無料
エロ
動画

大累進(おおるいすすむ)

  • 2013/02/13(水) 14:28:35

巨人からドラフト2位指名され入団した大累進(おおるいすすむ)という選手に期待している。

北海道の名門あの駒大苫小牧高校ではマー君こと田中将大の2年後輩で1年時からベンチ入りをした将来を嘱望された逸材である。2年になると中心選手として活躍するも甲子園出場はなく中央球界では全くの無名選手だった。

地元、北海道の道都大学に進学し1年からレギュラーを張るもののここでも中央球界から無名の選手だったが北海道代表として出場した神宮野球大会でスカウトの目に留まる。

この大累選手はとにかく足が速い。しかも強肩である。

強肩とプロ球界トップクラスの快足が売りではあるが内野手なのだ。175cm70kgと決して大きくないその体で器用なグラブさばきを魅せる職人肌の内野手である。

一番のストロングポイントであろうスピードは超一級品である。50メートル走でなんと5秒7をマークしたこともあるというのだから陸上選手も真っ青のスピードスターである。大累のスピードに関しての本当の魅力は右打者ながら一塁到達タイムが3秒8という所にある。この数字が如何に凄いのかを比較証明する数字としてイチローを例に出してみよう。イチローが全盛期の一塁までの到達タイムが3秒7である。しかしイチローは左バッターである。一歩半遅れると言われる右バッターで3秒8の到達タイムが如何に速いかが分かって頂けたと思う。

更には遠投で100mを簡単に投げるという強肩の持ち主でもある。強肩に俊足・・・これだけで外野のレギュラーを約束してくれるチームもあるのでは?と思う程の逸材である。

但し、バッティングはまだまだプロのレベルに達していない。スピードにも対応出来ないだろうしバットコントロールも決して巧くない。変化球への対応もプロレベルでは全然の域であろう。非力が否めないのでこのままでは到底1軍のトップレベルのピッチャーを打つ事は出来ないと思う。バントなど小技を磨き堅実に生きる道を探っていくことになるだろうがそれでも2〜3年は2軍で時間がかかりそうだ。

「大累家」の先祖は宮城県の伊達藩の流れをくむ武士だという。平成の時代に「大累」という名が全国を駆け巡る日は必ず来ると信じている。そう思わせる楽しみな逸材である事は間違いない。


藤岡貴裕 

  • 2012/02/04(土) 13:50:24

「よかったね、ロッテで」
「はい、いちばん最初にボクを決めてくれた球団だったので」
そう笑ったのはロッテにドラフト1位指名され今季の新人王最有力候補の藤岡貴裕だ。



ロッテは成瀬善久と吉見祐治以外に一軍レベルの先発サウスポー候補がいない。したがって「ローテーション左腕」はここ数年、第一の補強ポイントになってきた。チームの総意として昨年の年頭から「東洋大・藤岡1位」を正式なメッセージとして掲げ、藤岡が投げる日の神宮のネット裏前方には彼の投球をじっと見守るロッテスカウト陣がいた。


「藤岡のフォームでは大学では通用してもプロの世界では通用しない。」そんな評価も一部からあがる。

腕をなかなか見せてくれないから独特のフォーム。右足を踏み込む時の半身の態勢から踏み込んできてギリギリのところで肩の左右をパッと切り換える。そこからズバッと腕を振る。「150キロ」の球もすごいがボールを見せてくれない独特フォームは打者に不安と恐怖を感じさせるには十分だ。その反面、故障しやすいフォームであることは否めない。

ストレートも、スライダーも、カーブもフォークも、持ち球のすべてを構えたミットに投げ込むコントロールの良さはプロの中でもトップクラスであろう。
藤岡は大学時代からボールを握った時のデリケートな指先感覚を大切にして、背中にいやな汗びっしょりかくようなピンチの場面でも、間違っても手首に骨が浮くほどギュッと握ったりしない。常に指先の感覚を一定に保ち続けコントロールには細心注意を払い続けるそういう大人のピッチャーだ。

精緻なコントロール、だからこその球持ちの良さ。努力だけではなかなか得難い大きな財産と才能を武器に藤岡貴裕が1年目からローテーションに食い込み新人王に名乗りを上げる。

稲倉大輝 熊本国府高校

  • 2011/10/23(日) 15:38:56

まもなく開催されるプロ野球のドラフト会議に指名されるであろう中央球界では無名だが九州では有名なスラッガーがいるので紹介したい。

熊本国府高校の3年生、稲倉大輝だ。





その甘いマスクとは裏腹に実に派手なバッティングを見せてくれる期待のスラッガーである。腕っぷしが強く腕力でボールを飛ばすような強引な打撃だが実にその打撃はパワフルだ。

引き手が強く、腕っぷしの強さで打つような荒っぽい打撃のように見えるがそれでも強引に引っ張るだけでなく右方向にも強い打球が飛ばせるのが魅力である。





スクエアスタンスで打席に立ちどっしりと腰が座りそれでいてリラックスして構え、懐の広さが魅力だ。

そういった余裕のある雰囲気が投手にはなんとも不気味で恐怖感を与えボールをギリギリまで引きつけて打つ典型的な長距離打者で足もカカトを浮かせるのみであとは降ろすと言うシンプルなスタイル。







現段階の弱点として打撃の「間」と言うものがないのでどうしても打てる球は限られてしまいます。プロの投手相手に即、一軍で通用するとは思えないがそれにしても荒削りで魅力的な選手である。

ただ踏み込んだ足下は鍛えられた筋力で支えられインパクトの際にもブレず、そのためしっかり捉えた球は打ち損じも少ないですし、しっかり力をバットに伝えることができます。

いち早くトップの位置にはグリップを持ってきているので、速い球に差し込まれるという心配は少ないです。ただ少しバットが遠回りに出てくるので、どうしてもスイングに無駄が生じる。ただその分少しポイントは後ろになるが大きな弧を描いてスイングは本当にほれぼれする。
捉えた打球は実に強烈で体に力がある証拠なのだろう。

特に上下に大きく動かないので目線もブレませんし体の開きも我慢でき軸足にも強さを感じます。腰が据わり軸がしっかりしたスイングができています。

ギリギリまで引きつけて、大きな弧を描いたスイングが魅力の選手。

それだけに、このあたりを修正すると、持ち味を失いかねないが上のレベルで野球を続ける際に、今のスイングだと大きな壁にぶつかるだろう。まずは、今のスタイルでどこまでやれるのか、己の限界に挑んで欲しいと願う。

熊本国府高校の3年生、稲倉大輝

この名前を覚えておいてもらいたい

「オレ流」監督の底力 中日ドラゴンズ悲願のセリーグ連覇

  • 2011/10/19(水) 18:38:26

中日が球団史上初のセリーグ連覇で幕を閉じた。ヤクルトの快進撃の前に幾度となく沈みかけた知将落合率いる中日ドラゴンズが最後の最後にペナントをもぎ取ったのだ。

「オレ流」

現役時代から落合に付けられた愛称である。マスコミに対してリップサービスが少なくぶっきらぼう!勝利至上主義で野球がつまらない!など批判は多いがそんな声を完全にシャットアウトして「勝利」のみを目指す姿勢こそが真の「オレ流」なのだろう。

それでも落合監督は監督就任当初から「ファンサービスが足りない。野球がつまらない。」と囁かれる外野の声に自問自答を重ねてきた。「いろいろ言われることには慣れてる。ただ、オレは現場を預かる最高責任者として、何ができるかを考えたら、勝つことしかないんだ。勝って気持ちよく家に帰ってもらう。それが一番のファンサービスだろ」。何を言われようと、オレ流を貫いたのだ。


落合監督の本当の「オレ流」はその野球に対する類まれな洞察力にある。

ブランコの起用の仕方がその典型的といえるだろう。

開幕から飛ばない統一球の影響からか極度の不振にあえぐブランコを、落合監督は6月4日から約2カ月間の長きにわたって二軍に落とした。

チーム状態が決して良かったわけではない。むしろどん底だった状態のときに4番を早々と切ったのだ。

しかし、落合監督の視線は、先にあった。6月の当時、抜け出していたのは優勝経験のある選手が少ないヤクルトだった。しかも開幕が約2週間遅れた今季は9月以降にも35試合以上の試合を残している。じっくりとそこに向けて調整させたのだ。2カ月のキャンプで作り直させて、勝負どころで切り札として投入した。

8月30日に再び一軍に上がったブランコを、迷うことなく4番で起用した。そしてこの4番が機能したことが、中日のラストスパートにつながっている。

プロでも簡単に見抜けない野球の奥深さや怖さを熟知する。

これがオレ流監督のすごさである。

彼我のチーム力や、選手個々の状態と持っているポテンシャルを見極める力、試合の流れを読んで勝利への道を探す探求力、そして144試合という長丁場を踏まえた上でシーズンを展望して優勝への道筋を築くコンストラクション力……。この監督は表面的には見えない、プロでもなかなか見抜けない、野球の奥深さや怖さを見抜く力に長けている。その洞察力にかけては、12球団の監督の中でもトップクラスにあることは間違いない。

そんな知将が宙に舞った。無数の手に突き上げられ、万感の思いがこみ上げた胴上げだったのだろう珍しく涙が止まらない。今期限りの勇退が決まっている「オレ流」監督は悲願の日本一をもぎ取ってドラゴンズと決別するのだろう!

