無料
エロ
動画

福永洋一

  • 2010/05/17(月) 00:23:00

関連コラム★『天才を越えた息子 福永祐一』

悲劇の落馬事故で半身不随の大怪我を負った伝説の天才ジョッキー福永洋一。

1979年3月の落馬事故から早31年がたった。事故以来、公の場には一切顔を出さなかったが出身地の高知県の高知競馬場に天才の血を引く息子の祐一と共に姿を見せてくれた。
経営不振が深刻な地方競馬界に大きな話題をプレゼントしてくれたのだ。高知競馬場で行われた地元の天才ジョッキーを冠にした「第一回福永洋一記念レース」にプレゼンターとして高知競馬場に立ったのだ。






福永洋一。

ジョッキーになって2年目から9年間、圧倒的な強さでリーディングジョッキー(最多勝騎手)に輝き人気、実力とも日本のトップジョッキーだった。同期に武豊に破られるまで不滅の記録とされた通算の最多勝を記録を持っていた天才・岡部幸雄がいたが、その岡部幸雄でさえ「全くかなわなかった」と言わしめた。もしあの忌まわしい落馬事故がなければ日本の競馬界の歴史は大きく変わっていたかもしれない。そんな騎手だった。

車いすに乗った父を誇らしげに後押しする祐一は改めて競馬ファンの「福永洋一」への声援の大きさに驚き感極まった。あちらこちらから「おかえり」「待ってたぞ!」と声援が飛び交う。表彰式で挨拶に立った祐一は涙を流し何度も言葉に詰まった。そんな息子に代わって車いすに乗った父はファンに向かって手を振ってみせた。

「オヤジが引退してもう30年近くなるのに、たくさんの人が覚えてくれているのがうれしかったです。自分の中のヒーローはオヤジだったんだって改めて思いました。カッコ良かったです。今日は歴史的な日です」今や日本競馬界の人気ジョッキーでありトップクラスの成績を残す息子が久し振りに感じた父の威厳。

この日、優勝した馬を操った騎手は息子・祐一と同じ33歳の赤岡修次騎手。赤岡の出身中学はくしくも福永洋一と同じ。これも何かの縁だろうか?

競馬のオールドファンに堪らない福永洋一の姿。来年も高知に来ると高らかに約束してくれた事が何よりも嬉しい。

ウォッカ  史上最強最高牝馬

  • 2009/06/08(月) 00:15:41

「ヒヤヒヤしました。牝馬は1頭だけだったのでオジサンだらけの満員電車の中で出たくても出れないみたいな感じ」と会見で笑わせた武豊。本人が一番驚いたかもしれない豪快な差し脚に僕は久々に酔いしれた。

関連過去ブログ・・・・ウォッカ 64年ぶりのダービー馬 有馬に挑む・3歳牝馬




牝馬でダービーを勝った時にも紹介した名牝馬が新たな伝説を作った瞬間に立ち会えた事を誇りに思う。
第59回GI安田記念が7日東京競馬場1600メートル芝で開催され武豊騎乗のウオッカが見事に差し切った。

牝馬では史上最多のGI6勝。獲得賞金も史上初の“10億円獲得牝馬”になり名実共に史上最強で最高の牝馬になった。





スタートは絶好の感じで飛び出し唯一の課題とされた折り合いに苦労する事なくマイペースで好位をキープし直線に向いた時に武豊の前に完全に進路が無かった。
一方ライバル視されていた昨年のダービー馬で2番人気のディープスカイはラスト100メートルで先頭に立ち行き場を失い失速するウォッカを尻目に完全に逃げ切ったと誰もが思っただろう。

ディープスカイの脚色が落ちたわけでもないので集団に飲み込まれた格好の女王を完全に封じ込めた完勝と誰もが思ったに違いない。その矢先、一瞬武豊の前が開いた気がした。
それでもほんの僅かな隙間しかなく数頭がひしめき合う混戦の馬群の中で頭を振り斜めに走行したりスピードを緩めたりと武豊の天性の手綱さばきに見事なまでに反応を示し一気に先頭に立ちいとも簡単に差し切っってみせた。

「もう勝てないかと思いましたね」

角居調教師ですら観念した最後の直線の攻防でウォッカは信じられないほどの脚を見せてくれた。鳥肌が立つ想いさえした。

これほどの窮地に追い込まれながらなお冷静に抜け道を探し出した武豊も流石だがやはり今日のレースはウォッカのポテンシャルに敬意を表すべきであろう。
7馬身差で圧勝した前走のGIヴィクトリアマイルに続いてこの安田記念の勝ち方を見て本当の史上最強牝馬、いや史上最強馬といえるだろう。

