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マイケル・フェルプス

  • 2009/08/08(土) 00:36:27

北京オリンピックで史上初めて一大会で金メダル8個を獲得した「水の怪物」マイケル・フェルプス。




オーストラリアの英雄、イアン・ソープもなしえなかった偉業をいとも簡単に達成しそのソープを引退に追い込んだアメリカの若き皇帝。

過去の大麻吸引事件の影響からか満足に練習もせずベストの体調には到底及ばない中で出場した。ローマの世界選手権。

スポンサーへのみそぎの出場とされメダルは勿論世界記録など到底期待されていなかった。モチベーションも明らかに北京の時と違っていた。誰の目に見てもわかるフェルプスの本気度の低さにフェルプスに向けられるほずの大きな注目はされないまま大会が始まった。
高速水着による驚異的な記録ラッシュに「水泳」という競技が全く別の競技になっていまった感も否めない今大会だが
その話はまた後日するとして今日はあくまでフェルプスに注目しておきたい。

得意とする200m自由形で驚異的な世界記録の前に敗れ去ったフェルプスの泳ぎは仮に水着を同じ条件にしても勝てなかったような惨敗ぶりだったと思う。

独特のキック力が明らかに低下しおおきな泳ぎも完全に影をひそめていた。

次の日の200mバタフライ予選、準決勝でも後れをとり優勝は難しいのではと誰もが思ったことだろう。特に日本では松田が準決勝をタイム1位で通過しフェルプスとの直接対決でも勝っていたため初のフェルプス越えに期待が高まって迎えた決勝レース。
スタートから抜群の飛び出しを見せなんと世界記録更新ペースでレースをひっぱて行くがそれでも松田は自身の持つ日本記録を更新するペースでぴったりマークし得意の後半ぬ勝負をかけた。しかし今日のフェルプスはまるで昨日までと別人の泳ぎだった。

前日の自由形での敗北がよほどプライドを傷つけたのか見違えるほどの大きな泳ぎでどんどん後続を離していくのだった。

結局、世界記録で優勝を遂げ何事も無かったかのようにプールをあとにした
世界一の「水の怪物」の姿を初めてローマで見た。これがフェルプスの強さだと言わんばかりの泳ぎで会場を一瞬黙らせたのだ。
広げると身長より遥かに長い腕と大きな足、非常に柔らかい関節を持ち、爆発的な推進力を生み出すドルフィンキックとそれを維持できる.驚異的なスタミナ。
フェルプスの泳ぎは到底真似ができない異次元のポテンシャルを持ったまさに天才とされている。

さらにボディバランスの良さで全く体幹の軸がブレないため抵抗が少なくてすむのも大きな特徴か全身を鞭の様にしならせる泳ぎは見ていて怖いぐらいだ。そんなフィジカルにモチベーション、集中力がみなぎった時その男は「怪物」と化す。

ローマで改めて「怪物」に出会えた事に感動している。



古橋広之進  「フジヤマのトビウオ」ローマで死す

  • 2009/08/04(火) 00:40:28

国際水泳連盟副会長の職を再選され古賀の獲得した100M背泳の金メダルを我がことのように喜んでいた「フジヤマのトビウオ」がローマの空の下、この世を去った。
古橋広之進(享年80歳)
前日に関係者と食事をしそのまま翌朝、滞在先のホテルで亡くなったのだ。

敗戦後のショックに沈む日本を活気つかせた功績は今尚語り草になっている。戦争で負った左手指の欠損をもろともしない独特の泳法で世界記録を多数塗り替え戦後復興のシンボルとなった。
全盛期におこなわれたロンドンオリンピックで金メダル確実とされながら戦争の責任をおった日本は出場する事ができず古橋は「悲運のトビウオ」とも言われた。

現役引退後も徹底的な泳ぎこみをさせるスパルタ監督として名をはせ日本水泳界の重鎮としてその影響力は今日まで受け継がれてきた。
なにより現場が好きで高齢になった最近でも猛暑、酷暑の中、現地で観戦し時には叱咤激励を自らするなどそのパワーは現役さながらといった勢いを感じさせていた。

