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澤穂希

  • 2010/11/14(日) 20:43:36

澤穂希。

この一人の女子サッカー選手を日本はもっと注目してもいいのではないだろうか?といつも思う。

サッカーは男子が圧倒的人気でワールドカップの予選ですら一喜一憂するのに女子サッカーとなるとなかなか盛り上がらない。
男子が惨敗した北京オリンピックでもベスト4に入りメダルにもう一歩のところまで行った事もあまり知られていないのは悲しい限りだ。

そんな『なでしこジャパン』の中盤で圧倒的な存在感を放つ背番号「10」。15歳の中学3年生から青いユニフォームに袖を通しているまさに日本女子サッカー界の伝説である。

今なおトップレベルのフィジカルとテクニックで日本代表の中心選手として活躍を続ける“なでしこ界のレジェンド”、澤穂希選手。日本人歴代トップのキャップ数を誇る大エースをもっと取り上げてもいいのではないだろうか?

15歳で代表に初招集されアジア女子選手権で初出場すると中学生ながらデビュー戦で4ゴール。以後、五輪(1996年アトランタ、2004アテネ、2008北京)、W杯(1995、1999、2003、2007)などに出場。国際Aマッチ156試合出場は、男子歴代1位の井原正巳氏の122試合を上回る日本人トップである。

海外挑戦したのも澤が最初だったし日本リーグ(Lリーグ)初のプロ契約選手も澤だった。
まさに日本女子サッカー界を一人でひっぱてきた開拓者でありまさに”伝説”である。

類まれな身体能力に加えスピード豊かなドリブルと決定機を確実にものにする世界に通用するFW選手だったがここ最近ではトップ下にウィングにボランチにとマルチにこなすユーティリティープレイヤーとして存在感を見せている。ボール奪取能力と展開力に戦術理解度も高い。足元のテクニックなどどれをとっても世界で通用する選手である。

「苦しい時は私の背中を見なさい」といまや最年長になった代表で若いチームメイトに難しい状況で試合に臨む時や苦しい時に声をかけ強烈なキャプテンシーでチームを鼓舞する。

「苦しい時間帯に、経験のある選手が声をかけて若い選手の気持ちを上げていくのはもちろんですけど、やっぱり口だけじゃなくて、自分がグラウンドで表現していかないとついてこないですよね。『絶対に勝ちたい』という気持ちを前面に出していくというか。勝ちたいという気持ち。絶対に負けたくない。」
このハートの強さも今の男子のフル代表には無い気がしてならない。

現在代表通算75ゴール。これは釜本邦茂持つ代表通算ゴール代録に並んでいる。まだまだ現役でいる以上この記録更新は時間の問題であろう。そして新たな勲章を手に入れる事になるのだろう。

澤穂希。

日本の女子サッカー界をけん引し続ける”伝説”をもっと注目してもらいたい。

リカルジーニョ  フットサル界のスパースター

  • 2010/08/04(水) 15:30:37

この人のプレーは是非、一度生で見ていただきたい。


世界的スーパースターが日本で見られるのだ。フットサルのFリーグに所属する名古屋オーシャンズにリカルド フェリペ ダ シルバ ブラガというポルトガル人が入団した。

彼の事をフットサル界のクリスチアーノ・ロナウドと呼ぶ。
通称・リカルジーニョ。

若干15歳でフットサルのポルトガル代表に招集された天才テクニシャンは スペインやイタリアのビッグクラブから獲得の打診が沢山あったが彼がプロのキャリアを始めたSLベンフィカ時代に指導を受け現在、名古屋の監督を務めるアジウ監督の下でプレーする道を選んだのだ。

昨年のヨーロッパフットサル選手権で最優秀選手賞を獲得しチームも準優勝に導いた24歳である。あのリカルジーニョが日本でプレーするというのだ。
現役No.1とも謳われるフットサルプレーヤーのFリーグ参戦で活気づくのは間違いない。
たった一人でFリーグの歴史を変えるかもしれない天才的プレイヤーである。
Fリーグでこれまで全く見たことの無い想像を超えたプレーが見られることになる筈である。移籍金は明らかにされていないが一体いくら払ったのだろうかと下衆な質問をしたくなるような選手である事を強く言っておきたい。入団記者会見でも「全タイトルが取れるように貢献する」

「会場に足を運び、フットサルの魅力を感じてほしい。必ず満足させるプレーをする」と宣言するあたり本気度も伝わってくる。

リカルジーニョ。名古屋オーシャンズのこの選手に是非、注目していただきたい。

伊藤翔

  • 2010/07/02(金) 01:34:16

伊藤翔。日本の若き天才FWが清水エスパルスと契約した。



ワールドカップ日本代表にも名を連ねる森本孝幸を「和製・ロナウド」と呼べばフランス・グルノーブルから清水エスパルスに移籍した伊藤翔を「和製・アンリ」と呼ぶ事になるだろう。

184cmと日本人としては長身のFWだが、50mを5秒8で走る事ができるスピードが自慢のFWである。ドリブル突破を得意とし多彩なシュート技術を持ち合わせる。長身を活かしたポストプレーやヘディングシュートを見せることはあまりなくウイングで張らせたら幾度となく決定機を演出してくれるタイプの選手である。

ちなみにイングランド・プレミアリーグのアーセナルで長年、アンリを指導していたア―セン・ベンゲル監督は伊藤翔をアーセナルのトライアウトに参加させ「ミニアンリ」とそのプレースタイルを絶賛した事があった。この時初めて伊藤翔の名を日本中のサッカー関係者が耳にするのだがそれよりも以前にア―セン・ベンゲル監督がその才能に目を留めトライアウトに参加させたのだ。

この時、ア―セン・ベンゲル監督が「なぜ、日本のサッカーのコーチ達は伊藤翔の才能に気付かないのか?」「伊藤翔を見出せない日本に世界のフットボールを牽引することは無理だ」と伊藤の才能を評価すると共に日本のサッカー界を非難したのだ。

地元の中京大中京に進学した伊藤翔は同じ高校に通うスケートの安藤美姫と共に大注目の選手となった。一気に高校サッカー界のスターに上り詰めた伊藤翔。その進路には誰もが注目しJリーグ全球団に大学、海外のクラブをも巻き込んだ大騒動となった。



選んだのはフランス2部のグルノーブルだった。高校サッカーのスターが2部とはいえ直接ヨーロッパのクラブと契約した事に驚きさらに注目された。しかし世界挑戦は甘くなく言葉の壁や練習方法の違いに加え怪我にも悩まされ結果は残すことは出来なかった。今年の5月には移籍3年目にして悲願のリーグアンにデビューしたものの出場はその1試合のみの出場にとどまり出場機会を求めて日本に戻ってきたのだ。



「海外挑戦が早かったのではないか?」とか「もっと早く帰ってくるべきだった」と伊藤翔の挑戦をいかにも失敗の様にあおる日本のサッカー界とマスコミ。僕は決してそうは思わない。才能豊かな若い選手ほどもっと早く海外に挑戦するべきできと考えている。厳しい環境で揉まれ経験を積むことで得られる物は大きい筈である。伊藤翔の答えは伊藤翔自身が清水エスパルスで大活躍をして出してくれるだろう。



伊藤翔。近い将来必ず日本代表になるだろう。その時まで是非、覚えておいてもらいたい

田中輝希

  • 2010/05/18(火) 05:03:06

プラチナ世代と呼ばれるU−18日本代表で入団先が注目されていた三菱養和FCに所属する17歳・田中輝希。
ジュニアユースの世代から日本代表のユニフォームを着続け日本の至宝と呼ばれる天才にJリーグのトップチームは早くからラブコールを送り続けた。Jリーグの多くチームからオファーを受け招待選手としてトップチームの合宿に参加するなど田中輝希自身も進路には悩み続けてきた。

180cm、70kgの恵まれた体格からスピード抜群のドリブル突破。
独特のリズムを刻むドリブルと速すぎるフェイント、相手ディフェンスのタイミングを見事なまでに外すキック、足もとのテクニックはとても17歳には見えない。
トップ下か左サイドでのプレーを得意とするがスピード豊かな突破で決定機には相手ディフェンスを一気に置き去りにし前線に顔を出しシュートも上手い。

世界レベルのスピードとテクニック、抜群の決定力を併せ持つ田中輝希の能力は今すぐJ1で通用するだろう。見ているだけで今、一番面白い若手選手の一人である。

今季も浦和や名古屋というJ1の優勝を狙うトップチームが開幕前の大事な時期にもかかわらず最終合宿に招待し熱心に勧誘し、未来の大エース獲得合戦はヒートアップし続けた。
浦和のフィンケ監督も名古屋のストイコビッチ監督もその技術の高さに驚き、フォワードとしての適性やサイドアタッカーとしての適性もテストした上で将来性を高く評価した逸材の選択はどこのクラブなのか?

