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山羊の呪い  シカゴ・カブスに注目せよ

  • 2007/12/31(月) 11:30:38

『山羊の呪い』というメジャーリーグに伝わる伝説を知っているだろうか?

くしくも福留孝介が入団するメジャー屈指の人気球団にかかった呪いである。

事は1945年、ワールドシリーズに熱心なカブスファンがペットのヤギを連れて観戦しようとした際、当時の球団オーナーがそれを見つけ「あの客を入れるな」と追い出したそうだ。

当時、カブスファンの間ではもお馴染みの山羊連れファンは悲しそうにこう言ってのけた「100年間カブスは世界一にならないし、このヤギが世界一にしない。今日のヤギへの仕打ちを後悔する時が必ず来る」と。

当時球団関係者は「常勝カブスにそんな事はない」とたかをくくって無視し続けたがその年に敗退するとリーグ優勝をしてもはワールドシリーズでは全く勝てない時代が続く事になる。
因果関係があるかは解らないがどんなに補強しても監督を変えてもなぜか世界一にはなれないのである。
1908年を最後に優勝していないチームはメジャーの中で一番、世界一から遠ざかっているチームとなってしまった。

「呪」はチームだけでなく選手にもかけられた様だ。

ノーラン・ライアンの再来とまでうたわれた当時新人最高額で契約したケリー・ウッドも幾多の故障に悩まされ低迷しているし、マーク・ブライアーもアキレス腱・肘の故障で万年DL(故障者リスト)投手と言われる有様。








ポテンシャルだけで言うとメジャー広しといえど屈指の2大看板であるはずなのに毎年、故障してしまうのである。さらに、元カブス選手が3人以上いたチームは100年世界一になっていないという事実まである。マダックス・スモルツなどスターピッチャーにA・ジョーンズなどスター野手を揃えリーグを圧勝し常勝軍団とまで言われ優勝確実とされた「アトランタ・ブレーブス」の元GMでさえ「我々が世界一になれなかったのは元カブス選手を補強した私のせいだ」と公にコメントするほどである。

2008年。100年目の今年「呪」はとけるのかというのがメジャー関係者はおろかコミッショナーをも巻き込むおおきな話題となっている。
「最後に優勝した1908年から100年」なのか「事件が起こった1945年から100年」かも大きな話題の一つであるが、球団は今年かつてない補強に金と力をつぎ込み目の色を変えて取り組んでいる所を見ると少し滑稽に思えるが興味をひいてしまうのも事実だ。

元・広島のソリアーノにラミレス・元ロッテの4番リーの息子デリック・リーとメジャー屈指のクリーンナップに福留が入る打線は豪華である。さらに投手陣は復活を期すケリー・ウッドにエースのザンブラーノ、リリー、ベテラン・トラクセルとそうそうたるメンバーに加え、マリナーズなどを優勝に導いた名将・ピネラを監督に迎え万全を期す。





「破格値で福留入団」と日本でも話題のカブスだがアメリカでは「フ・ク・ド・メ」よりも「山羊の呪い」に注目が集まるカブスの2008年に期待したい。

箱根駅伝区間エントリー発表  情報制す者は箱根を制す?

  • 2007/12/30(日) 02:13:21

「第84回東京箱根間往復大学駅伝競走」に出場する20チームの区間エントリーが発表された。

注目の“学生四天王”は、東海大・伊達と日体大・北村が花の2区に、中大・上野裕一郎が3区、順大・松岡が復路7区にエントリーされた。

エースの集まる2区には“四天王”の二人のほか区間新が期待される’助っ人コンビ’の山梨学院大・モグスや日大・ギタウ、駒大の宇賀地らが決まった。

坐骨神経痛のため出場が危ぶまれていた世界選手権1万メートル代表で渡辺康幸監督の秘蔵っ子・早大の竹澤健介は3区に。
と見所満載の区間配置となった。

一昔前は「花の2区」なんて言葉が取りざたされたが今や戦略駅伝時代。他校との力関係を考慮しながら配置換えするなど監督やコーチの技量までもが優勝の鍵を握る少々様変わりした駅伝となる。

その顕著な例が「補欠」の扱いである。学生長距離界のスター、東海大・佐藤悠基や日大の主将・阿久津尚二らスターが補欠に入ってる。調子を落としているわけでもなければ故障しているわけでもないのに・・・。

そう、いわゆる『偵察メンバー』である。

メンバー変更のルールは、「往路・復路ともに当日のレース開始1時間前まで認められ、変更は今回の各区間エントリー者と補欠者との交代のみで区間変更は認められないことになっている。」のでルール上全く問題はないがファンとしてはメンバーを見て力関係を考えて予想したり応援したりしたいもので大人の駆け引きは少々興ざめする感は否めないがそれも時代か・・・。特に今年は「戦国駅伝」との前評判があり情報戦も重要な要素になるだろうし。

昨年の『山の神・今井』のような「絶対」的スターな走りをするニュースターの誕生も期待したいし、力のあるエース達の力も改めて見てみたいと今から楽しみである。

「箱根駅伝」の2区・戸塚中継所での観戦が毎年の楽しみというかルーティンだったが僕だがどうやら今年は生で見れそうに無い・・・。寂しい気もするが学生達の熱い走りに期待している。



浦和レッズとオジェック監督とバイエルン・ミュンヘン

  • 2007/12/29(土) 04:08:44

関連ブログ? 浦和レッズ   【6億の夢消え・・・浦和の夢膨らむ】

関連ブログ?  ワシントン  「さらば浦和のワシントン」


「バイエルンミュンヘン」は言わずと知れたドイツ・ブンデスリーガの雄であり世界最高のビッグクラブのひとつである。

と同時に浦和レッズとはパートナーシップを結んでいる日本にゆかりのあるクラブである。
浦和は今後組織作りや育成部門の整備に関してバイエルンを参考にしていく様でバイエルンの育成担当やスカウト陣が「浦和」の選手獲得の戦略に一枚噛んでいるようである。

「リーグ優勝の余韻に長く浸っていると次への努力を怠ることになる今こそ投資をすべきだチームを新たなより高い目標に押し上げなければならないJリーグの他のチームとの格差をここで決定的なものにしてこの先も強化を続ける」

来日中の担当者がこう言った。

それを受けてかどうかはわからないが大分の若き至宝・梅埼やFC東京の要でフル代表の顔・今野、新潟の点取り屋スピードスター・エジミウソンなど次々と大物スターの獲得に動いている。

「バイエルンはライバルチームから常に最高の選手を獲得してきたそのおかげでバイエルンはドイツで無敵となったんだ」というお告げをしっかり守る形で・・・。

浦和の場合ACLなど試合数が他チームより多いので色々な選手に出場機会を与えられるはずだが問題のオジェック監督の起用法が災いして一部の固定選手にしか出場機会がなく過労からの故障が多発。
完治してないのに使うからまた故障・・・。

「チームの核になる選手は代えられない それに、JリーグでもACLでも優勝しなければならなかった若手を試す機会がどこにあったというのだ」なんてことを公言する監督に本当ににこれだけの若手スターを預けていいのか疑問に思う。

「日本の有能な若手選手を取るだけ取ってほとんど使わない」という今後の日本にとってマイナスになるような選手起用だけは避けてほしいものだがどうだろうか?