衰え知らずや益々力をつけてきた感のあるウォッカも今年で引退がささやかれている。勿論、子供も見たいがもう少し日本の最強馬でいてもらいたいし世界でもう一度戦ってもらいたいと思うのは僕だけではないだろう。

?連単の馬券を取った事を忘れさせる程の快勝に心が躍ったウォッカにあらためて感謝したいと思う。



岩城博俊調教師の再挑戦  競馬界の光と影

  • 2009/03/01(日) 03:39:00

競馬界は華やかな競争馬や馬主やジョッキーによく目を向けられるが実は「先生」と呼ばれる調教師さんが競馬界を支えていると言っても過言ではないだろう。
ジョッキー引退後や調教助手として経験を積んだ馬の名手達がこぞってなりたがる職業であって人気が高いとともに競争率もかなり高い。
近年は馬房の数に限りがあるため70歳定年制を導入するなどJRAも苦慮していた。

しかし近年は若干、様子が違ってきているようである。名馬を育てないとつまり強い馬を沢山育てないと経営的に苦しくなってきているのだ。定年を待たずに引退や勇退するケースが増えてきている。そんな中で、岩城博俊調教師は56歳という調教師としては異例の若さで引退届けを出した。
そして第二の人生に選んだ職業はなんと調教助手だった。

厩舎を経営する立場から“従業員”の一人への単身。
極めて珍しいケースだが
「まだまだ乗れる自信はある」と前向きに意欲を見せている。

調教師の主な仕事として馬主から依頼を受けた馬の管理の責任をおい調教のスケジュールを組んだりしている為、中々馬にまたがって自ら調教をつける機会は少ないようだ。
しかし前述した様に調教師も競争が激しく生計をたてるのは難しい感じで岩城調教師も競争に敗れあえなく廃業してしまった。それでも調教助手としてつまり同業の社長から従業員としてでも競馬の世界に身を残したのは馬への愛着があればこその決断であろう。

「自分は、経営者としては失敗してしまった。ただ、馬にかかわりたい気持ちはありますから」と前向きだ。

ちなみに過去に引退したり勇退した調教師さん達は馬の生産牧場や競馬新聞の記者や競馬中継のお手伝いをしている方が多いらしい。もちろん、調教助手に戻った方は過去に一人もいない。

「過去の経験を伝えることで少しでも競馬界に恩返しをしたい」という心つもりもカッコイイとさえ思う。いわば180度の転身をする岩城調教師に心からエールを送りたい

三浦皇成  天才を越えた天才

  • 2008/10/26(日) 12:01:41

あの武豊を越える新人が出てくるとは。しかもこんな早くに。脅威のスピードで新人最多騎乗回数と新人最多勝記録を21年ぶりに塗り替えた男が出現した。
三浦皇成。




18歳の新鋭は今年3月にデビューするとその日に初勝利をあげ騎手としての輝かしい未来がまつであろう第一歩を踏み出した。その次の日になんと新人としては異例のデビュー週(2日目)に重賞初騎乗の依頼が舞い込み華々しいデビューになるとマスコミもにわかに騒ぎ始めた。

しかし当日の第8レースで悲劇が起こった。8レースで騎乗したアドマイヤベッカムで落馬し負傷した為その後のレースで全て騎手変更となってしまった。華々しい重賞デビューは幻に消えたのだがその8レースで彼の本当の凄さを知る事になる。
アドマイヤベッカムの馬主は近藤利一氏。
今、日本中央競馬会きっての有名馬主であり、「アドマイヤ」という冠がついた馬は軒並み良血馬で高価な馬として知られている。
馬の故障が原因で落馬負傷したと一報を聞いた近藤氏は「人はどうでもいい。馬は大丈夫なのか?」「人(騎手)は代わりはいるが馬の代わりはいないから」と高慢な発言をした。それを医務室で聞いた三浦は激怒しあろうことか有名馬主に向かって「貴方の馬は絶対乗らない」と啖呵をきった。
新人として異例の言動に周りはざわめいたが当の本人は極々当たり前の様に「ふざけるな!こっちは命賭けてやってるんや」と言い放った。

確かに三浦の発言に間違いはないしむしろ正論である。
しかしデビュー2日目の新人の口から出る言葉でなない。大物の予感がぷんぷんする。
あの武豊のデビュー時とよく似ている。そのご順調に成長を遂げ勝利を挙げ積みかさねた勝利数は武豊の新人最多勝69勝をあっさり更新してしまった。
怖いもの知らずの大物ぶりはまさに武豊の再来である。久々に出現した大物に競馬界は殺気立ちG1シリーズに突入していく。