Jリーグ各クラブは勿論の事、日本のサッカー協会もその入団先には注目していた。

壮絶な獲得合戦の結果は名古屋だった。
悩んだ田中輝希自身を「一緒に戦おう」と直接激励したストイコビッチ監督の言葉が決め手となったらしい。将来の日本代表のエース候補生だけに大事に育てていってもらいたいものだ。

名古屋グランパスに入団が内定した田中輝希。是非、覚えておいてほしい。



セレッソ大阪vs名古屋グランパス

  • 2010/04/26(月) 07:04:05

久々にJリーグ(セレッソ大阪vs名古屋グランパス)を生観戦してきたので観戦記を書きたいと思う。結果から言えばアウェーの名古屋が後半ロスタイムに玉田のフリーキックが決まり1−0で勝利した。点数、点差以上に見ごたえのある試合だった。

名古屋は玉田が怪我が癒えて4試合ぶりの先発するもセンターフォワードのケネディを欠き高さに不安を残す。しかも開始早々にFWマギヌンが故障しMF小川にチェンジし完全に高さを失ってしまう。対するホームのC大阪は播戸がこちらも久々の先発出場で香川と2トップを組み前半から熱いプレイを見せる。

前半からC大阪は攻守の切り替えが早く播戸、香川と次々と前線に飛び出しシュートを連発させる。キーパーのキム・ジンヒョンの正確なロングフィードからMF家長を経由し乾を起点にしFWにパスを出す。C大阪の攻撃はスピーディだったが普段の名古屋のディフェンス陣ならそんなに難しい対応にならなかった筈だがこの日の名古屋はブルサノビッチと三都主が全く守備機能せずに一気にデッドゾーンにボールを運ばれ何度も最終ラインを突破された。

楢崎の絶妙なポジショニングと判断力がなかったら前半で2失点、一試合通じて4失点していたかもしれない。特に名古屋ディフェンス陣の足が止まった後半は決定的な場面を何度もしのいだ。播戸の強烈なヘディングシュートに反応したと思えば家長の強烈なミドルシュートをパンチング、アマラウの無回転のシュートも冷静にキャッチ。香川の決定機は香川のミスに助けられた。香川のゴール前での大きなミスも楢崎の存在感がそうさせた物と思えば楢崎のこの日の集中力と凄さには敬服する。
ちなみに楢崎が浴びたシュートは全部で18本。ファインセーブ連発で流石は日本の正ゴールキーパーと思わせる働きだった。この日のマッチMVPは楢崎で決まりだろう。

名古屋の攻撃陣に目を向けると前半はあまり見れなかった右DFの田中隼麿の攻撃参加で再三チャンスを作ったもののクロスの精度が低くなかなか決定的なシーンを作れないでいた。左サイドはDF阿部が最高列で釘付けだった。原因は左MFの三都主の運動量、スピードが乏しく簡単に突破され阿部のケアが必要だったのと闘莉王の前線への上がりからの戻りが遅く最高列のケアが絶対必要となったせいだ。
復帰初戦の玉田は全体的にスピードに欠けディフェンス陣を振り切る事が出来ず中々、前を向いてプレイを出来なかった。
金崎夢生もまだまだチームにフィットしていないのか連携が悪く中央でも仕事が出来ない時間帯が多かった。つまりこの日の名古屋の攻撃の起点は右しかなかったのだ。沈黙していた名古屋の攻撃陣が動き始めたのは後半23分から。つまり三都主が交代退場してからだ。ストイコビッチ監督がやっと重い腰を上げたのだ。前半早々にマギヌンの故障退場が若干、ゲームプランを狂わし三都主の交代機を遅らせたのだがここまで無失点できたのだからストイコヴィッチ監督も楢崎さまさまであったろう。
更にブルサノビッチをFW巻に代え金崎を中盤の低い位置に下げた事で守備陣が安定し玉田ももう一つ高い位置でプレイし始める。

やっと名古屋の形になり始めたら玉田の体のキレも嘘のように戻ってきた。再三ドリブルで中央への切れ込みを見せる。ロスタイムのフリーキック獲得も玉田のドリブル突破をたまらずC大阪がファールしてしまい獲得した。やはりここ一番の玉田の突破力は切れ味抜群だ。この切れ味を出せるのは日本では数人しかいない。

この日の出来だけで見れば名古屋よりC大阪の方がよかった。この試合はC大阪が勝ってもよかった。しかもリーグ戦でC大阪が名古屋より下位に甘んじている状況も理解できない。

今季からJ1に昇格しここまで苦戦しているC大阪だが負けはしたもののこの日の戦いはもっと上位に食い込める戦いだった。ゴール前のスピードとシュートの精度が上がればの話ではあるが・・・

小沢英明 史上最高の第2キーパー

  • 2010/01/22(金) 01:22:01

小沢英明というゴールキーパーをご存じだろうか?今は鹿島アントラーズに所属している35歳の控えキーパーである。彼が日本サッカー界で注目を浴びたのはブラジル戦に勝利し「マイアミの軌跡」を生んだアトランタオリンピックの正ゴールキーパーを後の日本代表に長く君臨する川口とレギュラー争いをした時ぐらいだ。

現在、所属する鹿島でも曽ヶ端の控えに甘んじているものの熱心な練習態度や若手とのコミ二ケーションや指導力など人間的にもかなり評価されている。控えキーパーにも関わらず推定年俸2000万を稼ぐのは試合での貢献数よりもチーム全体の、試合以外での貢献度がかなり評価されての年俸である。この数字に誰も文句を言わない、言わせない人柄も彼の凄いところである。高卒で地元鹿島に入団して以来、横浜Mやセレッソ大阪、FC東京などを経て鹿島に復帰、Jリーグ通算18年在籍し出場した試合はわずか25試合。しかも第2キーパーとしてベンチ入りしながら試合に出なかった試合数257はJリーグ最多である。キーパーの交代は戦術的にフィールドプレイヤーが交代するのとは意味が違いアクシデント(怪我やレッドカードなどによる退場)の時しかなく先発メンバーの正ゴールキーパー以外はベンチを温める時間が多くなるのだ。

それでも万事に備え準備し続ける姿勢やきーむを鼓舞するベンチからの声援など献身的にチームに貢献し続けクラブから「最高の第2キーパー」と評価されているのだ。「最高の第2キーパー」とは聞こえはいいが「最高の補欠」と言われているのだ。

チームに献身的な小沢英明がこのオフ、初めてクラブに反旗を翻した。2400万のオファーを断り単身、海外リーグの挑戦を選んだのだ。慰留に努めた鹿島クラブ幹部を涙ながらに説得、電撃退団し目標に定めたのがヨーロッパでなく南米パラグアイのパラグアイ・リーグを選んだ。もちろん、正式オファーを貰ったわけでもましては正ゴールキーパーの椅子が確約されたわけでもないが練習生から始めるという。

妻と子ども2人の4人家族。鹿島での2400万の報酬、さらにはキーパーで現役引退後の指導者、クラブ幹部がほぼ約束されているにもかかわらず涙を流して自分の夢を押し通した。

パラグアイの英雄キーパー・チラベルトに憧れた若かりし頃。そのチラベルトが育ったキーパー大国に単身乗り込む日本が誇る控えキーパー。「海外挑戦」そして「正ゴールキーパーになりたい」という2つの夢を目指す35歳の挑戦。言葉も文化も違う異国、しかもヨーロッパに乗り込む日本の代表選手のようにスポンサーも代理人もいない単身で練習生から入団オファーを待ち契約成立してもレギュラーになれる保証はない。むしろ皆無かもしれない。それでも小沢英明はその「夢」に懸けた。

小沢英明。パラグアイでの活躍を本当に願っている。



柴崎岳 青森山田が負けた日

  • 2010/01/15(金) 01:41:45

「これが高校サッカーだ。」
改めて現実に直面した天才MFはピッチの上で茫然と立ち尽くし歓喜に沸く山梨学院大付の選手の輪に目を向け唇をかみしめる背番号10。華々しい程に眩しすぎるぐらいに輝きを放ち続けた緑のユニフォームの背番号10、柴崎岳の顔に笑顔はなかった。

相手の戦略に見事にはまってしまった90分間を彼はどんな風に回想したのだろうか?
「中盤を極めて省略しロングボールで前線にフィードし青森山田の自慢の中盤が機能する前に徹底的マークで前線でつぶす」個人技に劣る山梨学院大付の戦術は実に単純明快だった。対する青森山田もこのような相手とは何度も戦ってきただろうし十分に考えられた範囲だったはずだ。しかしここは決勝戦、大舞台のこの決勝にあがってきてるチームのポテンシャルを甘く見ていたのかもしれない。
中盤がいつものように機能しない青森山田はボランチ位置から攻撃の起点になっていた柴崎をいつもより前のポジションで仕事をさせた。その結果、ボランチには怪我から復帰したばかりでフィジカルに不安を残す椎名だけになり守備に追われ攻撃のリズムが完全にくるってしまった。青森山田自慢の守備から攻撃へのリズムアップがなされないまま椎名は動かされ続け柴崎は孤立してしまっていた時間帯が多すぎた。

大会前から僕はこのコラムでも注目選手として柴崎の名前を挙げていた。想像以上の活躍を見せてくれたし、ただただプレーの質の高さに感心させられ続けた。テレビの解説でも元日本代表の都並氏が「リトル・遠藤」と絶賛していた程の才能をいかんなく見せてくれた。冷静でどんな場面でも表情を変えず、言葉少ないクールなイメージの風貌だが実はチームで一番、サッカーに対し深い愛情を持ち情熱的で負けず嫌いな男なのだ。誰よりもストイックにサッカーに取り組んだ才能豊かな天才的な男。
そんな柴崎が負けた。