現役選手との最後のミーティングとなってしまった前夜でも
『魚になるまで泳げ』と古橋節健在の所をみせていただけに急な訃報に選手をはじめ関係者は驚きを隠せないという。常に試合会場に足を運び選手のレースを見に来ては激しく激励を飛ばす反面レースを終えた選手を迎えるあの満面の笑顔が忘れられないと選手は口々に言った。

世界水泳選手権の最中にあの世に行ってしまった「フジヤマのトビウオ」。らしいと言えばらしい最期だったのかもしれない。

悲しみにくれる日本選手団を天国から見ては「そんな暇があれば魚になるまで泳げ」と怒鳴っている気がしてならない。

享年80歳 ご冥福を心からお祈りしたい。

萩原智子 復活したハギトモ

  • 2009/06/22(月) 03:46:22

彼女の元来の実力や世界に認められた才能を披露するのにそこは決して大舞台ではなく小さく観客席もままならないプールだった。
身長180cm弱の恵まれた体、無駄の無い筋肉質でいて、バランスのとれた申し分の無い体に屈託のない笑顔・・・。

「ハギトモ」こと萩原智子がプールに戻ってきた。

にわかに活気つく会場に姿を見せ時折笑顔を見せながら久しぶりの試合を楽しんでいるかの様だった。

「楽しかったし面白かったです」
試合後の会見での第一声。

かつて”世界最高のポテンシャル”と騒がれながら大舞台で惨敗をし続け精神的にも追い詰められた感じすら漂わせていたかつてのハギトモの姿はなかった。

日本実業団大会のしかも山梨県予選会。

世界を目指す日本のトップスイマーは誰一人として出場していない小さな無名の大会だったはずだ。
一人の天才スイマーが奇跡の復活を表明するまでは・・・

小学生から大人までが参加する市民大会では考えられない取材陣の数が25m市民プールサイドにずらりとならんだ
世界大会並のそうそうたる記者やカメラマンが並んだ。

シドニー五輪で金メダル確実といわれながら結果を残せなかったなどここ一番に弱さを露呈し続けた精神力。復活を賭けたアテネの日本予選では極度のプレッシャーと緊張から過呼吸に陥るなど追い詰められた形で第一線を退いた。

そんなハギトモが5年ぶりにプールに帰ってきた。
日本競泳史上最高の才能と呼ばれた天才が笑顔で戻ってきたのだ

オリンピックや世界選手権など大きな大会が近づくにつれ本来の明るさは消え持ち前の天才的な泳ぎは影を潜めタイムも着実に落ちていった。人に見られたくないかのような雰囲気を醸し出すようにもなり記者会見はおろかコーチ、友達との会話もしなくなっていくなどあきらかな変調をきたしていたハギトモはもういなかった。

引退後の水泳教室のコーチなどで純粋に子供達が楽しそうに泳ぐ姿を見て刺激されたと言うがそれでも世界のトップクラスを張っていたスターが5年のブランクを経て現役復帰するなど世界をみてもあまり例が無い事だろう。

「やはりハギトモは水泳が好きだったんだな」と一ファンとして嬉しくも思う反面こんな笑顔であのオリンピックのスタート台に立ってくれていれば金メダルも夢でなかったのに・・・と複雑な思いがする。

スポーツには相手に勝つことよりも自分に勝つことの方がよっぽど難しいと言われるがあの時自分に負けたハギトモはもういないのだろう。

世界中が注目し続けるオリンピックのセンタープールよりも小さな市民プールの方がハギトモには似合っているのかもしれない。
あんな楽しそうに泳ぎ笑顔でチームスタッフとハイタッチを交わす彼女を見たのは初めてだったのだから。



入江陵介  幻の世界記録

  • 2009/05/24(日) 05:04:41

今、世界で最も注目されているスイマーの一人に大阪出身の入江陵介がいる。

先日出した従来の記録を一分以上も短縮する驚異的なタイムをたたき出した背泳のイケメントップスイマーだ。

男子200メートル背泳ぎで世界新記録を出した際に着用した水着が国際水泳連盟(FINA)の認可外とされたことを受けこの驚異的な記録が公認されない可能性
がきわめて強くなった。

