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中村美里   笑顔なき世界女王 

  • 2009/08/29(土) 00:06:17

中村美里。

初めて出場した北京オリンピックで銅メダルを獲得したにもかかわらず試合後から表彰式までずっと涙にくれた柔道家。「金」以外は意味が無いと公言した天才はこちらも初めて出場した世界選手権で優勝しても笑顔は無かった。


世界選手権の直前に行われたスペインでの最終合宿で悲劇は起こった。左ひざの前十字靱帯(じんたい)を痛め歩行も困難なほどだった。絶対安静と診断され大事な時期に練習はおろかリハビリに努めた。

北京オリンピックのあと、有力選手が軒並み休養をとる傍らで激しい練習に打ち込み、外国選手に負けない強さをつけようと自らを追い込んだ。徹底的に体を苛め抜き、技の精度向上にも十分な時間を割いた。

各国の選手のビデオを見尽くしストイックに打ち込んできたこの一年の集大成をみせる大一番を前に大きな怪我をしてしまったのだ。そんな状況でも、中村を奮い立たせたのは昨年の北京五輪で、銅メダルでも涙を流した悔しさだ。
史上最年少のメダル獲得に「最低限の仕事を果たした」と評価した首脳陣の評価とは裏腹に涙を流した悔しさ。
簡単にはあきらめきれない執念のような凄みを感じさせこの日を迎えた。回復度はチームドクターの見解で80%。到底万全の状態ではなく最悪の場合、今後のことを考え試合を放棄させる覚悟もしていたという。

「関係ありません」怪我のことを聞かれた中村ははっきりと断言した。「試練を乗り越えるつもりでやった」とも述べた。

得意の足技も制限された中村だが心は折れていなかった。それどころか自信満々にも見えた。確かに圧倒的な強さはだせず初戦から苦戦続きだったが「前へ前へ」でる気持のこもった柔道に相手は恐れをなしていた。

準々決勝までは優勢勝ちを続け向かえた準決勝も延長戦に奪った相手の反則で辛くも逃げ切った。決勝戦でも気持ちでは負けず先に先に技を仕掛け最後まで自分のペースで試合を支配した。

こんなに気持ちのこもった女子柔道家が過去にいただろうか?初の世界選手権で女王の座についてもおごる事無く「五輪の悔しさを晴らせるのは五輪だけ。ここは通過点」と言い放った。

見ていて頼もしい限りだ。今回の怪我も自分のせいと背負い込み自分の力でその窮地を脱した気持ちに改めて拍手を送りたい。
この日も笑顔を見せなかった中村の視線の先はロンドンに向いている。ロンドンでは全てを出し尽くしそして北京の借りをかえしてもらいたい。

クールでストイックな20歳の快心の笑顔が早く見たいものだ。



鈴木桂治

  • 2008/10/18(土) 11:09:05

世界の男子柔道界から一歩遅れをとった感の否めない日本。井上康生引退の後を託された最後のサムライ「鈴木桂治」が引退濃厚とされていた状況から一変、「ロンドンを目指して」再スタートを切る事になった。




世界を席巻したあの高速の足払い。技を見切られ通用しなくなったわけではない。世界の柔道が急激なレスリング化の波に飲み込まれたため組み際の一瞬の隙をつく足払いを出せずに終わった北京から新たなスタートを切るのだという。

北京でまさかの初戦敗退し敗者復活でもいいところなく完膚なきまでに畳に叩きつけられ「やり残したことはない」「も井一度やっても勝てない気がする」と完全に自信を失い引退を示唆し続けた男を再度、畳の上に上がろうと奮起させたものはなんだったのだろうか?「男として、もう1度やりたい」と宣言した裏には何が隠されていたのだろうか?