天才はいつもあと一歩の所で「優勝」という称号から見放され、幾度となくサッカーの神様から試練を与えられ続けている。中学時代も全国大会ではベスト4と準優勝、そして今大会も準優勝。ユース世代の日本代表の不動の10番でも神様は「優勝」というご褒美は簡単にはくれないようだ。それでも柴崎はまた立ち上がり更なるステージを目指して歩み続ける。今大会で見つかった課題をしっかり頭と胸にしまいこみ、ストイックなまでにサッカーに情熱を注ぎ込むだろう。まだ2年生。柴崎のサッカーをもう一度見ることができる。これからの一年、柴崎はどのようなサッカーを身に付け来年、この国立の地でどのような輝きをはなってくれるのだろうか?今から楽しみでならない。




小野伸二

  • 2010/01/10(日) 00:27:11

「リアル・キャプテン翼」と呼ばれた男が30歳を迎えた来季から日本に清水エスパルスに帰ってくる。当時史上最年少の13歳でU−16日本代表にも選ばれた早咲きの天才、小野伸二。




アニメの主人公のように「ボールと会話できる選手」と言われるほどテクニックの高く多くのファンやチームメイトらから”天才”と賞賛され続けた選手だ。両足とも利き足のように使いこなし右足、左足どちらも遜色なく高い精度のシュートやボレー、クロスを蹴ることができる上、細かなボールタッチからみせる巧みなドリブルやフェイントやワンタッチで相手をかわすなど難度の高いプレーを簡単にこなす。史上まれにみる”天才”は同世代や後輩サッカー選手から常にお手本とされてきた。

高校生で全日本のフル代表に選出され日本が悲願の初出場したフランスワールドカップにも若干18歳で選ばれ出場するなどその才能は早々と華々しく開花した。あのキング・カズこと三浦和良を押しのけてでも選ばれた小野の才能には誰もが憧れ嫉妬するサッカー選手までいたという。その後もワールドユース(U−20)に高原・稲本・中田英らを率いてまさに黄金世代のキャプテンとして臨み世界中を驚かさせた準優勝に貢献し大会のべストイレブンに輝いた。その活躍が世界中のクラブの目にとまり後にオランダ・フェイエノールトに入団するきっかけになった。

そんな小野が30歳になった今、世界から見放され日本からも忘れかけられてる存在になったのは彼の人生を変えたといっても過言ではない”大怪我”が原因だろう。まずはオリンピックのメダルも期待されたシドニーオリンピックのアジア予選で左ひざのじん帯断裂の大けがを負い手術しリハビリも含め約1年棒に振った。黄金世代の先駆者はオリンピックのピッチにすら立てずだった。自身2度目となるワールドカップはオリンピックの悔しさをぶつける格好のリベンジの場だったが大会直前に虫垂炎を発症させ薬でちらすも満足なプレーには程遠い出来でチームは決勝トーナメントまで進出したものの自身は不完全燃焼で幕を閉じた





その後は左足首骨挫傷や右足首ねん挫、ろっ骨骨折など大小様々な怪我に付きまとわれフル代表に選ばれても体調不良で辞退する日々が続いた。特に悲願のオリンピックの出場をアテネオリンピックのオーバーエージ枠で果たし”復活”が期待されたこの年には疲労骨折による2度の手術を行いオランダを失意のもとに帰国し古巣の浦和に復帰した。しかし浦和でもけがの回復具合が悪く本来のパフォーマンスを発揮することなく退団してしまう。

度重なる怪我とリハビリを選手生活の大部分を費やした”天才”はその後海外再挑戦するものの怪我が癒えず出場機会にも飢え来季は地元清水エスパルスでプレーすることになった。

中田英の「キラーパス」に対し「ベルベットパス」と呼ばれる優しく丁寧で繊細なパス、華麗な足もとのテクニックを来季は日本で再び見られる。度重なる怪我により若かりし頃のパフォーマンスはもう見れないかもしれないが円熟味を満たしたひとつひとつの技の精度が1試合に一度見れるだけでも十分なのだろう。もう一度”生”で見たい選手の一人だけに来季は期待している



ドラゴン 久保竜彦  孤高の天才JFLへ

  • 2010/01/09(土) 11:46:43

「孤高の天才」と呼ばれ動物的感覚を持ち合わせた世界サイズのフォワードと期待され続けた男・久保竜彦。ついたあだ名は「ドラゴン」。無名の高校生がサンフレッチェ広島のテスト生として入団し日本代表のFWまで努めた選手だ。





久保を表現するのにいつも付きまとう「日本人離れした」という形容詞は久保の身体能力の全てを物語る一言である。
ここ一番抜群の決定力を誇る点取り屋タイプ。シュートスピード・射程距離の長さ・驚異的なジャンプ力といった高い身体能力を活かし誰も予想出来ないような豪快でアクロバティックなゴールを決めたと思えば、相手の動きを見てコース狙い確実に決める繊細な技術と冷静な判断も持ち合わせている天才ストライカーである。

子供の頃から野球を志していた少年が本格的にサッカーを始めたのは高校に入ってからという遅咲きタイプ。高校時代は全くの無名選手であったが時折見せる超一級のプレーにほれ込んだ当時の顧問が高校卒業後にダメもとでサンフレッチェ広島の入団テストを受けさせた。サンフレッチェ広島を含めJリーグの全クラブのスカウトが全くノーマークだった久保は荒削りながら豪快なシュート力と身体能力の高さを見せつけ即、入団が決まった。

クラブの育成方針でサイドバックに攻撃的ウイング、センターバックにボランチとほぼすべてのポジションを経験させるなどゆっくり育てフォワードとしての才能を確かめた上でトップチームに上げた。

トップチームに上がっても久保のフィジカル、テクニックは十分に通用しリーグ屈指のFWとしてますます成長を続けた。広島のJ2降格に伴いトップレベルのチーム移籍を望んだ久保は数球団争奪の結果、横浜Mに移籍する。

更なる飛躍が期待されたがここから慢性的な腰痛と両足首の故障に悩まされ満足な体でなかったものの無理をして出場し続けた結果、故障個所を悪化させ抜群のフィジカルもなりを潜め成績も残せなくなった。トルシエ監督にも認められジーコ監督には「世界水準」「絶対のレギュラーフォワード」と絶賛されそれぞれ代表にも多数呼ばれたが怪我の影響で辞退が相次ぎ、試合に出てもコンスタントに結果を残し続けることができず結局、ワールドカップ本戦には出場できず世界デビューもできなかった。





怪我に悩まされワールドカップにもでれなかった不運な「孤高の天才」も33歳になった。横浜Mで契約問題でもめ横浜FCに移籍しサンフレッチェ広島に戻ったものの怪我は万全でなくリハビリに努めるシーズンをここ数年送った。昨年、解雇された久保は新天地をJ2より下のカテゴリーのJFL、しかも今季初参戦となる新興チーム「ツェーゲ金沢」に求めた。久保本人はまだまだやれると言ってのけるが体はボロボロのはず。満身創痍で臨む今季は久保にとってサッカー人生の集大成をかけた一年になるであろう。「ドラゴン」の完全復活を」ただただ祈るばかりだ。



柴崎岳  青森山田高校の10番、日本の10番

  • 2009/12/31(木) 00:42:55

明日のフル代表への第一歩。全国高校サッカーがいよいよ開幕する。注目校としてそして優勝候補として僕はタレント揃いの青森山田高校を推したい。

柴崎岳。




U−17ワールドカップでは10番を背負いボランチの位置から攻撃を組立てチームの司令塔として活躍した。確かな足元のテクニックと広い視野、敏速で的確な状況判断、精度の高い正確無比なクロスにスルーパス、高い戦術理解力を生かした質の高いプレーで、その能力は世界レベルのボランチだと世界中から高評価を得た。青森山田中3年時にU−15日本代表に選ばれて以来、日本代表の10番はずっと彼のものだったそこれからずっとそう続くだろう。

世界を見据えた天才が目指す高校チャンピオンのタイトル。

狙うには十分な戦力が整っている。青森県予選の準決勝、決勝と2試合続けて5得点をあげた脅威の決定力を誇るセンターフォワード野間涼太。昨年までウイングポジションのサイドアタッカーだったがチーム事情によりセンターフォワードにコンバートされると身体能力を活かしたポストプレーに磨きがかかり得点の起点になり自らも得点をするストライカーに急成長を遂げた。中盤の右サイドには高速弾丸ドリブラーの異名をとる遠藤竜史が努めボランチ柴崎からのタクトに見事にこたえる活躍を見せる。強引すぎる感のあるドリブルも攻撃の緩急をつけるにはとてと素晴らしいアクセントを与えている。中盤の左にはテクニック十分のドリブルとスルーパスを見せシュートの精度もかなり高い三田尚希が努める。左サイドにはU−17日本代表のサイドバックも務める中島龍基が果敢な上がりを時折見せ攻撃のオプションの一つとして十分に機能している。大型センターバックにキーパーも高校生レベルでは日本代表クラスの素質をみせ、どこにも穴がないように思える。

不安材料があるとすれば夏にひざの前十字じん帯断裂という大けがを負った柴崎とダブルボランチを組む椎名伸志の怪我の回復具合とフィジカルの問題か。回復が遅れるようなら大きな戦力ダウンになり兼ねないが選手層の厚いチームならではの一年生の台頭などチーム力は全国トップレベルである。