スペインのレアル・マドリードやイングランドのマンチェスターUやチェルシー、イタリアのACミランの様なスターを集める銀河系クラブがいて、育成システムを構築しているクラブが足元をすくうという世界のクラブサッカーの形を日本にいや浦和に求めるのは良いと思うが選手がつぶれないようにだけはしてもらいたい。



イチロー  世界一の『頑固者』

  • 2007/12/28(金) 12:34:42

「イチロー」今やメジャーでも屈指のスター選手だ。彼を称してみんなこう呼ぶ『天才』と。







僕はそうは思わない。

野球の事についてはバッティング・守備・走塁…多岐にわたってこだわりを持ち続けるストイックな男。言うなれば『頑固者』と僕は呼びたい。

今やスター中のスターだが高卒入団一年目に神戸市内の某有名寿司屋で出会ったことがある。その時は”ひょろっ”としたまだまだあどけない顔つきのオーラの無い男だった。
横には当時チームの4番を打っていた藤井康雄というスラッガーがいた。さもすれば息子かと思うぐらいの”か弱さ”があった青年だった。以前からこの寿司屋で顔を合わせた事のあった藤井選手にこう紹介された

「こいつは鈴木。凄い奴やから今から覚えておいたほうがいいよ。ただし、プロの世界で大成するかは解らないがこいつの技術は今、日本で一番や」

驚いた。

この無邪気な顔して寿司をほうばる青年が日本一の技術を持つ男というのだから。見えない!いや今となっては見えなかった。

当時話題となった振り子打法を土井監督の指示でやめろと言われたがはっきりと断ったのは有名な話だが「振り子でなかったら僕でなくなる。振り子打法の僕が必要でなければ他の選手を使えばいい。そのかわり後悔するのは貴方だしもし今の僕を使えば貴方は名監督と呼ばれる」と監督・コーチにはっきり反論というかかみついて謹慎させられていた事はあまり知られていない。

当時、一軍の4番を打っていたスター藤井はイチローの技術に感心させられぱっなしだったらしい。しかし「プロで大成するかしないかわからない」と言ったのはイチローの性格を懸念しての事だったに違いない。

『プロの世界も言うなれば「大人の世界」。上司に認められて初めて仕事が出来るのだから』と教えたかったようだが当の本人は頑固として自分のバッティングスタイルを変えなかった。『頑固者』の由縁である。

寿司を片手に不敵に笑ってこう言ってのけた「10年後、僕のフォームは皆がマネをする」と。

言っておこう当時は無名の2軍選手であった「鈴木」の言葉である。

その数ヶ月後、2軍のオールスター戦でMVPを獲得し少し知名度が上がり翌年故・仰木監督に見いだされスターダムにのし上がっていくきっかけを攫むのだが、今でも仰木監督の事を恩人のように崇めシーズン終了後すぐに帰国し仰木監督のパーティーに出席したり、亡くなられた後も帰国すると必ず墓前に手を合わせるところを見ると当時の藤井選手のアドバイスを聞いていたのかなと思う。

あれから10年。

日本はもとより世界の子供たちやプロ野球選手までがイチローの技術を盗もうとしたりマネをしようとしている。

イチローの『頑固者』さが世界で認められた形だ。当時監督にも認めてもらえなかった『頑固者』さを今や全世界の野球人が注目する。注目されるがゆえにますますストイックになり『頑固』さが増していく。イチローとはそういう男なのだろう。

「イチロー」を称してこう呼びたい。世界一の『頑固者』と。

黒田和生  黒田和生の考え

  • 2007/12/27(木) 11:53:54

「振り向くなよ振り向くなょ〜♪♪」もうすぐ高校サッカーがはじまる。戦前の予想や戦況などはまた別の機会に書くとして今日は以前一度だけ酒を一緒に飲んだ事のある元・滝川二高(神戸)サッカー部監督黒田和生氏について紹介したい。

『「右向け右」と言うと部のみんなが右を向くような状況が嫌だった。僕の意見を疑問に思わず「監督の言うことだから聞いておこう」という空気が耐えられなかった』県内いや全国屈指の名門校に育てた名将が焼酎片手に寂しそうにこぼしたのはJリーグビッセル神戸の育成部長に就任が決まった直後だった。

黒田さんとは以前から顔見知りではあったが意外な一面を見て驚いたのを覚えている。

以前に聞いた事がある。「強いチームを作るのに高校生レベルで何が必要なんですか?」と。

高校生活最後の試合で負けても、チームのレギュラーだけでなくて、3年生全員が「満足できた」と言える終わり方にすることが大事でたとえ試合に出れなくても3年間一生懸命取り組み良い友達が得られるかどうか。それは試合の勝ち負けよりも大切でそれができたチームが強いチームなんだ』と熱く語ってくれた。

僕の求めていた答えといささか違った。聞きたかった事は有望な中学生のスカウトシステムや練習のカリキュラムだった。あとで僕の浅はかな考えは覆るのだが・・・

こう続けて聞いてみた。

「先生が直接スカウトするならどんな子ですか?テクニックですか?足が速いことですか?経験ですか?」」

『全く関係ありません』と少々怒り気味にこうまくし立てた!

『必要なのはただ一点!「聞く力」と高いモチベーションを持った選手。入部を希望する子たちには、僕が15分ほど話した後、紙を渡して「はい、今しゃべったことを書いて」とやります。それがテスト。』

さらに
『入部後1年生には一番優秀なコーチをつけ、技術や基礎体力、食事や睡眠、あいさつや勉強との両立まで全部教えます。監督として力を入れる比率は1年生が5割、1年生のうちにきちんとしつければ、その後は確実に伸びてくれます。』
なるほど・・と感心させられるとともに改めて僕の浅はかさを痛感した。

Jリーガーにならなくても全国各地で少年サッカーや中学校・高校などでサッカーの指導者の中で一番多いのが滝川二高出身者らしいというのが黒田先生のたった一つの自慢らしい。

でもそれが偶然の数字ではなく黒田先生の3年間の教えが生きているからこその数字だと思う。

『エスぺランサ』(スペイン語で『希望』)滝川二高のユニフォームに書いてあるチームの合言葉・名称の意味が少しわかったあの夜がなつかしい。

今大会に出場す3年生には「満足」という最高の気持ちになれる様にBESTを尽くしてもらいたい。それが高校サッカーで一番大切な事なのだから。



マット・キーオ

  • 2007/12/24(月) 01:40:08

マット・キーオとはオークランドアスレチックスにドラフトで指名され大学を中退してまでプロに飛び込んだ男。
3年連続して10勝以上マークするなど決して輝かしいとは言わないが地味な中堅どころのピッチャーだった。マット・キーオが阪神でも活躍した。

87年には阪神タイガースで開幕投手を務め、4年間の在籍で45勝。ストレートとカーブに力があり、時々ナックルも交ぜる人を食ったような多彩なピッチングが印象的だった。

実は父親のマーティー・キーオも南海ホークスでプレーしたことがあったし、マットの叔父に当たるジョー・キーオも元アスレチックスのメジャーリーガで、3人が3人とも引退後は先乗りスコアラーになった野球一筋の一家だったことがわかる。

当のマット・キーオは阪神を退団した後にもう一度メジャー復帰を目指したのだがアリゾナ・スコットデールで行われたオープン戦で頭に打球が直撃してしまい、脳内の血の塊を除去する緊急手術を受け生死をさまよった。
それが原因で引退。と同時にスコアラーに転進したのである。

ちなみに父親のマーティー・キーオが交通事故に遭遇したのも同じアリゾナ・スコットデールだった。キーオ親子にとっては鬼門なのかもしれい。それでもアスレチックスの頭脳とまで言われたマット・キーオの分析は深く細かかったし日本式のスカウティングは当時メジャー内で注目の的だったらしい。

人の幸せなんて分からないものだ。
 
阪神でチームメートだったセシル・フィルダーは大リーグ復帰後はホームラン王になるなど華々しい成績を収め一時期は大リーグ最高年俸を取っていたというのに、今はギャンブルで身を崩し借金に追われる立場に追い込まれてしまったのだから……。(ちなみに長男のプリンス・フィルダーは、2002年にブルワーズからドラフト1位指名されキャリアをはじめると今やオールスター選手の仲間入りをするほどのスターである。)

マット・キーオはメジャーで「裏方」としてその名を轟かせ続けた。あくまで「裏方」としてであるが。決して表舞台ではないが・・・。

「マット・キーオ」の名は間違いなく日本とメジャーと共に有名になった。

そんなマット・キーオがバーで泥酔して逮捕されたとニュース飛び込んできた。
過去に数回、警察にやっかいになり裁判所から「禁酒命令」がでていたほどの「酒乱」になりさがっていた様だ。

かつては甲子園で脚光を浴び、メジャーの裏方としても輝いたあの髭のピッチャーがである。当時、日本ではまだ無名の「ツーシーム」と切れ味するどい「カーブ」を駆使して活躍した男は今はもう昔なのか?