「オレ流」監督の短期シリーズの采配に期待してやまない

土井健大

  • 2011/07/16(土) 09:00:00

オリックスの顔にと成長しつつあるT−岡田を人は『浪速のゴジラ』と呼ぶ。大阪の名門・履正社高校出身でオリックスへ進んだ経歴までは同じで『浪速のミニラ』と異名をとった一人のキャッチャーがいる事をご存じだろうか?

岡田に比べサイズは一回り小さいが岡田以上に速い球を叩くことや強い打球を飛ばすことでは岡田のポテンシャルをしのぐ逸材であったはずだ。

そう横浜に住む野球ファンに言われ高校時代のVTRを見返してみた。

当時大阪には高校NO,1左腕と呼ばれた辻内(現・巨人)がいた。

左バッターとはいえ辻内相手に完全に腰が引けスピードに対応できていない岡田に対して土井はしっかりと対応していた。インコースに入ってくるボールをしっかりと見切りライト方向にクリーンヒットしたセンスに非凡なものを感じた。

高卒キャッチャーの育成はチーム方針でどうにでも変わってしまう。長い目で見て育てるだけの時間とチーム力があればいいのだが無いチームは秀でたバッティングセンスだけを取り上げキャッチャー育成にはスグに見切りをつけファーストや外野にコンバートしてしまう傾向がある。

ちょっと小太りタイプの昔ながらの捕手と言った感じの土井もそんなチーム事情からか入団してスグにファースト点功を命じられてしまう。捕手としても中々の力量の持ち主だっただけに今思えば残念でならない。

配球に関しては時折セオリーから逸脱し痛打を浴びるシーンを見るがこれは結果論であり、その配球で抑えたら「斬新だ」とか「裏の裏をかく天才」と評されていたと思うのでここでは触れないようにしておこう。

スローイングスピードも実際に生で見た訳でなくあくまでVTR上の計測だが2秒前後で高校レベルではトップクラスだがプロの世界では普通ぐらいではないだろうか。肝心の肩の強さもプロの世界では並である。

そう思うとオリックス球団のキャッチャーへの見切りは間違っていなかったのかもしれない。

そうなれば後はバッティングで開花するしかなかったのだが・・・

独特のフォームから重心がグッと沈ませ踏み込んで来るので、多少上下に頭が動く悪癖がある。但しこのフォームが岡田をしのぐ土井独特の打球の強さを生みだしているのだから良い癖でもあるのは事実である。

むしろ修正しないといけないのは身体の開きが早いのと軸足の形が前に崩れて身体が前に突っ込み気味の所だ。

T-岡田よりも強い打球を飛ばせる要素が詰まったフォームであるがその反面、足を高くあげても全く軸がブレなかったT−岡田に比べると土井の動きには波がある。というか有りすぎる気がする。

そういう面が修正されないまま昨年、とうとうオリックスを戦力外になってしまった。これがプロの世界なんだ。

「捨てる神いれば拾う神あり」

土井のチームへの忠誠心、2軍戦とはいえ大きな声を上げベンチを鼓舞するハッスルさを買った人がいた。

巨人の2軍監督を務める川相の目にとまった。「2軍戦であんなに声を上げベンチを盛り上げる選手はいない」とそのハートに目をつけ育成枠での獲得を球団に直訴したらしい。川相監督の熱いラブコールに応える日がいつか来るだろう。

オリックスでは花が咲かなかったが巨人の育成枠からもう一度這い上がってきてもらいたい。

土井健大。いつか東京ドームで会おう。

中島裕之

  • 2011/05/29(日) 15:33:47

西武ライオンズの浮沈はこの人に懸っているといっても過言ではないだろう。あのイチロー、松坂大輔をもってしても「天才」と言わしめた逸材。
西武ライオンズの英雄清原和博がつけていた背番号「3」を引き継ぎさらに大きくした男。中島裕之。





兵庫県伊丹市出身の中島は名門報徳学園からの誘いを蹴って(正確には受験失敗)地元の無名校に進学した。高校通算43本の本塁打を放った無名校の天才が西武のスカウトに目にとまり入団して10年がたった。高校まで投手と外野手。プロに入って内野の要ショートにコンバートされたのだ。北京オリンピックやWBCも経験した今や日本球界きっての名プレイヤーに君臨している。



走塁では一塁到達タイムは5秒台が多く、良くて4.25秒と速くはないがベースランニングは上手く、三塁打時には12秒台前半を記録する。このスピードにはイチローも驚きメジャー関係者も注目している。守備面では肩が強くコントロールもよく送球だけはメジャークラスだが失策が多すぎるのが玉にきずである。それ以上のバッティングを見せているので目立ちはしないが実はリーグ失策王を何度も獲得してしまっている・・・。

そんな中島がバッティングではまた一段高い頂きに上った。

空振りにも高度な空振りがある。



5月28日のヤクルト戦で見せたヤクルトの技巧派左腕石川から放ったホームランに注目したい。

この日の第3打席。前打席で凡退した石川の勝負球カットボールとほぼ同じ軌道の内角高め直球をわざと空振りし、石川らしい配球で追い込み満を持して投げた勝負球の外角球をスタンドまで軽々と運んだ。天性の感覚と究極のバットコントロールから生まれた一発でありそこに読みと技が加わった究極のホームランと言っても過言ではないだろう。

一流のバッターがタイミングが合わずに見逃すことはあっても、スイングの途中でバットの軌道を変えることは容易ではない。それを平然とやってのける。右打者の中島が、5年連続で打率3割をクリアしている理由は、自在にバットを操る非凡な技術にあるのかもしれない。

「前の打席で同じような軌道だったので、(バットに)当てたら嫌だなと思ってわざと空振りしました」。

全打席で初球の内角高め135キロカットボールに手を出し、詰まって凡打となった。6回の初球も同じく内角高め、カット気味の136キロ直球。瞬時に球の軌道を察知し、前の打席と同じ凡打を回避するために空振りし、次のチャンスを得た。いうなればホームランを打つ布石となった空振りと言うことになる。

「内角直球と、外寄りの浮いたシンカー。その間の球なら全部打とうと思っていました。僕はベースから離れて立っているので、踏み込んで行きました」。内角への意識を持ちながら、外角球を引っ張る技術とバットコントロール。中島にしか打てないホームランに好投手石川もヤクルトバッテリー、ベンチも言葉を失った事だろう。

空振りにも高度な空振りがある。
中島裕之。来季こそメジャーリーガーであろう



森本稀哲

  • 2010/12/02(木) 15:18:29

プロ野球の世界には特に野球に秀でた強者ばかりが集まっている。そんな野球センスにあふれた選手の中でも性格も違えば考え方の違う選手がいる。

森本稀哲。「ひちょり」と言った方がピンとくかもしれない

幼少のころ、髪の毛が抜けて生えなくなる病気にかかり、人知れぬ苦悩を味わった森本だが、今では底抜けの明るさでチームの雰囲気を盛り上げ強いてはプロ野球界きってのエンターティナーである。

44年ぶりに奇跡の日本一の栄冠に輝いた北海道日本ハムファイターズのトップバッターであり守備範囲の広さに地味ではあるが犠打も上手い。足も速く野球センスとしては最高レベルのものを持った選手の一人であるに違いない。

おちゃらけたイメージが先行している森本だが実はいたって真面目な好青年だ。インタビューでも一生懸命誠意を持って答えようとする。しかし、あいまいな質問や、自分の考えと異なる場合には即座に否定する。彼は努力をひけらかしたがらない。「みんなやっているから」とさらりと言ってのけるがその練習量は球界でもトップクラスと言っても過言ではないだろう


そんな森本に影響を与えた選手といえばやはり新庄剛であろう。森本にとって、心をさらけ出せたのは新庄だけだったのではないか。そんあ新庄の助言もあって日本ハムから横浜へFA移籍することが決まった。

「弱いチームをなんとかしたい」
言い換えれば試合に負け続けて下を向いてばかりいる選手をなんとかしたい!という事であろう。

ストイックに練習に取り組む森本の姿勢を見て弱小球団の若手選手たちが何を感じるかが大事であろう。練習を積み重ねたうえで明るくエンターティナーに徹する姿を見て何を感じるのだろうか?