体は満身創痍の状態で世界の柔道を覆すほどのパワーが残っているとは到底思えない。
やはり「プライド」であり最後のサムライとしての本能なのだろうか?「鈴木」の名を警戒選手にあげる柔道家はもう世界には少なくなった。しかしそんな鈴木が世界の舞台に戻る事には大きな意味がある。石井と内柴の金メダル獲得でなんとか柔道ニッポンの面目は保ったものの特に石井はポイントを取り確実にリードを広げ逃げ切るという世界の流れをいち早く汲み実践した。決してその石井スタイルを否定するつもりはない。むしろ勝ち負けの世界では当たり前の選択だとさえ思っている。

しかし鈴木は組み手争いを制止間を見計らって豪快に綺麗に投げ込む本来の「柔道」という美しさや強さをもう一度見つめなおそうとしているのではないだろうか?鈴木の柔道が、いや日本柔道がどこまで通用するのか?どこまで世界の流れを止められるのか?自分がやらなければ誰も世界の流れが怖くて世界のJUDOを目指すようになってしまうのではないかという危機感がサムライの心を動かしたのではないだろうか。

そんな鈴木の魂に鼓舞されたくましくなった新たな若きスター柔道家の出現が鈴木の本当の目標ではないだろうか?




近頃の石井慧   石井を想い石井を憂う

  • 2008/10/05(日) 02:14:13

北京五輪の柔道男子100キロ超級金メダリスト・石井慧が自由奔放な言動で注目を浴びている。





関連ブログ? 石井慧 努力の天才柔道家

関連ブログ? 石井慧 JUDOを制した男と協会

以前このコーナーで「どんどんやれ!」と嗾けたがどうも度が過ぎる気がしてきた。実力があってのビッグマウスは心地がいいが最近ではテレビでの露出が多く練習に精を出している感があまりないのが気がかかりだ。

小川道場での祝勝会でも北京で勝ち取った金メダルを師匠と仰ぐ小川直也の道場にプレゼント。「持っているといいことがない。うぬぼれや勘違いにつながる。五輪の金メダルは魔物です」という言葉を額面通りに受け取れるのだろうか?
もし、本心なら小川道場でなくても自宅の倉庫の奥にでもしまっておけばよかったのではないだろうか?

「一時はムハマド・アリのように川に投げ捨てることも本気で検討していたが「さすがにまずい」と自粛した」というコメントを聞けばなかばふざけていると言われても仕方がないのではないだろうか?

この日も道場に通う子どもたちに柔道のけいこをつけたまではよかったが、所属の若手プロレスラーと“異種格闘技戦”も披露するなど少し悪ふざけのようにも見える。

次戦の世界団体選手権へ向け「負けは死を意味するので勝たないと」と気合を入れ直したようだがその言葉にもパフォーマンスの匂いを感じてしまうのは僕だけだろうか?実力があり練習もよくする根っからの柔道家だったはずが最近はどうもテレビのイベントに忙しいようで筋力も明らかに落ちたとも言われている。

イベントへの遅刻や先輩や目上の方を軽視した発言や行動も多くなってきているが本当の石井はそんな男ではなかったはずだ。
一気にブレークした21歳に歯止めを利かす大人がいてもいいのではないだろうか?逆に嗾けているようにも見えるのはいかがなものだろうか?

本当に注目が集まろう世界団体選手権が楽しみである。

石井慧 JUDOを制した男と協会

  • 2008/09/02(火) 02:55:13

石井慧。柔道の天才がJUDOの王者になった。




21歳の若武者はその破天荒な言動で周囲を冷や冷やさせるものの本職の柔道ではオリンピック金メダリストである。日本の男子が世界の変則的な組み手から力でなぎ倒すJUDOと言われる所からついていけず、メダルも取れないほどの大惨敗を喫した。そのショックを振り払おうと躍起になっている。協会はそれでも日本古来の「柔道」というしっかり組んで相手を崩して一本をとるという形にこだわりを見せている。

石井は「JUDOが漢字であろうがカタカナであろうが日本古来であろうがそんな能書きは要らない金メダルをとったものが一番強いんだ」と言ってはばからない。

そんな石井を協会は良く思わないらしく報道規制をひく様にまでなっている。石井は確かにビックマウスだし破天荒かもしれない。だが、世界チャンピオンだし日本の選手の誰よりも強く成長しそして誰よりも早く世界のJUDOを研究し追及してきた先駆者であるはずだ。
しかも日本選手の誰よりも多くの稽古をしている日本一の才能を持った日本一の努力家でもある選手だ。そんな選手を協会は面白く思わない方がナンセンスだと思う。いっそのこと石井をマスコットや広報部長として柔道の普及に努めるほどの度量が見たいとさえ思う。




