無料
エロ
動画

オリンピックサッカーとクラブ

  • 2008/07/30(水) 13:25:54

バルセロナとメッシ、強いてはアルゼンチンサッカー協会とFIFA(世界サッカー連盟)が今、もめている。
オリンピックにバルセロナは至宝であるメッシを出すか出さないかともめているのだ。クラブと代表。
これはいつの時代も召集問題でもめて来た。

さらに今回はオリンピック。つまりFIFA主催のワールドカップや指定親善試合ではないので問題をさらにややこしく難しくしている。

バルセロナの言い分はこうだ「今季、チームはメッシを中心に戦う。その為キャンプやチャンピンズリーグと重なるこの時期に出せない」確かにロナウジーニョなき後『10番』を継承しヨーロッパチャンピオンに返り咲く事が至上課題のバルサは引くに引けないだろう。
一方のアルゼンチンサッカー協会も黙っていない「オリンピックに23歳以下の選手を出す事はクラブの義務だ」
これは本人にどうする事も出来ない契約だとかの問題になってるのだろう。

確かに時代は変わった。サッカーは既に巨額の金にまみれ、“スーパー・プロフェッショナリズム”が席巻している。選手たちは巨額の移籍金や契約金や年俸で囲われたスポンサーやクラブの利益のための“囚われの身”だ。

だから本人の意思のもと自由に移籍もできないし代表にも個人意思だけでは簡単には参加できないのだ。メッシ自身がこの件に一切話さないのはその辺の事由もあいまって何も言えない状況なのだろうと憶測される。

今回の騒動を受け、アルゼンチン国内ではさまざまな議論が繰り広げられているらしい。はっきり代表への思いを口にしないメッシの母国でのイメージは低下し強力な”わがまま”を貫く欧州のビッグクラブには批判の目が向けられている。
確かに多額のお金を投資しているクラブの事情もわからなくもない
今、世界のサッカー界はこの欧州のビッグクラブなくしては成り立たないという現実も事実だそれでも世界のサッカーファンは国と国が威信をかけてベストメンバーで戦う真剣勝負を見たいと思っているのだ。
なんとかしてもらいたいし一番危惧するのはこの騒動のあおりを受けてスター選手がモチベーションを下げ本来のパフォーマンスを出せない事態にならないかという事だ。

本当にファンを大切にしてこそのクラブになれないものなのだろうか?そうすればクラブの存在価値もでるだろうし行く末大きな発展を遂げる気がするのだがいかがなものだろうか。

ブラッド・ジーグラー  メジャーのオールドルーキー

  • 2008/07/29(火) 17:00:22

アメリカのメジャーリーグに面白いオールドルーキーが現れた。

オークランド・アスレティックスの28歳ジーグラー。

メジャーでは珍しいサイドスローのジーグラーはデビューからの連続イニング無失点を27イニングに伸ばし101年ぶりに新人記録を更新した。近代野球では前人未到の快挙である。
僕がたまたま見たこの日もジーグラーは強力打線が売り物のテキサス・レンジャーズ戦の7回からリリーフ登板した。大きな拍手と敵ファンからのブーイングで登場したサイドスローはこの日も2イニングをピシャリと押さえ記録を達成するとともにチームの勝ちに貢献した。

5年ものマイナー暮らしを経て幾多のフォームの矯正に取り組むなど苦労に苦労を重ねた28歳は5月末にメジャー昇格した。故障者が相次いだチーム事情と重なり昇格した、いわばラッキーに過ぎなかったらしい。
「メジャー選手になるには選手生活にあるたった一度のチャンスをモノにしないといけない」マイナーで長く過ごしてきたジーグラーの重みある思いだった。
「格別な気分。ここに上がってきてから、一生懸命やってきたという実感はある。このように特別な経験をしたのは初めて」とインタビューを受けたオールドルーキーはそう笑った。「ノーヒットノーランやパーフェクトゲームと同等の価値がある。彼がマウンドに上がると、スコアボードにゼロを積み重ねてくれるという期待が沸く」とチームメイトも祝福した。

今やメジャーは日本を含むアジア各地のプロで名を馳せた選手が多額の契約金でやってくるし、プエルトリコやドミニカさらにはキューバなどの野球先進国からスカウトや代理人が連れて来た大物がメジャー契約を迫って押し寄せてくる多国籍戦国時代だ。

こういった時代に地道に1Aから這い上がってきた苦労人がアメリカンドリームを手にする光景になんとも嬉しく思う。
ブラッド・ジーグラー 28歳。遅咲きのルーキーに更なる期待をよせている。