森本稀哲(ひちょり)。

来季の活躍がそして横浜の変貌が今から楽しみである



小山 雄輝

  • 2010/10/24(日) 12:48:28

早稲田の斉藤・大石・福井の三羽烏に速球派右腕・沢村ら大学の投手が注目される今年のドラフト会議。

関西のしかもかこにプロ野球選手を一度も輩出していない中央球界では無名の天理大学から隠し玉としておくには惜しい逸材がいる。

小山 雄輝。

細見ながら187センチの長身から投げ下ろす最速149キロ右腕に、各球団のスカウト陣は大きな将来性を見いだしているようである。

タイプ的には西武ライオンズの岸に似ているかもしれない。長身もさることながら身体的特徴として手が大きく右手中指の先から手首まで22センチもある。
片手で硬球5個を持つことができるというメジャーリーガー並みのフィジカルである。長い指を使い投げ込むフォークは身長の高さとあいまり急角度に落ちる絶対的な武器である。

フォークのほかにカーブ、スライダーなど駆使する本格派右腕でそういう意味からも”岸2世”と呼んでもでもいいかもしれない逸材である。

手の大きさだけでなく大学では2年まで50メートル6秒0を誇る俊足内野手としてプレーし身体能力の高さは折り紙つきである。
投手転向後の経験が浅いことから今後大きく成長する可能性を秘めたプロのスカウトが気にする「のびしろ」をまだまだ持っている選手だけにドラフト下位でも必ず指名される選手ではないだろうか?

不安定だった球筋を安定させるため 上半身主導の投球フォーム修正に着手したところすぐに成果を見せ、以後着実に成績を伸ばしたあたりはフィジカルの高さに加え「のびしろ」を感じさせるには十分な逸話である。

阪神大学リーグでやっと一部に昇格したようなチーム初のプロ野球選手の誕生はいよいよ現実味を帯びてきたかもしれない。

小山 雄輝。

覚えておいてもらいたい

藤谷周平

  • 2010/10/12(火) 20:33:27

早稲田の三羽烏、斉藤・大石・福井をはじめ中央大学の快速王沢村などの大学生を中心に甲子園を沸かせた沖縄興南の島袋や一二三などの入団先が気になる運命のドラフト会議がいよいよ近づいてきた

各球団の編成部はチームの現状と他球団の動向をこれでもかと調査し当日ギリギリまで情報戦を戦うのだ。

そんなスカウト陣を脅かすようなサプライズ指名が今年も見れるのか?見れるとしたらこの選手を挙げたい

藤谷周平

日本の高校、大学とは一切無縁の南カリフォルニア大に所属する全く無名の快速右腕である。190cm以上の身長から投げ下ろす角度あるストレートは150kmをコンスタントに越え大学3年生時にはメジャーのドラフトでパドレスから指名されたほどの実力者である。


幼少時から渡米しあめりかで人生の大半を過ごした藤谷周平だが日本国籍を持っている為、ドラフト対象者になる。この情報を日本ハムやヤクルトなど数球団がキャッチし既に内偵しているそうだ。

日本球界では無名で、漫画の主人公にすらなりそうなややミステリアスな印象だが漏れ伝わってくる情報によると、藤谷周平が米国で積み上げてきたキャリアは抜群だ。
東京に生まれたものの父親の仕事の関係で渡米。カリフォルニア州のアービン高校では4年間、野球優秀選手として奨学金をもらっていたという。ノーザン・アイオワ大に入学すると2年生からレギュラークラスとして活躍した。3年生だった09年には、21試合に登板して22回2/3で29奪三振、1勝4敗9セーブをマーク。2年時の1セーブと合わせて計10セーブは、同大の史上最多タイ記録となった。しかもその実力を買われて将来を嘱望される選手を取り上げた「トップ・プロスペクト100」にも選ばれた。実力、経歴ともに未知数な部分は多いものの残してきた成績から判断するならば日本の球団で需要の多い中継ぎや抑えとして即戦力となりそうな逸材である。まさに隠し玉という存在である。

ドラフト指名したものの入団拒否されたパドレスの関係者は諦めきれない様子で「日本の球団が確実に指名をするだろう。そして入団するだろう」と話している。

藤谷周平

ドラフト当日にこの名が轟くのは確実ではないだろうか?覚えたおいてもらいたい。


岩瀬仁紀

  • 2010/10/11(月) 03:33:38

今季のプロ野球はセリーグ、パリーグともにレギュラーシーズンを終えいよいよポストシーズンへと進んでいく。大混戦のセリーグを制した中日ドラゴンズ。その立役者に和田や森野といった名前が挙がっているがぼくはやはりこの人の力に改めて敬意を表したい

岩瀬仁紀。




滑るような高速スライダーを武器に常勝中日の絶対的守護神である。今季は42セーブを上げ2年連続4度目の最優秀救援投手のタイトルを獲得しただけでなく大魔神・佐々木、元ヤクルトの高津に次ぐ通算250セーブを挙げ名球会選手に仲間入りするなど活躍が目立った。


しかし、岩瀬のすごさはそこではないのだ。

1999年に社会人からドラフト2位で入団したサウスポーはワンポイントの中継ぎからセットアッパーとその役割と信頼度は地味ではあったが評価が高った。当時、常勝軍団だったヤクルトの野村監督に「岩瀬がいたらどんなチームが楽か?年間10勝以上変わってくる」と言わしめたピッチャーである。

その岩瀬のすごさを語るに一番の数字が入団以来今季も含め12年連続50試合以上登板、6年連続30セーブ以上というとんでもない記録を更新しているのだ。

この数字は岩瀬の鉄腕ぶりが大いにうかがえる数字である事を知ってもらいたい
最近の野球界は「肩」「肘」は消耗品と呼ばれ酷使すればすぐに故障につながり野球人生を短くしてしまう傾向がある。年間50試合とは毎シーズン約3試合に1試合は登板している計算でそれを12年間続けているのだ。

まさに「平成の鉄腕」である。

ストッパー、クローザーは3年連続で勤め上げれば超一流と言われるポジションである。現在でも大きな故障なしに3年以上勤めているのは阪神の藤川ぐらいではないだろうか?

先にふれた名球会の入会規定に200勝か250セーブという規定がある。ここ数年。毎年のようにこの250セーブという記録の是非が問われる。先発ピッチャーが20年近くかけて達成する記録に対し250セーブは基準が甘くないか?というのが大筋の議題である。現に岩瀬は実働7年でこの数字をクリアしたのだからその議論も無駄ではないようである。

そもそもヒットは2000本。投手は200勝というアバウトな基準が間違いではなかったのか?問いたい。

本塁打や打点、盗塁数や連続出場など野球人として誇れる数字は他にも沢山あるのに打者はヒット、投手は勝利数だけが基準とは、はなはだおかしいと思うのだが。

岩瀬が250セーブを達成したからいいもののもっと12年連続50試合以上登板をヒューチャ―してもいいのではないだろうか?

むしろ僕には他人任せてきな部分も多少は感じる勝利数やセーブ数より個人のフィジカル管理も含めた技術や故障しない体、コンスタントに安定した成績を残し続けている事に着目すべきでないだろうか?