「悔しさもあるがゼロからに戻れたことでうれしい部分もある。もう一度世界記録を作るチャンスを頂いたのだから頑張りたい」と落胆した様子もなく淡々と前向きな発言をした。勿論、本音はがっかりしているのだろうが自信が漲っているかのような受け答えに僕は感心した。

「前半の入りやバサロの改良があったからタイムが出た」と公認されなかった高速水着とは無縁の所に世界最高タイムをたたきだした要因を見つけているようで条件さえそろえば更なる更新を見込めるような感じさ伝わってきた。

19歳の若者が自分の力に対する信念は揺るがないという様はこれからがもっと楽しみな存在である事を今から実証しているようなものだろう。

北京オリンピック前に物議をかもしたSPEED社の高速水着から端を発しメーカーが揃って開発する過度な改良に水泳連盟が待ったをかけた格好の今回の決着により入江に限らずフランスのベルナールやプスケの自由形の世界記録を出した時の水着も認定されず同時に世界記録も承認されないらしい。

「水着が武器であってはならないという」のが根底にあり「肌を覆う布でないといけない」らしいが果たしてそれでいいのだろうか?どんなスポーツにおいても飛躍的な科学の進歩で道具のクオリティーはどんな競技においても上がっているはず。陸上選手の靴や陸上競技場のトラック。ユニフォームにボール。どれをとってもどんどん開発され高性能なものを求める選手と商売にするメーカーの利害は一致しているのだからこういう事態は避けることはできないのではないだろうか?

最も悲しいことは入江の様に今回の件でまるで違反行為をしたかのようにドーピングでもしたかのように記録が抹消されることが悲しい。選手の最高のパフォーマンスをかき消されることがあっては絶対にいけないと思う。
目覚ましい技術の進歩に水泳連盟がついていけない現実が選手のモチベーションを低下させていることが現実に起こってしまっていることは否定できない。

「世界記録を出せたのは才能が開花したからで、その水着なくても記録は出せると思う。選手としての価値は下がらない。」と日本のコーチ陣は胸を張るがその言葉が虚しく聞こえてしまうのは本当に悲しい。

19歳の若者が最高のパフォーマンスをし最高の記録を出した事実が変わっては絶対にいけないと思う。

前向きな入江選手のハートの強さと自信によってもう一度世界最高記録を更新してくれることを切に願っている



寺川綾  名伯楽の門を叩いた美人スイマー

  • 2009/05/19(火) 04:31:25

関連ブログ コーチの名言 「自信と勇気を持ってゆっくり行け」

関連ブログ 「金」より価値がある「銅」 中村礼子と平井コーチ

このコーナーでも北島康介の金メダルや中村礼子の銅メダル獲得に技術面、精神面でサポートした名コーチ平井氏の話は沢山してきた。
そんな平井の門を叩いた美人スイマーがいる。24歳。すっかりベテランの域に達した感のある寺川綾である。





アテネ五輪を代表になり瞬く間にヒロインのなった寺川綾もメダルも期待された北京の舞台には立てなかった。国内予選でまさかの敗退を喫し伸び悩んでいた。

「さらに上を目指すなら平井先生のところだ」と一念発起し平井門下生になった。

自らの成長に悩み苦しみ新たな環境を模索する中で昨年末から年明けまで平井コーチが指導する東京SCの合宿に参加し水泳に対する考え方を伝授されたりや泳ぎ方の欠点の指摘を受けるなど「全部が新しかった」と、成長できると確信した。

今年から本格的な指導を受け今季はすでに50メートル背泳ぎで2度の短水路日本新をマークし早々と結果を出し。「スピードは中村礼子よりもある」と平井コーチも期待をかけた。

