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オールブラックス 事実上の決勝戦を制する

  • 2011/10/17(月) 16:52:12

地元開催で悲願の優勝を目指すオールブラックス。言わずと知れたラグビーのニュージーランド代表のことである。

ラグビーワールドカップ準決勝の相手は宿敵・オーストラリア。通称ワラビーズ。ホームのオールブラックスが圧倒的優位とはいえ事実上の決勝戦である。

観衆は軽く6万人を超えている。満員に膨れ上がったスタンドの大声援を受け、すさまじいラッシュをかけたのはやはりオールブラックスだった。相手のキックオフミスからの最初のスクラムで強烈にプッシュし早々に先制トライを決めた。その後も圧倒的にボールを支配し攻め続けた80分間。ワラビーズに一切ラグビーをさせなかった。ボールを持てば低くスマッシュし、相手ボールになれば、鋭いタックルで突き刺さし攻撃の芽を摘んだ。


地元開催で優勝が至上命題のフットボール大国のニュージーランド。オールブラックスにかかる期待とプレッシャーは相当なものだったはずだ。しかし今大会はけが人が続出した。大黒柱のSOカーターに次ぎFBムリアイナが戦線離脱しピンチに陥った。

チームがコンパクトに集散を繰り返し、15人の寄りの早さは凄みすら感じた。正確なハンドリング、突き刺さるような魂のこもったタックル、数少ないピンチの場面でもFW、BKが一体になり守備に奮闘し最小限の失点で霧に抜けるた。過去140戦以上戦っているライバル・ワラビーズとの力の差は大きくないが随所に見せる気迫に満ちたプレーの積み重ねが20−6という予想外の大差のスコアとなった。

「An ALL BLACKS NIGHT!!」

6万人が連呼した。

キャプテンのマコウは試合後「ボールキャリアとブレイクダウンがゲームのカギだった。そこで勝った。"ビッグ・ナイト"になった」と胸を張った。

まさにビッグナイトな試合だった。

悲願のチャンピオン返り咲きまでマジック1。相手はくしくも24年前の初優勝を遂げた時と同じフランス。前評判は圧倒的にオールブラックスであろうが真の「An ALL BLACKS NIGHT!!」まで油断大敵である。

東福岡高校 高校ラグビー絶対王者

  • 2010/01/08(金) 01:16:41

新チーム結成以後公式戦29連勝。無傷の絶対王者が全国高校ラグビーの頂点に立った。東福岡高校。通称「東福岡フェニックス」





春の全国選抜大会と冬の高校選手権の2冠に輝いた。今大会は大会前から一強と言われたプレッシャーをものともせず5試合で総得点274点をたたき出した自慢の攻撃陣が機能した。






決勝戦のこの日も悲願の初優勝に燃える桐蔭学園に対し個々の能力値で圧倒的に違いを見せつけた。タックルされても簡単には倒れないフィジカルの強さ、ハンドオフを使ったボディバランスとテクニック、力強く突進する味方に対し素早いサポートをみせラインの統率も完璧で自由自在にパスを回し桐蔭ディフェンスを圧倒した。
チーム攻撃方針の「縦で崩して、余ったら外へ」。縦で大きく突破して相手防御陣を引きつけ、最後は手薄になった外を突く。FW、バックスが一体の流れるような攻撃は実に基本に忠実な戦術だがシンプルな作戦だからこそ力の違いを見せつけた。 「味方を一人にさせない」という意識が高くサポートも早く攻撃に厚みをもたらしたチーム全体のレベルの高さを如実に証明してみせた。

高校2年生でありながら7人制のラグビー日本フル代表に名を連ねた布巻峻介は特に光って見えた。センターの位置に入りスピードとテクニック豊かなステップで切れ込んだと思えばタックルされても簡単には倒れない大幹の強さはまさに超高校級の逸材だと思った。

さらにキャプテンを任された3年生の柿永真之介もプロップというポジション(フォワードで背番号3)でありながら第2次攻撃では2列目からの飛び出しは100kgを超えている巨漢とは思えないスピードとステップで決定機を幾度となく演出した。あの体格であのポジションであのスピードで走られたらディフェンスはたまったものではないだろう。しかも高校生レベルなのだからさらに驚かされる。

対する桐蔭学園も東のAシード。序盤こそは東福岡のミスにも助けられ互角以上に戦ったがあきらかに地力が違った。前半開始早々のトライ一本に封じ込められあとはディフェンス一辺倒になり見せ場を作れなかった。しかしこの試合においては桐蔭学園の不甲斐無さは感じなかった。やはり東福岡の強さだけが目立った試合だった。



石塚武生  「怖がらず、逃げず、相手を捕まえろ」

  • 2009/09/12(土) 00:54:36

世界において日本人のラグビー選手が認知されていないのは周知の事実だ。ただ一人を除いては。石塚武生。

現役時代のポジションはフランカー。
身長170センチ、体重75キロとフランカーとしては小柄ながら果敢にタックルに向かう姿から「タックルマン」の愛称で親しまれた。強烈なキャプテンシーを発揮しチームを牽引、日本代表の歴代キャップ数を塗り替えるなど日本でも有名ではあったが世界のラグビーファンからも「タックルマン・タケ」と呼ばれその名を轟かせていた。

「お前はタケを知ってるか?」とオールブラックス(ニュージーランドチームの愛称)の試合観戦中に隣りに居合わせた屈強な外国人に聞かれた事があった。「タケ??」と考えていると流暢な日本語で「タケを知らないのか?だから日本のラグビーは強くならないんだ」と怒られた事を思い出した。

石塚武生。現役時代は特に足が速かったわけでもフィジカルが優れていた訳でもなかった、戦術やテクニックに長けていたわけでもなかったがただひとつ武器があった「必殺タックル」。
パワー溢れる外国人の前に立ちはだかり低い姿勢から強烈なタックルを浴びせ相手をとめる。勇気と根性があるプレーで観客を魅了し自分のチームの危機を幾度となく救った。2m、100kgを超えようかという巨漢が猛スピードで突進してくる前に立ちタックルで止める。怪我も恐れぬファイティングスタイルで世界と戦った男だ。

