの伝説のQBジョー・モンタナの華麗かつ正確無比なプレイを忘れる事はできない。

1980年代、81・84・88・89年と実に80年代4回のスーパーボール制覇した黄金チームの中心にはいつもあのモンタナがいた。モンタナマジックと言われる華麗なパスは芸術的な弧を描き見方WRの手に収まっていく。






常勝軍団、49ersが陥った最大のピンチは88年にあった。今日はあの名シーンを振り返りたい・・・。
88年、時はすでに第4Q残り3分。3点のビハインド。相手は勝ちを意識して浮き足立つ事なく王者49ers相手に油断を見せることなく襲い掛かってくる。自陣7ヤード。もう絶対絶命の所だ。誰の目にも王者の敗北が見えた。

気の早い新聞記者は「49ers敗北」のタイトルで翌朝の新聞の記事を書き始めていたらしい。
敗色濃厚の円陣の中で冷静沈着なモンタナはオフェンスチームにこういった

「俺たちは王者なんだ。絶対勝つ事を義務つけられたチームなんだ。みんなそんな顔してヒョッとしてあきらめているのかい?ひょっとして焦っているのかい?僕はみんながわざとこういうシチュエーションにして僕達の力を試そうとしているのかと思ったょ。そうじゃないのかい?今からだょショータイムは」

チームの輪の中に笑顔が戻った。緊張もほぐれた。

そしてここからモンタナマジックが炸裂し周りもそれを受けて躍動するラスト3分で10本中9本のパスを成功させたモンタナはラストは綺麗なTDパスでそのショーを終えた。
試合後、彼はハニカミながらこういった「ラストシーン僕がチームで一番かたくなっていたょ」と。

強心臓と呼ばれいかなるどんな場面でも冷静沈着、正確無比なプレイを見せるモンタナは間違いなく20世紀最高のQBの内の一人であろう。

2008年のスーパーボールまであと1週間を切った今、全米と僕の心を躍らせるこの期待感はスーパーボールならではの感情である。

ニューイングランド・ペイトリオッツ  スーパーボールへ  

  • 2008/01/06(日) 11:47:16

奇跡の16連勝!”ボストンの嵐’NFL(アメリカンフットボール)にまで。




ニューイングランド・ペイトリオッツの快進撃が止まらない。
レギュラーシーズン16試合制になって史上初の快挙。
伝説の天才QBジョー・モンタナにゴッドハンドWRのライズを擁したあのサンフランシスコ・49ersですら成し得なかった16戦全勝をやってのけたのだ。
全勝は過去に2回あるそうだがドラフト制度の確立と情報網が発達した近代フットボールにおいてはまさに前人未到の記録でこの先達成するチームはあるのかと思うほどの快挙である事を伝えたい。

2001年、当時のエースQBが故障し、急遽チャンスが回ってきた新鋭・ブレイディーが奇跡のスーパーボール制覇をしてスターダムにのし上がってはや7年。
その新鋭も今や31歳となってすっかり円熟味を増し貫禄すら出てきた。
さらに今年はあのライズのタッチダウンパスキャッチ記録を塗り替えたWRモスという頼もしい相棒を手に入れさらに輝きを増していた。
今シーズンのタッチダウンパス成功を「50」とし、僕の好きなコルツのマニングの記録をあっさり塗り替えてしまったのだから恐れ入りました。

確かに、戦前からペイトリオッツが一番プレーオフ、さらにその先スーパーボール制覇に近いとされてきたがここまで強いとは思わなかった。

最終戦でジャイアンツ戦で苦戦したかに思えたが最後は千両役者のブレイディー&モスのスーパーホットラインコンビの驚愕65ヤードタッチダウンパスで勝負をつけた。心憎いばかりの演出で16連勝を達成した2人は涼しい顔。「勿論嬉しいが、当然の結果だ」と微笑むブレイディーに「チャンピオンに向けたシーズンのたった3分の1が終わったまでさ」とご機嫌のモス。二人の気持ちは16連勝よりもスーパーボール制覇にすっかり向いているようだ。