先日行われた世界選手権代表をかけた日本選手権で見事に復活優勝を遂げた。
激戦が予想された女子100メートル背泳ぎ。寺川は前半から先行し往年のライバルの伊藤と若手成長株の酒井を振り切った。
なんと7年ぶりの復活優勝。世界水泳の切符もしっかり掴み世界の舞台にもう一度立つ。特に酒井は今季、世界最高記録をマークしている伸び盛りの10代。そんな酒井がプレッシャーに押しつぶされ本来の力がだせず悔し涙にくれたが同じような境遇を打ち勝ってきたベテランの寺川は勝って涙を流した。

「自分自身をあきらめなかったし落ちぶれたつもりもなかった。平井先生と十分な練習を積んできたしそれがレースにそのまま出た」とインタビューで涙にくれた。

取り戻した元女王のプライド、再生させた平井の手腕。
技術だけでなく精神的にもサポートしたとういう平井は満面の笑みで寺川を称えた。若き名伯楽と呼ばれる名将はたった数か月で再生させたのだから本当に凄い。
「本番に弱い自分が情けない。重圧をプラスにしようと思っていたのに」と悔し涙が止まらなかった新星、酒井の挑戦はこれからまた始まる。「負けたまま終わりたくない。今日駄目だった分を次にぶつけたい」と意気込む酒井とのライバル対決は間違いなくロンドンのプールまで続くだろう。

あらためて平井コーチの手腕を思い知らされた事になった女子背泳ぎ。これからも注目して見守りたい。






「金」より価値がある「銅」 中村礼子と平井コーチ

  • 2008/09/12(金) 01:21:23

「俺は金よりこの銅の方が価値があると思っているんだ。」

金メダルよりも嬉しく重みのある銅メダルなんて存在するのだろうか?と疑問に思って会見を聞いていた。
前回このコーナーで紹介した平井コーチの会見である。言わずと知れた北島康介のコーチであると共に背泳ぎの中村礼子の専属コーチでもある彼が中村礼子のレース後、語った言葉が耳から離れない。








関連ブログ・・・コーチの名言 「自信と勇気を持ってゆっくり行け」


平井コーチも「康介の金メダルを決して軽々しく思っているわけではない。康介も大変な努力をしたし苦労も重ねた。十二分に敬意を払った上で中村の銅メダルを称えたい。」中村礼子は抜群の水泳センスを持ちながらいつも大一番では結果を残してこれなかった。小さな大会や記録会では抜群の成績とタイムを残すのにここ一番の大きな大会ではプレッシャーに押しつぶされ力を出し切れないハートの弱い選手だった。

そんな中村を指導し技術面の向上は勿論、ハートを強くする為に平井は徹底的にコーチングしたという自負があるようだ。時には睡眠時間を割いてでもとことん話し込み叱咤、激励は勿論、罵声を浴びせてでも中村を駆り立てた。アテネで銅を獲得した時ですら慢心する中村に活を入れ、真っ先に次なる目標を与え褒めることなく北京での金メダル獲得へのプロジェクトをスタートさせた。

とことん追い込んだ練習をこなしても世界との差は縮まるどころか開く一方で中村は挫折し「引退」まで考えるようにもなった日、平井は「もう一度俺を信じろ」と説得しプールに向かわせた。世界ランク3位。予選、準決勝と2位のタイムで決勝に臨んだ北京の100mでは後半失速し6位。「メダル獲得確実」というスタート前のアナウンスが空しく響いた。またもプレッシャーに負けたのだ。泣き崩れ放心状態の中村に平井は力強くこう言った

「礼子、200mが本番なんだ。この悔しさを忘れるな。その涙を覚えておけ。そして200mで獲りかえそう」

中村の200mはそんな平井の言葉とは裏腹に精彩をかいた。 

決勝に残ったものの全体の4位。しかも上位との差は2秒近くの大差。下位との差はコンマ数秒の小差。平井は決断した。「銅メダル獲得へのシナリオの実行を」。それは金メダルを諦めてでも銅メダルを獲得するだけの作戦である。「北京で金」というアテネ以後の目標を捨ててまで勇気ある決断。「金メダルを狙って銅メダルは負けた気がする」しかし「銅メダルを狙って銅メダルを取れたら勝った気がする」そう決めたコーチの決断が正しいかどうかは別にして平井は明確な目標と作戦を中村に伝えた。決勝前のアップでは考えられないタイムトライアルまで課した。そうして臨んだ決勝戦。戦略どおり中村は前半温存し中盤に勝負をかけライバルを慌てさせ後半必至に粘りこんだ。