もう一度目を覚ましてほしいものである。期待している。

中東の笛以上のガッカリ  ハンドボール界の未来は暗し

  • 2007/12/22(土) 22:46:54

近年、アジアのハンドボールは韓国の絶対的な力に陰りが見え中東勢の台頭で勢力図は一遍してきた感がある。

アジアの協会本部が中東にあることもありオイルマネーで強化を積んだ国は瞬く間にアジアを牛耳った。
特にクェートは王族のほとんどがアジアハンドボール協会の主要ポストを占め自国の有利な開催条件を提案したりとやりたい放題である。

北京オリンピックの予選が行われたがやはりというべきか事件はおきた。

オイルマネーに媚びたのか審判までもが中東びいき、強いては「クェート」びいきの不公平な笛を増え続けたのだ。
アウェーの洗礼とかそういうレベルでなかった。「中東の笛」とまで言われた贔屓はいよいよ世界ハンドボール協会の逆鱗に触れる事になる。

日韓共同で抗議文を出し前代未聞の予選やり直し命令が下ったのである。

勿論、抗議文をだしてからも中東勢の嫌がらせや理事会でも中東勢が豊富な資金力で多数派工作を行うなど「やり直し」は無理だろうと思っていた矢先、急転直下の大どんでん返しの命令が下されたのである。

なかなか’粋’な事をするハンドボール協会に感心すると共に裏読みすればドイツを中心に北欧で盛んなハンドボールを中東のオイルマネーでかき回してほしくないという点で思惑が合致しただけなのではないだろうか?と穿った目線でみることができる。
「スポーツの尊厳、フェアプレーの精神が犯されてはいけない。」という声明も100%信じていいのだろうか?韓国がオリンピックチャンピオンになった時「不快感をあらわにした協会」はもう昔の事なのだろうか?

なにわともあれ日本に再度チャンスがでてきた。

悲願のオリンピック出場に向けて急ピッチで準備をするのだろうが間に合うのだろうか?日本の協会を信じて再試合があると信じて練習していたとは到底思えないので準備不足やモチベーションの低下は懸念されるがこんなチャンス二度とないと思えば死ぬ気で戦うだけの価値はあるだろう。

チャンスをもらったはずの日本の某中心選手から意外なコメントがかえってきた。

「我々は『中東の笛』に屈したが精一杯戦った。燃え尽きたんだ!再チャンスはありがたいが予選の時の様な気持ちに戻れるかどうか・・・」

はっきり言おう!!『辞めてしまえ!』『少なくともお前がチームにいる限り日本のハンドボールは世界に行けない!』
『中東の笛』以上に腹立たしい思いを抱いた数少ないハンドボールファンの気持ちになると情けなくなる。少なくとも予選を再度戦う「日本」を応援する気にはとうていなれない。



甲子園ボウル観戦記  篠竹イズムを越える意地と意地

  • 2007/12/21(金) 17:54:51

ブルージャージ関西の雄・関学ファイターズVS篠竹監督の魂を引き継ぐ関東の古豪・日大フェニックス。18年ぶりに両雄がぶつかる「第62回甲子園ボウル」(甲子園の改装工事の為長居陸上競技場開催)





「ショットガン」なる当時画期的なシステムを取り入れた篠竹イズム流れる日大は長きの低迷からようやく復活してきた感のある伝統のチーム。関東は近年オレンジの軍団・法政大学が他校をリードしているだけに今年の日大の躍進は嬉しいものがある。

故・篠竹幹夫という監督は竹刀片手に超熱血で超スパルタな指導方法がよく批判されていたが一切曲げようとせず、それどころかマスコミに見せ付けるかの様に竹刀を振り回す姿は「星一徹」を地でいく感じの古き良き時代の親父っていう監督だった。

それだけ鉄拳制裁を加えても当の学生からは批判や不満の声が出てこなかったのは「親父」の愛が伝わっていた証拠だったに思う。
流石に晩年はその指導法に難色を示す弱体派な学生が増えいい選手が集まらず「法政」の後じんに甘んじる低迷期を味わうがいよいよ帰ってきた!名の通り『不死鳥』のように。

苦戦を予想された関学戦も第4Qでは10点差以上の差をつけられ敗色濃厚な状況に追い詰められた。
しかし篠竹イズムが残ったフェニックスはあきらめないココから得意のショットガンとトリックプレーの連続攻撃を見せ残り10分を切ったあたりで逆転をする。

「さすがフェニックス!強いぞ日大」と思った矢先、流石に関学も簡単にはいかない再逆転をし、タイムアウトを残し優位に戦う。余裕はまだまだ関学にあった。
しかしフェニックスは三度逆転する。パスにランにと多彩な攻撃バリエーションはショットガンのみで席巻した80年代とは少し違うチームに思えるがここまできたら意地と意地のぶつかりあいである。

ショットガンも篠竹監督も作戦もトリックプレーも関係ない「意地と意地」のぶつかるガチンコ勝負。実に面白い。

残り6秒。そして残り1ヤード足らず。わずかに日大リード。しかも関学に残されたチャンスはフォースダウンの1回のみ。

関学の選択枝はダイブのみ日大もそれを知ってとめる事2回。

「唯一の4年生RBとして責任を背負ってきた。最後はあいつがボールを持つべきだと思った」椎間板ヘルニアんお故障明けの横山に全てを託す関学。快心のダイブ!タッチダウン。

横山が歓喜の雄叫びをあげた時時計は残り3秒だった。一年生からレギュラーをはり将来の関学のRBを支えるべき男と評された男も今は中心選手ではなく数ヤードのショートヤードのスペシャリストとしてチームに残っている。この日獲得したのはわずか5ヤード。しかし奪ったタッチダウンは3回。まさにスペシャリスト。スペシャリストの意地が日大復活の夢を砕いた瞬間でもあった。

確かにNFLのようなパワーもスピードも戦略性もないエンターテーメント的要素もない。しかし各々の意地をかけた戦いは学生スポーツの醍醐味ではないだろうか?長い歴史を誇る甲子園ボウルの中でも屈指の好ゲームを見せてもらった事に感謝したい。

改めておめでとう関学ファイターズ!そしてナイスゲームでした日大フェニックス。また両雄のガチンコ対決を見たいものである。

ワシントン  「さらば浦和のワシントン」

  • 2007/12/20(木) 13:26:28

「このままでいられたら一番よかった。このクラブが好きで、日本が好きだった。みんなが優しくしてくれて、楽しく過ごすことができた」
巨漢を震わせ大きくつぶらな瞳から大粒の涙。嗚咽ともとれる叫びを口に手を当てながら惜別の言葉を絞り出した男・ワシントンの記者会見。