山本昌広  稀代のストレートピッチャー

  • 2008/07/28(月) 12:30:31

「背番号「34」番を背負った未来の大エース」大型左腕で背番号が伝説の400勝投手金田正一と同じ34番。期待を背負って入団した高校生はその片鱗を見せることなく2軍生活を送っていた。その男の名は山本昌広。




高校出でドラフトの隠し玉とも言われた好投手を球団は当時絶対エースだった小松のつけていた34番を託した。
しかしプロでは芽が出ずくすぶり続けた3年間を送ると球団は最後通告といわんばかりにアメリカに留学にだした。そこで山本は一気にその才能を開花させる。「スクリューボール」といわれる魔球を手にするのだ。ストレートと同じフォームで繰り出される落ちる魔球を武器に山本は一気にスターダムを駆け上がり今中とならんで中日の絶対的エースに成長するのだ。

山本の投球を見てスクリューを中心にのらりくらりとかわす軟投型と思うだろうがなかなかどうして130キロ前半のストレートが投球の組み立ての中心であるのだ。山本の投球数の約45%がストレートなのだ。45%と言われてもあまりピンとこないだろうが例に挙げると巨人の上原が約40%で西武時代の松坂でさえ約43%と先発完投型の投手としては異例の高い数字であることが伺える。ちなみに同タイプと称される阪神の下柳は約8%である。

何故130キロそこそこのストレートでプロのバッターが打てないのか?と疑問に思われると思うので少しだけ専門的な話をしておこう。

山本のストレートはそのコントロールもさることながらキレ(回転数)が凄いのだ。投球後、一秒間にかかるバックスピンの数は松坂で45回転、阪神の藤川で49回転するが山本はなんと52回転もしているのだ。あの藤川の投じる低めに決まる伸びのあるストレート以上の切れをもってコースに決まるのだ。だから130キロそこそこのスピード表示でもバッターは思った以上に速く感じ簡単に詰まってしまうのだ。

そんな大男が名球界入りを目指して積み上げた勝ち星が199勝となった。
史上最高齢の達成投手となるだろう。

入団当初に比べられた金田正一に名球界のジャケットを着せてもらう日が日に日に近づいている。趣味のラジコン(日本チャンピオンにもなった事があるほどの腕前)を封印して望んだ今季、その夢が叶う時がようやく訪れそうだ。なんとか今季中に達成してもらいたい。

稀代のストレートピッチャーに乾杯。



李寧

  • 2008/07/26(土) 19:26:55

1980年代に国家の威信を懸けて強化し躍進した中国男子体操チーム。その中でも無冠の帝王と呼ばれで常に中心選手であり続けた男が中国体操界の至宝、李寧(り・ねい)だ。
6種目でこれといった不得意種目もなく世界体操選手権及びオリンピックでは個人総合にて優勝候補の常連であったが結局優勝することはなかった(種目別では金を獲得)が最後まで体操ニッポンを苦しめた天才選手だった。あの具志堅も森末も常にライバル視し李寧を倒すために練習をし常に目標にしてきた選手だった。

そんな李寧が国家の威信とは別に個人のプライドの為に戦った1988年のソウルオリンピックで彼は歴史的失敗を繰り返し「中国国民全員を敵にまわした」とまで言われ外出もできないほど追い込まれ惜しまれることなく表舞台から姿を消した。つい先日まで国家の英雄と崇められていたのに跳馬で着地に失敗し団体戦の金メダルはおろかメダルすら獲得できなかったA級戦犯として非難の的になったのだ。

そんな彼が今世界中から注目を浴びている。

体操のコーチでもなく中国の政治家でもなく彼は一人のスポーツウェアを売る実業家として世界から注目されているのだ。ナイキ・アディダス・プーマと一度は耳にしたことがあるだろう有名スポーツメーカーと肩を並べるほどに成長してきた「リネイ」というブランドをご存じだろうか?そこの社長(創業者)として今、世界中のビジネス界制覇をもくろみ順調に成長を遂げているのだ。

今度のオリンピックでもスペインやスエーデンなどの国々が「リネイ」と契約しオリンピック公式ウェアを着て入場行進や表彰式に臨むといういわば世界トップの仲間入りを果たしたほどの大企業である。

一度は中国から亡命したいとまで考えた天才体操選手は今、中国を代表する企業のトップとしてまた世界と戦っているのだ。昔の体操ファンからすれば不思議な話であるしコーチに就任して第二の李寧を作ってもらいたいと願いたいものだが、彼の野望はもうそこにはないようだ。