タレント揃いのチームが大きく機能すると圧勝で勝ちぬけるかもしれない。今大会は是非、青森山田高校の10番、柴崎岳に注目してもらいたい。



山村和也

  • 2009/12/20(日) 04:13:45

185cmと長身で期待の大型DFが今、注目されている。流通経大に通う2年生の山村和也が岡田フル代表監督の目にとまり18年ぶりの大学生フル代表入りしとにわかに期待が高まっている。大学2年生ながらU−20代表でしっかりセンターバックのレギュラーを獲得しその素質は現フル代表レギュラーの中沢や闘莉王以上と言われ未来のレギュラー切符は確実とまで言われている。現役時代、アジアの壁と言われアジア最高のセンターバックと称された井原の後継者として注目されている。大学の試合もU−20世代の試合でもJリーグの数チームのスカウトがこぞって見にくる逸材である。





185センチの長身を生かした打点の高いヘディング、 正確なロングフィード、パワーあふれるヘディングシュートなど武器は多彩だ。球ぎわの
強さ、一対一の強さにも自信を持ち、守備だけでなく攻撃の起点にもなれる選手なのだ。長崎の名門・国見高校出身の山村の素質を早くから見抜いた小峰総監督がディフェンダーへの転向を直々に口説きマンツーマンで手塩にかけて指導したらしい。但し、国見高校時代は正確なロングフィードを武器に右のサイドバックを任されていたのだ。大学進学を機にチーム事情からセンターバックの位置に入りさらなる素質を開花させた。センターバックになって1年ちょっとという経験の浅さからかポジショニングの甘さやラインの統率力などに若干の課題は残すがその可能性は将来楽しみで世界水準のセンターバックにかる可能性も秘めている。

「現段階では中沢さんや闘莉王さんのヘッドの強さフィードの精度はレベルが違った。」と本人も語るように現時点ではフル代表のレギュラーは難しいかもしれないが20歳という若さや経験値の低さから急成長すれば10年南アフリカW杯のメンバー入りも見えてくる筈だ。「期待されるのはうれしい。今まで以上に高い意識を持ちたい。」と本人も前向きなコメントで自信をのぞかせている。

山村和也。将来の日本代表のセンターバックを今から覚えておいてもらいたい



鹿島アントラーズ  『優勝を確信した「5連敗」』

  • 2009/12/12(土) 10:01:49

Jリーグ史上初の3連覇を遂げた鹿島アントラーズ。春先から13戦無敗記録を樹立するなど首位を独走するもまさかの5連敗で一時は首位の座を明け渡すなど窮地に陥るものの見事に復活し優勝をさらってしまった。

優勝決定後の記者会見語録で面白い言葉を見つけたのでここで紹介したい。

『優勝を確信した「5連敗」』

僕もこの言葉を聞いて「あの試合のあの事だな」とピンときた。

Jリーグ史上初の雷雨中断、再試合の試合の出来事である。後半29分(残り16分)1−3の2点ビハインドの時点から再開されたゲームで驚くような集中力と攻撃力を見せつけたものの結果2−3で敗れ記録的な5連敗となったのだがこの試合が大きなターニングポイントだというのだ。





まずはフィジカル面、精神面の両面においてこの試合、つまり16分間に懸ける思いの強さがライバルで対戦相手の川崎を上まわった事でチームとしての成熟さの違いを見せつけ相手の焦りを誘いその後、常に気持ちを優位に保てたのだ。
この試合、川崎は点差や残り時間を考えたうえでその時のチームの勢いやコンディションの違い、モチベーションの高まりなど楽勝ムードが蔓延しチームの若さも手伝い、この試合自体を重要視してしなかった節がみえみえだった。一方の鹿島は16分間の間に絶対に追いつき、勝ち越しを見越していたし決してあきらめていなかった。いや、本当は半ば諦めていたのかもしれない。しかしそのムードを一変させたのがオリベイラ監督の奇策だった。通常、試合前の練習とは「アップ」という軽いジョギングやボール回しなど気持ちと体を呼び起こす意味合いを指す。ところがこの試合前にはフルコートで30分間の紅白戦を行ったのである。

16分間とはいえこれからガチンコの試合、しかもまければ首位陥落の恐れがありしかも2点も負けている状況での再試合前に紅白戦を行ったのだ。しかもほぼ全力で。これに驚いたのは相手の川崎ベンチと史上初の再試合を見に来ていたJリーグ関係者たちだった。もっと驚いたのは鹿島の選手たちだったかもしれないが・・・。

しかも30分の紅白戦の後、控え室に戻さず軽いランニングをさせ続け体を冷やさぬように運動を続けさせた。何より「気持ち」を継続させたのだ。
この試合、前述したように開始10秒で鹿島が一点を返しさらに残り16分間、怒涛の攻撃力をみせ攻撃型チームの川崎を自陣に引きこもらせたまま鹿島は攻め続けた。結果はその後、失点を許さなかった川崎が逃げ切り鹿島の「5連敗」が確定したのだが、あまりにも違う出来の違いにどちらが負けたのか勝ったのかを見失う程、鹿島は強さを誇示し逆に川崎はチームの未熟さを露呈してしまった。

その後、鹿島は怪我人の復帰もあり、中田浩二、小笠原、青木らボランチが安定し鹿島の専売特許である。前線からのプレスにさらなるスピードと精度が増しディフェンス陣が安定し電光石火のカウンター攻撃をしかけ決定力抜群のフォワード陣が確実に点を取るとさらにプレスが効き始め圧倒的な強さを持って逃げ切る鹿島スタイルが再度確立されたのだ。一方の川崎はナビスコカップの大失態が大きく物語るようにチーム全体に若さを露呈したうえチームの内紛も勃発し自慢の攻撃陣にも焦りが生じたのか格下に勝ちきれずまさかの降格チームに敗れるなど大ブレーキがかかり悲願のタイトル獲得はならなかった。

チームの成熟さが長いリーグ戦を戦う上でもっとも重要な事だと再認識させられた鹿島のしたたかさとオリベイラ監督の奇策はJリーグ優勝、さらに史上初の3連覇に大きく値するものだったろう。

その決定的差を知らしめた「5連敗」はまさに最強で『優勝を確信した「5連敗」』といっても決して過言ではないだろう。




渡辺千真

  • 2009/11/26(木) 05:14:09

渡辺千真。




長らく低迷する横浜マリノス期待のルーキーで期待以上の結果を残したセンターフォワードである。
国見高校時代には一学年先輩に怪物平山相太がいて目立たなかったがその素質は平山以上とも言われ早くから期待されていた。
181cmと高身長ながら足元のテクニックにすぐれ抜群のゴール感覚を持つストライカーだ。高校2年生のインターハイの時には平山や中村北斗、兵藤慎剛ら今やJリーグのレギュラー選手となった面々を抑え得点王を獲得するなど高卒、即Jリーガーの呼び声が高かった。

早稲田大学進学後は過去にコーナーで「名門復活に大榎あり」と題し書いたこともあったが元清水エスパルスの大榎監督の元、2年連続でリーグ得点王に輝くなどその才能はさらに磨かれますます期待される逸材になった。

横浜Fマリノスから「ポジションと背番号「9」」を確約され最高のオファーを受けた渡辺は開幕戦に先発ししかも開始3分にゴールを決めファンを驚かせた。ちなみにこのゴールは1994年の市原(現ジェフ千葉)の城以来15年ぶりの快挙であった。

この時から城が奪ったルーキーイヤー最多の12ゴールが渡辺の比較対象となり付きまとうのである。鹿島アントラーズに鳴り物入りで入団し話題を独占した大迫とは格の違いを見せるほどの活躍に周囲の目をやっと変わり始め渡辺の名はいつしか全国区になった。

そして11月21日のヴィッセル神戸戦で今季13得点目をあげ新人最多得点記録を15年ぶりに塗り変えたのだ。
最近ではしっかりマークされ自由に動けないほどだったのに一瞬のスキをみつけては抜群のボディーバランスとスピードでかいくぐりシュートを重ねてきた。シュートの精度も日本人ストライカーの中では既にトップクラスで思い切りの良さも十二分に兼ね備えている。
身長が高いことを活かしポスト役になることも多々あるが無難にこなし決定機を何度も演出して見せた。フィジカルの強さや日本代表に求められる守備の意識、持久力がもっとつけば近い将来フル代表にもしっかり名を刻む逸材である事は間違いない。先輩の平山が伸び悩んでいる現状を考えれば近い将来、日本のセンターフォワードは渡辺と呼ばれる日は遠くないと僕も思っている。

まだまだ知名度は高くないが「渡辺千真(かずま)」。横浜Fマリノスの背番号「9」を覚えておいてほしい

アジアの赤い虎 韓国サッカーの明るい未来

  • 2009/11/21(土) 04:00:28

アジアの赤い虎、とりわけ若虎が完全に目覚めた。U-20世代とU-17世代の両ワールドカップでどちらベスト8に入り世界水準であることを証明して見せた。

「2002年キッズ」と呼ばれる彼らは日韓ワールドカップでベスト4にはいった当時に10歳前後でその快挙に刺激を受けてサッカーを始めた世代の選手達なのだ。2002年開催を機に韓国国内に急増した天然芝のグラウンドやトレーニング施設など整備されたサッカー環境で育った選手が多くパク・チソンなどスター選手がヨーロッパの強豪クラブに移籍しテレビでヨーロッパサッカーを身近に目にする環境になったことなどがサッカーを志す少年が増えたそうだ。