スーパーボール制覇まであと3勝!マジック「3」。

夢の19連勝チャンピオンへの最終章がいよいよ始まる。

ワールドシリーズを制した「レッドソックス」に首位を独走するNBAの「セルティックス」、史上最強チャンピオンを目指す「ペイトリオッツ」夢の4大スポーツの内の3冠に向けて『ボストン』の街はますますヒートアップするだろう。



甲子園ボウル観戦記  篠竹イズムを越える意地と意地

  • 2007/12/21(金) 17:54:51

ブルージャージ関西の雄・関学ファイターズVS篠竹監督の魂を引き継ぐ関東の古豪・日大フェニックス。18年ぶりに両雄がぶつかる「第62回甲子園ボウル」(甲子園の改装工事の為長居陸上競技場開催)





「ショットガン」なる当時画期的なシステムを取り入れた篠竹イズム流れる日大は長きの低迷からようやく復活してきた感のある伝統のチーム。関東は近年オレンジの軍団・法政大学が他校をリードしているだけに今年の日大の躍進は嬉しいものがある。

故・篠竹幹夫という監督は竹刀片手に超熱血で超スパルタな指導方法がよく批判されていたが一切曲げようとせず、それどころかマスコミに見せ付けるかの様に竹刀を振り回す姿は「星一徹」を地でいく感じの古き良き時代の親父っていう監督だった。

それだけ鉄拳制裁を加えても当の学生からは批判や不満の声が出てこなかったのは「親父」の愛が伝わっていた証拠だったに思う。
流石に晩年はその指導法に難色を示す弱体派な学生が増えいい選手が集まらず「法政」の後じんに甘んじる低迷期を味わうがいよいよ帰ってきた!名の通り『不死鳥』のように。

苦戦を予想された関学戦も第4Qでは10点差以上の差をつけられ敗色濃厚な状況に追い詰められた。
しかし篠竹イズムが残ったフェニックスはあきらめないココから得意のショットガンとトリックプレーの連続攻撃を見せ残り10分を切ったあたりで逆転をする。

「さすがフェニックス!強いぞ日大」と思った矢先、流石に関学も簡単にはいかない再逆転をし、タイムアウトを残し優位に戦う。余裕はまだまだ関学にあった。
しかしフェニックスは三度逆転する。パスにランにと多彩な攻撃バリエーションはショットガンのみで席巻した80年代とは少し違うチームに思えるがここまできたら意地と意地のぶつかりあいである。

ショットガンも篠竹監督も作戦もトリックプレーも関係ない「意地と意地」のぶつかるガチンコ勝負。実に面白い。

残り6秒。そして残り1ヤード足らず。わずかに日大リード。しかも関学に残されたチャンスはフォースダウンの1回のみ。

関学の選択枝はダイブのみ日大もそれを知ってとめる事2回。

「唯一の4年生RBとして責任を背負ってきた。最後はあいつがボールを持つべきだと思った」椎間板ヘルニアんお故障明けの横山に全てを託す関学。快心のダイブ!タッチダウン。

横山が歓喜の雄叫びをあげた時時計は残り3秒だった。一年生からレギュラーをはり将来の関学のRBを支えるべき男と評された男も今は中心選手ではなく数ヤードのショートヤードのスペシャリストとしてチームに残っている。この日獲得したのはわずか5ヤード。しかし奪ったタッチダウンは3回。まさにスペシャリスト。スペシャリストの意地が日大復活の夢を砕いた瞬間でもあった。

確かにNFLのようなパワーもスピードも戦略性もないエンターテーメント的要素もない。しかし各々の意地をかけた戦いは学生スポーツの醍醐味ではないだろうか?長い歴史を誇る甲子園ボウルの中でも屈指の好ゲームを見せてもらった事に感謝したい。

改めておめでとう関学ファイターズ!そしてナイスゲームでした日大フェニックス。また両雄のガチンコ対決を見たいものである。


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