「サポーターと喜びたい。恩返しのためにいい形で終わりたい」自身「浦和」でのラストゲームの前にこう語った愛すべきブラジル人。

リーグ、ACL優勝を果たすと子供のようにはしゃいでサポーターの待つスタンドに飛び込んだ。ワシントンは「浦和」サポーターの熱狂的な応援に『母国を思い出しサッカーを始めた頃の気持ちにさせてくれた』とことあるごとに感謝の言葉を並べていた。

しかし今年はユニホーム投げ捨て事件、練習ボイコット、ペットボトル蹴り上げに、監督批判。オジェック監督との不和から今季は数々の造反騒動を起こした。本来は柔和で笑顔を絶やさない紳士。造反直後に我に返り涙ながらに謝罪したこともあったらしい。勝負へこだわるからこそ、浦和サポーターと喜びを分かち合いたいとおもうからこそピッチに入れば性格が変わった。

母国ブラジルをはじめ南米・ヨーロッパ・アジアと各クラブのオファーは金額・年俸に関わらず「自分を必要としてくれるチーム・スタッフ・選手・首脳陣」という一点だけで移籍を繰り返した男は監督・オジェックとはどうしても馬が合わなかったようだ。

サポーターにとってもチームにとっても痛い戦力ダウンは否めないがワシントンとて監督批判、ましてや監督交代の権限はない。

が、しかし東京ベルディに所属した1年を含め公式戦117試合89得点と驚異的なペースでゴールを挙げたストライカーの’わがまま’をクラブはもう少し聞いてやれなかったものかと残念でならない。

クラブW杯で魅せた3得点(得点王)はワシントンのポテンシャルの全てが集約された。まさに集大成的なゴールであった。突き上げた拳と雄叫びをしっかり目に焼きつけ母国ブラジルの雄・フルミネンセに旅立つ男の背中を押してあげたいと素直に思える’3発’だった。

サポーターに愛され、感謝され。自らも愛し、感謝し、いい関係ができていたエースFWの退団はやっぱり寂しい。

「監督として(浦和に)戻ってきたい。選手としての経験もあるし、ライセンスも取る。呼んでくれなきゃだめだけどね」と会見の最後におどけてみせた姿にワシントンの人柄を見たような気がした。これからの活躍に改めて期待したい。

関連ブログ・・・浦和レッズ   【6億の夢消え・・・浦和の夢膨らむ】

カカ  ブラジルサッカー界の至宝  「I belong to Jesus」

  • 2007/12/19(水) 05:27:13

「I belong to Jesus(僕は神のもの)」メッセージを記したシャツを指さして誇らしげに笑う25歳の若きスーパースターが横浜の夜空を彩った。

敬けんなクリスチャンとして有名な天才は『神』に感謝する事を忘れない。神のお告げを守り続ける若きスーパースターがクラブW杯で魅せた輝きに敬服させられた。

「カカ」。

本名リカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ。

弟が呼んでいた愛称がいつの間にか世界のサッカー界の中心の名前となった。「神」のおかげが本人の努力かは置いといて世界最優秀選手に選ばれても誰からも異論がでないほどの天才はスピード・パワー・テクニックどれをとっても今、世界最高の選手といっても過言ではないだろう。

準決勝。




鉄壁をほこりアジアNO1のディフェンスを誇った浦和も「彼」を止めるのに2人がかりで必至だった。そんな「カカ包囲網」も一瞬のすきを突かれ崩壊する。ネネのワンマークの時、一瞬の隙を「カカ」は見逃さなかった。
圧倒的なトップスピードで抜け出しラストパス。その一本のキラーパスでゲームを支配しきった。試合後シューズを脱いだ彼のストッキングは真赤に染まっていた。爪をはがし出血していたらしい。もし彼が万全だったらと思うとホントに何点の演出をしていたのだろうかと恐ろしく思う。

決勝戦。

その持ち味を存分に発揮した。左サイドからドリブルで40m独走し相手DFを振り切ると、角度のないところから相手GKカランタの股(こ)間を抜いてダメ押しゴール。1得点2アシストでの活躍で因縁の対決の勝利を決めた。

「バロンドールにふさわしいプレーを見せた」と絶賛した監督の絶大なる信頼を得る天才は来季クラブ史上2人目の外国人キャプテンに就任する。
チームからますます信頼され世界サッカー界の中心に立ち続け様とする男の活躍にますます期待したい。

11歳で来日に日本の人の優しさや風景・気候に感動し第二の故郷と堂々公言するほどの親日家。その時の親善試合でもらったMVPの賞金は5000円だったらしい。
今では何億と手にしてる男の原点であり初めてサッカーの才能を「お金」で評価してもらった事をつい昨日の事のように話す姿には好感が持てる。
「今年は本当に神に感謝している。難しいと思っていたタイトルが取れたんだ」と笑うカカ 25歳。この先5年は間違いなく彼中心にサッカー界は回るはずである。



ハイアン・グレイシー  グレイシー一族のけんか番長

  • 2007/12/18(火) 14:45:22

桜庭と死闘を演じ「グレイシー一族のけんか番長」として名を馳せた一人の個性派格闘家を知っているだろうか?彼の名は「ハイアン・グレイシー」。





あのヒクソン・グレイシーをもってしても「ハイアン・グレイシー」のセンスは抜群と舌を巻くほどのポテンシャルがあったにもかかわらず「グレイシー一族の問題児」と酷評される選手でもあった。

「グレイシーのケンカ屋」など異名を取った彼は技術うんぬんよりもやる気に左右されるため、素晴らしい試合をするかと思えば、練習不足で一方的に敗れるなど、好不調の激しいファイターだった。

『PRIDE』で兄・ヘンゾの仇を討つべく大山峻護と対戦。戦前から散々挑発した挙げ句、試合になれば冷静にタックルで倒し、最後は腕拉ぎで完勝と、改めてその勝負強さを証明したしクレバーな頭脳の片鱗もみせた。『PRIDE 武士道』でも「日本VSグレイシー」の大将として登場し、浜中和宏に何もさせず圧勝するなど強さをアピールする反面格下選手に秒殺される弱さも露呈し続けるのである。

ひたすら柔術の向上に励む一族の中で、ハイアンの存在は異色だったろう。突然変異としか思えないほど性格が違ったのには関係者を驚かせたものらしい。

地元マフィアとのトラブルで、車に閉じ込められたまま海に沈められたり、銃が暴発して自分の足撃ち負傷したこともあったという。
競技者としては「落印」を押されたハイアンもエンターティナーとしては最高のパフォマーであったことは誰もが認めるところだったし実際、僕も応援はしないが気になる選手であった

そのハイアン・グレイシーが15日(日本時間16日)サンパウロの拘置所で死亡しているのを発見されたというニュースを見た。

自動車窃盗の罪で拘束されていた拘置所の独房で死亡が確認されたらしい。死因は心臓発作などの病死か薬物依存等によるものなのかマフィアの暗殺かとマスコミをにぎやかしているらしいがなんともあっけない人生の「幕切れ」ではないか?