韓国サッカーと言えば抜群のフィジカルを武器に”一本調子”だった。しかしここ数年、特にユース世代は創造性にあふれ卓越したテクニックを持ち華麗なパスサッカーを見せてくれる。アジアで通用していた韓国のフィジカルサッカーはそれまでワールドカップ本大会で一回も勝ったことがなくアジア水準の域を超えなかったが2002年を機にヨーロッパサッカーを取り入れ世界レベルでも結果をのこし始めている。

選手育成システムも完全にヨーロッパ化している点も見逃せない。かつての韓国は「国技はサッカー」と誰もが口にするほどサッカー人気は高かったがその育成システムは実に貧弱だった。
『体育特技者制度』という学校体育しか強化、育成プランがなかった。
このシステムを簡単に説明すると、年に数回あるトーナメント方式の全国大会で好成績を残さねば次に進学する学校、すなわちサッカー部がある学校にスポーツ特待生としてスカウトされないという韓国独自の選手選抜システムである。高いレベルでサッカーを続けていくためには進学のたびに好成績を残さねばならず、それだけに選手も指導者も勝利至上主義にならざるを得なかった。これは日本の高校サッカー以上の勝利至上主義といっていい。このシステムの為に技術や戦術知識の習得に多くの時間を割くよりも、手っ取り早く相手を圧倒できるスピードと体力の強化に主眼が置かれてきた。過去の韓国選手たちはそうした過酷な生存競争の中で強靭な体力や不屈の精神力、そしてここ一番での勝負強さといった「韓国サッカー」の伝統を心と体に染み込ませていたのだ。

それがアジアレベルでは通用し世界では通用しない事がわかってから韓国協会は抜本的に育成プランをヨーロッパ仕様に衣替えした。国内プロリーグのKリーグ各クラブにユース育成のための下部組織の設立を義務づけ、さらに学校の域を超え地域でチームを混成しリーグ戦を行い協会の巡回コーチが指導に当たるなど沢山の指導者、選手とお互いにレベルアップを意識しあえる環境作りをした。さらにこの世代で一番大事な指導者、監督、コーチを積極的に外国に派遣しそのトレーニング方法や情報網を広げ国際経験豊かな指導者の発掘に努めている。韓国のサッカー協会がユース育成費用を年間予算として計上している予算の率は世界でトップである。国家をあげてユース世代に力を入れているのが解る。

サッカーの普及と施設充実による底辺拡大にはじまり、実戦重視のリーグ戦導入に選手選抜システム、世界を知り尽くしユース年代を知るスペシャリストたちの指導・・・
韓国ユース世代の改革が如実に実を結んだ今年。この世代がフル代表の世代になった時、再び韓国はアジアNO,1の地位を取り戻すだけでなく世界水準で躍動していることだろう。この先、もっとこの育成プランが充実すればユース世代の世界大会で優勝も夢ではない気がする。アジアNO,1よりも世界トップクラスをもくろんだ韓国サッカーの未来は明るいと言っていいだろう。日本も負ける訳にはいかないと唱える協会の人はいないのだろうか?

スポーツマンらしくない行為は警告

  • 2009/11/20(金) 00:11:07

先日行われたJリーグのナビスコカップ決勝戦で敗れた川崎フロンターレの選手の態度が問題視され、とりわけガムをかみながらメダルを受けとった森選手が無期限の出場自粛という処分をクラブから通達された。

ナビスコ杯の決勝戦の川崎フロンターレは悲願の初タイトルがかかっていた上、下馬評でも圧倒的有利とされていたためか選手の落胆が大きく自分を見失ったのだろう。

確かにガムを噛みながら表彰式に出席する態度自体に肯定するポイントは一切無いし非常識極まりない態度である。
しかしもっと最低最悪な態度もあったはずだ。例えばメダル授与後表彰式台に列席していた来賓との握手を拒んだ選手も数人いたし列に並んでいるほんの少しの待ち時間にしゃがんだり壁に寄りかかったりしている若手選手達。
僕はガムを噛んでいた選手と同じ、いやそれ以上の制裁を与えてもいいのではないかと思うのだ。それぐらいの愚行であったはずだから。

悔しい気持もわかるし自分への不甲斐無さに対して気持があらわになったことも理解できなくは無い。
しかしガム噛みながら表彰式に臨んだり握手をしなかったり座り込んだりもたれかかったりとおおよそ一般人なら到底考えられない行為だったし子供たちへの教育には絶対良くない行為だったということは明白だ。

日本サッカー協会は懲罰基準で「スポーツマンらしくない行為は警告の対象」と定めているらしい。試合中ゴールを決め感極まった選手がユニフォームを脱いで裸になったらイエローカードらしい。
今回の一件は十二分にこれに値する行為で批判は避けられないだろう。

そんな事態が収まりかけたある日、この非紳士的行為が改めてクローズアップされた事があった。

プロ野球日本シリーズでサヨナラ本塁打を放った巨人のキャプテン阿部慎之助選手がガムを噛みながらヒーローインタビューを受けていたのだ。プレー中にリラックス効果を生むといわれ噛んでいたガムをそのままにしてインタビューに臨みその醜態を全国の野球ファンにさらしてしまったのだ。しかし阿部のこの行為はさほど問題視されることはなかった。

表彰式と違いインタビュー台という公式的な場所でなかったという事を差し引いても視聴率や観客数、注目度の高さなど考えれば球団が注意を公式にしてもいいのではないかと思う。

この件に関して球団は「川崎の選手は負けた後で明らかに態度そのものに問題があったが阿部は勝った後だったしプレーの流れの中興奮状態でついついガムを捨て忘れたもので意味合いが違う」と釈明した。

それはそうだろうが「スポーツマンらしくない行為は警告の対象」という観点から言うと注意があってもいいのではないか?と思うのだが。
ガムを噛みながらのプレーは集中力向上とリラックス効果があり、ガムをかんだ後では脳波がリラックスした状態になるとい科学的データがあるとはいえやはり見苦しい点は否めないし、不快に思う人がいるのも事実だ。

これを機に選手一人一人がもう一度自分の態度を省み子供の教育やモラルの一躍を担っている事を考えてもらいたいと思う。

ジェフ千葉  2部に落ちた名門

  • 2009/11/10(火) 00:27:42

日本リーグ時代からの名門・古河電工の流れを汲むジェフ千葉がついに2部リーグに降格してしまった。チーム創設44年間一度も下部リーグに落ちた事のなかった強豪の歴史に終止符が打たれたのだ。

過去にはリーグ優勝も天皇杯も獲った。オシム監督を招聘し下位に低迷していたチーム再建にも成功した。
しかしオシムがナショナルチームの監督になったのを境に成績は下降線をたどりチーム内紛をもとに主力選手が次々と移籍するなどここ数年の低迷振りに古豪復活を期待しつつもチームの魅力を欠いていた。

現浦和の阿部や羽生(現東京)、山岸、水野ら当時若手で今、一番脂の乗り切った世代のスター選手達がもし大量移籍していなかったら今でも「アジアで一番美しく華麗なセクシーサッカー」と呼ばれ続けバランスのとれた凄く魅力ある好チームになっていただろうと残念に思う。

クラブは主力放出で多額の移籍金を得て観客動員やグッズ販売数の割には潤ったがチームの弱体化は否めない。
それでもクラブは大きな補強もせず長期的な戦略を続けることなく現在の地位に沈んでいったのだ。ちなみにトップチーム登録23名はJリーグ最少数で選手年俸合計も下から数えた方が早い。極めて小さなクラブなのだ。

慢性的な得点不足解消はここ数年の課題だったのは明白なのに外国人補強も大型センターバックを獲得し期待された攻撃陣の補強もチームとマッチせずベンチを温めるレベルの選手を獲得するなどまさにちぐはぐな補強に終始しクラブ首脳陣と現場のチームと意思の疎通もままならず一体感がなかった。

クラブの人事に反発する現場スタッフ(統括マネージャーやスコアラ)を容赦なく解任するなどクラブ首脳陣も頑なにわが道を貫き選手は勿論、サポーターの意向無視の運営姿勢にも大きな問題があった。

そんなチームに一部で戦い続ける力が継続するわけも無くこの結果は致し方ない、いわば当然の結果といえるだろう。

特に今年のチームは昨年、最終戦のしかも後半ロスタイムに奇跡の大逆転勝ちで辛くも一部残留を決めた経緯を踏まえ適切な補強とチーム改革が期待されたがそれもとうとう一年間なされる事なく残り3試合を残し早々と降格が決まってしまった。

サポーターが『一部死守』の横断幕に多数の寄せ書きをし一体となったにもかかわらずクラブが本腰をいれ、てこ入れしなかった為にチームの士気も下がり勝てなくなった。そんな悪循環のチームに来季、一年で一部に復帰できるのだろうか?