ナイキやアディダスなどの世界有数のブランドを押しのけてトップに立つ日が来るかもしれない。その時「無冠の帝王」の名を返上するときかもしれない。



三度、石田。常総の夏

  • 2008/07/25(金) 14:04:44

関連過去ブログ? 石田文樹   怪物退治をした男

関連過去ブログ? 石田、蘇る

全国高校野球茨城予選決勝で名将・木内幸男監督(77)率いる常総学院がサヨナラ勝ちで3年連続12度目の甲子園出場を決めた。

『天国の教え子にささげる甲子園切符』

教え子であり愛弟子であった石田文樹を失ってからも尚、甲子園出場への熱い思いを消さなかった名将は木内マジックと呼ばれる見事な采配でその思いを遂げた。

「優勝というこの日を迎えるために悪いけど葬式には行けない」と誰よりも多くの涙を流した名将はその夜静かに手を合わせた。そして昨日、「優勝を報告できるのは幸せなことだね」とまた涙をにじませた。

試合は序盤から苦しい展開に。
しかしこういう時にこそ木内マジックが炸裂する。練習のたまものと本人は謙遜するが一塁走者が挟殺される間に三塁走者が本塁を陥れて先制する戦術は高校生になかなかできる戦術ではないしっかし反復させ教え込み使い込んで初めて成功する高度なテクニックだ。しかしリードもつかの間エースでキャプテンの島田。
常総学院の島田。記憶にあるだろうか?
この名前に?そうあの島田の息子だ。
後に日本ハム・福岡で活躍した帝京の芝草宇宙と激闘を演じアイドル投手として高校球史にその名を刻んだ島田直也(元横浜)の息子が父と同じ常総学院の門を叩き甲子園を目指していたのだ。

その島田がつかまり逆転をゆるすと試合は大詰め9回を迎えた。誰もが負けを覚悟した2アウトから常総の意地をみた同点劇。勢いそのままに10回に勝ち越し甲子園への切符を大逆転でつかみとった。

大会中で葬儀にも参列できなかった。

「生きてるもんが頑張らないといかんからね」エースと監督の合言葉だった。

エースでキャプテンの島田も父が同時期に横浜に在籍した関係で遊び相手をしてもらったことがあったという石田への思いを秘めマウンドに立ち続けた。
2人は甲子園終了後に石田の元へ駆けつけることにしている。石田のそして常総学院の木内監督のそして父のたくさんの思い出が詰まった聖地で一暴れした後に最高の報告をするつもりだ。

グレッグ・ノーマン  ホワイトシャークの復活

  • 2008/07/23(水) 16:18:53

タイガー・ウッズ不在の今年の全英オープンの主役は53歳のホワイトシャークだった。




過去2回この全英オープンを制覇した天才プロゴルファーはもう53歳になっていた。しわも増えたしスイングにも往年のキレは見受けられなくなったが一世を風靡したあの眼光の強さはまだまだ健在だった。

世界のツアーで70勝近くしているノーマンだが2位に甘んじた大会の方が多いのではと思うぐらいここ一番で辛酸をなめてきた。ライバルであるニック・ファルドに世紀の大逆転負けを喫したマスターズなんかはもう10年以上前の事だがまだまだ記憶に新しい。
最近ではプレイヤーというよりゴルフ場の設計やワインの販売会社の設立で大儲けするなど多方面での活躍しか耳にしなかったのでゴルフ界ではすっかり忘れられかけた存在だった。




趣味のテニスを通じて知り合った元テニスプレイヤーでウィンブルドンの妖精として世界中を熱狂させたあのクリス・エバートさんと再婚するなど私生活では絶好調だった今季3年ぶりに全英にホワイトシャークがもどってきた。

リンクス特有の強風と長いラフ、蟻地獄のようなポットバンカーに並居る強豪が苦戦する中老獪なテクニックと卓越した精神力で3日目を終わって単独首位。
史上最高齢のメジャー優勝記録を塗り替える絶好のチャンスを迎えて臨んだ最終日。

ゴルフの神はホワイトシャークには微笑まなかった

大たたきをして3位に甘んじた。
やはりというべきか残念だったと言うべきか言葉に迷うがリンクスコースにホワイトシャークをみただけでよしとしよう。
来年も挑戦してくれると信じているし来年こそは優勝してもらいたいものである。

ロス五輪の野球金メダルを振り返る

  • 2008/07/22(火) 17:59:56

星野JAPANが悲願の金メダル獲得に向け奮闘中だ。
思い起こせば24年前のロスで公開競技ながら金メダルを獲得してから積年の思いを遂げる時がそこまで迫っているのだ。