凱旋門賞

  • 2008/10/07(火) 01:57:20

世界最高峰の芝のレース。世界中のジョッキーや調教師が一度は挑戦したいと思わせるフランス競馬の凱旋門賞が今年もパリのロンシャン競馬場で行われた。
しかし世界で一番権威の高かったこのレースに今年から大きな異変が起こった。
今回からレースが高額賞金化。

凱旋門賞を主催者がオイルマネーに沸くカタールの競馬馬事クラブと5年間の協賛契約を結び、賞金総額は昨年の2倍に跳ね上がり優勝賞金は約3億3000万円で芝レースとしては世界最高額レースになった。

競馬の盛んなヨーロッパ各国の競馬は「お金より名誉を懸けた戦い」とも言われてきた。ゆえに賞金よりも名誉の為にこのひとレースに掛けた思いがこの凱旋門賞の名を作り上げてきた。これまでも数多くの名馬が栄誉を目指し優勝しその歴史に名前を残してきたが、賞金までもが世界最高峰となり来年以降有力馬の関心をさらに引き寄せるのは必至だ。

16頭が出走したレースは唯一の牝馬ザルカヴァが人気に応え、3歳牝馬としては1982年以来26年ぶりに制覇した。デビュー以来7戦7連勝と無敵の牝馬として世界の頂点にたった。今年はいい馬が沢山いる大混戦の予想だっただけに勝ったザルカヴァの強さは本物だという事だが来期以後は世界中の馬が多額の賞金を目指して群雄割拠してくるのが予想される。

年もメイショウサムソンで10着と惨敗した日本勢も賞金が魅力的になれば莫大(ばくだい)な遠征費を伴っても挑戦しようという陣営が出てくるだろう。

メイショウサムソンに騎乗した武豊騎手は「また日本の馬で世界にチャレンジしたい」とコメントを残すなど世界から好馬が集まるのは大歓迎のようだった。ただ、ロンシャンの綺麗な緑のターフを駆け抜ける馬のゼッケンにかかれたアラビア文字や「カタール」の文字などはやはり異様に思えたのは僕だけではないはずだ。

福永祐一  天才を越えた息子 

  • 2008/09/29(月) 11:39:23

福永洋一というジョッキーを覚えているだろうか?稀代の天才ジョッキーと呼ばれた男が落馬事故を起こし半身不随になってからもう30年近くたつだろうか?

「どこがどう凄いのか、言葉では表現できない」と過去の名騎手達が口をそろえる程のテクニックと天性の感で競馬界の風雲児と呼ばれた天才はもしあの落馬事故がなければ武豊が更新した最多勝記録は間違いなく福永洋一のものであったろうし、福永が記録を更新しても誰も驚かないだろう。

もはや伝説と化した福永洋一の騎乗をファンはその息子『祐一』に託しているのかもしれない。
「おやじを知る人やファンは、おれを通しておやじを見ている。それに恥じないように、1つでも上の着順を目指したい」洋一の息子というプレッシャーに負けずに勝ち星を積み上げ、下半身の強化、騎乗スタイルの試行錯誤など努力を人知れず重ねてきた。
「競馬に乗れば乗るほど(父の)存在は遠くなる」と表現しながらも、祐一は自分なりの道を探ってきた。競馬場でのイベントでは自ら出演しファンサービスも率先して行った。プロとしての自覚なのだろうか。勝利だけでなくファンを大切に思う心意気には頭が下がる思いだ。

伝説の父である洋一氏が残した成績。5086戦983勝、勝率1割9分3厘。その勝利数を息子は塗り替えた。
しかし勝率にすれば1割1分1厘と父とは大きな差がついてしまっている。それでも地道に積み上げた親父越えの勝利数は自慢してもいいだろうし立派な数字だと思う。
同年代に武豊という化け物がいた為にそう目立つ事がない数字ではあるがファンはもう息子、祐一に父、洋一の姿はだぶらさないだろう。何故なら息子、祐一はもう立派な名ジョッキーの仲間入りをしたからだ。

しかしながらここで止まる訳にはいかない。次なる目標であろう通算1000勝。更には天才ジョッキー・父、洋一も果たせなかったダービー制覇。父を越える数字や成績はまだまだたくさんあろう。これからの更なる飛躍を期待している。



ウォッカ  64年ぶりのダービー馬   有馬に挑む・3歳牝馬

  • 2007/12/07(金) 15:45:22

有馬記念史上初の3歳牝馬のファン投票1位『ウォッカ』。




数々の歴史を塗り替えてきた「牝馬」に競馬ファンならずとも応援したくなるところなのか?

64年ぶりに牡馬の祭典「ダービー」を制した豪脚は師走の中山を制するのか?