そんな議論をぶつけたくなるような岩瀬の毎年の様な活躍に改めて敬意を表すとともにMVPは岩瀬のものであると強く信じている。




菅野智之

  • 2010/07/04(日) 01:43:47

早稲田の斉藤祐樹をはじめ数々のドラフト候補エースが目白押しの大学4年生。
この秋のドラフト戦線はこの大学生投手を中心に繰り広げられていくのだろう。そんな中まだ3年生、つまり来年のドラフトの大目玉となりそうなスター投手を今日は紹介しておきたい。

巨人の原監督のいとこにあたる菅野智之。



原監督と同じ東海大学に通う3年生だ。

自己最高155kmの速球と高速スライダーに落差のあるフォーク、キレ味抜群のカーブ、カットボールにツーシ―ムと多彩な変化球を織り交ぜながら三振を奪っていく本格派右腕である。185cmの長身であり肩、ヒジの関節が非常に柔らかく腕が大きくしなる。
更に投球時に右腕が体の近くを通るから速く振れる為さらにキレを増すのだ。今は大リーガー並みの強い上体を生かした投げ方で一見故障しがちのフォ―ムにも見えるが肩、ヒジの関節が非常に柔らかいが為にできる投げ方なのでこのままでも即戦力としてプロでも十分通用するであろう。

贅沢な事を言えば下半身がもっと使えるようになればスピードはまだ数キロ伸びると思われ日本人初の160kmも夢ではないポテンシャルを秘めている。


全日本大学野球選手権準決勝で慶応大学相手に散発4安打なんと17奪三振の快投で見事完封勝利をあげた。この日のピッチングはびっくりしたの一言に尽きる。142球での完封ショーに観衆は酔いしれた事だろう。
常時150キロを超えるストレート主体に140キロのカットボール、130キロ台のスライダーやフォークを決め球にカーブなんかを織り交ぜられると大学生レベルでは到底太刀打ちできない。

連投の疲れからか過度のプレッシャーからか翌日の決勝戦(東洋大学戦)では打ち込まれ優勝はならなかったが間違いなくプロで通用するピッチャーである。

衝撃の全国デビューを果たした菅野智之。来年のドラフトでは大注目である。

渡辺俊介 「地上3cm」のリリース

  • 2010/06/17(木) 23:31:32

アメリカ・メジャーもさることながら日本のプロ野球界でも希少な投法「アンダースロー」。世界一の低さ「地上3cm」でボールをリリースする渡辺俊介を人は「平成のミスターアンダースロー」と呼ぶ。




下半身に大きな負担がかかる投法である事から土台となる下半身を重点的に鍛えており、本人曰く「上半身の筋肉はあまり重要ではなく、下から徐々に力を加え腕を鞭のようにしならせる投げるイメージ」と独特のイメージ感を持っている。「こんな体力の使うフォームで涼しい顔して投げられるということは、かなりの柔軟性に加え、相当下半身が鍛えられてないとできない投げ方だ。まさにクレイジー投法だ」とメジャー選手多くも「アンダースロー」に驚いている。





投球動作開始から「地上3cm」の世界最低リリースまでの『時間』を相手打者からほとんど気付かれずに変化させタイミングを外すという極めて高度な技術を持ち合わせ、抜群にコントロールされたボールはストライゾーンの「高低」、「左右」を徹底的に使った投球術はまさに「芸術の域」である。

ちなみに「地上3cm」で精密機械の様にリリースされるがそこは人間、極々たまに地面に指先があたり怪我をする事もある。

プロの世界で輝きを誇る異色のエース渡辺俊介だがその野球人生は決して順風満帆ではなかった。小学生から野球を始めたが小、中学生とレギュラーにも慣れず試合に出れなかったという。

「この時の渡辺俊介を見て誰が後にプロ野球選手になると思っただろうか?」恐らく皆無であろう。試合に出れないもどかしさから遊び半分で始めたのが「アンダースロー」だった。漫画「ドカベン」に登場するエース里中を模したピッチングフォームだった。
中学3年生になってもチーム内では3番手ピッチャーだった。高校に進学後も3年間エースにはなれず全国的にま全く無名の選手だった。大学進学し社会人の新日鉄君津に進んで野球を続けるもののチームのエースにはなれず2番手ピッチャーだった。

社会人野球の最高峰、都市対抗野球でエースの故障で廻ってきたチャンスに見事に答えた。強敵を次々と撃破し下馬評を覆すベスト4進出に大きく貢献し大会の優秀選手賞を獲得しシドニーオリンピック代表に選出された。

希少な投法「アンダースロー」を操り世界の強豪相手に対し秘密兵器としてサプライズ選出されたのだ。





しかし大会では準決勝のキューバ戦で痛恨のホームランを浴び負け投手となるなど結果が出せなかった。
それでも独特のフォームから繰り出される正確無比なコントロールと多彩な球種にプロのスカウトの目にとまり千葉ロッテにドラフトされ今日がある。

自慢のアンダースローを「変則投法」と言われるのを極度に嫌うなどポーカーフェイスながらも強いハートを持ち合わせるピッチャーは今日本球界でも抜群の安定感を誇る大エースである。

強靭的な下半身と全身の柔軟性を駆使した世界一の低さ「地上3cm」でボールをリリースする渡辺俊介に注目していただきたい。



増井浩俊

  • 2010/06/14(月) 00:00:42

優勝を目指す北海道日本ハムの救世主になるかもしれないドラフト5位ルーキー・増井浩俊(ますいひろとし)に注目している。







静岡県出身で静岡高校時代も甲子園出場経験もなく中央球界では全く無名だった。駒沢大学に進学し飛躍が期待されたが大きな活躍をあげれなかった。
しかしプロの関係者からは「181cmから投げおろす角度のあるストレートを活かせる変化球があれば・・・」と注目されていたそうだ。

社会人の東芝に進み荒削りながらも結果が付き始め社会人3年目の昨年には都市対抗で予選から強豪相手に臆することなく快投を続けアマチュアだけの編成になったワールドカップ日本代表に選出されるなど一気にプロ注目のピッチャーとなった。

長い腕を柔らかくしならせ常時140km台後半のストレートと切れ味抜群のスライダーを武器に組み立て、精度は欠くもののフォークを織り交ぜながらのピッチングはプロでも通用するのではと評価が上がった。

しかし増井浩俊には大きな欠点があった。コントロールが悪くファーボールを連発し自滅してしまう試合があるのだ。
強豪相手に完封勝利をあげたかと思えば次の試合にはフォアボールを連発し早々とノックアウトされてしまうなど「安定感」という点では信頼度はかなり低かった。

ドラフト5位で北海道日本ハムに入団し首脳陣から大きく期待されチームの先発ピッチャーの相次ぐ故障によりチャンスは思いのほか早く巡ってきた。

4月9日のソフトバンク戦にプロ初先発し6回を投げ4失点し勝ち負けもつかなかったが、ストレートのキレもスピードも十分通用する予感をさせた。先発3戦目となったオリックス戦では7回をたった1安打に抑え見事初勝利を挙げた。更なる活躍が期待されたが次の試合では4回途中で7つのフォアボールを与え簡単にマウンドから引きずり落とされてしまう。
プロ入り前から懸念されていた「安定感」にはまだまだ欠けるが角度ある150km近いストレートは十分通用するのが分った。




プロで勝ち続ける為にはフォームの修正も余儀なくされそうではあるが今後も期待した逸材であることには違いない。僕としては「安定感」にとらわれず、小さくまとまらずに投げてもらいたいのだが・・・・

秋親  山田秋親の再挑戦

  • 2010/05/15(土) 00:11:15

西村新監督になり開幕から首位争いを続ける好調千葉ロッテマリーンズ。快進撃を支える中継ぎ陣の中に聞き覚えのある投手がいる。山田秋親(登録名は秋親(あきちか))。





かつて関西大学球界を席巻し大学生でプロも参加したシドニーオリンピックにアマチュア球界ナンバー1右腕として出場した。勿論、その年のドラフトでは強烈な争奪戦が繰り広げられた。最速153kmのストレートと切れ味抜群の高速スライダーでプロでも即戦力と前評判はかなり高かった。福数球団からの熱いラブコールを受けた末、山田秋親は特に熱心に口説き続けてくれた福岡ダイエーホークス(現・ソフトバンクホークス)を逆指名しプロ入りした。