あの時の日本もそうそうたるメンバーで臨んだものの実はアジア予選で敗退していた事はあまり知られていない。

当時のアジアは後に中日で活躍するソン・ドンヨルがいて台湾には西武に入団したの快速エクスプレス150kmを投げる郭泰源が立ちはだかりアジア予選で負けたのだ。

キューバの出場辞退により舞い込んだ敗者復活だった。

当時の日本チームは全員がアマチュアであったが後にプロで大成した実力者が多数いたメンバー構成だった。投手は伊東昭光(ヤクルト)に宮本(巨人)がエースで抑えに先発に中継ぎとまさに大車輪の活躍をみせた。野手でもファーストに明治大学の広沢(ヤクルト)にショートに和田(阪神)、セカンドに正田(広島)・・・と今思えばかなり豪華なメンバーだった。予選で宿敵韓国に勝ち、リーグを勝ち上がると準決勝で台湾と対戦、確かサヨナラタイムリ―を荒井幸雄(ヤクルト)が放ちアメリカとの決勝に駒を進めた。

絶対王者キューバが出場辞退でがぜん地元アメリカが優勝の大本命になり沸き立つ観客を前に伊東昭光が好投した。

当時のアメリカにものちのスーパースターが沢山いた。あのホームランキング、マクガイヤが4番を打ち巨人にも在籍したシャーン・マックが脇を固める豪華布陣。その大型打線を手玉にとった伊東のこぎみいいピッチングは今でも覚えている。あの時から24年。

上原にすべてを託した感のある星野監督が宙に舞うのか期待してその時を待ちたい。

上原浩治

  • 2008/07/21(月) 23:17:46

上原浩治。

大阪が生んだ日本最高の投手として長く君臨してきた男が今、苦しんでいる。
スピード、切れとも最高のストレートに切り味鋭い高速フォーク、カーブにチャンジアップ、カットボールにシュートにスライダーと惜しげもなく変化球を繰り出し相手打者を完璧に封じ込めるその投球スタイルに影を潜めている今年、来年には念願のメジャー挑戦を決め込んでいる今年、足の故障もあり満足なピッチングができないでいる。

「自分の中で心の整理ができていないのが本音です。正直今でも、悩んでいます」と日本代表として北京のメンバーに選ばれた記者会見でも歯切れの悪い言葉が並んだ。上原の武器はそのストレートでもその多彩な変化球でもなくそのマウンド度胸にあると僕は思っている。

星野監督は予選の韓国戦で見せたあの気迫あふれる12球、しびれる1点差をもろともせずピシャリと抑えたあのたった1イニングだけで上原をメンバーに入れたと説明した。その気持ちは十分に分かる。

その試合を含め国際試合はアマチュア時代も含め23戦無敗と無類の強さを発揮しその神がかり的な成績に星野監督はこだわったのだ元来、僕はスポーツはある程度の実力同志なら気持ちで勝敗が左右すると思っている。勿論卓越した技術と練習量いう裏づけがあっての事だがその気持ちを特に大事にする星野監督には上原はある意味阪神の藤川以上に必要な戦力と考えているのかも知れない。

しかし「落ち込んでいてもしゃあないもんなぁ。1日1日を大切に過ごして、その積み重ねしかないんだもんな」と会見の最後に上原がぼそっと吐いた言葉にはその『気持ち』というものを感じられないし自信を失っているのが誰が見ても分かる気がするそれでも上原に託す星野監督の気持ちに答えられるか興味があるし、再度「上原」という投手の凄さを日本中いや世界に広めてもらいたいと期待もしている。

「なんとかします」と言い切った上原の言葉を僕も星野監督も日本中の野球ファンも誰もが信じている

野茂英雄引退   野球界の最後の侍

  • 2008/07/19(土) 11:36:58

海を渡ったドクターKがその幕を静かに下ろした。




華々しくデビューしたあの怪物を初めて見たときらもう20年も経つ。

トルネードと名付けられた独特のフォームから繰り出される速球とフォークだけで日本のみならずメジャーを席巻した男が引退を決めた。あのスピードと重さの速球と切れ味鋭い高速フォークを操る野茂は日本プロ野球史上最高の投手の一人といっても過言ではないだろう。