世界を席巻するグレイシー一族の中でもセンス抜群の格闘家の最後が拘置所の中とは・・。
33歳。格闘家としてもうひと花咲かせられる年齢であった。もう少し「リング」上で「けんか番長」のポテンシャルを見たかったのにと残念に思う。

島野育夫  名参謀死す

  • 2007/12/16(日) 12:27:59

「名参謀」。 島野育夫






島野育夫を称して誰もがそう呼ぶ。現役時代まだ2軍でくすぶっていた頃、’運命の出会い’を果たす。
島野は「星野の熱い熱い魂・情熱」に星野は「島野の卓越した野球観・戦術眼」にお互い惹かれあったらしい。
表街道をひたすら歩き続ける星野が中日の監督を引き受けた時も阪神の奇跡の21年ぶり優勝を遂げた時もその右後ろには腕組みしたギョロッとした大きな目を見開いた「名参謀」がいた。
島野はいつの日も星野の激情型で感情あらわにする傍で落ち着いてなだめていた。八つ当たりの対象になったのはいつの日も星野だった。

言っておくが島野のほうが年上である。年下の男の八つ当たりの対象にされたらあなたはどう思うだろうか?きっとはらわたが煮えくり返る思いがするだろう。でも島野はいつも唇をかみしめ星野の感情を受け入れ続けた。なかなか出来ることではない、それだけ星野に魅力があったといえばそうかも知れないがやはり褒め称えるべきは「島野の心の広さ・器の大きさ」であろう。

中日のコーチ時代、星野監督宅にほぼ毎日食事をしに行っていたらしい。
そこで星野の奥様に「いつも主人がスイマセン。もう少し助けてあげて下さい。そしてもう一度あの人を胴上げしてあげて下さい」と帰りの玄関先で言われ続けていたらしい。
その星野の奥様も他界され文字通り「遺言」になった言葉を島野は覚えていた。秘めた思いを胸に体調異変に気付きながら阪神のコーチに就任し見事約束を果たして見せた。阪神が優勝した時に誰よりも先に星野の奥様のお墓に手を合わせにいったのが島野だったらしい。

「“このヤマを越えろ。また野球ができるようになるから、ここをしのげ。明日また来るからな”と言って別れたんだ」マイクを向けられた星野の力無い言葉だった。だれよりも島野の偉大さを知り誰よりも島野の大きな心に包まれてきた男の涙に「島野育夫逝く」という現実を知る。
最後の最後に星野はつぶやいた・・・

「島ちゃん、ゴメンな。俺が寿命縮めたよな・・」

「阪神の監督引き受けなかったらもっとゆっくり過ごせたのにな〜」

きっと島野はそんな風には思っていないだろう。
今頃、天国で次に星野が引き受けるチームの戦略を練っている事だろう。

偉大なる「名参謀」島野育夫(享年63歳)永遠の眠りにつく。



ジーコ      ジーコの監督采配に何を思う

  • 2007/12/15(土) 14:02:21

「プレーするのは監督でなく選手だから・・・選手に任せています」ジーコが日本代表監督時代に何度となく発した言葉である。

良い様にとると「選手の自主性に任せてる良い監督」悪い様にとると「責任回避」。

トルコのトップクラブチーム「フェネルバフチェ」の指揮を執るようになってからも彼の信念・考え方は変わらない様だ。それが代表監督としてW杯に望む監督としてや、ヨーロッパ最高峰のチャンピオンズリーグに挑む監督としてもその発想や思想は一貫しているのはある意味「ジーコのジーコたる由縁」ではないだろうか?

W杯の予選リーグで見せたジーコの”迷采配”は後世に語り続けられる程の大失態采配だったと思う。
こと「オーストラリア戦敗戦」においてのA級戦犯は誰がみても「ジーコ」だった。神の子と崇められた才能を持ちながら幾多のチャンスがありながら現役時代ワールドカップに勝てなかった運の無さを差し引いても酷かったと思う。




しかし、フェネルバフチェの指揮を執って2年、ブラジル人テクニシャンの中盤やロベルト・カルロスなどを補強し欧州CLの決勝トーナメントまであがってきた。勿論クラブ史上初で悲願の快挙である。

サッカーに対する考え方や思想は変わっていないにもかかわらず勝ち抜いたのは「運」もさることながらブラジル人で主要ポジションを固めた補強策の勝利と言えるだろう。
ブラジルでの「ジーコ」は今でも『神』である。その『神』から「必要とされ集められた選手」のモチベーションは凄いものがあるだろう。『神』に見出され『神』に必要とされる喜びと快感をピッチで表現した結果はおのずと高いリターンが期待できたはずだ。

決勝進出決定後の記者会見で、いかにもジーコらしかったのは、選手たちに対するコメントである。

「素晴らしい試合をしてくれた選手に感謝したい」

「選手の自主性を重んじている」のか「責任回避・無責任主義」なのかは未だに分からないが苦戦必至の決勝トーナメントでの采配に注目したい




奈良くるみ  15歳の天才テニス選手

  • 2007/12/14(金) 05:39:00

第82回全日本テニス選手権から。

世界を席巻したライズボールの伊達公子やテニスの名家の至宝・沢松奈央子、ダブルスのスペシャリスト・杉山愛・・・。近年まで女子テニス界は世界に通用する選手がいた。しかし、杉山の後の世代が育ってきていないのが現状でこれはという若手も見当たらずウィンブルドンも寂しいな〜と思っていた矢先、ニューヒロインは突然現れた。


大阪産業大学附属高校の奈良くるみ。







昨年の覇者、高雄恵利加に挑んだ女子シングル2回戦。注目を集めるセンターコート「向かっていくだけ、思いっきりやろう」と語っていた通りアグレッシブなテニスを見せた。
奈良の攻撃パターンは相手のグラウンドストロークが甘くなったところでのドライブボレーがある。といってもこれひとつといっても過言では無いだろう。この日も第1ゲームから高雄のつなぎ球を逃さず攻め、鮮やかなボレーを相手コートに突き刺した。

「子供の頃から武器だったので、得意だし、自信もある」というドライブボレーは、動きに無駄がなく美しい。ドライブボレーだけで言うと世界のしかもシニアのトップと渡り合えるほどの精度とスピードだ。

第1セット終了後メディカルタイムアウトを取った程の前年度のチャンピオン高雄。その表情が冴えないし明らかに追い込まれていた。

前年度のチャンピオンが15歳。しかも初出場の高校生に完全に飲み込まれてしまった。この時点でこのゲームの勝者は決まった。シンデレラガールの誕生である。

勝利した15歳は臆することなく次戦に向けて「まだまだ調子がよくない、ミスが多すぎた」「自分のプレーに徹する」と意欲を示した。「足が踏ん張れなかった分、(ダウンザラインを狙ったショットに)ズレがあった」と冷静な反省を口にする15歳。

旋風を巻き起こした15歳は準々決勝で敗れたが大きな収穫もあったようだ。「ショットの速さでもついていけたし、持ち味である展開力も通用する自信が持てた」。15歳のシンデレラガールは、そう言って目を輝かせた。しっかし、その先つまり『世界』を見据えているのだろう。彼女に日本女子テニス界の期待を一身に背負わすのはいかがなものかと思うが、少なくとも今テニス界期待度NO1選手である事は間違いない。

秋田豊   泥臭いディフェンダーが引退

  • 2007/12/11(火) 14:55:45

京都サンガが入れ替え戦を勝ち抜き来季J1に復帰する。しかしあのベテランDFはJ1のピッチに立つ事はなくなった。 




元日本代表で、1993年のJリーグ発足からプレーを続けてきたJ2京都のDF秋田豊(37)が、今季限りでの現役引退を表明した。

ジーコに見いだされたサッカー魂溢れるDFはその泥臭いプレーで鹿島の黄金期を支えた。前線にビスマルクや黒崎・長谷川などタレントを揃え中盤にはMr.鹿島こと本田泰人やレオナルドが仕切り、さらに鹿島の絶対的な力を支えたDF陣。奈良橋・相馬などのスピードあふれるサイドバックを仕事させたのはほかでもない秋田豊の献身的なディフェンス力による所が多かったはずだ。