「サボってるやつは嫌い」「人付き合いは狭く深く」がモットー。
学生時代から先輩、後輩問わず強い選手を見つけては胸を借り、伝統の「一本」より『勝ち』にこだわって攻め続ける柔道を目指してきた。「努力の天才」と呼ばれ続けた高校時代は自主的に毎朝走り多いときは一日8時間も練習した。

その性格は強さの半面、繊細さを併せ持つ神経質だそうだ。「大きなことを言うのは自分を鼓舞するため。本当はナイーブ」と指導してきた先生方はこぞって石井をそう評するあの斉藤仁全日本監督でさえ「横柄に見られるが、ぶきっちょ。勝つことに誰よりも貪欲で、形やスタイルにこだわらない。今までにないタイプ」と初めて石井を見た時に思ったらしい。

そんな石井が小さくまとまるところを見たくないしもっともっと大きく羽ばたいてもらいたいと心から思うのだが・・・

過去関連ブログ?石井慧  努力の天才柔道家

過去関連ブログ? 惨敗の男子柔道を考える

惨敗の男子柔道を考える

  • 2008/08/13(水) 21:30:50

男子柔道界が世界の大きな波に飲み込まれメダル獲得総数で史上最低の成績に落ちる事が100kg級の鈴木、超級の石井の登場を待たずして早々と決まってしまった。

「全責任は監督にある。反省している。何かが原因。どのへんで(自分が)腹を切るか考えないといけない」と斉藤監督は辞意をちらつかせた。しかし監督の首を付け替えただけでいいのだろうか?

引き手、釣り手をしっかり持って「一本」を獲りに行く日本古来の武術であったはずの「柔道」は今、世界では誰も追及していない。とにかく「効果」、「有効」をとりに更にはいかに相手に攻めさせず「指導」ポイントをコツコツためていくかを追及しフィジカルを活かしたレスリングのような変則な投げ技でパワーを見せ付ける世界に着実に追い抜かれた感じだ。

全日本柔道連盟のある強化担当コーチはインタビューで「次のロンドン五輪で男子は出場権を獲得できない階級があるかもしれない」と厳しく指摘する。世界とかなり差がある階級がある上、韓国、北朝鮮やイランなどの中東勢にカザフスタンなどの中央アジア勢も日本の上をいく選手が多数いるのだ。

「日本の柔道で世界をとりたい」とこの後に及んで時代遅れな事を言っていた選手が試合後「世界との差を感じた」と情けない一言を発していたのを見て情けない思いがした1回戦、2回戦と早々と姿を消した選手の中には怪我をした者もいれば怪我をおして出場した者をいる。さらに90kgの泉に関しては減量の失敗と試合をする前に負けている散々たる状況だ。選手強化の見直しのほか、けがとの付き合い方やケアの方法などを深く探る必要があるのではないだろうか。

もはや日本古来の武道ではない世界の柔道。存在感を示さなければ取り残され競技の発祥国がどこだったのかさえ誰も気に留めなくなっていく様な気がしてならない。






内柴正人   金メダルおめでとう 

  • 2008/08/12(火) 11:25:04

「世界一強いお父さんになれました。親父ですから。子供にいい所見せれたかな」そう笑った柔道選手。内柴正人。




抜群のセンスがありながら同年代の同階級に野村がいた為に階級をひとつ上げて世界と戦う事を決めた苦労人である。
アテネの金メダルに続く2連覇を成し遂げた男は野村から逃げたとまで言われた階級の文字通り世界一となった。
絶対の野村を持つ60kg級は選手層が厚く世界をリードしていたもののこの66kg級は韓国勢や体格に勝るヨーロッパ勢に押されて世界にリードを許していた階級だった。いわば苦肉の策で内柴の階級を上げさせたのは本人の意思でなく協会幹部のすすめがあったそうだ。勿論60kgで野村に勝ち、世界で一番になる事を理由に固辞してきた内柴。