ストイックで寡黙な性格と思われがちだが本当は「心優しく熱いハートをもった明るい人」なのだ。
度重なるマスコミの取材に嫌気がさしインタビューでもぶっきらぼうに振る舞うところからヒールなイメージが付きまとうが中々どうして一本びしっと筋の通った男なのだ。
かつて自らも籍を置きプロへの礎になった社会人野球界が不況の波を受け低迷すれば自ら私財を投げ打ってチームを設立したしメジャーに挑戦する日本人を含むアジア人の生き残り場所として1A(メジャーから3つ下のカテゴリー)チームのオーナーになったりと常に自分を取り巻く野球界の為に常に先頭になって立ちあがってきた男なのだ。

幾多の故障にも負けずメジャーへの再昇格を目指しトレーニングを続けた男を知る人の一人に立花龍司というトレーナーがいる。
近鉄在籍時のトレーナーだったが当時からストイックに体を鍛え野球人生を長く全うしようとした野茂とその当時はまだまだ取り入れられていなかったアメリカ式のトレーニングを推奨しようとしていた立花はすぐに意気投合しパートナーとなる。

当時はウエェートトレーニングなど皆無に等しかったのを積極的に取り入れマッサージなど体のケアにその多くの時間を割くなど今では極々当たり前のトレーニングをいち早く取り入れたコンビである。

よく野茂の事をメジャーのパイオニアと称するが実は「選手寿命延長」のパイオニアとも言われているのも事実だ。

そんな野茂が引退した。

「まだまだしたいし現役に悔いが残っているがお客さんに見せる最高のパフォーマンスができない」と短くコメントを残しただけの野茂らしい引退セレモニーだった。
「夢をあきらめない」。
同名の岡村孝子の名曲をこよなく愛し、座右の銘として滅多にしないサインには必ず「夢をあきらめるな」と書いていた男が夢をあきらめた瞬間だった。

某局のアナウンサーが皮肉めいた言葉で送った言葉「野球界の最後の侍」しかしその言葉は彼にぴったりのような気がした夜だった。




関連ブログ 野茂英雄 現役にこだわる野茂世代の牽引者

関連ブログ NOMOベースボールクラブ  野茂英雄の魂

反町ジャパン

  • 2008/07/18(金) 12:38:17

反町監督が悩みに悩んで選出したメンバーが決まった。オリンピック男子サッカー代表が決まったのだ。
選び抜かれた18名に反町ジャパンを予選から支えた常連と呼ばれるメンバーの名はなかった。
DFの要であったはずの清水エスパルスの青山やゲームキャプテンを務めたこともある伊野波や自らを成長させるために海外に渡った水野ら今までに反町ジャパンの一員として代表のユニフォームを長時間着てきた選手を容赦なく切り捨てた。
苦戦続きで苦しみながらなんとか通過したアジア予選の軸だったメンバーをごっそり外す。「非情の決断」を下したには相当の覚悟と勇気がいったことだろうしそれが駄目だとは思っていない。予選で頑張ったから本戦もというそんな安易な選考された方がよっぽどナンセンスだ。今の状況やフィジカル面戦術理解度や団結力など総合的に判断して現時点での最高のメンバーを選んだ事については評価をしたい。

それが最高のメンバーならばの話しであるが・・・

24歳以上オーバーエージ枠選手がいない。
オーバーエージ枠を使う事に確かにデメリットもある。戦術理解度やチームワークに多少なりともリスクを背負う事があるだけにまんざら何故使わない?と糾弾するつもりはないがその過程がまずいと思う。反町ジャパン発足当時から一貫して抱えている弱点は大きく2つ。FWの点取り能力と中盤からリズムを変えた攻撃を操れる選手の不在。

この弱点を補う選手にと目をつけたのがFWの大久保と中盤の遠藤だった。しかし大久保といえば激情型でチームワークというよりも我が我がというタイプだし日本代表を一気にピンチに落とし込んだ悪質なラフプレーで一発退場という
シーンを幾度となく見てきた。しかもクラブから断られる始末。

更に遠藤に関してはクラブチームでもフル出場。しかも強豪チームのガンバにいるため、カップ戦にリーグ戦にアジアチャンピンズリーグに日本フル代表と忙しく故障も抱えていた。そんな選手をリストアップしたとたん内臓疾患で辞退される始末。

すると一気に方向転換しオーバーエージは使わないメンバー構成を発表。

「いいのか本当にこれで」と疑問に思ってしまう。本気で勝ちたかったら本気でオーバーエージを欲しかったら本気でクラブを口説いたり選手の体調管理を徹底させたり断られた時の為に2の矢3の矢を用意する必要があったのではないだろうか?どうも監督から「本気で勝つ」という気持ちが表れない事が不満である。大丈夫なのか反町ジャパン?