ダービーにまさかの挑戦を決めた時、確かに強かったのは認めるが「思い出作り」だけと思ってしまうほどで、あくまで「話題」ありきだと思っていた。

あの3ハロン33秒の鬼脚を見るまでは・・・。

恐れ入りました。ビックリするほどの潜在能力を秘めていたんです。信じて見てなかったとは東京の直線を駆け抜けるあのスピードにはビックリしましたし、馬券は買ってなくとも興奮させられました。ほんとに見くびってました。陣営の皆さん・・スイマセンでした・・・。

36年もの間、有馬記念では「牝馬」が勝てていない。
『牝馬と葦毛は有馬で勝てない』というジンクスを破るのか?という期待を一心に背負って走る訳だがそう簡単ではないだろうとは今度は推測できる。

確かにダービーを制した末脚は本物だろうし、レベルの高かった今年の牝馬の中でも絶対的な力を誇ったのは紛れも無くこの一頭であろう。

しかし、ダービーの時は注目はされていたがマークはされていなかったはずだろうし、展開のアヤもあったように思う。
その後、秋華賞3着の後、ツメに不安を残しエリザベス女王杯を回避、満を辞して望んだジャパンカップでは最後の最後で上がり3ハロン33秒6の爆発的な末脚をみせたものの4着とまり。

相手各陣営も徹底マークをしてくるだろうし、牡馬のプライドもあるだろうし「ウォッカ」包囲網が引かれている有馬記念では展開の味方も考えにくい。いささか期待しすぎてる感を差し引いても勝つのは至難の技に思える。

なにはともあれ今年の競馬界の総決算・グランプリの称号をかけて有馬記念に挑戦する3歳牝馬・『ウォッカ』を心から応援したい。馬券を買うかどうかは別問題として・・・。(でも敬意を表して単勝を少し買っておきます)

武豊   【天才が見てる先・・・天才を見た若き日の僕】

  • 2007/11/14(水) 07:50:25

26億7654.8万円。この数字は天才ジョッキーの名を欲しいままにしてきた「武豊」が今日までに獲得した賞金総額だ。参考までにこれは今年1年間で年度末まだ2ヶ月ほど残している。このうち●%が「武豊」の獲得賞金となる。ちなみに去年の年間賞金総額は43億円超だ。

今年だけで137勝。生涯通算3000勝を超えた日本唯一のJRAジョッキーだ。元天才騎手であり名調教師「武邦彦」の長男であり、鳴り物入りで華々しくデビューした1987年、ちょうど20年前の3月中頃あたりだろうか?(スイマセン・・・またまた記憶が定かではありません)

10年に一度の逸材といわれた「天才」は『ダイナビショップ』という馬に騎乗していた。期待され幾度となく一番人気に推されながら勝てずにいた未勝利馬のたずなを持った「天才」はその馬の能力を存分に引き出し電光石火の如く京都の直線を駆け上がった。
「天才」の初勝利!前人未到の3000勝への第一歩である。その瞬間に立ち会えた事を今となって誇りに思う。

並み居る先輩ジョッキーに「邪魔や!」「のけ!」と罵声を浴びせながらムチを入れる18歳の出現に『「日本の競馬」が世界と戦えるかもしれないと胸躍らせた』と名実況で御馴染の杉本清アナが言っていた。
『ダイナビショップ』で完勝した後のインタビューで「天才」はこう言ってのけた「まだまだ馬の能力を引き出せていない。3コーナーの位置取り次第ではムチを2回は叩かずにすんだ、馬に申し訳ないことをした」と。18歳である。まだデビュー10戦にも満たない騎手がである。

童顔の彼は笑顔ひとつ見せずどころか”しかっめ”’で「初勝利」のインタビューに答えていた。淡々と答えていたあの頃からもう20年が経った。自他共に日本のいや世界のトップジョッキーになった彼が次に目指すものは何だろうかと考える。次元が違う「天才」のほしいものは何だろうか?

世界屈指の名調教師(トレーナー)のオブライエンは馬と会話が出来るという。彼の本で「馬の息遣いで体調がわかる調教師は一流。超一流は馬の目を見て解る」と書かれていた。さらに「『競馬後進国』の日本のトレーナーはみんな一流だが超一流は一人もいない。ただ一人のジョッキーを除いては・・・」と武豊の事を称していた。

超一流が認めた唯一の「日本人」であり至上初の3000勝ジョッキーの天才の目線の先には何があるのだろうか?4000勝なのかそれとも5000勝なのか・・・きっと違う気がする。そんなありきたりの発想では「天才」真意は計れないのかもしれない。


今後の活躍を期待すると共にもう少し、僕の買った時に「1着」になってもらいたいものである。





close