もともと1対1には強かったがジーコから相手FWが嫌がるディフェンスを徹底的に教え込まれ、競り合いやヘディングの技術を習得した男はいつしか日本代表選手となる。
特にヘディングの強さ、高さ、タイミングなのの技術は今でも現役最高のパフォーマンスだったし、少なくともアジアでは最高の制空権保持者だった。

初出場のフランスW杯にフル出場した頃は選手としてピークだったに思うし、あくまで日本レベルではあるがホントに仕事のできるセンターバックだった。
選手としてピークを過ぎかけていた時に迎えた日韓W杯のメンバーに選出された。若手のDFや当時ブレイク中のあの中村俊輔を差し置いて。選出理由はズバリ”精神的支柱”だったらしい。
選手としてのパフォーマンスよりも大和魂を重んじたトルシエ監督のちょっとした「サプライズ選出」だったのを覚えている。そんな秋田は献身的にチーム内の役割を全うし精神的支柱としてベンチに入り選手達を鼓舞しウォーミングアップを促し、選手に気配る姿を見て将来のコーチとして期待されているのかな?と思ったほどだ。

その通り今後は指導者になる予定で、Jリーグを含む複数チームからコーチの誘いを受けているという。




J1では歴代3位の391試合に出場し、J2を含めた現役通算出場は405試合。

またひとり、泥臭いプレイが身上の選手がピッチを去るのがとても残念だが彼の現役時代に残した功績は偉大である。そのことを誇りに後進の指導にあたってもらいたい。14年間おつかれさまでした。

石井慧    努力の天才柔道家

  • 2007/12/10(月) 05:11:28

柔道の名門・国士館大の山内直人監督に「ビックリしたよ」といわしめた若き天才柔道家を知っているだろうか?

テレビでもおなじみの「井上康生」ではなく、いつも井上と比較される「鈴木桂治」でなく・・
石井慧という男を。




前述の監督の発言は2006年の全日本選手権の直後の事だ。

石井は大阪の清風中学から清風高校へ進学した、生粋の大阪人だった。彼が出場する試合はまるで相手が勝負を諦めているかのように圧勝し続けタイトルを総なめにする。
高校2年の時、彼は大阪を捨て高いレベルの環境を求め名門・国士舘の門をたたく。更に進化をし続けた天才は19歳4ケ月の若さで全日本選手権に初出場し並みいる強豪を撃破し、なんとなんと「優勝」してしまったのだ。

ここで、この「優勝」のすごさを紹介しておこう。まず最年少優勝記録はあの世界の山下泰裕の記録を6か月以上更新し、初出場初優勝はアニメ「柔」ちゃんのお爺ちゃんのモチーフにもなった。猪熊以来47年ぶりだったそうだ。

決勝は当時世界チャンピオンの鈴木桂治。残り数秒で繰り出した執念の大外刈りで畳に押し倒した




彼の気迫が世界チャンピオンをも凌駕した一瞬だった。

練習量と気迫が彼の持ち味で、組み手争いやフィジカルやバランスではまだまだ改善の余地があるものの、少々の故障では練習を休まないところが監督も一目を置くところだといっていた。
「最後まで攻めないとまた監督に怒られる」という恐怖から攻め続けたと試合後のコメントを残すあたりがまだまだ子供だと感じるが中々どうして気合いの入った面白い柔道をする若者である。

翌2007年は決勝で「鈴木桂治」に敗れたものの2年連続で決勝進出し着実に力を伸ばし、昨日はなんとあの「井上康生」を破り嘉納杯のチャンピオンになった。力は本物になりつつある。このクラスは高井洋平や棟田などまだまだライバルは多いがいつの日かこの天才が世界をリードする日が来ると信じている。

彼の名をしっかり覚えておいてもらいたい。
天才は天才でも彼は「努力の天才」!石井慧。



神戸製鋼スティラーズ

  • 2007/12/09(日) 14:15:34

ラグビーのトップリーグの神戸製鋼の試合を久々に見た。

80年代、日本リーグの絶対王者は天才・松尾雄二率いる「新日鉄釜石」だった。
’北の鉄人’といわれた彼らのパフォーマンスを粉砕したのが、同志社ビッグ3とよばれた平尾・大八木・林とタレントを擁した「神戸製鋼」通称’赤い鉄人’だった。

あの頃の神戸製鋼は強かった!ウィリアムズやミラーといった強烈な脚力をもった助っ人外国人力にタレント性溢れる大八木や林を中心としたフォワード陣、弱点と言われたスクラムハーフは早稲田の堀越を補強しセンターに平尾・・・。まさに当時の日本代表の縮図の様なチームだった。

今でも日本の至宝・世界のトライゲッター大畑大介や法政出身のスクラムハーフ・苑田にスタンドオフには関東学院大から今村、法政の森田など才能溢れる男がハーフ団やバックス陣にごろごろいる。

しかし、勝てない!

なぜか?勝てない!

当時と今ではリーグ全体のレベルが上がっているし混戦状態ではあるが、タレント性や選手個々のスキルも当時と遜色ないはずだが・・。

当時との大きな違いは選手の力量でなく「熱い魂」と「結束力」だと感じているのは僕だけではないだろう。パワーやフィジカルよりも戦術や技術でかわそう、いなそうとしている感が否めない。ラグビーの基本は圧倒的な強靭な体力を使って男と男がぶつかりあうダイナミックさだと思う。今の神戸製鋼にはそれを感じないのである。

僕は古いかもしれない、世界との差を考えた時フィジカルを追っかけるのはナンセンスなのかもしれない。

でもいいではないか?「赤い鉄人」はいつの日も「鉄人」で。
『戦略なんかくそ食らえっ!と荒ぶる魂で勝負じゃ!』と意気込むチームがあっても・・・それが「神戸製鋼」であるならば。




その魂の継承者の一人、元木由紀夫を久々にグランドでみた。故障続きで満身創痍の体をフルに使いバックスのリーダーとしてディフェンス面をリードし若手を鼓舞し続ける姿に感動すら覚え昔のよき時代の「鉄人」の一面を思い出させてくれた。


試合うんぬん結果どうこうよりやはりいつの日も「鉄人」であってほしいと節に願っている。

追伸・・・花園に特別観覧席ならぬ家族コタツ席というのができていたが・・いつからですか?聞いてませんけど・・。でもいいアイデアですね。



岡田武史  新監督はかなり熱い男

  • 2007/12/08(土) 12:40:13

岡田武史。





今、日本サッカー界で一番『旬』な男であろう。
オシム監督の体調を踏まえ、この難局を乗り越えられる人物にとサッカー協会が選んだ代表監督である。

この男、見た目は地味であるが中々どうして凄く熱い魂と神ががり的な何かを持った男である。
早稲田大学から日本リーグ、さらにはフル代表と華やかな道を歩いてきた割には無名であるし、正直いまいちさえない感じがしてならない。
しかし現役でフル代表当時、鳴り物入りで入ってきた元祖FKの魔術師・木村和司に”代表の魂”を注入していた鬼の形相がたまにテレビで紹介されるがそれを見るたびに古き良き時代の大和魂継承者だな〜と感心させられる人物である。

10年前、加茂監督の解任を受けて苦境の日本代表監督に就任した時、当時絶対的存在だった「キング・カズ」こと三浦和良をも一刀両断するほどの熱い魂と若手を積極的に起用する決断力、熟考に熟考を重ね決断を下す冷静さと一度決断すると誰に何を言われようと自分を曲げない頑固さを兼ね備えた岡田監督。