石田、蘇る

  • 2008/07/17(木) 11:29:25

悲しいはずだ。みんなの前でも泣きたいだろう。いや人前にさえ出たくないだろう。そんな大きなショックをもろともせず一人の17歳はマウンドに立った。取手二高で高校球界を沸かした石田文樹が亡くなった翌日、その息子は父の跡を追う戦いである予選のマウンドに立った。

背番号20を背負うその控え投手はエースのローテーションの為、チームの為志願の登板をする。若かりし頃の父が上ったマウンドに魂を込めた。ポーカーフェイスを装い歯をくいしばって投げ込む姿に僕は父の姿を重ね涙した。
決してプロ注目のピッチャーではない無名の公立校の控え投手だしストレートも130kmそこそこスライダー、カーブ、フォークを交えて交わす軟投派タイプだ。

「私情は持ち込みたくなかった。自分がエースだと思っているので投げる事に迷いはなかったです。オヤジなら“行け”と言うと思う」と試合後振り返ったインタビューがまた泣かせる。

幼い頃のキャッチボールから始まり野球のすべてを叩き込んでくれた。スライダーは父がプロ野球選手時代に後輩の盛田から握りや投げ方を教わり息子に伝えた。カーブはライバル桑田からそしてフォークはあの大魔神佐々木直伝の投げ方だ。ストレートにこだわりプロで大成しなかった父の息子への最高の贈り物がプロの中でも超一級の投手から学んだ変化球だった。

気丈にふるまう高校生に厳しい質問がとんだ
「最後にお父さんにどのような言葉をかけたんですか?」
息子は絞り出すような声でこう答えた「ありがとう、父さん」と。
渡された“ウイニングボール”を握り締め父を思って泣きくずれた高校球児はその時初めて父を亡くした息子に戻ったようだった。

関連ブログ 石田文樹 怪物退治をした男

石田文樹   怪物退治をした男

  • 2008/07/16(水) 12:00:19

1984年の夏の甲子園の主役は間違いなく「KKコンビ」桑田・清原だった。
その怪物退治を演じた男が茨城県立取手二高のエース石田文樹投手だった。常総学院を率い何度も甲子園を沸かした名将・木内監督が当時はベンチにいた。その木内監督と共にそのエースは輝いた。




決勝戦で清原和博、桑田真澄という超高校級選手らを擁した絶対王者PL学園に対し試合前夜に木内監督は練りに練った作戦を選手に伝えたという。その第一声は「すまん。俺の力ではこれが精一杯だった。この作戦はエースの頑張りに尽きる。エースと心中する」その言葉に石田は今までに味わった事のない程の熱い思いがしたらしい。厳しさを前面に選手を鼓舞する木内監督に初めて認められ信頼された言葉だったからだ。県予選で不甲斐ない投球に「エース失格」と叱責された男は自分がエースなんだと確信させられそしてこの監督を胴上げしようと強く思ったらしい。
延長10回150球に及ぶ熱投で王者PL学園をねじ伏せた。

「あの甲子園でのピッチングが忘れられない」とストレート一本で清原から三振に打ち取った感触が消えずこだわった為にプロでは大成しなかったのが
なんとも皮肉なその後の彼の人生になったがそれもまた一人のピッチャーとして幸せな事だったかもしれない。

プロ生活5年。横浜引退後は打撃投手を務め縁の下の力持ちに徹したが今春体調を崩しそのまま人生のユニフォームも脱いだ。

享年41歳。早すぎる死を誰もが惜しむ。
木内監督も言葉を詰まらせ桑田、清原も涙した。

僕は高校野球観戦史上過去5人のピッチャーにあこがれた。名古屋電気(現愛工大名電)の工藤、伊野商業(高知)の渡辺、福岡一高の前田幸長、中京・野中に取手二高の石田の5人だ。魔球のカーブや気迫あふれる投球スタイル、冷静沈着なタイプにストレート一本にこだわるエースとそれぞれタイプも違うし時代も違う。しかし少年時代の僕の心を動かし毎日甲子園に見に行った思い出があるしその感激は今も忘れていない。その一人が早すぎる死を迎えた事に涙が止まらない。

熱く燃えたぎるような甲子園で躍動していたあのピッチャーがこの世を去ったという事実が今なお信じられないし受け入れがたい。
しかしながらこれはまぎれもない事実である。真摯に受け止め心からご冥福をお祈りしたい。