それでも決断したのは奥さんの「世界一の奥さんだったら階級なんていいよ」の一言だったらしい。前回のアテネ大会の数日前に生まれた愛息は家に飾っている金メダルを見て「パパは一番なんだね」と屈託のない笑顔を振りまいた。
そんな息子が放った「パパは僕の前でも世界一になるよね」という何気ない一言が内柴を奮起させる。オリンピックチャンピオンになって以後、モチベーションの低下から世界選手権やアジア選手権で惨敗、国内でも勝てない日が続き「限界説」が飛び交うほどの不振に陥っていたのだ。
息子の為に息子に世界最強を見せる為に奮起した男は過酷なトレーニングを積みもう一度世界の舞台に立った。「日本の、俺の柔道をすれば負けない」アテネで見せた全試合一本勝ちしかも全試合決め技が違うという離れ業をやってのけたキレやスピードはなかったものの「攻めて攻めて攻めまくる」強気の柔道で「内柴の柔道」を見せ付けた。確かに危ないシーンもあった。残り30秒までリードを許し大逆転を演じた3回戦なんかは冷や冷やしたがそれでも攻める柔道を続けた結果当然の逆転劇だったように思う。

「世界で戦えない階級」と言われ続けた66kgだったが「内柴」がいる限り「世界で一番勝てる階級」となった。世界で一番強いお父さんの称号は内柴正人、貴方のものだ。本当に金メダルおめでとう。



井上康生  内また 『完全なる敗北』

  • 2008/05/01(木) 12:34:48

全日本人柔道家が一度は手にしたいタイトルが全日本選手権であろう。
かの山下康裕の前人未到の9連覇の陰に隠れ続けた斉藤仁は世界選手権も勝ちオリンピックも2連覇したのにも関わらず全日本選手権を取れてなかった。
そんな斉藤が悲願の優勝をした時の涙まじりのコメント「やっと日本一の柔道家になる事ができました」が印象に残っている。
近年は世界選手権やオリンピックの選考会を兼ねる事が多く少し趣きが変わってきたように思うが真の日本一決定戦としての大会の誇りは今だ健在だ。

29日に行われた大会は各選手がいろんな思いと異なる状況下の元でのガチンコ勝負に臨んだわけだが今回は井上康生に注目してみた。

伝家の宝刀「内また」を武器に世界を席巻した男は日本史上最高の柔道家として長く君臨してきた。
一瞬のすきを逃さないその技の切れ味は技が来ると解っていても対応できないほどだ。シドニーオリンピックではオール内またで一本勝ちという圧勝劇を演じて見せた。しかし研究に研究をされ尽くした挙句、自らも大きな故障に悩まされいつしかその技の切れ味は鋭さを欠いていたのだ。
全盛期と比べると明らかにスピード、切れ味が違う技でも『一本勝ち』する事にこだわり続けた男はいつしか世界は勿論日本国内でも勝てなくなった。人は言った「康生はもっと大人の柔道をするべきだ」「内またを見せ技にして他の技で相手を揺さぶれ」・・・と。しかし井上康生は変えなかった。大人の柔道も世界対策もしなかったのだ。ひたすら「内また」での一本勝ちにこだわった男を人は「康生の時代は終わった」と冷たく突き放した。

確かに井上康生の時代は終わってたのかもしれない。
「大人の柔道」を覚えればまだまだ世界と戦えたかも知れない。しかしこの男はしなかったのだが世間とはそこを認めてあげる事はできないものなのだろうか?
いつ何時どのタイミングでもその技を仕掛けて、相手は解っていても受けれない所まで技を極める事の奥深さと難しさをわかってやる事はできないものだろうか?

最後と決めて出場した大会の試合で敗色濃厚の残り10秒で抜いた伝家の宝刀「内また」。素人目に見て最高のタイミングで蹴り上げた近年見る最高の「内また」をいとも簡単に「内またすかし」で返されそのまま押さえ込まれたのだ。『完全なる敗北』だったろう

押さえ込まれていた30秒の間、何を思ったのだろうか?何を考えたのだろうか?それともこの逆境をはね返す事に専念していたのだろうか?