失礼だが当時の’にわか’サッカーファンには全く知られていなかった男に誰が史上初のワールドカップ出場監督が彼になると思った事だろうか?。

改めて言おう「岡田武史が日本を初めてワールドカップに連れて行った監督である」

オシム監督が倒れる一週間前から来季を見据えたJリーグ各クラブからの監督就任のオファーを「今じゃない」という理由に断った。
本心は「一度登った事のある山ばかり、断崖絶壁の山なら登りたい」だったらしい。

『断崖絶壁の山』=『日本代表監督』だったかどうかは定かではないが彼の熱い何かを動かすには十分の「断崖絶壁の難仕事」のはずである。

「オシム路線」を継続するのか、全く新しい「岡田色」にするかなど世間の注目を浴び続けるであろうが自分を曲げずに頑張ってほしい。
世間の好奇な目にさらせれ、批判を浴び続ける事を承知の上でカズこと三浦和良の代表落選を決断した青の時と同じ信念で。

オシム監督の快気と岡田監督の前途を願ってやまない。

ウォッカ  64年ぶりのダービー馬   有馬に挑む・3歳牝馬

  • 2007/12/07(金) 15:45:22

有馬記念史上初の3歳牝馬のファン投票1位『ウォッカ』。




数々の歴史を塗り替えてきた「牝馬」に競馬ファンならずとも応援したくなるところなのか?

64年ぶりに牡馬の祭典「ダービー」を制した豪脚は師走の中山を制するのか?

ダービーにまさかの挑戦を決めた時、確かに強かったのは認めるが「思い出作り」だけと思ってしまうほどで、あくまで「話題」ありきだと思っていた。

あの3ハロン33秒の鬼脚を見るまでは・・・。

恐れ入りました。ビックリするほどの潜在能力を秘めていたんです。信じて見てなかったとは東京の直線を駆け抜けるあのスピードにはビックリしましたし、馬券は買ってなくとも興奮させられました。ほんとに見くびってました。陣営の皆さん・・スイマセンでした・・・。

36年もの間、有馬記念では「牝馬」が勝てていない。
『牝馬と葦毛は有馬で勝てない』というジンクスを破るのか?という期待を一心に背負って走る訳だがそう簡単ではないだろうとは今度は推測できる。

確かにダービーを制した末脚は本物だろうし、レベルの高かった今年の牝馬の中でも絶対的な力を誇ったのは紛れも無くこの一頭であろう。

しかし、ダービーの時は注目はされていたがマークはされていなかったはずだろうし、展開のアヤもあったように思う。
その後、秋華賞3着の後、ツメに不安を残しエリザベス女王杯を回避、満を辞して望んだジャパンカップでは最後の最後で上がり3ハロン33秒6の爆発的な末脚をみせたものの4着とまり。

相手各陣営も徹底マークをしてくるだろうし、牡馬のプライドもあるだろうし「ウォッカ」包囲網が引かれている有馬記念では展開の味方も考えにくい。いささか期待しすぎてる感を差し引いても勝つのは至難の技に思える。

なにはともあれ今年の競馬界の総決算・グランプリの称号をかけて有馬記念に挑戦する3歳牝馬・『ウォッカ』を心から応援したい。馬券を買うかどうかは別問題として・・・。(でも敬意を表して単勝を少し買っておきます)

オリンピック出場を決めた野球  「プロ」に望むものが見えた日

  • 2007/12/05(水) 12:43:45

「野球界の為と思えば、わかりやすく日の丸を背負える。プロ、アマを含めて日本野球界の為にやろう。今まで自分の為にやっていた事が多いと思う。でも、今回ぐらいは人の為に、野球界の為に、自分以外の為にやっていいんじゃないか」

日本代表の主将に選任された時のヤクルトの宮本の第一声である。









昔から『夢を売る商売』とプロ野球選手を称してよく言ったものだ。確かに卓越された技術とパフォーマンスを見に球場に足を運び、テレビにくぎづけになり観戦を楽しむのだが、やってる本人はチームの勝利や個人の成績・年俸を気にしながら日々とり組んでいるのだと思う。

「プロ」の選手なのでそれでいいと思うし、それでパフォーマンスが良くなるのであればファンも納得するだろう。ファンあっての「プロ」と最近流行の言葉の様によく使われる。マスコミの影響なのか観客数増加の目先だけの戦略なのか、試合後に選手や監督が歌を歌ったり、ヒーローインタビューでオチャらけた発言をしたり・・・。勿論そのような行為を全部否定するつもりはないが、やはり見たいのは「プロの技術」であることを忘れてほしくない。

「国と国との勝負。表現は悪いけど『戦争』のつもりで戦った。」

予選突破を決めた記者会見で宮本主将が発した第一声である。

技術の上に見たいのはこの気持ちだはないのだろうか?チームの為でも個人の為でもファンの為でも・・・それが誰の為でも見たいのは気持ちのこもった全力のプレーではないだろうか?

ヒットやホームランを打った時のガッツポーズや万歳は「メジャー」では相手に失礼という理由でしないらしいが僕はそうは思わない。
ピッチャーも渾身の一球で討ち取ったら雄叫びをあげればいいし派手なガッツポーズも大いに結構だと思っている。

それがヤクルトのラミレスの様なパフォーマンス的なものでなく日本ハムのダルビッシュの様な体の奥から湧き上がってくる熱いものを吐出したかの様な「雄叫び」であるならば。

今回のオリンピック予選を見て感じた「熱い」ものはやはり選手の気持ちのこもったプレイからくるし、ヒット1本、アウトひとつのたびにグランド、ベンチ、選手、コーチ陣全員でハイタッチ、ガッツポーズをしていた姿に引き込まれていったのである。

「プロ」とはそういうもので人々を感動させ希望を与えるからこそ『夢を売る商売』と言われるのだろう。いつの時代もそうであってほしい。

野球が五輪種目として最後になるかもしれない北京。

五輪種目として復活する為にできることは、五輪の野球を盛り上げること。

確かに世界レベルで見ると「野球」というスポーツの人気度は極めて低い。しかし、今回の様な最高のパフォーマンスを全世界に発信できたなら世界的な盛り上がりは起こっても不思議ではないはずである。
「熱い」を感じる感性は全世界に住む人達の共通の感性だと思うから。時間はあまり残されていないが今回の「気持ち」を忘れず世界で戦って欲しいものである。

公開競技だったロスオリンピックで元・阪神の広沢(当時明治大学)の度肝を抜くバックスクリーン越えのホームランで金をとって始まった「野球」。

最後になるかもしれない北京でも日本が金メダルをとって欲しい。



星野仙一  闘将星野と2人の盟友

  • 2007/12/04(火) 06:18:56

闘将・星野仙一。




星野JAPANが誕生して約1年。悲願のオリンピック金メダルを託された男は満を持してJAPANのユニフォームを着ていた。監督要請受諾の唯一の条件に「コーチを田淵と山本にしてくれ」だったという。

東京6大学野球時代、明治の星野、法政の田淵・山本に別れ幾多の名勝負を演じ、プロ入り後も中日の星野、阪神の田淵、広島の山本と別れ巨人戦なんかには特に大暴れし一時代を築いた盟友であり、親友であり、永遠のライバルだ。

そんなともすれば『仲良し内閣』と皮肉られるようなコーチ陣を配した意図は闘将・星野の良き理解者であるとともに、日本の球界の存亡を揺るがしかねない「オリンピック」という大舞台に立つには本気で意見をぶつかり合えるスタッフを必要としたのだろう。