引退後もラグビー普及に努めるとともにU19日本代表監督として世界ジュニアで史上最高の7位に導くなどコーチ業にも専念した。

教えはただひとつ「怖がらず、逃げず、相手を捕まえろ」だ。現役さながらのタックルを毎日、毎度子供に披露し子供達のタックルを笑って受けていたという。声がかかれば中国、インドなどアジア各国のラグビー後進国にまで指導に出向いてはラグビーの面白さ、楽しさ、タックルの重要性を説いては実践してみせた。

最近では茨城の常総学院高の監督に就任し高校ラガーマンを指導しつつ県内の小中学生にもラグビーを教え時には少年院でもラグビー教室を開催するなど底辺のラグビー普及に寄与しこれからの日本ラグビー界の良き指導者としてまだまだ働いてもらいたい人材だったようだ。

そんな石塚武生を「突然死症候群」が襲い命を奪ってしまった。

8月6日。長野・菅平で高体連主催の合同合宿を行った次の日突然だったようだ。練習時間に姿を見せないので関係者が自宅を訪ねたところ急死していたのが発見されたらしい。

告別式には多くのラガーマンが集結し冥福を祈ったそうだ。

そんな中、多くの小中学生が手を合わせていたそうだ。生前、ラグビーを教えてもらった子供たちだろうか?いつの日かこの子供たちがラグビー選手となって果敢にタックルをしているかもしれないししていてもらいたい。

心からご冥福をお祈りするとともにこれまでの功績に改めて敬意を表したい。

ラグビーワールドカップ日本で開催

  • 2009/07/30(木) 01:01:29

サッカーのワールドカップに比べれば1987年に初開催されたラグビーのワールドカップは歴史があまりにも少なすぎる。
ラグビー発祥のイングランドを中心にイングランド・フランス・スコットランド・アイルランド・ウェールズの5ヶ国が国の威信をかけて戦う5カ国対抗ラグビーやオーストラリア・ニュージーランド・南アフリカの南半球の強豪国が集う南半球選手権が融合した形で開催されたが世界中のファンの声とは裏腹にそれぞれの国のリーグや選手権主催者の利権や変なプライドによってなかなか世界一決定戦としての位置づけが確率されなかった歴史もある。
どの国も国の威信をかけて戦う試合をそう簡単に増やしたくないという理由も見え隠れした。

それは参加国や開催地決定に至るまで各国の駆け引きや綱引きはきな臭い”大人の事情”を反映した不思議な大会になっている。開催国はイングランドを中心とした5カ国対抗地域と南半球選手権開催の南アフリカとオーストラリア・ニュージーランド地域の隔年持ち回り開催が極々当たり前の様になっていた。

「ラグビー世界一」を決定する大会でありながら参加国の決定や放映権などの収益金の分配方法に至るまで世界のラグビーの発展を促すという意味合いは決して持たずトップに君臨する国々だけが利益を受ける協会の姿勢に世界中から批判があった。
そんな批判が多くなった最近やっと、世界のラグビーの発展のためやオリンピック種目になる事を目指し各加盟ユニオンに分配されるなどラグビー普及の為に様々な形で活用されるようになった。
ちなみに2007年にフランスで行われた大会では220万枚のチケットセールスを記録し一試合平均観客数は47,000名。試合は世界238ヶ国で放送され約40億人の人々がテレビを通じてこの大会を観たとされるオリンピック、サッカーのワールドカップに次ぐ大イベントである。それでも開催国も含めまだまだ利権は一部の強豪国にしかなかったが日本が2019年に開催する事が決まったのだ。

「日本開催」は勿論アジアで初開催であるとともに一部の国以外の開催にも意義は大きいのではないだろうか?世界中への普及がオリンピック種目の大前提とされている為「アジア」は大きな開拓途上の市場になる事は間違いない。僕ら一部のファンは世界のスーパースターの真剣勝負が間近で見れるまたとない機会と喜ぶがファンで無い人にもパワー溢れる大男達のスピードとテクニックに触れてラグビーというスポーツを再認識していただけたらと思う。

日本では大学ラグビーや高校ラグビーなどが盛んだが世界のトップチームは全員がプロと言うのが当たり前。そんな「プロ」の本気のプレーを是非肌で感じてもらいたい。きっとそのパワーやスピードに圧倒されることだろう。今から2019年(10年先)が楽しみで仕方が無い。しかしまだ10年もあるのか?と思ったのは僕だけだろうか?

永友洋司

  • 2009/07/24(金) 04:17:36

永友洋司というラグビーの選手をおぼえているだろうか?

『ラグビーでは体の大小は関係ない』というのが現役時代からの口癖で明治大からサントリーに進み日本代表も務めた小さな巨人と呼ばれたスクラムハーフだ。小柄ながら俊敏な動きで大男たちの間をすり抜けるプレーで人気が高かった選手だったが持ち味はその心の強さにあった。
試合前のロッカールームでの存在感そして試合での存在感、小さな体全身から気が満ち溢れていた。

海外遠征の試合で永友が相手FW選手と乱闘になり、2m近くある選手が殴りかかってくるのに対して、胸ぐらをつかみ、殴られても、殴られても、胸ぐらから手を離さず立ち向かっていたシーンは忘れらないし、ラグビー選手として必要なスピリットを学ばせてもらった。

どんな相手にも、勝ち負け関係なく立ち向かっていった姿・・・
永友があの小さい体で日本ラグビー界のスターに君臨し続けてきた理由を垣間見ることができたような気がしたものだ

そんな永友氏が日本のトップリーグの2部に相当する新興チームであるキャノンのヘッドコーチ就任した。

名門サントリーのキャプテンを務め、引退後は監督まで務め日本ラグビー界の宝とまで称された男が今、何故2部のチームの指揮をとるのかと不思議に思っていた。「新興チームをトップレベルに引き上げる」という新たな挑戦にのぞんでいるのだ。

先日行われた古巣サントリーとの合同練習において永友監督の表情がみるみる険しくなり怒声がグランド中に響き渡った。相手は日本のトップクラスのチーム、勿論日本代表選手もゴロゴロいるチームではあるがキャノンメンバーが萎縮しているのが見て取れたのだそうだ。新興チームにありがちな感情だがその感情を持っているうちは絶対に勝てないという勝負の分岐点にもなる「心」の問題と永友監督は感じたのだろう。
新興チームを率いてまだ3カ月。日本代表WTB小野沢らサントリーのいや日本のトップ選手に明らかなレベルの違い、厳しい現実を突き付けられた。