作戦的中。

中村は3位になったのだ。銅メダルを獲得し”勝負に勝った”のだ。

中村はまたも泣き崩れた。ひと目をはばからずインタビューでカメラを向けられていても構わず泣いた。プレッシャーから開放された喜びを「涙」で表現した。100mで見せた涙とは違う歓喜の涙を流した。一緒に平井も泣いていた。最後に平井はカメラに向かって涙まじりにこう言った

「メダルの価値は色ではない。自分に打ち克った者だけが与えられるご褒美なんだから」

そして繰り返した

「俺は金よりこの銅の方が価値があると思っているんだ。」と。

コーチの名言 「自信と勇気を持ってゆっくり行け」

  • 2008/09/07(日) 10:57:40

北島康介の2大会連続2冠は本当に凄いことである。
並外れた集中力で相当なプレッシャーをはねのけ金メダルを獲得した事には驚愕させる。
北島という選手は普段は気さくで明るい性格だがこと水泳に関してはストイックで他人を寄せ付けないオーラを持ち合わせている。そんな北島が世界でたった一人だけ水泳に関してアドバイスを聞き入れ指導を仰ぐ人がいる。

平井コーチだ。

早稲田大学で水泳部に属していた平井は志半ばで選手として見切りをつけられる。それでも水泳が好きで諦められなかった平井はマネージャーとして部に残留する事を決めその日からコーチ補佐(といってもストップウォッチ片手に雑用係)としてタイムスケジュールから選手の体調管理、精心的ケアと精力的に働き担当の選手がレースで結果をだすと我が事の様に喜んだ。

いつしか選手の表情や動きでタイムが予想できる様にまでなり、日によって違う選手の泳ぎをメモする事によりアドバイスをするまでになった。

そんな平井に運命の出会いが。北島康介との出会いだ。平井は卒業後、大手会社に就職が内定していたが自ら取り消し東京スイミングクラブで専属コーチとしての道を歩き始めた。北島康介と共に歩く事を決めたのだ。

北島は当時から信頼した人間にはとことん心を許すがそうでない人間とは口もきかなかった。
北島の心を見抜いた平井は心に決めた事を守り続けた『否定語を使わない』と言う事を。「やっちゃいけない」「これはダメ」でなく、「こうしようか」「このやり方はどう思う?」そう会話をして平井は北島から信頼を受け北島は平井の事はなんでも聞くようになったしかし「黙って言うことを聞け」と言われて従うばかりではトップ選手になれないと悟った平井。

平井は当初のやり方を変えなかった。怒鳴ったりする事も練習を強制する事も極めてなかった。家族よりも長く一緒にすごすようになって13年目。平井は、北島のプライベートを驚くほどに知らない。それが平井流の北島康介指導法らしい。

北京の決勝前に緊張し世間で騒がれるほど簡単でないレースを前に平井は13年目で一番強く北島に伝えた言葉がある。

「康介、自信と勇気を持ってゆっくり行け」

真意はこうだ。

準決勝で北島はあせるあまり独特の大きな泳ぎが出来ず腕の回転に頼った泳法になっていた。

いつも17ストロークで最初の50mを泳ぐのに準決勝は19ストロークも要していた。これは早くかいでいるようだが相当体力的に後半に負担がくるのだ。「あせりは絶対だめだ」「落ち着いて行け」という言葉を平井は「ゆっくり行け」と言う言葉に集約させてみせた。そして決勝戦。なんと北島は16ストロークで前半を泳ぎ余力を残したまま後半はぶっちぎりなんと世界新記録までつけてみせたレース後、北島はその涙に満ちた声で平井に抱きついた「先生の言う事を聞いてよかったっす。ありがとうございました」北島は手にした金メダルをはじめて公然の前で平井の胸にかけてカメラの前でこういった「これは先生の金メダルです」と。