「内また」で敗れた事を誇りに思うのだろうか?「内また」にこだわり続けた自分を責めたのだろうか?何度考えても僕には到底解らない。

一度本心を聞いてみたいと思うが教えてくれない気がする。
ひとつ言える事は審判に促され気丈に礼をする男の涙に感極まるものを感じていた自分がいた事だけだ。



野村忠宏?  勝負師として持ってはいけない感情

  • 2008/04/07(月) 12:52:38

関連過去ブログ・・・野村忠宏   前人未到の4連覇に向けて・・・

「勝負師として持ってはいけない感情をもってしまった」と敗戦後約2時間してからやっと口を開いた天才柔道家・野村忠宏の第一声だった。

「普通にやれば国内予選は勝てる」「怪我なく無事に終わればオリンピックに行ける」と平常心を保つための自分へのおまじないがいつしか「慢心」へと変わりがけっぷちに立たされていた自分の立場さえも見失ってしまった様だ。
確かに体力やスピードの衰えは否めないし若手の台頭も目覚ましい。衰えたフィジカルを補うだけの技の精度だったり精神面の充実が今の野村の生命線になっていることは本人が一番わかっていたはずだ。

しかし、柔道に一番大切な「心」のコントロールを失った時、現実に現れるのは「敗北」でしかなかったろう。「心・技・体」と勝利の不可欠要素を表現する時に誰もがよく用いるがその中でも一番最初に「心」と言っているのは何もゴロがいいだけではあるまい。

一番大切なのが「心」であるのだと思う。その「心」を乱した天才に勝利の神様はいとも簡単に見捨てた様だ。それがオリンピック4連覇がかかっていようがマスコミの注目をいっしんに受けてようが全く関係ないと言わんばかりに。

オリンピックへの道は完全に閉ざされたはずの重量級の天才・井上康生も同じ大会に出場した。
世界を震撼させた伝家の宝刀「内また」は今や日本のトップクラスの柔道家は完全に見切っていてもう2度と掛る事はないといわれている。衰えた技のキレを克服する「心」も折れていたはずだ。それでも井上康生は勝った。

なぜか?それは新人時代のように前に前に、先に先に仕掛ける柔道家としての本来の姿勢を崩さなかったからではないだろうか?
ポイントを先取して逃げ切る今の勝利の方程式を曲げてでも「一本」を取りに行く気持ちが最後まで持続したからではなかったろうか?この試合にだけ関して言えば井上康生の「心」は他の誰よりも勝ったのだろう。

天才の柔道はもう見れないのだろう。

はっきり「引退」と口した男に残された感情はやり尽くした充実感や成し遂げた達成感でなくやり残した後悔や心に隙を作ってしまった自分への苛立ちなのだろう。
自ら「引退します」と公言して去っていくのではなく「やめさせられた感」が否めない引退になってしまいそうである。悔しいだろうがそれが「勝負の世界」なのだろう。

「勝負師として持ってはいけない感情をもってしまった」時、静かにその幕は降りた気がした。



野村忠宏   前人未到の4連覇に向けて・・・

  • 2008/02/24(日) 12:36:23

柔道と言えば日本のお家芸であった。

しかし国際化の波にもまれ伝統の白い胴衣もブルーに変わり、今度は’効果’がなくなるかも・・など世界に発信すればするほどルール変更が行われ国際ルールになっていき実力もいつしか日本も世界に追い付かれ、ぬかされたしまう時がもうそぐそこまで来ている感じがしてならない。

柔道といえばやはり無差別級の圧倒的なパワー・体格で豪快に投げ捨てる感じのイメージが強く日本で言えば山下康裕からはじまり小川直也や篠原、井上康生、鈴木桂治・・・どの時代もどのオリンピックでも常に世界をリードしてきた。
外国人のパワーを受け止め、力に変えて投げる様を「柔よく剛を制す」と表現している。柔道のだいご味を存分に堪能できる階級に人気が集まるのも無理はないし僕も好きである。

そんな無差別・重量級よりもスピード・テクニック・技のキレを駆使した階級もあることを忘れてほしくない。
そう、軽量級の60kg級である。
ここに前人未到のオリンピック4連覇を目指す天才がいることをご存知であろうか?