永友氏も今年の3月までサントリーに勤務し再び指導者に戻ること念頭に仕事の後に大学院で3年間コーチング科学を学んだ。

そんな熱い想いに感銘を受けたキャノンから誘いがあった時に大学院まで行かせてくれたサントリーに対する思いもあって監督就任をかなり悩んだそうだが強いチームを作ってサントリーを脅かし日本ラグビーの発展につながるのであればという熱い思いを胸に決断した経緯があるだけにこの日の選手の態度には我慢ができなかったのだろう。

永友イズムが浸透し心のこもった熱いラグビーを見せてくれる日をサントリーの面々だけでなく僕も楽しみにしている。

ロマアヌ大麻で逮捕    東芝ラグビー部の罪

  • 2009/02/28(土) 01:30:41

社会人ラグビー界の名門・東芝府中の流れをくむトップリーグの強豪・東芝が日本選手権出場辞退という道を選んだ。というより選ばされてしまった。

トンガ出身のロマアヌの大麻陽性反応が再検査でも陽性つまり”クロ”と決定しその責任をとった形だ。
問題を起こした当の本人の退部・解雇は仕方がないにしてもやはり出場辞退は残念で仕方がない。
しかし仮に出場を認めるのも確かに変ではある。
ひつこい様だが今シーズンのチャンピオンが日本一決定戦に出場しないのは残念極まりない。そんな事態を引き起こした当の本人は「身に覚えがない」と否定したり「遠征先で知人にもらったタバコの味がおかしいと思った」とか色々釈明してるようだが罪の意識だったりトップリーグのレギュラー選手という自覚がなさすぎると糾弾されても仕方がないのではないだろうか?
東芝も東芝だ。
今年加入したロアマヌは大学時代に暴行事件を起こし逮捕され大学を中退している過去を持っていた。しかも同じ事件で逮捕されていたのがイオンギという選手。
この選手も今年1月に窃盗容疑で逮捕されてしまったのだ。
確かに罪を償い大学時代に中途半端になってしまったラグビーをもう一度やりたいという選手の気持ちは否定しないが東芝という名門チームに加入させた以上は監督は勿論、部の関係者全員で選手の素行を監視する義務があったのではないかろうか?部員のほとんどが共同生活をするラグビー部寮から2人は外国人枠という理由で東芝の社宅へ引っ越しを許したため生活指導も徹底できなかった事を関係者が悔いていたがやはりお粗末であることは否めない。

しかも「ロアマヌ個人から東芝でやりたいと申し出がありトライアウトを経て獲得したが傷害事件の前科がある事は入団後、後日知った」という管理責任不足の罪は重い。今季トップリーグは創設以来の観客動員数を最多に伸ばした。

地域密接のチーム作りや、たゆまぬPR活動に選手たちのパフォーマンスと選手や関係者の努力の成果だったのだろうがこの事件に端を発し日本のラグビー界全体のイメージダウンの波は当然やってくるだろう。

「ラグビーファンのみなさま、日本選手権への参加チームのみなさまに深くおわび申し上げたい」という記者会見での関係者の言葉に虚しさを覚えるのは僕だけではないだろう。

選手を大人として尊重する東芝に限らず社会人チームの“盲点”に、今後はもっと目を光らせる処置がとられるだろうし選手個人ももっと自覚をし今後このような事がないように願っている。

吉田義人 明治史上最高キャプテンが監督に

  • 2009/02/14(土) 17:27:02

低迷に苦しむ明治大学ラグビー部復権の顔である監督にOBの吉田義人が就任する事になりそうである。
早稲田の陰にひっそりと隠れてしまった名門は今季はなんと24年ぶりに大学選手権(全国大会)に進出できないという屈辱を味わった。
早稲田に次ぐ12度の全国制覇を成し遂げた名門の復活を期して就任した藤田現監督の解任に伴い空白だった席にいよいよ「明治史上最高キャプテン」が帰ってくる。

秋田工時代からその快速ウイングぶりは名をはせた。
「吉田にボールをつなげ」というのがチームの合言葉にもなったほどの逸材の進学先は誰もが驚いた明治大だった。
当時の明治大は確かに強かったがそのラグビースタイルは大型フォワードのパワーを武器に重戦車軍団といわれ『前へ前へ』が合言葉のフォワード重視のラグビーを展開していたからだ。一方ライバルの早稲田は大学王者に君臨し華麗にパスを繋ぎシャンパンラグビーといわれた当時世界最強のフランスチームをモチーフにバックス重視のラグビーを展開していたので吉田もきっと早稲田へ進学するのだろうというのが大方の予想だった。

しかし吉田の考えは違った。
「早稲田を倒してこそその先に何かが見える」という名言を残し明治の門をくぐった170cmで70kgそこそこの華奢にさえ見える体だがそのスピードは群を抜いており1年生からレギュラーに抜擢されしかもなんと1年生で日本代表にも召集されるほどだった。
そんな吉田入学を期に早稲田VS明治の抗争は激化し日本のラグビーはにわかに活気ついてきた。早稲田バックスラグビーの象徴であり天才の名をほしいままに躍動していたスクラムハーフの堀越が同期にいたのも何かの因縁か?まさに両校の黄金カードは冬の名物詩にすらなっていった。

吉田が4年生になりキャプテンに就任した。
強力なキャプテンシーでチームを鼓舞し宿敵早稲田打倒に燃えた。明治の選手のスキルや練習量は当時から早稲田をしのぐといわれていたがチームワークに勝る早稲田にどうも勝てない時期が続いていた。吉田はキャプテン就任のあいさつで「厳しい練習と強い絆」を訴え涙を流したという。明治魂を胸に秘めたフィフティーンは吉田イズムとまで言われ堀越擁する早稲田を撃破し大学日本一に返り咲いた。