監督就任後、3人は多忙を極める。選手の選考に、ライバル国の調査・マークを勢力的にこなすのである。よく喧嘩もしたらしい。酒も飲んだらしい。日に日に高まる緊張とプレッシャーは想像を超えて圧し掛かって来たことだろう。

星野は就任以来2人に口癖の様に言い続けたらしい

『選手のプライドを傷つけるような言動は絶対にするな!』

『戦力よりも戦意が大事だ!先頭に立って引っ張っていこう!』 と


星野がグランドで山本コーチのむなぐらを掴む事件が勃発した。
宮崎合宿2日目、山本コーチは集合3分前にグランドに姿を現したそうだ。すると星野は「何をやっとるんだ!」と一喝しむなぐらを掴み、立て続けにこう言ったそうだ。
「お前は何様や!試合に負けて俺たちに帰る所は無いんや!戦争に行くつもりで行動しろ!」と。
確かに言い方に若干の問題はあるが、それを聞いた選手は監督の必死さや情熱が伝わったのだろうし、星野も伝えたかったのだろう。

星野とはそういう男である。

激情型の監督に見えがちだが野村監督もびっくりなほどデータを駆使するし、投手中心のディフェンスのチームを好む。
それでいてかなりの人情家で気遣い上手である。中日・阪神監督時代、欠かさず続けた事のひとつに選手の奥さんの誕生日には必ず花束とプレゼントを贈っていたのである。全選手の奥さんにである。勿論ポケットマネーで。そんな監督も国を背負っての短期決戦では『気の緩みや油断が一番の敵』と考えたのであろう。盟友・山本コーチを一喝する事で『本気』を伝えたかったのであろうし、伝わった。

選手は練習から歯を見せなくなった。

選手間ミーティングを率先してするようになった。宮本キャプテンを中心にコミニケーションの輪ができた。怪我を抱えている選手も省みず懸命に白球を追いチームにおける役割を全うしようとしていた。そして何より全員の意思が統一された。

そうなれば地力に勝る日本が負ける訳がない。3連勝でオリンピックの切符を手に入れた。

全国民、野球ファンが興奮した夜、台湾の空に涙まじりの闘将は宙に舞った。
その輪の中心にいて、最後まで監督のベルトを離さなかった2人の男こそが田淵と山本両コーチだ。喜ぶ選手達を誇らしげに見守る3人の肩はがっちりと組まれていた。オリンピックの金メダル、悲願の金メダルも3人いれば大丈夫!と思えたほど熱く高揚した夜だった。



早明戦観戦記  やはり早稲田は強かった 早明戦から】

  • 2007/12/02(日) 16:48:15




テレビではあるがラグビーの早稲田VS明治『早明戦』を観戦した。近年は圧倒的に早稲田に分があったが今年は明治がここまで全勝できている事もあり”ひょっとしたら”という期待と接戦になる予感があって少し楽しみにしていた。




戦前のテーマは早稲田が「一人一殺」・「明治の遅い展開に巻き込まれず早く展開する事」対する明治は「前へ前へ」・「FWの明治の復活」だったらしい

が、蓋を開けてみると・・・

まさに大人と子供。

卓越した個人のスキルと成熟した戦術理解力で明治の突進をものともせず、忠実に自分たちのラグビーを90分間遂行し続ける早稲田と、強力大型FWが全く機能せず、明確な戦術も見えてこない明治。

71対7。

大正12年から始まった早明戦史上最高得点をとった早稲田、史上最高得失点差で勝った早稲田、後半途中でレギュラーを総入れ替えする余裕を見せた早稲田。早稲田は強かった!

バックスのスピードは勿論、走れるフォワードに、日本代表クラスの個人技、ボールへの集散力にはこれが大学生チームかと感心させられるほどの完成度。
ラインアウトの成功率や太陽の逆光を利用したハイパント攻撃など心憎いばかりの徹底ぶり。強い者が油断せずに作戦を遂行すればおのずと結果はついてくるという典型的なパターンだったと思う。

勿論、ここまで全勝の明治が弱いわけではないが、自慢のフォワードを封じ込められた後の展開は見えてなかったようだし、二の手、三の手を考えられなかったか実行できなかった点が歴史的大差につながった気がする。観戦していて「つまらない」と思う試合ではなかっただけに明治にも十分敬意を払うと共にいつの日か無敵・早稲田にひとあわ吹かす所を期待したい。

早稲田の強さが目立った「早明戦」ではあったが面白い試合であった。



金満補強   福留孝介のメジャー挑戦に物申す

  • 2007/12/02(日) 06:10:42

巨人の事を金満球団と揶揄する評論家やアンチ巨人ファンがいる。他球団のFA選手や高額年俸選手を惜しみも無く獲得していく様は「世界」の常識からすれば滑稽に移っているらしいが、某有名オーナー(会長?)は他人事の様に毎年同じ事を繰り返しているようだ。落合(中日)にはじまり清原(西武)に江藤(広島)・広沢(ヤクルト)更には小久保(ダイエー)・ぺタジー二(ヤクルト)、最近ではイ・スンヨプ(ロッテ)に小笠原(日本ハム)と球界を代表する稀代の4番バッターは勿論の事、ピッチャーも工藤(ダイエー)にメイ(阪神)、ヒルマン(ロッテ)にパウエル(近鉄)とこちらもエース級を惜しげもなく獲得してきた。渋いところではシコースキー(ロッテ)とかも・・・『金』の力で。

そんな巨人が金満さで見劣りする事態に今、なっている。




恐るべし「メジャー」!!

今年のFAの「打」の目玉はなんと言っても中日の福留だ。

メジャー志向の天才左打者を獲得するのに4年契約で総額20億を提示したとかしないとか・・。
しかし、日本の至宝の価値は単年5億ではなかった。3年33億(単年11億)が基本線というかスタートラインらしい。

ここからマネーゲームがスタートするらしい。まだまだ世界の金満球団が様子を伺っているようなのでドジャースやメッツ、ヤンキースなんかが参加してくると3年べースでいうと40億〜50億もありえる話である。

恐るべし「メジャー」!!

イチロー(マリナーズ)並みのバットコントロールと肩の強さを含む守備力に松井(ヤンキース)並みのパワー、安定したパフォーマンスを一年投通じて魅せれるスタミナに快速ぶり。

確かにどれをとっても「日本の至宝」と呼ばれるに値する外野手である事を加味すれば確かに高値の争奪戦になるのはわかるがそれでも単年単価10億以上の投資を惜しみになくする「メジャー」はの金満補強はどうなの?と思う。

岡島のようにたとえ1年でも実績を残した選手にアメリカンドリーム的な報酬があってもいいと思うが、名前や代理人の力量で年俸が決まるのはいかがなものだろうか?
強欲な代理人が選手本人の利益や目指すものを考えずにただただ値段を吊り上げてマネーゲームを仕掛けているような気がしてならないのだがどうだろうか?

チームも本当に必要な戦力や最重要補強ポイントに合致した選手をより安く探してくるという本来の役割を忘れているのではないだろうか?

例えばヤンキースに今年必要なのは外野手でなく先発投手である事はだれの目に見ても明らかである。移籍・契約条件としてレギュラーの確約や年俸の高さではなくて補強ポイントをしっかり見据えて必要とされてる球団に迎えられ、活躍しチームが勝つ事によって初めて年俸を上げてもらい、達成感を味わえるような契約をしてもらいたい。
「メジャーに『挑戦』する!」とキレイ事を言うのなら尚更である。




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