もう一度、原点に返ってフロントと現場が一体化しサポーターに心から応援してもらえるような魅力的なチームを作り直してもらいたい。

ピッチを縦横無尽に躍動する黄色いユニフォームがJ1で見れなくなってしまった事が今はただただ残念だ。



U−17ワールドカップ  「プラチナ世代」の敗北

  • 2009/11/07(土) 04:34:33

「プラチナ世代」と騒がれ期待されたU−17ワールドカップ。

世界のメディアも注目していた宇佐美を中心にタレント揃いの好チームと期待されていた。ブラジル・メキシコ・スイスと強豪国の入った組み合わせの不運はあったものの決勝トーナメント進出の期待もあったのだが・・・

以前このコーナーで「U−17代表 勝利至上主義に異議」というタイトルで本大会の前哨戦と位置づけられた大会での戦い方に苦言を呈した。そんな僕でもこのチームには期待をしていたので注目してみていた。

初戦は南米チャンピオンのブラジル戦。2度も追いつきながら後半ロスタイムにオウンゴールで突き放され惜敗。続いて2戦目はスイス戦。リードして前半を折り返すも後半立ち上がりに立て続けに失点し3−4で逆転負け。決勝トーナメント進出に僅かな可能性を残した最終メキシコ戦。前半は宇佐美を中心に攻め立て決定的な場面を何度も演出しながら決めきれず終わったら0−2で完敗。結局3連敗で決勝トーナメントには出場できなかった。

北京オリンピック(U−23)でも予選3戦全敗。その下のカテゴリーであるU−20はアジア予選敗退。期待されたU−17でも予選3戦全敗。これが世界に置ける日本のポジションである。期待されていてもテクニック重視のタレントが揃っていても世界レベルではこんなものである。
日本はチーム関係者もマスコミももっと言えば選手も勘違いしている節があるのだ。

自分たちは「弱いんだ」という自覚をもって「強い」相手に戦い方、戦術を考え弱点をいかに効率よく補強し練習しなければこの先、日本のサッカーはますます衰退するような気がしてならない。


3戦目のメキシコ戦は今後の日本サッカーの道を案じつつも修正する方向性を示してくれた試合だったと思う。メキシコとは「体格」はほぼ一緒。そんなにフィジカルが強いわけでもない。
チーム戦術が徹底されているチームでもなかった。なのに終わったら0−2の完敗。では何が違ったか?それは「メンタル」と「効率」であった。前半は宇佐美のシュートがバー直撃するなど決定機を何度も演出していた。勝たなければいけない日本は前半から前がかりでディフェンスラインも押し上げ早めのチェック、プレスも機能していた。選手個々の動きもかなり良かったと思う。相手ディフェンダーのミスから決定的なキーパーと1対1の状況を2度も作るなど下馬評を覆す日本の躍動に期待はさらに高まった。

しかし状況は徐々にではあるが変わってくる。立て続けに決定機を決めきれないフォワード。状況判断だのテクニック不足だの言われているがやはり「メンタル」だ。絶対的なチャンスな場面に一瞬よぎる思いが「ここで決めなければ・・・」とか「外したら・・・」とか思うのか「ココで決めたらヒーローだ」とか今風に言うと「おいしい」と思うかで結果は180度変わると言っていい。一瞬の出来事で萎縮するか逆に冷静さを保てるかはそれまでの準備よりも経験よりもやはりメンタル面の差が結果を大きく変えてしまうのだ。
同じような決定機にメキシコの一点目は同じ状況下でキーパーを欺くループシュートを選択肢し、たった一度のチャンスをいとも簡単にものにした。この

「メンタル」の差が大きな差となった。
もう一点の「効率」とは運動効率であり頭脳効率だ。

やみくもに走り回れば必ず後半バテる。しかもメンタル面の疲労も大きくなり集中力も欠ける。もっと大事なのは頭脳効率。一番適切な判断を短時間で考える能力だ。短時間でしかも激しいプレーをしながら幾多の選択肢からベストをチョイスする能力だ。この選択をいかに早く正確に行うかが大切なのだ。日本の指導者は試合前のミーティングで「サイドを崩して早いクロスをあげろ」などという指示を出しその反復練習ばかりさせる。
だからどんな場面でもどんな時でもチーム戦術を順守し続ける。だからゲームプランが変わったり予想しないシステムや選手と対峙した時でも試合前のミーティング通りの戦術を頑なに守り。その場面一番の選択肢を考えずにプレーする。
あわてて考え始めても効率が悪く逆にプレーに迷いが生じいいパフォーマンスができなくなる。つまりもっと「考える」サッカーを身につけ「頭脳効率」を上げる必要があるのだ。その頭脳効率がこの日のメキシコと日本の決定的な差だったと思う。

テクニックがあっても体格が良くてもアジアで強くても世界レベルでは到底、通用しない。
それが「世界」だ。つまり今までの戦い方、考え方をこのジュニア、ユース世代から根本的な変えなければ日本のサッカーはますます衰退すると思う。是非一度考えてもらいたい。

サッカー日本代表戦 オランダ戦からみえたもの

  • 2009/09/08(火) 15:02:25

「本気でワールドカップベスト4を目指している」岡田監督から何度も聞いた言葉だ。現在ヨーロッパ最強、世界でもトップ3にはいるであろうオランダとの親善試合。結果は3−0の完敗であった。

「こうなることは予想していた」と意外とさばさばした試合後のコメントだったがこれで戦えるという気に本当になっているのだろうか?もしなっていたとしたら大きな勘違いではないだろうか?

前半は明らかな格下相手に本気になれなかったオランダに対し懸命にプレスに行きオランダに仕事をさせなかった。
仕事をさせなかった事を褒めるべきなのか?がまず大きな疑問が残るが今の日本の力からすると十分な戦いだったかもしれない。但し、この戦術で世界トップクラスと戦えば絶対に勝てないであろうと思う。引き分ける事はできても絶対に勝てない。

酷かったのは後半だ。

完全に息切れした選手達は足がとまりふがいない前半戦を振り返って少々本気になったオランダのパスに翻弄され中盤を自由にさせてしまう。こうなれば決定力の高い世界トップクラスのチームはいつでも得点を挙げられると余裕を持ち始めてしまう。

ここで監督をはじめ日本の選手、マスコミは一人の交代選手を槍玉に挙げる。
オランダのVVVフェンロで結果を出している本田だ。

「日本の場合、チーム全体で戦っていくことが必要。1つでもピースが欠けると攻撃は足りなくなるし、守備も守れないということがはっきりした」と試合後の岡田監督のコメントを聞いてちょっとがっかりした。

たしかに本田のプレーは攻撃に比重を置いているため、守備におけるプレッシングが甘かったのは事実だ。しかしサッカーというスポーツは点と取り合うゲームであるのだから攻撃的な選手を投入するのは間違いではないし本田投入を選択したのは当の監督本人だしもし最後まで守備的に戦い引き分けを狙うのならもっと運動量が豊富で守備的な選手を投入すべきではなかったか?

では本田が守備的選手のように前線から激しくフォアチェックしておけば、日本の失点は生まれなかったのだろうか。そうではないだろう。
いずれにせよ、守備の崩壊は早い時間帯に起こっていたように思える。前半からあれだけ連続でハイプレスを仕掛けていけば、途中で息切れしてしまうことはある程度予測できた。日本の選手のフィジカルはあのプレスに90分耐えられる運動量は最初から持ち合わせていなかったのだから。

もともとハイプレスが功を奏した前半もオランダが本気で戦っていなかったから成功しただけで前半終えたところでオランダもちゃんと修正してきた。本田一人の責任ではなく日本全員のフィジカルと戦術に明らかに無理があったように思う。

つまり今の敗戦の原因究明は本田一人に向けられるのではなくハイプレスの是非に向けられるべきではないだろうか?

世界のトップと戦う上でボールをキープされ続けられパスを繋げられるたびにプレスに行かされ走らされ体力を消耗していく。さらに攻撃に比重を置いていない為いざという時に攻撃参加できない。

日本全員のフィジカルの強化と戦術の見直しという課題が浮き彫りになったこの一戦。本田一人のせいにしている以上ワールドカップベスト4は夢物語でしかならない。

U-17代表  勝利至上主義に異議

  • 2009/08/30(日) 00:15:20

今年の10月のU−17ワールドカップに出場する日本サッカーのU-17代表。
この世代は宇佐美や高木らタレントを沢山擁した布陣は中田や前園、城、小野らを擁した「黄金世代」と比べられ「プラチナ世代」と言われている。
既にJリーグのトップチームで活躍している選手も多くかなり前から期待されている世代だが本当に世界で戦えるのだろうか?その試金石になるであろうビジャレアル国際ユース大会に参加した。

ヨーロッパの各国のしかもビッグクラブといわれるクラブのユース世代が一同に介したこの大会。過去にはメッシ(現バルセロナ)やセスク(現アーセナル)も出場したという歴史的にも登竜門的な大会に参加したのだ。アヤックス、リバプール、ACミラン、ビジャレアル、レアル・マドリーといったビッグクラブのスターの卵達にどう戦うのか見物だった。

「プラチナ世代」と日本では”ちやほや”されていた選手達も流石に本場、ヨーロッパの体格、走力、パススピード、パワーとサッカーにおいて必要な全ての要素で負けているのを感じたことだろう。

力な日本がこんな相手を敵にまわし試合に勝つには攻守において味方同士がサポートし合える距離を整えるための個人戦術が必要だ。しかし、残念なことに日本の個人戦術のレベルは体力で勝る欧州の各クラブに先んじられているのが現状だ。つまりチーム戦略でも戦略理解度でも劣っているのだ。

体格やパワーで上回られ、日本の同世代相手には経験したことのない強烈なボディコンタクトを仕掛けられる経験を味わえたことが唯一の収穫といったところか?欧州の若武者が見せる鋭い”寄せ”に対して“何とかボールを守るのが精一杯だった。

今からの2ヶ月間でたったの2ヶ月間で個々のスキルがヨーロッパのクラブでレギュラーをはる選手並にはならない。絶対に!でもU−17ワールドカップはすぐそこに迫っている。ならば個々よりもチームでフィールドプレヤー全員の意識を統一させ10人で攻守の切り替えをし全員が全員のカバーをしあいチーム全体の戦略で戦うしか残されていないだろう。

しかし僕はこの風潮に一石投じたい。

世界を感じるには感受性が一番豊かなこの世代に「勝つサッカー」より「負けないサッカー」を浸透させる意味があるのか?と僕は問いたい。

勿論、勝つことで得られるものは多いだろうし弱者が勝つ術を考え実践する事に反対ではない。しかし今回の大会で感じた「世界との差」を噛み締め個々が劣っていると感じたフィジカル強化やテクニック強化に努めることのほうが大事ではないか思うのだ。フル代表ならともかくこの世代だからこそ出来る事があるのではないだろうか?「勝利至上主義」も多いに結構だがこの世代にとっての本当の意味での「勝利」とは一体何なのだろうか?