その後7年間で5度の日本一という絶頂期を迎えたのも「吉田イズム」継承の成果と今でも言われているほどの強烈なキャプテンシーこそが今の明治には必要だったのだろう。

吉田は卒業後、また世間を驚かせた。
当時無名の「伊勢丹」に入部したのだ。
当時最強の神戸製鋼や三洋電機、東芝府中やトヨタ自動車など日本リーグのトップチームの誘いをことごとく蹴り「伊勢丹」に入部した。
流石に世間は吉田は終わったと評した。
確かにレベルの高いチームで過酷なレギュラー争いをし強い相手とぶつかる事でそのスキルは上がっていくのだろうが吉田はもっと先を見ていたのかもしれない。伊勢丹と早々に退社し日本人初のフランスプロリーグに所属しプレーしいち早く世界の中に身を投じたのである。

優秀なバックスが多いフランスリーグは世界でも最高峰のレベルであったろう。しかし一際小柄な体を駆使し超人的な身体能力で吉田は「世界に羽ばたく日本の翼」と呼ばれ世界選抜にも選出されるほどにまで上り詰めた。引退後もフランスでコーチ留学をするなど世界のラグビーを知る男が母校の復活の切り札としてグランドに立つ。

何を想い何を教え何を感じさせてくれるのだろうかと今から楽しみである。

吉田が明治に入学した時と同じ早稲田黄金時代に立ち向かう監督・吉田の挑戦に期待せずにはいられない



やはり早稲田は強かった

  • 2009/01/15(木) 03:35:03

ここ数年、大学ラグビー界の頂点に君臨し絶対王者として牽引したのは紛れも泣く早稲田大学だった。しかし今季はリーグ戦でよもやの2敗を喫し2位に甘んじた。その威信をかけてリベンジを誓った大一番。大学選手権決勝。相手はリーグ戦「53連勝」で途切れさせられた因縁の相手、帝京大だった。

リーグ戦ではスクラムで完全に押されフォワード戦で完全に支配され自慢のバックス陣は全く機能しなかった。しかしそこはさすが王者・早稲田。きっちり修正してきたスクラムで互角以上に戦い慌てた相手にミスを連発させた。類まれな集中力を全員が発揮し大一番に20−10というスコア以上の大差を感じさせ圧倒した。ディフェンス面でも基本の低く激しいタックルで早めに相手の突進を止め集散も早く相手にラグビーをさせなかった。

これが史上最多の15回目の優勝を目指す早稲田と初優勝を目指した帝京との歴史の差なのか?両校には点差ほどの実力差があったとは到底思えない。あったとすれば試合開始から終了するまで継続された集中力の差だったかもしれない。昨年の日本一チームに比べ実力はスピード、パワー、チームワークなど全てにおいて劣っていた早稲田が優勝した理由を挙げれるとするとやはり伝統の力、勝負勘そして何より勝利に対する執念が他校より数段勝っていたという事だろう。

今思えば試合前のウオームアップで勝負あったのかもしれない。メンバーに入れなかった控えの4年生全員がスーツを泥だらけにしながらタックルバッグを持ち、タックルを受け止めていた。そんな控え部員に試合さながらにぶつかる悲壮感さえ感じさせるレギュラー陣。試合後「試合に出られない4年生が僕らに託してくれていると思うと、涙が止まらなかった」とキャプテンは声を詰まらせた。対して帝京陣営は半ば余裕を感じさせるアップを繰り返し中には歯を見せている選手までいた。リラックスしているといえば聞こえはいいがやはり勝負前に油断があった事は否めないだろう。 

「今回の優勝は昨季より2倍苦しんだ分2倍うれしい。FW戦は自信があったし魂を込めた早稲田らしいラグビーができた」と話した笑顔の中竹監督が宙に舞い日本一の時だけ歌われる部歌『荒ぶる』が誇らしげにこだました。
改めて早稲田大学の強さを改めて感じた一戦だった。

国定周央  3代継承されたラグビーセンス 天才の苦悩

  • 2009/01/09(金) 13:39:03

高校ラグビー生活最後のノーサイドの笛が彼の耳にはどのように響いたのだろうか?近年高校ラグビー界を牽引したきたロイヤルブルーを身にまとった背番号11は高らかに拳を突き上げジャージの胸の校名を何度と叩き笑顔をみせた。
王者の復権を誇らしげに誇示するかの如く。
公式戦25連勝、新チーム結成以来公式戦無傷の戴冠となった常翔啓光学園。立役者は紛れもなく背番号11の国定周央だった。

174cmで70kg。
近代ラグビーにおいては細身で華奢な体格。しかしバネのような全身から繰り出されるステップに相手は全くついていけない。前半11分に強烈で鋭すぎる程のステップを刻み2人抜きの先制トライ。同24分には自陣30メートルで相手ボールをいとも簡単にインターセプトしそこから70メートルを疾走した。後半19分には中央付近からディフェンスが密集している狭いサイドを華麗に駆け抜け相手ディフェンスを完全に置き去りにする3つ目のトライ。組織だったプレーを重んじる啓光学園フィフティーンの中で唯一個人プレーを許されている天才が華麗に舞いその真価を発揮した。

天才の血は紛れもなく受け継がれていた。

国定ファミリーに流れる黄金のDNA。
祖父は東京の名門目黒高校で全国制覇5度を成し遂げた名将である。
卓越した戦術眼は高校ラグビーの父とも呼ばれた。父は明治大学出身で日本代表にも召集された快速ウイング。そんな家庭環境で育った天才は自らの意思でラグビーを始めた。その才能は中学生当時から開花し天才の名を欲しいままにしていた。

だが、日増しに高まる周囲の期待に耐えられなくなり啓光高校進学前「ラグビーを辞めよう」とまさかの退部希望を口にした。

『“血の重圧”から逃げたい』という一心だったのだろうが天才の苦悩は続いた。天才が心に葛藤を抱えながら過ごした2年間名門・啓光高校は大阪予選で敗退し続けた。
「挫折」を味わった天才を目覚めさせたのは中学時代から「花園」を「全国制覇」を目指してきた同級生だった。
天才・国定の苦悩を知る同級生は少しでも国定を楽にさせようと懸命に練習を重ね国定を鼓舞し続けた。監督もチームメートも国定の完全復活が全国制覇の絶対条件という事は知っていたはずだ。合言葉は「国定と全国制覇」そんな同級生に答えるかのように迷いを吹っ切った天才は高校生活最後の花園で輝きを放った。

「続けてよかった。100%以上のプレーができた。みんなに3年間ありがとうと言いたい」

仲間に救われた3年間を最高の結果で答えてみせるのも「天才」のなしえる技なのだろうか?