平井は「初めて金メダルをかけてもらった」と照れたがしっかりと北島と握手をし涙を流しながら最後にこう言った

「これでやっと俺も康介に認められたかな?」と。



ダラ・トーレス

  • 2008/07/06(日) 12:57:32

ダラ・トーレス。





今、41歳で一児の母である彼女はかつての水泳界のトップヒロインだった。そして今も。






14歳でロサンゼルスオリンピックに初出場してからソウル・バルセロナと3大会連続でオリンピックに出場し水泳大国アメリカのスター選手だった。

25歳の若さで惜しまれながら引退してから8年経った2000年のシドニーオリンピック前に電撃復活。しかもブランクを感じさせずに金メダル3個を獲得し一気に再ブレークしたという変わった選手だ。その後スグに引退し結婚、出産と普通の家庭を築きながら趣味で水泳を続けていたらしい。

趣味程度に続けた水泳で年齢別のマスターズ選手権で新記録を連発し「40歳オーバーのオリンピック選手に!」と周囲の声に後押しされる形でアメリカ国内予選にエントリーした。そして見事優勝し5度目のオリンピックの切符を手にしたのだ。

しかも自己記録を8年ぶりに更新するなど決してまぐれでないところを実証した相手は前回アテネのメダリストで世界ランク1位のあのコーグリンを下しての優勝だから恐れ入る。

徹底した体調管理で衰えするなど努力をしたのだろうがそれでも凄い!あのアメリカの国内予選をトップで通過するのだから勿論オリンピック本番でも金メダルの最有力候補に名乗りを上げたのだ。
表彰式で子供を抱えて笑う顔はお母さんの顔だ。確かに老けた感は否めないが全身の筋肉の張りはとても41歳のお母さんには見えない。北京の表彰台に子供と立っている姿がうっすら目に浮かんだ楽しみである。

競泳ニッポンの未来    五輪代表選手決まる

  • 2008/04/23(水) 11:42:54

「競泳ニッポン」復活なるか?
前回のアテネ五輪でメダル8個を獲得した日本勢だが今回の北京は少々苦しそうである。先日行われた最終予選を兼ねた日本選手権で31人が標準記録を突破し五輪代表が決まった。
 
日本水連は昨年までの3年間の世界ランキングを基に独自の派遣標準記録を3段階に設定し2着までに入りその標準記録を突破した者を自動的に代表に選んだ。一発選考によるわかり易い選出方法は不公平がなく極めて明確でると感心する一方で標準記録の設定にいささかの疑問が残ってしまった。

リレーを含めて25〜30人の代表入りを目標にしていた日本水連の上野広治競泳委員長は「31人選考できたのはまずまず」と語った。つまり予め30人程度が突破できるような設定になっていたという事ではないだろうか?世界のレベルは着実に上がっている。
しかもオリンピックイヤーは各大陸予選で突然、無名の選手が世界記録を連発し世界ランキングがあってない様な状態になるものである。このタイムを設定したのが昨年の初め、つまり1年以上前である。

1年あれば世界の勢力図はがらりと変わるのが今の世界の水泳界!絶対王者といわれていたあのイアン・ソープでさえ一年であっという間に過去の人になり下がり引退してしまった事を知らないのだろうか?国内選考に重きを置いて世界と戦う事、世界に勝つ事を忘れてはいないだろうか?

古い、つまり世界と差を開けられたタイムを目標に日本の選手は調整していく。選手個人も出場するのが第一目標で、悲しいかなそれだけで終わってしまってはいないか?
メダル8個を獲得したアテネ五輪よりも厳しい戦いが予想されるがこの状況を踏まえ「最低でも決勝進出というのをチームの目標にしたい」と前述の上野委員長。
「前回以上、2桁のメダル獲得を狙う!」というような威勢のいい言葉を聞きたかったが目標が既に下がっているのがなんとも悲しい。しかしこれが現実であろう。アメリカ・オーストラリアの水泳大国にヨーロッパ勢の一発屋に地元・中国の台頭。日本の入る余地はどうもなさそうである。




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