ルーキーイヤーのキャンプ中から首脳陣の高い評価を受け開幕ローテーションに入りプロ初登板、初先発、初勝利をあげ順風満帆と思われるプロの世界のスタートを切った。7月には初完封勝利で2勝目をあげ更なる大活躍を期待され新人王もと期待されたがその後は不安定な投球が続き、勝ち星に恵まれず結局2勝どまりとなった。それでも山田秋親に対する期待度は高く翌年も先発ローテーションを任され6敗するも5勝をあげる。大学時代の活躍をみればプロでの活躍は物足りなかったが小さな故障を抱えての登板だった為に故障が完全に癒えれば・・・と思われていた。プロ入り3年目からはチーム事情も重なって中継ぎ、セットアッパーとしてチームに貢献したものの右ひじ、左ひざと毎年のように手術を受け自慢のストレートのスピードも落ち打ち込まれる日が続いた。登板数も大きく減り2008年オフには右肩の故障を発症し再起をかけて自身3度目の手術を受けた。しかしプロの世界はそんなに甘くなく「戦力外通告」を受けてしまう。

それでも野球への情熱は薄れず四国・九州アイランドリーグの福岡レッドワープラーズに練習の環境を借り一人黙々とリハビリとトレーニングを続けた。かつて大学球界NO,1投手と騒がれた男が独立リーグの練習生として再起を期している。これがプロの世界の厳しさというものなのだろうか?

プロ野球復帰を目指し一年間の”浪人生活”を経て12球団合同トライアウトに参加し千葉ロッテマリーンズの球団副代表の目に留まる。この千葉ロッテマリーンズの球団副代表こそが大学時代の山田秋親を熱心に口説き落とした元福岡ダイエーホークスの担当スカウトマンだった。、「このまま終わる選手じゃない」と獲得を決めたのだ。故障し手術を繰り返した右のひじと肩、左のひざのメディカルチェックをクリアして正式にプロ野球界復帰が決まった。

そんな秋親が5月13日の交流戦・横浜戦に登板し味方の攻撃にも助けられ見事勝ち投手になった。実に5年ぶり(2073日びり)の勝利だった。「本当にうれしい。拾ってくれた千葉ロッテの皆さん、打ってくれた野手の皆さん、応援してくれたファンの皆さんに感謝です」と言葉を詰まらせた秋親。地獄から這い上がってきた秋親の事を知っているファンからも鳴りやまぬ拍手喝采。この中で一番喜んでいるのは球団副代表だったもしれない。

秋親。何度も地獄を見た右腕は「感謝」の気持ちを球に込め目いっぱい投げ、プロ野球の世界で再び脚光をあびた。本当におめでとうと心から言いたい。

橋本到(はしもと・いたる)

  • 2010/04/27(火) 11:57:28

開幕からエースのグライシンガーを故障で欠き、代役のオビスポ、抑えのクルーンを欠き、ここにきて左腕エースの内海も登録抹消など投手陣に大きな不安を残しながらも首位をひた走る巨人。不安定な投手陣を支えているのは強力打線だ。大砲だけを並べていた過去の強力打線ではなく走れる1,2番の坂本・松本コンビに小笠原・ラミレス・阿部ら中軸を打ち、長野・脇谷ら若手がリメークしたチャンスを復活した高橋由が返すというバランスの良さ。現在は控えに甘んじている亀井やイ・スンヨプに谷らバックアップ陣も豪華なメンバーが出番を待っているのだ。各球団が憧れるバランスの良さであろう。

そんな攻撃陣をひっぱりここまで打率(423)、盗塁数(12),得点(29)はいづれもリーグトップ、守備でも抜群のスピードで幾度となくピンチの芽を摘んできた昨年の新人王・松本哲也が左太ももを痛め登録抹消になってしまった。好調巨人の一番の立役者を故障で欠くことになった。穴埋めにはルーキー長野、左の好打者亀井、俊足堅守の鈴木らが努めるようだが冷精を装っている原監督も頭が痛いところであろう。

そんな思いを払しょくしてくれるかもしれない2年目の選手を紹介したい。巨人以外の他の11球団だったらもっと早く一軍デビューしひょっとしたらレギュラーを取っていたかもしれない逸材が橋本 到(はしもと・いたる)である。

橋本 到(はしもと・いたる)。




高卒2年目の20歳は170cmの小柄。身長はくしくも松本哲也と同じである。50mは5秒台後半で走る快速。遠投も楽に120mは投げる強肩の持ち主。高卒ルーキーイヤーだった昨年は2軍とはいえ「一番・センター」のレギュラーをしっかり掴みほぼフル出場した実績を持つ。バッティングはまだまだ一軍レベルにはほど遠いが走塁と守備に限れば十分一軍で通用するレベルである。代走や守備固めだけは松本哲也の穴を十分に埋められるはずである。

今季からは一軍での出場機会を求めて内野守備にも挑戦している。仙台育英高校時代は「東北のイチロー」と騒がれた天才打者はその器用さも買われ内外野守れるユーティリティープレイヤーを目指している矢先に巡ってきたチャンス。いきなりレギュラー獲得は難しそうだが一軍のスピードを含めたレベルを体感できるだけでも十分であろう。まだまだ発展途上の20歳の出番が今から楽しみである。

星野真澄 巨人の秘密兵器左腕

  • 2010/04/14(水) 00:54:48

巨人の育成枠からまた一人スターが生まれそうだ。一昨年の山口、昨年の松本に次ぐ第三の男に星野真澄が名乗りを上げた。巨人ファンの父親が特に大ファンであった元巨人のエース桑田真澄氏から名前をつけたのが星野真澄だ。




育成枠(育成ドラフト1位)から支配下選手に登録され早くも一軍登録された。左のスリークォーターから投げ込まれるキレのあるストレートを中心にカーブ、スライダー、チェンジアップ、カットボールと多彩な変化球を投げ込みしかも全てコーナーにきっちりコントロールされていた。今季からチーム事情で左のセットアッパー山口が先発に回りどうしても必要だった左のセットアッパーを星野真澄が任されそうだったが守護神クルーンの故障の影響で山口がセットアッパーに戻り早期一軍は駄目かと思っていたのだが予想以上の早さで昇格した。





下半身がしっかり出来ていて腕も大きく振れる。堂々としたマウンドさばきは育成ルーキーには到底見えない。140km後半のストレートに右バッターの内角を正確にえぐる変化球。こんな投手が何故、ドラフトでは他球団からノーマークでしかも獲得した巨人でさえ育成枠だったのか不思議に思う。実は星野はプロから注目されていた逸材だった。埼玉栄高校から愛知工大に進み社会人野球、どの時代でもプロのスカウトは注目していた。特に社会人野球時代は即戦力左腕として数球団からスカウトされドラフト入団確実と言われていたが突如、胸の痛みを訴え入院、診察の結果、病名は肺に穴があく気胸。手術をし長期入院を強いられてしまった。この大事な時期の長期ブランクをプロは待ってくれなかった。年齢的にも即戦力にならない星野を獲得する球団はなかった。確かに病気からの復帰後はスタミナも急激に落ちスピードも極端に落ちた。それでも時間をかけ体力を戻しプロの道を諦めきれずに独立リーグでチャンスを待った。巨人のスカウト陣も才能は高く評価するが健康の不安をぬぐい去れずに育成枠での入団になったという。

しかし、その才能はすぐに原監督の目にとまった。キャンプ序盤のブルペンを見て「山口を初めて見た時と同じ印象だ。何故、こんな投手が育成枠なんだ?」と驚いたという。受けたキャッチャーの阿部も「こんなに良いと思わなかった」と驚きを隠さなかった。紅白戦、オープン戦と結果を残した星野は開幕を待たずに支配下選手に登録され早くも一軍デビューを果たした。

狙ったコースに正確無比に投げ込まれるストレートは角度もキレも十分、一軍で通用するレベルの球だ。右バッターのインコース低めに食い込むスライダーは中日の岩瀬を彷彿とさせる。課題は左バッターのインコースを突く球の取得だろうか?シュート系の球を覚えマスターすれば十二分に通用する筈である。