卒業後は父も通った明治大へ進学が決まっている。

今季低迷し苦杯を舐め続けた明治の復活の切り札として大きな期待をされている。また期待からくる重圧と戦わなければならない4年間だろう。
しかしその重圧を跳ねのけ更なる進化を遂げた天才が輝く姿、大学ラグビーの聖地国立で躍動する姿がいまから待ち遠しいかぎりである

楕円形のボールを操る遺伝子、黄金のDNAを受け継ぐ“天才”よ頑張れ!

連勝ストップ  早稲田が負けた日

  • 2008/11/12(水) 06:38:06

「前人未踏の8連覇に赤信号」「赤い悪魔勢い止まらず」「早稲田不敗神話53連勝でストップ」何度となくそんな文字が躍る紙面を見て驚きそして戸惑いを隠せない。

対抗戦新記録の8連覇に挑む早大が今季好調の帝京大に7−18で8年ぶりに黒星を喫し2000年11月の慶大戦黒星を最後に最多記録を更新していた同グループでの連勝が53で止まった。
宿敵明治でもなく古豪慶応でもなくストップ・ザ・早稲田を成し遂げたのは帝京大だった。

社会人の王者サントリーとの合同練習でサントリーFWを慌てさせた強力FW陣が早稲田のバックスを完全に止めた。FWの力比べで勝りスクラムでも圧倒しモール・ラックでも優位に立ちボールへの集散も早かった。ストップ・ザ・早稲田への意地がつまったFWの力強さに流石の早稲田も自分たちのラグビーを見失った。

「(前監督の)清宮さんに謝りたい。連勝ストップの責任、払った代償を重みのあるものとして、はい上がっていくしかない」と中竹監督は気丈に振舞ったが怒りに満ちた怒声をマイクが拾っていた「あいつら(帝京大選手)が笑っている顔を、目に焼き付けておけ!!」天を仰ぎ涙を流す者もいた。無念を漂わし落胆し続ける早大戦士がグラウンドで凍りついた一瞬だった。

そんな早稲田の姿をリーグ戦半ばで目にするとは夢にも思わなかった。

試合を振りかえって見たい。

試合前、FWの1人平均で4キロ重い帝京大の強力重量FWに対しリスクを負ってでもFWが犠牲になりボールをバックス展開するのが、王者が描いた青写真。ところがスクラムの崩壊が大きな誤算となった。
前半9分にマイボールスクラムを得るが相手の強力プッシュに簡単にボールを奪われた。同じ光景が前半13分にも。FW戦で劣勢の早大攻撃陣焦りからかセットプレーで凡ミスを連発。この2回のマイボールスクラムの崩壊で勝負あったと見る関係者も多い。前半17分で先制トライを許しその後も劣勢が続く。どちらが王者か全くわからないほどの展開。
終了間際に相手の一瞬の隙をつき快速ウイング中浜の80メートル独走トライで追撃するも後半はこのプレイに改めてかぶとの緒を締めなおした帝京に何もさせてもらえずずるずると点差が広がっていく。

なにも出来ないほどに叩きのめされた王者にその威厳は一切なくなっていた。

まさに完敗。

王者にはびこった驕り、それを上回る挑戦者の圧力。
見事なまでに王者が敗れるまでのシナリオを見てしまった。これで最後ではないはずだ。王者の誇りをもう一度奪い返してもらいたい。大学選手権という最高のリベンジの場所で!!

三洋電機vsサントリー 頂上決戦観戦記 清宮サントリー頂点へ

  • 2008/03/01(土) 12:05:00

日本代表クラスのポイントゲッターを擁し「どこからでも点を取れる」と自慢の得点力に加え、粘り強いディフェンスでトップリーグ史上初の全勝で折り返しプレーオフに臨んできた三洋。
「チャンピオンになるにあたって、攻め込まれる時間もあると想定して練習してきた」というサントリーの対戦。

監督采配の差が大きくでた試合だったと思う。

東の聖地 秩父の宮を知り尽くした男・清宮監督に軍配が上がった。
この時期、突風に近い風が吹く秩父宮ラグビー場は風上・風下のチョイスで大きく試合の流れが変わる。
前半を風下に陣をとり我慢して我慢して後半、有利な風上に立って反撃をする。という常識にこだわった清宮監督に対し、圧倒的なパフォーマンスで常にゲームを支配してきた三洋電機の宮本監督のゲームプランは「王者らしく相手を受け止めてから」だった。

「別にモールにこだわっているわけじゃない。三洋のモールが弱いからモールで行ってるだけ。相手がモールDFに本気でくれば、BKを使う。でも、三洋の場合、モールに入ってこない。勝つためには相手の弱いところを突いていくのは当然のこと。本来の自分たちのラグビーはもっとボールを動かすスタイル。もっと、見ている人がワクワクするようなムーブやステップワークも織り込んで自由にやりたい気持ちはある。でも、そういうラグビーで勝てるのかと言ったら、そうではない今日に関してはチームになるために練習をしてきたし、本当に安心して見ていられた」

誇らしげに語った清宮の目は自信に充ち溢れていた。




早稲田の監督で男をあげ次のステップにと選んだ舞台が「サントリー」だった。就任会見で「優勝させるためにここに来た。”面白いラグビー”が何かを知っている僕がチョイスする作戦は”勝つラグビーであって負けないラグビー”だ」と述べた言葉の意味をようやく思い知らせてくれた。

大人のラグビーをして勝つ事にこだわった戦術。
遂行させた男の指導法に賛否両論があることは誰よりも本人が知っているだろうが彼には揺るがない信念があると僕は確信している。
なぜなら「勝つ」ことを優先させた作戦と「魅せる」ことを優先させた作戦の2つを全試合において模索している事を僕は知っているからだ。