お疲れ様でした。そしてありがとう。



夢の祭典の主役「イチロー」

  • 2008/07/15(火) 13:43:04

真夏の祭典・メジャーのオールスターがいよいよ開幕する。
来年新球場が誕生するため最後になるヤンキースタジアムでその祭りは行われる。
選りすぐりのスター選手が集う夢の祭典にこの男が帰ってきた。しかも堂々と自分の庭を歩くかのように。報道陣や他のチームの選手達からの熱い眼差しをあびながらゆっくりとその時を待つ男の名は「イチロー」




前日記者会見で「イチロー」はこう言ってのけた。
「ここは僕の場所。僕がいなければ始まらない」誰も彼の発言を否定しなかった。ブーイングを浴びせるん者など全くいないし反論する者さえいなかった。
それがメジャーで8年間かけてトップ選手に上り詰めた実績を物語っている。

右往左往する新人の福留との違いが如実に表れた感じがしてならない。「周りの選手が地味に見える。あの選手は来てないのか?と探してしまったしコイツは誰だ?と思ってしまう」と続けた言葉に重みを感じ凄みすら覚える。

イチローの動きのすべてをビデオに撮る選手まで出てきた。試合前のルーティンである。ランニングや柔軟体操に守備練習にベースランニングから精神集中の過程に至るまですべてがメジャー選手のあこがれでありお手本となっている。メジャーのしかもオールスターに選ばれる程の選手がまるで子供のようにはしゃぎイチローの元に集まる。凄い光景ではないだろうか?

昨年のMVPである彼は今年日本人では史上初となるホームラン競争に出場するかもしれない。
「2割そこそこの打率でいいなら確実に年間40本は打てる」と豪語するイチローの言葉に誰も疑わない。試合前の打撃練習でポンポンとスタンドに放り込むイチローのパンチ力をメジャー選手なら何度となく目にしているからだ。

「安打製造機のイチローがホームラン競争に出る」という事が全米中の注目を浴びてるのでなくイチローがホームラン競争に出て並居る怪力ホームランバッター達に勝ってしまうのではないかという興味が注目されている事に凄さを感じる。

いよいよ開幕が迫った今年のオールスター。場所はニューヨーク。
イチローが新たな輝きを見せる舞台が揃った。

関連ブログ

イチロー  世界一の『頑固者』

桑田真樹  「桑田」再び

  • 2008/07/14(月) 13:11:11

高校野球の歴史の1ページを刻んだ名前「桑田」。その名前が帰ってきた。桑田Jrである桑田真樹外野手。東京の名門桜美林高校にこの春入学し即レギュラーをつかんだ逸材がいよいよベールを脱いだ。
親子2代での甲子園出場へ向け桑田Jrが確かな一歩を踏み出した。西東京大会2回に出場し5回に代打として打席に立った時、場内なら大きなどよめきが起こったらしい。。

「代打・桑田君」そのコールにスタンドで見つめすっかり父親の顔になった桑田真澄が照れた様子がなんとも微笑ましかった。当の本人である桑田Jrは「1打席しか立っていないので何とも…。でも緊張せずいつも通りやれた」と父譲りの冷静さで振り返った。大会直前に右ひじを痛めこの日は同級生にスタメンを譲ったものの15歳でベンチ入りしたのは父と同じ。

甲子園通算20勝は歴代最多勝利数。プロでも幾多の怪我にも負けず克服し通算173勝を誇る偉大な父は試合後報道陣に囲まれ取材を受けた。冷静なJrとは対照的に興奮を抑えきれなかった。「ドキドキして、あまり見ていたくない。自分がやった方がよっぽどいいね」。さらに「打席に立てただけでも良かったと思う。力を合わせて頑張るのが高校野球。いろんなことを学んでもらいたい」とエールも送った。

中3時には関東選抜に選出されたJrは早くから大器の呼び声が高く多数の高校から誘いを受けたらしい。その中にはあのPL学園からも誘われ関係者は入学を熱望したそうだ。しかし本人は自宅から通える桜美林進学を決めた。PL学園との決勝を制しての全国制覇をした因縁の学校に入学するあたりは父譲りの負けん気の強さか?入学直後から練習でサク越えを連発ししっかりレギュラーの座をつかんだ。

将来の目標はプロ野球とはっきり断言する。「打撃は間違いなく僕以上。ケガさえなければプロに行ける」と父も太鼓判を押す。試合後、桑田は「父の名前で取材に来られるのは不満。自分の実力で来てもらえるようにしたい」と意地をのぞかせたあたりはさすがと思った。また、将来楽しみな選手に出会ってしまった気がしている。