「野村忠宏」その人である。




自らを「大の練習嫌いの天才肌」と評し相手の研究もせず、オリンピックの試合の控室で5分前までうたた寝をしていたというエピソードを持つなどその天才ぶりには驚かさせられる。
「オリンピック3連覇」という快挙を起こしても翌朝の新聞の一面に載らない事を同じ日に行われる柔ちゃん事「谷亮子」のせいだと思っている彼は試合日をずらしてもらえないか?と国際連盟にの本気で迫ったというエピソードも持つ。

今ではすっかりおなじみの金メダルをかじって写真に納まるポーズを最初にしたのも野村忠宏だった。
アトランタ五輪で優勝した翌朝の新聞には「田村・まさかの銀、野村・まさかの金」と書かれシドニーで連覇しても翌朝には「田村・悲願の金メダル・野村も金」と書かれアテネで前人未踏の3連覇した時も「谷でも金・野村も金」と書かれるなど明るいキャラクターとは裏腹に常に柔ちゃんの付録のような扱いを受けている。
本人もその紙面の切り抜きを持ち歩きどこでも自虐ネタとして周りを爆笑の渦に落とす。柔道さながらのキレのあるトークで。

そんな野村が膝のじん帯断絶の大けがを乗り越え、更なる高み4連覇を目指し復活を遂げようとしている。

ドイツ国際に出場し決勝で敗れたものの初戦からすべて違う技で一本勝ちしてきたところを見るとやはりただものではないと感じさせられる。

久々の試合の為か「一瞬の反応が遅れた」と反省の弁、しかしつづけて「自分は負けて強くなる。きょうが第一歩」と完全復活を約束させるコメントも聞けた。

確かに衰えは隠せない、往年のスピードもない。しかし彼には経験や気持ちがある。モチベーションと集中力をさらに高め是非、北京での試合の翌朝一面を飾ってもらいたい。33歳の天才の挑戦に期待している。

石井慧    努力の天才柔道家

  • 2007/12/10(月) 05:11:28

柔道の名門・国士館大の山内直人監督に「ビックリしたよ」といわしめた若き天才柔道家を知っているだろうか?

テレビでもおなじみの「井上康生」ではなく、いつも井上と比較される「鈴木桂治」でなく・・
石井慧という男を。




前述の監督の発言は2006年の全日本選手権の直後の事だ。

石井は大阪の清風中学から清風高校へ進学した、生粋の大阪人だった。彼が出場する試合はまるで相手が勝負を諦めているかのように圧勝し続けタイトルを総なめにする。
高校2年の時、彼は大阪を捨て高いレベルの環境を求め名門・国士舘の門をたたく。更に進化をし続けた天才は19歳4ケ月の若さで全日本選手権に初出場し並みいる強豪を撃破し、なんとなんと「優勝」してしまったのだ。

ここで、この「優勝」のすごさを紹介しておこう。まず最年少優勝記録はあの世界の山下泰裕の記録を6か月以上更新し、初出場初優勝はアニメ「柔」ちゃんのお爺ちゃんのモチーフにもなった。猪熊以来47年ぶりだったそうだ。

決勝は当時世界チャンピオンの鈴木桂治。残り数秒で繰り出した執念の大外刈りで畳に押し倒した




彼の気迫が世界チャンピオンをも凌駕した一瞬だった。

練習量と気迫が彼の持ち味で、組み手争いやフィジカルやバランスではまだまだ改善の余地があるものの、少々の故障では練習を休まないところが監督も一目を置くところだといっていた。
「最後まで攻めないとまた監督に怒られる」という恐怖から攻め続けたと試合後のコメントを残すあたりがまだまだ子供だと感じるが中々どうして気合いの入った面白い柔道をする若者である。

翌2007年は決勝で「鈴木桂治」に敗れたものの2年連続で決勝進出し着実に力を伸ばし、昨日はなんとあの「井上康生」を破り嘉納杯のチャンピオンになった。力は本物になりつつある。このクラスは高井洋平や棟田などまだまだライバルは多いがいつの日かこの天才が世界をリードする日が来ると信じている。

彼の名をしっかり覚えておいてもらいたい。
天才は天才でも彼は「努力の天才」!石井慧。




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