これからも清宮監督から目が離せない。



ラグビートップリーグ観戦記   ベストマッチ

  • 2008/02/18(月) 01:25:47

ラグビートップリーグから。
今シーズンのベストマッチを見た。

リーグ無敗(史上初)で優勝を狙う王者・三洋電機とつい先日、心筋梗塞で41歳の若さで急逝した名プレイヤー市川の弔い合戦と位置づける3連覇中の東芝府中の一戦。
「市川さんは、ボクにラグビーを一から教えてくれた人。悲しいけれど、いい試合をみせるしかない」と今や日本屈指のFLの成長したベテラン渡辺は涙をぬぐいピッチに立つ。
天性のサイズとスピードを持った渡辺だったが、市川さんから黙々と地にはってボールにからみ、相手を倒すFLの基本姿勢を身をもって教えてもらったた。
それが、昨年のW杯にも出場できるほどにまで身についた。そんな渡辺のW杯出場を我が事の様に喜んでいた市川さんの思いを胸に東芝府中は戦前の劣性をもろともせずFWの集散・バックス陣のスピード。すべてにおいて三洋電機を圧倒する。

今日の東芝府中は気持ちが違っていた。

リーグ戦でよもやの4敗を喫しぎりぎり4位でプレーオフ進出したチームとは思えない出来のよさだった。
前半をリードした東芝府中は後半も運動量が落ちることなくスピード・パワーで圧倒する。

しかし王者・三洋電機も負けていない、劣勢の中でも自慢のディフェンス陣が我慢を重ね残り5分で3点差に迫る。
ここからは意地と意地、プライドとプライドをかけたガチンコ対決。途切れることのない三洋電機の波状攻撃が、東芝府中の足を徐々に鈍らせた。じわりじわりと東芝府中陣に迫り、ゴール前で得意のラックに持ち込んだ。まさに三洋電機のラストチャンス。三洋はバックスまでもがラックのもみ合いに加わった。戦術もポジションも関係ない。ボールを拾い上げたSOブラウンを、フランカー・オライリーが押し込んでインゴール。ついについに三洋電機が逆転した瞬間にノーサイドの笛が響いた。

「トーナメントは一番強いチームじゃなく、精神的にタフなチームが勝つんだ」と司令塔SOブラウンのコメント。

敗れた東芝府中もシーズン中にも見せなかった精神的タフさを十分感じれた。本当にナイスゲームだった。

中竹竜二  早稲田大学ラグビー部監督

  • 2008/01/14(月) 10:28:12

「監督」という仕事につくにあたって必要な要素の中に「実績」というのがある。指導する立場として相手を納得させれるほどの実績があれば発言に重みが有り相手も受け入れやすくなるのだそうだ。確かにそう思う所は多々ある。




早稲田大ラグビー部監督・中竹竜二はそんな実績を一切持たない男である。

早稲田復活のシンボル・早稲田のカリスマ・絶対王朝とまで言われた清宮前監督から引き継いだ監督業、だれが見ても線が細く、不安に思った事だろう。

確かにに在学中、4年生時にキャプテンを務めたが、それまで3年間一試合も公式戦に出場してなかった中竹を早稲田史上最初で最後のキャプテンに指名したのは当時のチームにかけていた「和」を取り戻す為と当時の監督は振りかえっている。その後、キャプテンとして試合に出たのは数試合でレギュラーの座は後輩達に奪われていたが部内の信頼度は伝説的で今でも早稲田史上最高のキャプテンと評されている。

そんな監督が冷たい雨が降る中、宙に舞った。

「こんなに気持ちいいことはない。選手たちに感謝します」。

紺色のブレザーが汚れるのもいとわず、戦い終えた泥だらけの選手たちと何度も抱き合っている姿に感動を覚えた。

監督の口ぐせに「選手を信頼している」という言葉がある。キャプテンの苦しみ、レギュラーが味わうプレッシャー、補欠組の苦悩・・・・全てを知り尽くした監督ならではの気遣いや配慮をみせながらも作戦・戦術においては「全く曲げない、ぶれない」を信条に自分を変えなかった。

そして大学日本一の夢を、いくつもの「回り道」を通りながら、監督という立場で実現した。

強烈なリーダーシップを発揮した「信長型」の清宮前監督とは異なり、和をもって貴しとなす「家康型」でつかみとった初めての大学日本一。

遠回りした分「こんなにうれしい日は人生でなかった」と中竹監督。

日本一になった時にしか歌う事の許されない伝説の部歌「荒ぶる」。現役選手時代に歌えなかった「荒ぶる」を、心行くまで歌った監督に改めて敬意を表すとともに拍手をおくりたい。




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明治大学ラグビー  「前へ前へ」

  • 2008/01/03(木) 12:19:32

「前へ前へ」という明治大学のラグビーを象徴する言葉がある。
ボールを前にパスすると反則になるのは百も承知だ。

FWを中心に圧力をかけて力でねじ伏せるまさに重戦車・パワーラグビーが「明治」の強さの象徴とされた。その言葉通り、明治にも輝かしい一時代が90年代にはあった。
FWが圧力をかけるから相手ディフェンスの集散が遅れるそこにスピード豊かなバックス陣が切り裂くという明治らしさが発揮されていた黄金時代。

この黄金時代を支えてのはFWの圧力だけでもバックスのスピードだけでもなく、殺人タックルを武器にしたディフェンス面であった事を今の明治フィフティーンは忘れてしまっているのではないか。

1月2日、国立。
慶応との大学選手権準決勝。

体格では勝る明治有利の予想を見事に覆す展に明治フィフティーンも浮き足立つ。

この勝敗を分けたのはまさにディフェンス。

特にタックルではないか。並み居る大男達が全速力で向かってくるのだからその恐怖たるものは計り知れないとは思う。それでも慶応はすばやい集散でディフェンスラインを統一させ低い姿勢でタックルに行っていた。
恐れを知らないタイガージャージの餌食に次々と攻撃を遮断されてしまう。逆にカウンターを倉っても集散が遅く、ラインもまとまらない、苦し紛れのタックルも相手にしがみつくのがやっと。
体格の小さい相手に引きずられてトライを奪われる様は見ていて情けないとさえ思った。明治の選手を腰にぶら下げてでも前へ前へと進む慶応。相手の攻撃をゲインラインを突破される前に前へ前へで止めるディフェンスを見せる慶応。後手を踏み続ける明治。

「前へ前へ」という明治ラグビーを象徴する言葉は過去の産物なのか?