今、90分間、作戦を練ってチーム戦略で戦って得る「勝利」よりもこの先の大きな「勝利」に向かってあえて「負ける」事も必要ではないだろうか?勿論、その「負け方」が非常に重要なのだが。勇気をもって「負ける」指導者はいないものだろうか?

過去関連ブログ  布啓一郎監督の談話から 少年サッカーを考える

伊東輝悦 もっと褒められるべき大記録樹立

  • 2009/06/28(日) 18:30:11

サッカーどころ静岡の清水が生んだ名バイプレイヤーが新たな金字塔を打ち立てた。




もっともっと世間で取り上げてもおかしくない大きな記録なのに日本のメディアやファンはあまり気にとめない感じの報道と感心にがっかりしてしまう。

アトランタ五輪で世界最高のブラジル相手に初めて勝利した「マイアミの奇跡」。
その立役者は中田でも前園でも川口でもなく今日の主役・伊東輝悦だった。

彼がこの日奪った唯一の得点をたたき出したからではなく守備的に戦う戦術の為かディフェンス最終ラインが下がり気味のなか前線とのバランスを上手く考えたボランチとしての働きに”日本のマケレレ”を見た気がしたからだ。

その献身的な守備と攻撃参加を度々試みる運動量にも驚かされ当時としてはレベル的にずば抜けた選手だった。

あれから13年。

確かにスピードの衰えは顕著に目立つがセンターバックの前で危険なスペースを消すカバーリングの上手さには更に磨きがかかり地元・エスパルスの生え抜き選手として今だレギュラーを張っている。

その間15年。エスパルスのボランチ一筋15年。このたび、J1で450試合出場の大記録を達成したのだ。
勿論史上初の大記録で現役でいる以上まだまだ記録は伸びていくだろう。

試合に出るということはチーム内のライバルに勝ってポジションを確保し続けなければいけない。J1という日本では最高レベルリーグのチームから必要とされなくてはならない。チームもJ2に降格しても記録更新にならない。怪我や警告(累積)による出場停止なんかとも戦わなければならない。

ディフェンシブなポジションであるにも関わらず警告数が極端に少ないフェアプレーも彼の大きな特徴である。
これについては「ファウルで(相手を)止めるのは簡単だがそれでは成長がない」と本人が常々口にしているようだ。

日本人のなかでもさほど体格的に恵まれない事を自分自身が一番よく知った上で『力ではなく相手の先を読みボールを奪う』という技術の習得に余念がないのだろう。




そんな職人かたぎの伊東も晴れやかな舞台といえばあのアトランタ五輪から遠く見放されている。

勿論、フル代表に何度も選ばれゲームキャプテンを任されるなどどんな監督下でも献身的なプレースタイルが受け入れられ召集されていた。
ワールドカップには本当に縁がなく日韓開催の2002年にも大きなチャンスだったが怪我で棒に振ってしまった。
だから知名度が低いのか記録に対する扱いが悪いのかは定かではないがこんな記録をもっと大きく取り上げ祝福する国でなければサッカー強豪国にはなれないのではないだろうか?

そんな愚痴は置いといて伊東輝悦のJ1・450試合出場は凄い記録だと思うし少なくとも僕は大きな賛辞を心から贈りたい。

これからも現役にこだわり職人気質のプレーをみせてもらいたい。改めて、そしてひつこい様だが本当に凄い記録だと僕は思っている

中村俊輔移籍問題  横浜マリノスに何を思う

  • 2009/06/24(水) 05:19:16

日本代表で今や我が国のサッカー界を一人で引っ張っている存在といっても過言でない中村俊輔が有力視された古巣の横浜マリノス復帰でなくスペインのエスパニョールへの移籍が決まった。

中村の代理人が横浜マリノス側との最終交渉に臨みその場で正式にオファーを断ったという。
かねてから中村はスペインリーグにあこがれていたとされている。しかし欧州で過去7年間も実動し来る現役最後になるであろうワールドカップの為そして家族のために一度は日本でのプレーを選択し決めたはずの中村にいったい何があったのだろうか?

「1年後に迫るW杯南アフリカ大会での4強入りを目指し中村が新たな挑戦に踏み出した」

と記事は躍るが本当にそうなのだろうか?

中村は故障がちの自身のフィジカル維持の為と長男の学齢期が近づいていることも踏まえ、生まれ故郷でもある日本それも恩義を感じてやまない古巣横浜マリノスでのプレーを熱望した。

ネックとなっていた移籍金もセルティックで契約満了までプレーした為に「0」円になった。更に年俸もヨーロッパ時代の半額以下を渋々だろうが受諾し横浜復帰に強いこだわりを見せていた。

順調と思われた交渉が合意直前で暗礁に乗り上げた。

横浜側が契約前から中村関連グッズの製作に着手し許可なく販売を開始しようとしたり、ヨーロッパでフルシーズン戦いさらには故障を抱えながら代表戦を戦うなど日本サッカーの為に貢献した男に怪我の状態も確認せずに今月21日の浦和戦への出場を前提に営業活動を推し進めるなどしたことに中村側が強く不信感を抱いたとされている。

中村にしたら当然の思いであろう。
ヨーロッパでは考えられない選手へ配慮を欠いた数々の無礼に怒り心頭でも誰も中村を批判しない。

むしろ横浜Mや日本サッカー界に警笛を鳴らす事案であろう。選手へのリスペクトやファンへの感謝を忘れた球団に魅力は全く感じない。

レベルが格段に上がるスペインでの挑戦にフィジカルの維持、管理に大きな不安を残す関係者も多いだろう。夢や希望だけでサッカーができる年でもなくなった中村にスペインは本当に最良の選択だったかどうかは誰も分からない。

横浜Mとの契約が頓挫したとはいえスペインへ挑戦を決めた中村には今まで以上に世界中から注目されるはずだ。
C・ロナウドやカカを補強した新銀河系軍団のR・マドリードや今季のヨーロッパを制したバルセロナ、セビージャにバレンシア、アトレチコ・マドリードなど世界最高峰の倶楽部がひしめき合うハイレベルなスペインという地で輝きを放ち続ける事が本当にできるのだろうか?
もし失敗したらワールドカップはおろかサッカー人生が終わってしまうかもしれない。

そんな選択をさせた横浜マリノスは今何を思うのだろうか?

中村移籍で見込んでいた観客動員やグッズの売り上げに頭を抱えているようならばこの国のサッカーのレベルはここまでということだろう。
厳しい事を言うようだが選手をリスペクトしファンを大事にするクラブにしか名選手は生まれないしクラブのレベルもきっと上がらないはずだ。

今は中村のスペインでの活躍を心から祈るばかりだ横浜マリノスをはじめ日本のサッカー界いやスポーツクラブ全体の問題として今回の中村の移籍問題を考えてもらいたい。

最後になったが中村選手の成功を本当に心から祈っている。頑張ってもらいたい。

イ・グノ  ジュビロを救ったストライカーの今後

  • 2009/05/14(木) 21:53:07

開幕7戦戦って4分け3敗と最下位に低迷していたJリーグの名門・ジュビロ磐田。昨シーズンも2部との入れ替え戦に回るなどすっかり強豪の称号を剥奪されていた。
今季の立ち上がりも頼み綱のGK川口がミスを連発するなどチームもすっかり弱体していた。そんなチームに一人の韓国人ストライカーが格安価格で磐田に加入した。移籍金無しの年俸2000万円は現役韓国代表ストライカーにしては格安での獲得だった。
しかも額面以上の活躍を見せているのだからそのお得感はさらにUPしている。


その名はイ・グノ。

24歳という年齢的にも最高ランクのストライカーだ

5月9日に行われた大宮との一戦でも2得点?アシストとこれ以上ない活躍を見せチームの勝利に貢献、イ・グノ加入後磐田は4勝?分け1敗と全く別のチームの如く変貌を遂げた。
ドリブルでGKを含めて3人かわしてのスピードとテクニック、フィジカル全てに置いて大宮を置き去りにしたスーパーゴールは今や日本国内では敵無しといった感じだ。何て凄いストライカーがヨーロッパのスーパークラブでなくJリーグのしかも下位に甘んじるチームに格安で来たのか不思議に思うほどだ。
その真意がようやく判明した。

『イ・グノに欧州クラブからオファーを受けた場合必ず交渉のテーブルに着かなければならない。クラブは移籍拒否できない』という契約条項が含まれていることが判明したのだ。
本人も勿論、ヨーロッパのクラブへの移籍を希望している。

ヨーロッパ移籍を止めれないという条件下での獲得となったわけだ。つまりイ・グノにしてみれば今やJリーグの舞台がヨーロッパへのアピールの場という訳だ。
175cm71kgの体はさほど大きくない。ヨーロッパに行けば小柄なストライカーという扱いになるだろう。しかし、ボディバランスにテクニックを兼ね備え更にハートの強さと強運も持ち合わせている。点取り屋として必要な要素は現段階では十分持っている。後は経験とヨーロッパの屈強なパワーディフェンスをいかにかいくぐることが出来るかということに尽きると思う。

24歳という年齢からまだ伸びしろは若干あるだろうし期待も出来る。近い将来日本にとって本当に手のつけられない韓国代表のスーパーエースになっている気がしてならない。

少なくとも現段階でイ・グノを完全にとめられるDFは日本にはいないようだ。
ヨーロッパで更に飛躍を遂げようものなら一体どんな化け物にまで変貌するのかとても興味深い。

日本にいる今のうちに一度、実際に見てみたい選手だ。




三都主アレサンドロ

  • 2009/03/21(土) 02:51:42

トップアスリートが選手生命を絶望視される程の大怪我を負った時どんな気持ちなのだろうかと思う事がある。
テレビのドキュメント番組で見るような「あきらめない気持ち」というのは本当に宿るのだろうか?と心から疑ってしまうのは僕だけだろうか。

三都主アレサンドロという元日本代表のサイドバックを皆さんは覚えているだろか?