病気に侵され一度は地獄を見た左腕は大きな夢の一歩を踏み出した。巨人の秘密兵器が満を持して新人王を獲りにシーズンを迎える。

中村悠平  ヤクルト期待の若手捕手

  • 2010/04/07(水) 07:42:25

ヤクルトのキャッチャーといえば野村元監督に育て上げられたID野球の申し子・古田敦也だろう。古田が長年正捕手を務めていたせいもあるのだろうが、なかなかその後のキャッチャーが育ってこないのがヤクルト低迷の大きな原因である。業を煮やしたフロントはFAで横浜の正捕手だった相川を獲得するなど育成よりも補強を選んだ。キャッチャーといえば配球は勿論のこと、キャッチング、スローイングなど沢山の才能を求められるし更にバッティングまでとなれば大変な事であろう。そんな難しいポジションに待望の古田の再来、古田2世と呼び声の高い逸材がヤクルトに現れた。

高卒から2年目19歳の中村悠平だ。





福井県出身の中村は地元の名門福井商業で一年生からレギュラーキャッチャーを務め甲子園にも出場し活躍した。
高い身体能力を誇りキャッチャ―ながら50mは6秒フラットで走り遠投でも軽く120mを投げる。毎年、某スポーツ用品メーカーが高校球児を対象に行っている体力測定でトップの成績を残すなどプロのスカウトからも高い評価を受けた。何よりプロのスカウト陣をうならせたのはキャッチャーの素質の大きな目安となるホームから2塁までの送球に要する時間だ。プロのトップレベルで2秒を切ると高評価のタイムである。古田や城島の超一流クラスで1、7秒のタイムに対し中村は高校時代から平均1.8秒をマークしスローイングのスピード、強肩は即プロレベルだった。懸念のバッティング面でも高校通算3割5分以上の打率を残し20本もホームランを打つなど非凡な才能を見せていた。

一年目から2軍のレギュラーキャッチャーを務め、常時出場しながら配球を勉強しプロのスピードに慣れレベルアップを図った。ルーキーイヤー後半戦には相川の故障もあり早くも一軍デビューを果たす。その試合で巨人のスピードスターで今や球界一の俊足で影の盗塁王と呼ばれる鈴木尚広の盗塁を見事に刺し周囲を驚かせた。試合後、巨人の原監督も「あのプレーには驚いた。」と評価した。ちなみに2軍とはいえシーズン打率3割をマークするなど素質はプロでも開花しつつある。

今季は一軍のスピード、レベルについていけるようにもう一回り成長を期待される。経験を積まなければならないポジションだけに急成長は難しいだろうがその素質は十分に感じさせる逸材だけにヤクルト首脳陣も我慢して使い続けてもらいたい。

開幕一軍は成らなかったが開幕後相川の不調もあり早くもこの時期に一軍にお呼びがかかった。今シーズン”台風の目”と言われているヤクルトに期待の新戦力が本格的に一軍デビューしそうである。

中村悠平。

近い将来、ヤクルトのいや日本最高のキャッチャーになる可能性のある選手だ。

黄志龍(ファン・ツーロン)

  • 2010/02/01(月) 06:58:01

台湾出身でヤンキースのエースとして活躍した王建民2世と呼び声が高い20歳の黄志龍(ファン・ツーロン)が巨人の育成選手として契約した。この選手、1989年2月22日生まれと言う事はくしくも僕と同じ誕生日なのだ(これは関係ないが・・・)

台湾の大学3年生で昨年末にはアメリカ国内でメジャーのスカウトの前で投球を披露し数球団が獲得に興味を示した逸材が巨人の育成選手の道を選んだのには幾つかの理由があるようだ。

昨年秋に台湾との野球交流事業の一環で初来日した大学生のファン・ツーロンが目にしたのは巨人の練習施設の充実さと育成選手が次々と支配下選手登録され新人王を毎年の様に獲得するまでの育成システムに共鳴し入団を直訴したそうだ。
MAX152kmのストレートと高速スライダーの切れ味はヤクルトに在籍し一世を風靡した伊藤智仁を彷彿とさせ巨人のスカウト陣も驚いたそうだ。

他にフォークとシュート、シンカーにパームボールなど多彩な変化球を操り台湾国内では王建民2世として期待されていて入団先も注目の的だった。

まだまだ線も細く荒削りな部分も多々あるが期待するに値する可能性を秘めた好投手であることには違いない

入団会見では子供の頃から「巨人ファンで上原投手に憧れていた」事を口にした。上原の全盛期のような多彩な変化球、特にスライダー、フォークの切れ味に憧れていたファン・ツーロンがひと皮向けたら巨人にとって大きな戦力になる事は間違いないだろう。




田口壮

  • 2010/01/30(土) 07:41:38

オリックス時代にイチローとともに鉄壁の外野陣の一角として優勝に大きく貢献した田口壮がいよいよ9年ぶりに日本に戻ってきた。40歳になった今季古巣オリックスからオファーを受け入団したのだ。

野球を知りつくした男は大リーグでも活躍し2度もワールドチャンピオンになるなどユーティリティープレイヤーとして名をはせた。外野ならどこでも守れ内野もこなす器用さはどこのチームでも輝いてしたしチームにはいなくてはならない控え選手だった。そんな田口が入団会見で漏らした言葉は「尊敬する大先輩の下で、もう一度野球を学びたいと思った」





オリックスで現役を終えた岡田新監督の元で「もう一度野球を学びたい」と素直に口にしたのだ。田口らしいといえばそれまでだが40歳になった今なお向上心を忘れない姿勢に感心だ。

大リーグ経験を鼻にかけるダメ助っ人外国人もまだまだいるし高校時代やアマチュア時代にチヤホヤされて鳴り物入りで入団したもののなかなか結果がだせない選手も沢山いる中、多くの経験を踏まえた上で更なる向上を目指す姿勢は若手選手もよく見習うべきではないだろうか?




しかもベテラン調整ではなく若手とともに紅白戦、オープン戦と試合に出て結果を残してレギュラーポジションを獲りに行くというのだから恐れ入る。
大リーグ時代、メジャー契約でメジャー安泰の生活を9年間過ごしてきた訳ではなかった。FA宣言した時も地元・阪神から高額のオファーとレギュラーポジションの座を約束されながらイチローを追ってメジャーに挑戦をした。カージナルスと複数年の契約を結んだもののキャンプでは招待選手で有望な若手とし烈なメジャー枠獲得競争をしてきた。まるまる一年マイナーで過した年もあった。それでも田口は腐らず日本での実績などを鼻に掛けずひたむきに野球と向き合いメジャーで自分のポジションを見つけてきたのだ。

オリックス入団当初は大型内野手としてイチローよりも期待されていた。当時の監督の土井正三氏にスローングの注意を受けイップス(送球障害)に陥り精神的に追い詰められた田口は難聴も患った。それだけ精神的にも弱かった田口だったが成長しアメリカで更なる苦難を乗り越え一回りもふたまわりも大きくなってオリックスに戻ってきたはずなのに「もう一度野球を学びたい」と言える田口は本当に凄いと思う。
年齢的な衰えは否めないので過去の様な派手な活躍は望めないかもしれない。それでも真摯に野球に取り組む姿勢を若手に見せるだけでもチームへの貢献度は高いはずだ。

田口壮の野球に対する姿勢をこの一年ちゃんと追っかけたいと思う。



小林繁  早すぎる反骨のアンダースローの死

  • 2010/01/18(月) 04:25:42

人の死とはこんなにも簡単なものなのか?と問いたくなるような訃報が日本のプロ野球界を駆け巡った。
前日に親会社の日本ハムの製品発表会に選手や監督らと共に出席し元気な姿を見せていた「反骨のアンダースロー」小林繁氏が57歳の若さでこの世を去った。




江川卓の悲願とも言うべき巨人入りを巡ってはこの人抜きでは語れない。「空白の一日」のもう一方の主役だったのは当時、巨人の絶対的エースだった小林繁。

江川卓が幾度となく引き起こしたドラフト会議での巨人逆指名の波紋。意中の巨人に指名されるも抽選に泣き大学進学、野球浪人を繰り返し「空白の一日」を使って巨人に電撃入団も棄却され最後は指名された阪神に入団し即、巨人とのトレード成立という掟破りの裏技を駆使した。阪神がトレード相手に指名したのは巨人のエースだった小林繁だったのだ。