対抗戦最終日の早明戦で見せた早稲田の伝説的作戦「アルティメット・クラッシュ」(徹底的な破壊)の前になす術も無く破壊された明治のラグビーにもう「前へ前へ」の精神は残っていないように思えた。

流石に後半は修正してきた明治に対し、慶応の足が止まって五分の展開になったがあと一歩及ばなかったのは「前へ前へ」の気持ちの差ではないだろうか?
今シーズンは「FW」にこだわり続けた明治、モールを中心にFWで組み立てた明治の戦術の浸透度を来季期待すると共にもう一度「前へ前へ」進む明治が見たいものある。

関連ブログ・・・早明戦観戦記  やはり早稲田は強かった 早明戦から

神戸製鋼スティラーズ

  • 2007/12/09(日) 14:15:34

ラグビーのトップリーグの神戸製鋼の試合を久々に見た。

80年代、日本リーグの絶対王者は天才・松尾雄二率いる「新日鉄釜石」だった。
’北の鉄人’といわれた彼らのパフォーマンスを粉砕したのが、同志社ビッグ3とよばれた平尾・大八木・林とタレントを擁した「神戸製鋼」通称’赤い鉄人’だった。

あの頃の神戸製鋼は強かった!ウィリアムズやミラーといった強烈な脚力をもった助っ人外国人力にタレント性溢れる大八木や林を中心としたフォワード陣、弱点と言われたスクラムハーフは早稲田の堀越を補強しセンターに平尾・・・。まさに当時の日本代表の縮図の様なチームだった。

今でも日本の至宝・世界のトライゲッター大畑大介や法政出身のスクラムハーフ・苑田にスタンドオフには関東学院大から今村、法政の森田など才能溢れる男がハーフ団やバックス陣にごろごろいる。

しかし、勝てない!

なぜか?勝てない!

当時と今ではリーグ全体のレベルが上がっているし混戦状態ではあるが、タレント性や選手個々のスキルも当時と遜色ないはずだが・・。

当時との大きな違いは選手の力量でなく「熱い魂」と「結束力」だと感じているのは僕だけではないだろう。パワーやフィジカルよりも戦術や技術でかわそう、いなそうとしている感が否めない。ラグビーの基本は圧倒的な強靭な体力を使って男と男がぶつかりあうダイナミックさだと思う。今の神戸製鋼にはそれを感じないのである。

僕は古いかもしれない、世界との差を考えた時フィジカルを追っかけるのはナンセンスなのかもしれない。

でもいいではないか?「赤い鉄人」はいつの日も「鉄人」で。
『戦略なんかくそ食らえっ!と荒ぶる魂で勝負じゃ!』と意気込むチームがあっても・・・それが「神戸製鋼」であるならば。




その魂の継承者の一人、元木由紀夫を久々にグランドでみた。故障続きで満身創痍の体をフルに使いバックスのリーダーとしてディフェンス面をリードし若手を鼓舞し続ける姿に感動すら覚え昔のよき時代の「鉄人」の一面を思い出させてくれた。


試合うんぬん結果どうこうよりやはりいつの日も「鉄人」であってほしいと節に願っている。

追伸・・・花園に特別観覧席ならぬ家族コタツ席というのができていたが・・いつからですか?聞いてませんけど・・。でもいいアイデアですね。



早明戦観戦記  やはり早稲田は強かった 早明戦から】

  • 2007/12/02(日) 16:48:15




テレビではあるがラグビーの早稲田VS明治『早明戦』を観戦した。近年は圧倒的に早稲田に分があったが今年は明治がここまで全勝できている事もあり”ひょっとしたら”という期待と接戦になる予感があって少し楽しみにしていた。




戦前のテーマは早稲田が「一人一殺」・「明治の遅い展開に巻き込まれず早く展開する事」対する明治は「前へ前へ」・「FWの明治の復活」だったらしい

が、蓋を開けてみると・・・

まさに大人と子供。

卓越した個人のスキルと成熟した戦術理解力で明治の突進をものともせず、忠実に自分たちのラグビーを90分間遂行し続ける早稲田と、強力大型FWが全く機能せず、明確な戦術も見えてこない明治。

71対7。

大正12年から始まった早明戦史上最高得点をとった早稲田、史上最高得失点差で勝った早稲田、後半途中でレギュラーを総入れ替えする余裕を見せた早稲田。早稲田は強かった!

バックスのスピードは勿論、走れるフォワードに、日本代表クラスの個人技、ボールへの集散力にはこれが大学生チームかと感心させられるほどの完成度。
ラインアウトの成功率や太陽の逆光を利用したハイパント攻撃など心憎いばかりの徹底ぶり。強い者が油断せずに作戦を遂行すればおのずと結果はついてくるという典型的なパターンだったと思う。

勿論、ここまで全勝の明治が弱いわけではないが、自慢のフォワードを封じ込められた後の展開は見えてなかったようだし、二の手、三の手を考えられなかったか実行できなかった点が歴史的大差につながった気がする。観戦していて「つまらない」と思う試合ではなかっただけに明治にも十分敬意を払うと共にいつの日か無敵・早稲田にひとあわ吹かす所を期待したい。

早稲田の強さが目立った「早明戦」ではあったが面白い試合であった。



早稲田VS関東学院大が見たかった

  • 2007/11/25(日) 06:16:42




関東学院大と早稲田大。ここ数年、毎年の様に大学ラグビー選手権の決勝を戦い、毎年好勝負を繰り広げる両雄である。


大学ラグビーは『早慶戦』や『早明戦』が有名な関東の『対抗戦リーグ』に同志社に京産や大体大が絡み合う混戦の『関西リーグ』が主なリーグだったが、近年は『関東リーグ戦』組みが急速に力をつけ打倒『対抗戦リーグ』を目標に切磋琢磨し実力差を一気に縮め、正に大混戦になってきた。

『関東リーグ戦』勢でまずはラトゥを中心にしたトンガからの留学生がパワーを発揮した大東文化大が台頭し続いてスピード溢れるバックス勢が真価を発揮した法大が旋風を起こし名匠が指導するバランスのとれた大人のチーム関東学院大が大学王座に上り詰めていった。