ジーコJAPAN当時左サイドのスペシャリストとして不動のレギュラーを獲得していた快速攻撃型のバックスだったが攻撃力には定評があるが本職でないポジションなのか一対一の対応が悪く守備面では大きな欠点をさらけ出したのも事実だ。

高知の明徳義塾高校にスカウトされブラジルからはるばるやってきた助っ人留学生は圧倒的なスピードとテクニックで一躍注目された逸材だった。
清水エスパルスに入団後も着実に力をつけチームの顔としてゲームに欠かせない存在に成長するのにそんな時間はかからなかった。
そんな三都主に日本に帰化しフル代表を望む声が大きくなってきた時彼は心底悩んだという。当時そんな三都主に声をかけたのが同じ境遇をたどってきたチームの先輩だった。
「日本に骨をうずめても良いというくらいの気持ちがあるのなら帰化すべきだが代表に入りたいという理由だけで帰化するならやめた方がいい」いい言葉だと思う。

日本人の恋人との結婚も考えていたのもいいタイミングだったと思う。日本帰化という選択をした三都主はその後も成長を遂げ日本代表のレギュラーにまでなる。

三都主が日本のビッグクラブ浦和に移籍したり、長年の夢であった海外挑戦をするのも更なるレベルアップを志した末の決断だったのだろう。
しかし、サッカーの神様は彼に大きな試練を与えた。左足付け根のけんの断裂という重傷を負ったのだ。アキレス腱やふくらはぎや膝など小さな故障を繰り返し全盛期のパフォーマンスに陰りが見えてきた時に更なる大けがを負った。

残りの選手生命を考えてもその失意は大きなものだったと簡単に推測できる。
そこから約1年かけてやっと練習試合に参加できるまでになったようだ。

まだまだトップチームでやるには先の話しのなだろうがこれまで孤独で過酷なリハビリを黙々とこなしてきた三都主ならきっと最高の状態に仕上げてくれるものと確信している



スティーブン・ジェラード

  • 2009/03/17(火) 00:20:18

「世界最高プレイヤーはバルセロナのメッシでもなければマンチェスターUのC・ロナウドでもない。リバプールのスティーブン・ジェラードだ」
あのジダンが語ったらしい。実は僕もそう思っていた。

彼の目指すサッカーのプレースタイルも好きだし熱い魂のこもったプレーでチームを鼓舞するキャプテンシーも大好きだ。時にラフプレーで退場を課せられ大事なゲームを失うなど改めるところはあるのだろうがそれも含めてスティーブン・ジェラードの良さだと思っている。

中盤の位置で攻撃を組み立てるセンスに加え献身的な守備の意識の高さ、試合終盤でみせるタフネスさに運動量。なにより強烈なミドルレンジからのシュート。ここ一番での得点感覚と正確性。
やはり彼は最高の選手といっても過言ではないだろう。なにより世界一サッカーを知っているといわれるリバプールサポーターから絶大な信頼を得ている点がすごいと思う。

リアル・マドリードと対戦したチャンピオンズリーグ準々決勝の特に第2レグでのパフォーマンスは感嘆の言葉しか見当たらなかった。ファーストレグのアドバンテージから守備的に戦うのかと思いきやゲーム序盤からトーレスを巧みに動かし一気に攻めたて自らも果敢に攻撃参加しマドリードの戦意を早々に奪い去った。正確無比なフィードで相手ぢフェンスを左右に完全に振ったかと思えば一気のスピードで全線に顔を出し強烈なボレーシュートを放つなど攻撃の軸になっていた。
レアル自慢の快速ウイングのロッペンやスナイデルへの球の供給元を完全に潰しここ一番で決定的な仕事をするラウルを完全に孤立させた中盤の守備の統率も完ぺきだった。

完璧なまでにマドリードをたたきつぶしたその週末には中3日でプレミアリーグ首位独走中のマンチェスターU相手にマドリード戦以上のパフォーマンスを90分間披露し4−1で大勝する大きな原動力になった。

非常に練習熱心な事で知られているキャプテンはたとえ練習であったとしても常に全力プレーを見せチームに活を入れ続けている。

”レッド・ドラゴン”(燃える竜)の愛称は練習中にチームメイトが名づけたという噂もうなづけるほどのプレーをみせてくれる

そんなジェラードが世界最高の選手だと言っても誰も否定しないのではないだろうか?確かに趣味や好みの問題もあるがもし僕が世界最高の11人を選べるとしたらその中心は間違いなくジェラードを選び彼の仕事をしやすいほかの10人を選ぶ。

もちろんキャプテンにも就いてもらう。皆さんの意見はどうだろうか?



森島寛晃 Mrセレッソ引退

  • 2009/02/02(月) 12:37:11

1m68cm。
プロのサッカー選手としてはお世辞にも大きいとはいえない一人のJリーガーがこの冬、ユニフォームを脱いだ。
Mrセレッソこと森島寛晃。




東海第一高校(静岡)時代に僕は初めて彼を見た。当時スターだった同じ静岡の清水商にいた天才レフティー名波浩(元ジュビロ)を見に行った時だ。当時から小さい体をフルに使ったパワフルでスピード感のある「8」番に目がとまった事を今でも覚えている。
とにかく「ボールをもったら前を向きドリブルを仕掛け最後はシュートまで」というわんぱく坊主的なプレースタイルに凄さを感じたものだ。
高校サッカーといえばいわいる『負けないサッカー』と言われる堅守に堅守を重ねロングボール一本でカウンターを狙うサッカーが主流になりつつあった時代で清水商や藤枝東などの静岡県勢を中心とした華麗なパスサッカーがどこまでやれるかというような構図だったと思う。
そんな中、森島のプレースタイルはシンプルでありサッカーというボールゲームの真髄であると改めて思い知らされたものだ。

そんな彼が当時華々しく発足したJリーグに加われなかったセレッソ(当時はヤンマー)に入団した事を知ったのはその後数年経ってからになった。
2部から上がってきたセレッソの中心選手としてピッチ狭しと動きまわるプレースタイルは高校当時と何も変わらずいや高校生当時以上のスピード感や精度の向上にビックリした事を今でもはっきり覚えている。
「縦横無尽に走り回る」という形容がぴったりと当てはまる選手だった。2列目からの飛び出しを得意とし大型センタフォワードにマークが集まるその瞬間にセカンドラインから飛び出しフォワードを追い越して自ら得点するという戦術は当時日本では脅威だった。
細かいステップワークと抜群のスピードで相手ディフェンスを置き去りにしたと思えば、これも脅威の持久力で自陣まで一気に戻り自軍ゴール前のピンチにも顔を出すなど守備へ貢献も高く運動量は日本選手最高クラスだった。

勿論、日本代表にとっても欠かせない存在になりワールドカップも2度出場し日韓大会では地元長居スタジアムで悲願の決勝トーナメント進出を決定つけるゴールを決めるなどファンの記憶と記録に残る名選手となったのは皆様もご存知であろう。

セレッソが勝てばリーグ優勝という大一番で敗れた『長居の悲劇』の時も2度も2部に降格した時も涙をこらえはを食いしばり「セレッソ復活」の為に孤軍奮闘した男をいつしかみんな「Mrセレッソ」と呼ぶ様になった。

特に2部降格時には日本代表の看板もあり国内のトップチームから多額のオファーを受けたり海外移籍の道もあったが「セレッソ」残留を決め大阪に残った。

「日本一腰の低いJリーガー」とも呼ばれファンのサインや写真撮影を断った事もなくいつも平身低頭でファンやマスコミに接してきた。

人間的にも好かれ続けた男、森島寛晃が原因不明の首痛を発症しユニフォームを脱いだ。残念ではあるがもう十分というファンの声も大きかった。

小さな巨人、大阪の顔、そしてMrセレッソ・・・沢山のニックネームと伝説を残した選手が涙をぬぐいながら最後にファンにこう挨拶した『これからもセレッソを宜しくお願いします』と。

まさにセレッソに魂を預けた男の見事な花道だった気がする。本当にお疲れ様でした


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