それでも小林は低迷する阪神の大黒柱として投げ続けた姿はまさに「反骨のアンダースロー」だった。

引退後もその卓越した野球理論とダンディなルックスで人気を博し解説にテレビキャスターにと大活躍した後、満を持して近鉄のピッチングコーチに招へいされ見事、優勝に導いた。
当時の監督であった梨田監督が日本ハムの監督になってから強烈なラブコールを受け2軍の投手コーチに就任し糸数や江尻といった伸び悩んでいた若手に自身の様にサイドスローを伝授し見事に一軍に昇格させ優勝の原動力となる投手に育て上げた。その手腕を見込まれ今季から一軍の投手コーチに昇格し投手王国作りに着手した矢先の訃報だった。






12日にはスタッフ会議にも参加しキャンプでの指導方針など熱く語っていたそうだし前日の親会社の日本ハムの製品発表会でも中高年のファンと写真撮影に応じるなどその人気は衰えを知らなかった。

翌日の17日朝に体調不良を訴え急遽運ばれた病院で間もなく息を引き取ったという。死因は心筋梗塞。

反骨のアンダースローを襲った突然の病には勝てなかった小林繁氏。日本プロ野球界に名を残す独特のアンダースローのフォームを僕は決して忘れない。ご冥福を心から祈るとともに重ね重ね残念でならない。

松本哲也

  • 2009/12/29(火) 00:11:36

「平成の青い稲妻」「原チルドレンの出世頭」「Mr.天秤打法」この人の通称は沢山ある。巨人のセンターのレギュラーをしっかり獲得した感がある松本哲也。

170cm、65kgの小さな体はプロ野球選手の中でも最小クラス。育成枠出身野手で初めてゴールデングラブ賞を獲り、新人王もとった才能溢れる25歳である。選手層の厚い巨人の中においてひと際小さい体ながら外野のレギュラーを守り続けたのだから本当にたいした男である。

山梨出身の松本は小・中学生まではラグビー選手だった。叔父さんが日本代表で父親も日本リーグのトップクラスの選手だった影響だろうが小柄な体ながらスピード感がありあたりに負けないフィジカルも持っていた。しかし体の小ささに悩んだ結果、ラグビーの道を諦め高校から本格的に野球を始める。スピードを活かした守備範囲の広さと盗塁には早くから定評があったものの高校生の球に全く手が出ず自慢のスピードを活かせない打撃だった。それでもなんとかバットに当てようとする気持ちとバットにさえ当たれば内野安打になる俊足でチームには欠かせない存在ではあったそうだが全国的にも全く無名の選手だった。

東都大学リーグの当時2部に降格していた専修大学に進学した松本は4年間チームの誰よりも多い練習量をこなし、まさに「努力の人」とチームメイトに崇められるほどで朝晩のランニングにはじまり全体練習をこなした後でも素振りにティー打撃と黙々とこなし続けた。4年生時にはキャプテンを務め、チーム久々の1部復帰に貢献するなど活躍したもののまだまだ全国的には無名選手だった。

大学卒業後は巨人の育成選手としてプロ野球生活の第一歩を歩み始めるが周囲はまさに青天の霹靂並の驚きのドラフト指名だったそうだ。確かに「足」だけはプロのレベルだったが「守備」は下手ではないが並クラスぐらいで「打撃」にいたっては高校生レベルと揶揄される程の選手だっただけに巨人からの指名は育成枠とはいえ周囲を驚かせた。

入団後はキャンプやオープン戦でその足の速さと守備範囲の広さ、なによりひた向きな野球に対する姿勢が原監督の目に留まり関係者の反対を押し切る形で選手登録された。

そして今季、開幕から一軍ンい定着した松本は追い込まれてもファールで粘る打撃技術と的確なチームバッティング、ガッツ溢れるセンターの守備でチームに貢献しまさに大活躍だった。バスター気味に構える独特のバッティングフォームは松本がプロの投手のスピードや変化球の曲がりになんとか対応しようと創意工夫したフォームで必至でボールに食らい付く姿勢が良く現れたフォームだ。「天秤打法」と呼ばれるその打ち方こそ高校、大学と誰よりも多い練習量をこなし、プロの世界で生き残る道を研究し続けた末に編み出された「松本打法」である。

巨人の一時代を築いた名外野手に「松本匡」という選手がいた。通称「青い稲妻」。くしくも同名の大先輩に憧れ青い手袋とリストバンドを付け躍動する「平成の青い稲妻」こと松本哲也。来季以後の更なる活躍に期待している。




キム・デギュン 韓国プロ野球からの挑戦

  • 2009/12/24(木) 02:13:22

昨年の北京オリンピックと今季のWBCで大いに盛り上がった韓国プロ野球。そのナショナルチームの4番で国際大会でも大活躍したキム・デギュンが千葉ロッテと契約し来季を日本ですごした後、アメリカメジャーに目を向けている。
韓国プロ野球のFA資格を得ての移籍だけに誰にも文句は言えないが当の本人が思っている程その道は簡単ではないのではないだろうか?韓国プロ野球界全体のそれ以上にキム・デギュン本人の日本での適正が疑問視されている。

キム・デギュンはWBCで韓国代表の4番バッターとして大会通算3本のホームランと11打点を稼ぎ出しベストナインに選ばれるなど世界水準選手と一見はとれるがあくまでWBCは短期決戦であり140数試合に及ぶ日本での活躍に即結びつかないはずである。

東京ドームで松阪大輔から打った強烈なホームランが有名で長距離砲と思われがちだが本人も自覚している通りヒットの延長がホームランという中距離砲タイプである。韓国でもプロ通算(9年間)の打率が3割1分を超えている数字はかなり立派である。ただしこれはあくまで韓国における成績である。韓国と日本のレベルの違いは明白で日本で9年間やっても決してこの数字は残らなかっただろう。更に言うとこんなに近い国にも関わらず文化や食事など生活の大きな違いから体調管理や精神的安定に欠きその実力が発揮できない選手が多い。
過去にも韓国のスーパースターと呼ばれ日本での活躍が大いに期待された選手で結果を残したのは中日に在籍した抑えのソン・ドンヨルと今もヤクルトで抑えを努めるイム・チャンヨンぐらいで両者ともピッチャーである。野手では中日に在籍したイ・ジョンボムやイ・ギョングなど走攻守を兼ね備えた韓国のイチローとのふれ込みで入団したものの満足な成績はあげれていない。更には韓国の至宝・アジアの大砲・ライオンキングなど数々の異名を欲しいままにしたスーパースターのイ・スンヨプに至ってはロッテ・巨人と長年在籍しているものの活躍どころかレギュラー獲得にも至っておらず、実力が疑問視されている。

日本でバッターとして成功するためには技術面では徹底的なスカウティング、データ分析、研究による弱点をついてくる日本バッテリーの周到さとそれを実行できる日本人ピッチャーの技術の高さにいかに慣れるかが大切である。キム・デギュンの場合もWBCで岩隈がみせたように徹底的な内角攻めとフォークボールやアウトコースに落ちる球(スライダー・シンカー系)の球に弱点があるようで日本人ピッチャーはひつこい様にここを攻めてくるはずである。その克服が早期にできないと深みにずっぽりはまってしまうだろう。特に今まで韓国ですスター扱いされ韓国プロ野球では自身の体調や調子が悪くてもそれなりの成績を残せてきたであろうが日本ではそうはいかない。だからこそ十二分な体調管理とさらなる技術の向上に努めなければ結果はでないのではないだろうか?イ・スンヨプもその素質、打撃技術はかなりのものを持っていると思う。しかしその才能を活かしきれないのは精神的弱さと怪我などによる体調管理不足、そしてイ・スンヨプ以上の才能と情報力で臨んでくる日本のピッチャーのレベルであろう。

キム・デギュンが描いている「日本経由メジャー行き」の切符を手にするのはそう簡単ではないはずだがキム・デギュンのお手並み拝見といきたい。

山口和男   怪我と頭部死球に沈んだ剛腕

  • 2009/12/21(月) 09:11:41

また一人、期待されながら結果が出なかった悲運のエースがユニフォームを脱いだ。

2002年に158km/hに当時日本最速のスピードボールを投げ一躍日本球界にその名を轟かせた男「山口和男」。スピード一辺倒でグイグイ押すタイプの速球派は強引な投げ方も災いしてか度重なる肩の故障で手術も経験した。スピードボーラーからの脱却を目指し試行錯誤も続けた。スピードを押し殺してでもコントロールを重視する投手、強いてはプロの世界で長く投げられる投手を目指したのだ。しかしその後は思うような結果が出ずクローザーの座も追われくすぶり続けた。