その後、清宮監督(現サントリー監督)率いる復活した『対抗戦』の雄・早稲田大学が盛り返すも絶対王者にはなれず連覇をするのが大変な混戦状態になって久しい。
タイガージャージの古豪「慶応」や前へ前への大型フォワードラグビーの「明治」など並み居る強豪を諸ともせず対抗戦グループで49連勝、7年連続全勝優勝を目指す早稲田をもってしても関東学院大の前では大学王座の座は簡単には手に入らなかった。
早稲田のフィフティーンも打倒「関東学院大」と思い一年間苦しい練習に耐え、先を見据え戦ってきたと思うし、当の関東学院大のフィフティーンも打倒「早稲田大」だけを念頭に戦ってきただろう。その両雄のガチンコ勝負は毎年、想像しただけでもワクワクする好カードだった。




早稲田の合宿所の控え室には関東学院大のプレーがビデオで繰り返し流れ勝利に歓喜しているシーンが繰り返し流れているらしい。慶応や明治の姿ではなく、その先に立ちはだかる関東学院大の映像を見て己を鼓舞し練習に集中するそうだ。

しかし今年、残念な事件が起こった。

まさかの関東学院大の部員の大麻栽培・所持・使用である。

名匠・原口監督の経歴にも大きな傷を残した。なにより楽しみにしていた早稲田VS関東学院大が見れないのが悔しい。確かに100人を越える部員全員の素行を把握するのは難しいのかもしれないが関東学院大の今回の事件以前でも有名ラグビー大学の部員が引き起こすレイプ事件や暴力事件が後をたたない現状が腹立たしい。

ラグビーは屈強な男が生身の体でぶつかり合いながら頭脳をフル活用し作戦を遂行するという極めて原始的であり、極めて科学的なスポーツである所に魅力を感じるわけで、厳粛なルールがあるからこそ紳士的に戦えるスポーツである。
そのラグビーを志している若者が己の趣味や私利私欲の為だけにラグビーそのものを汚す行為だけはやめてもらいたい。

勿論、日々死に物狂いでボールを追っかけているチームメイトの為にもであるが、一年に一度の楽しみをとられた僕の様なファンの為にもである。

原口監督が会見で口にした「部員に早稲田を倒す為の練習や戦術を伝授し続けたがもっと大切なもっと当たり前の事を教えなかった僕の責任です」と涙まじりに搾り出すようにでた言葉に胸がつまる思いがした。




ラグビーファンが近年最も楽しみにしている早稲田VS関東学院大を来年こそは見たいものだ。

ラグビーワールドカップから  桜のジャージが起こした奇跡

  • 2007/10/23(火) 06:16:04

皆さんはラグビーのW杯に熱くなっただろうか?少なくとも僕は熱く楽しい1ヶ月を過ごさせてもらった。

「わが国日本」などいう愛国心に欠落している僕は「日本」の戦いよりも世界のスピードとパワーに興奮したのである。
南半球勢が有力と言われた今大会でも魔法のブーツを履く天才SOウィルキンソン率いるイングランドを応援していたのである。




しかし今日はあえて日本代表に触れてみようと思う。ニュージーランドの頭脳とまでいわれたカーワンを監督に迎え順調に調整してきたはずだが期待の新星SOコンビのアレジ&安藤を怪我で欠き直前合宿で切り札「大畑大介」を欠きメンバーの入れ替えを余儀なくされたカーワンJAPANは明らかに苦戦が予想された。

しかし日本びいきのメディアは連日、ベスト8の力があるとか、番狂わせが期待できる・・・などもううんざりである。この様な報道を選手や監督、協会のお偉いさん方はどう思っているのか一度聞いてみたいものである。いざ幕が開けて初戦のオーストラリア戦は強行日程のあおりで2軍中心とはいえ大惨敗!2戦目はフィジー相手に善戦するも敗退、ウェールズ戦は手も足も出ず早々と予選リーグ敗退が決まったのである。そして舞台はカナダ戦!最後の最後で奇跡は起こった。
最後のカナダ戦。





カナダのプレッシャーを懸命のディフェンスでなんとか食い止めなんと逆にに先制トライ!。前半を5対0とリードして折り返す。
後半、SOロビンスや吉田のキックがはことごとくチャージに合い、防戦一方、遂にカナダの強力FWにゴール前押し込まれてトライ。5対5と追いつかれ、その後も苦しい戦いが続く。後半の大事な時=魔の空白の時間!一瞬の隙を見逃さなかったカナダSHが左サイドに待ち構えていたWTBに絶妙のパス。対応が遅れ、懸命に有賀がタックルにいったが、トライを決められ、12対5に。7点差。何度かカナダG前まで攻め込むがトライを奪うことが出来ない日本。時間は遂にロスタイムに。万事休すと思ったその時から奇跡が始まる!相手のペナルティでゴール前5mでマイボール。FWで攻め込み、ボールを支配し、最後は右に展開して右サイドになんとかトライ!!ここで差は2点!キックが決まらなければ単なる善戦で終わるところである。

ここはトライを奪って喜んでいる場面ではない!この後のキックを決めるために、本来なら少しでもキックの蹴りやすい位置に飛び込むのがベストなのだが・・・。キッカー大西の狙う位置は天才ウィルキンソンならいざしらず、ジャパンのキッカーにとってはかなり難しいところだ。このキックで試合終了!

外せば負けのこの場面に神が宿った!最後の最後で、苦しい試練に耐え、諦めずに戦ってきた選手達へのご褒美だったろうか、神は最後にジャパンに微笑んでくれた。キックがゆっくりと緩やかな弧を描きながらバーの上を通り抜けた!12対12と追いつく!!ここでノーサイド。
感動的な幕切れだった。奇跡とさえ思った!久々に日本代表で感動した瞬間だった!決して勝ったわけではない。世界のトップと引き分けたわけでもない!


今は負けなかった事より改めて筋書きのないドラマに敬意を表したい。
最後まで死力を振り絞ったジャパンの選手達、そして僅か9ヶ月でここまでのジャパンを作り上げてくれたカーワン監督に。
奇跡と言えばもうひとつあった・・・。あれだけ大会前に日本を持ち上げ視聴率も省みず深夜に放送した某民放!なんで最後の最後に時間切れになり大事なトライ→同点シーンがカットされるかな〜。奇跡である。


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