そんな矢先にあの事件が起こる。仰木監督のもと再起を期したこの年、セットアッパーを任された山口は交流戦で投げた1球が清原の頭部を直撃し清原を激怒させ日本中の野球ファンから冷ややかな目で見られるようになる。その後スグに2軍に降格になり復活を目指したものの忌まわしい事故が頭をよぎるのかコントロールに不安を残し思い切って腕を振れなくなりスピードも140kmそこそこまで落ちコントロールも特に内角には全然投げられなくなってしまった。精神的なものだろうが球界のスーパースターの頭に直撃させてしまった後遺症は重症だった

その後、投げた2軍での試合でも終始コントロールに不安を残しファーボールを連発しては簡単ンいストライクをとりにいった所を痛打される悪循環であった。登板した試合でなんと1イニング76球を投げるという珍記録を作ってしまう。プロ野球の先発ピッチャーが完投した時の投球数は約120〜130球で1イニングに換算しても15球前後である事から76球という球数がいかに多いか解っていただけるだろう。翌年、清原とチームメイトとなった際に清原本人から「あれは事故」と言われ一件落着し、復活に向けてアクセルが戻ったかに見えた矢先、今度は千葉ロッテの里崎の頭部に当ててしまいまた精神的な病に陥ってしまった。

勿論、ぶつけようとしてわざと投げた訳では無いだろうが2度も頭部に当てた後遺症は投げた本人にも大きな影響を与え続けたのだろう。その後のチャンスもものに出来ず今季終了後についに戦力外通告を受け引退してしまった。

球界一のスピードボールがあっても簡単には生き残れない厳しいプロの世界。スピードボールを投げるというのは天性の肩の強さが必要で山口はまさに天才だったのだろう。しかしもっと大事なメンタル面に弱さを露呈し精神的な病に陥ってしまうと天才でも生き残れないのもこの世界の掟である。

MAX158km/hという記録と山口和男という名前だけは忘れずにいたいと思う。



日本プロ野球名球会

  • 2009/12/18(金) 13:23:54

野球を志す者の究極のあこがれが「プロ野球」であろう。そしてそのプロ野球の世界で投手なら通算200勝もしくは200セーブ、野手なら通算2000本安打以上を放ったプロ野球選手のみが入会できる最高のステータス。それが「日本プロ野球名球会」である。

この会の会長だったのが伝説の400勝投手、金田正一氏だったが今年の総会にこの人はいなかった。記録を達成したプロ野球選手が金田氏から名球会のグリーンジャケットをかけてもらうシーンは御馴染の儀式だったし、毎年恒例のハワイでの総会ではゴルフに飲み会にとこの人が陣頭指揮をとってまさに名球会の顔として長く君臨していたのだ。

名球会とはそもそも1978年に入会資格を満たしたトップ選手の親ぼく団体として発足したが、81年に株式会社化された。これまでは会長が金田氏で、副会長が長嶋茂雄氏と王貞治氏。株式会社「名球会」も金田氏が代表取締役で、長嶋、王両氏が取締役に就任しまさに日本プロ野球会の大御所3人によるトロイカ体制で一致していたから疑問の余地もなかった。

ところが、近年、金田氏のワンマン運営はエスカレートするばかりで収支の不透明さなどから金田氏を糾弾する声が高まっていた。そこに長年、名球会の会計や事務に携わっていた女性を急遽、解雇しその後釜に据えられたのが金田さんの知人の女性が就任した事件をきっかけにドロドロとした内紛劇があった末にこのたび「辞任」に至ったのだ。まさにクーデターだ。

元巨人の柴田氏や松原氏が特に不明瞭な収支報告に異議を唱え、「おれに任せておけ」と突っぱねる金田氏との対立が表面化しドロドロの抗争始まった。「親ぼく団体としての名球会と株式会社としての名球会の区別がゴチャゴチャ。この際はっきりさせるべき」と詰め寄る若手会員に対し金田氏は『名球会を株式会社化し会員が株を持てるようにしてやったのはわしなのに恩をあだで返しやがって』と“反・金田派”に対し激怒したものの大勢は決していた。追われる形で辞任した金田氏。後任の株式会社代表取締役には反・金田派の急先鋒であった柴田氏が就任し一件落着と思いきや、親ぼく団体の会長は王貞治氏が繰り上げで就任する予定で2重構造が生じてしまう事態になった。

これからは親ぼく団体としての顔と株式会社の顔と2つの顔を持つ「名球会」。これからの活動目的もまだまだ不透明でこの先どうなるかもわからない状態だそうだが「名球会」といえば前述したように野球人にとって最高のステータスクラブ。入会を目標にしている若手選手も多いだけに、権威を汚すようなことは起こってほしくないと強く思うのだが・・・名球会自体がどこへ行ってしまうのか予断を許さない状況にやはり寂しさを感じてしまう。
なんとか、一丸となって名球会の運営、ますますの発展に努めてもらいたい。
ちなみに金田氏に解雇された女性スタッフは有能で会員のほぼ全員から頼りにされていたために会長交代と時を同じくして復職したらしい。

摂津正

  • 2009/12/17(木) 10:53:20

プロ野球選手の契約更改が進んでいる。ダルビッシュの史上最年少3億円到達や阪神矢野の超大幅ダウンなど話題も豊富だ。

この更改で一番楽しみにしていた選手がいた。ソフトバンクのルーキー摂津正投手だ。入団一年目の今季、ルーキーイヤー史上最多の70試合に登板し5勝を含む39ホールドポイントを獲得し最優秀中継ぎ投手のタイトルを奪い文句なし満場一致状態で新人王にも輝くなど大活躍だった。

27歳の遅咲きのルーキーを僕は知らなかった。しかし夏場以降のある日に見た小さいテークバックの独特のフォームから繰り出される球の切れ味にびっくりしたのを鮮明に覚えている。
カーブにスライダー、シンカーと球種も豊富だがなにより140kmそこそことスピードはさほど無いのに打者の手元で伸びるストレートのコントロールと球のキレが最大の武器である。コントロールがよくファーボールが少なく試合を壊すことがない堅実派にも見えるが内外角に投げ分けるコントロールのよさに三振をばったばったと奪っていく剛腕タイプな一面もある。元々素質があった選手だったようだが創意工夫し打者のタイミングの取りにくさやボールの出所が見えないフォーム、コントロールの充実などを考え自ら試行錯誤してあみだし自分のい物にしたという独特のフォーム。この野球に対する飽くなき探究心が彼のポテンシャルを支えている要因であろう。しかもポーカーフェイスで常に冷静沈着なマウンドさばきでピンチの場面でも動じないハートの強さも持ち合わせている。
こんな逸材がアマチュア時代は国際大会にも出場していたもののはぼ無名でソフトバンク入団もドラフト5位で入団しているのだから選手の潜在能力というのはほんとにわからないものである。そんなどんな窮地にも動じなかったポーカーフェースが契約更改を終えた日ばかりは感情を抑えられなかったようで報道陣からの問いかけに思わずにっこりしていた。4倍以上の5000万円で契約を更改した摂津の評価は妥当だろうしもっとアップしてもよかったのではと思う程でそれだけの結果を残した選手だった。


来季は今季以上の成績を目標に掲げチームの優勝の為にフル回転することを誓っていたがその目標がまたすごい。「防御率0点台」「0敗」「被本塁打0」と3つの「0」(ゼロ)を掲げた、本人いわく「トリプル0」らしい。今季の防御率が1.43。これもかなり凄いが来季は0点台を目指すらしい。今季2敗(5勝)しているがこれも来季は「0敗」に、さらに今季3本打たれたホームランを「0本」にするという。一見すると大きすぎる夢のような数字と思われそうだが今季の摂津を見ている限り特にオールスター以降の投球を見ている限りでは不可能な数字ではないに思う。 目標に向けて変えることはあるのか?という質問に対し「特にない。結果を残したので貫き通します」と強気なコメントは自信の表れか?大ブレークで多忙なオフを過ごすことになるのだろうがもう既に体のケアを含め軽い練習も始めているらしいし来年早々には自主トレを始めるらしい。更なる飛躍を求めて動き出した摂津正という投手を皆さん是非覚えておいてもらいたい。


close