中崎雄太   プロ注目の控え投手

  • 2008/07/13(日) 13:54:32

全国ナンバーワンの控え投手が宮崎の名門日南学園にいる。
中崎雄太投手だ。




エースナンバーを背負うプロ注目のMAX147キロ左腕有馬翔投手(3年)がストレートだけで勝負するピッチャーなら中崎はストレートよりも切れ味鋭い2種類のスライダーで勝負する。140km代後半を計時する左腕を2人ももつ日南学園はやはり全国でも優勝を狙える好チームだろうから注目もされるがやはりプロのスカウトも黙ってないだろう。

プロの評価ではやはりエースの有馬翔の方が高いようだが、なかなかどうして跳ねるような投球フォームで切れ味抜群の2種類のスライダー。昨夏の甲子園で2年生ながら脚光を浴びた左腕がたくましさを増した姿でスカウトにアピールした。

「一番自信がある」というスライダーはストレート以上にプロレベルと感じさせる。大きく切れ込んでくる横の軌道と鋭く落ちてくる縦の軌道。高校生レベルを超えた2タイプを自在に操る控え投手に僕はぞっこんだ。

「腕の振りがいい。制球力があるから大崩れしない。投げる姿に躍動感があるし、今後が楽しみな投手」と阪神の編成部長も赤丸急上昇とお墨付きだ。

プロ大注目の背番号「1」MAX147キロ左腕エース有馬翔の影に隠れている感はあるが一皮むけたら中崎の方がプロで大成する可能性を秘めていると思っている。今後が楽しみ存在だし更なる成長を期待している

中崎雄太という名前を是非覚えておいてほしい

ケビン・ユーキリス

  • 2008/07/12(土) 02:46:53

ボストン・レッドソックスのユーティリティープレイヤーにケビン・ユーキリスという選手がいる。





185cmで100kgをゆうに超す体重のまさにメジャー級の体格をもつ選手だ。守備位置はサードにファーストに外野までこなす体に似合わずマルチなセンスを持つ選手である。

マイナー時代から選球眼の良さだけはメジャー級しかもナンバーワンとまで言われた選手で、微妙なコースをユーキリスが見逃したら審判は迷わず「ボール」と選択するとさえ言われるほど神がかり的な選球眼である。

アスレチックの名GMであるビリービーンは彼を「四球のギリシャ神」と異名を付けたほどだ。足が速いわけでないバットコントロールにずば抜けているわけでないのにトップバッターを任されるのはやはり選球眼の良さを生かした出塁率の高さではないだろうか?
また守備でも一塁がメインだが三塁、左翼も守れるなど使う監督としては攻守両面で頼りになる選手だろう。しかもその守備力も昨季はゴールドグラブ賞を獲得し今年6月まで238試合連続無失策のメジャー記録を続けた程の守備力を持つ選球眼と堅実性、勝負強さを兼ね備えた打撃面での貢献も高くい上に守備もどこでもこなしてくれるのだからメジャー最高クラスの選手といっても過言ではないのではないか?

そんなユーキリスが今年初めてオールスターのファン投票に選出され夢の大舞台に立つ。今からどんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみである。

ティム・モンゴメリー    スターランナーの末路

  • 2008/07/11(金) 02:12:07

陸上大国さらには短距離大国アメリカにあってその歴史に名を刻んだスターランナーの一人にティム・モンゴメリーという選手がいた。

ジュニア時代から世界最高クラスの才能と言われ17歳で9秒96の当時ジュニア世界最高記録をだした早熟の天才ランナーだ。
しかし、度重なる非行でその才能は陰に隠れるようになってしまう。
そして2005年にドーピング違反を犯し2年間の出場停止と過去の記録、優勝履歴さらには当時の世界最高記録9秒78など全てを抹消されるとすぐに引退を表明し陸上界から去ってしまった。

さらに陸上ファンを悲しめたのは女王マリオン・ジョーンズとの離婚である。天才スプリンターを両親にもつ天才DNAを継ぐ2世の誕生と成長を心待ちにしていたファンまでも裏切ってしまった。

その後のモンゴメリーは絵にかいたような転落人生を進むことになる。2006年4月には数百万ドルに及ぶ巨額詐欺と資金洗浄に関与していたとして逮捕され執拗な取り調べに業を煮やし取り調べ官に暴行を働くなど悪態をついた。その後も黒い噂は絶えることなく数々の事件の陰に顔を出すことになり、先日にはヘロインの密売容疑で逮捕され、有罪となってしまった。
詐欺行為で禁固3年10か月の刑を受けたばかりなのにさらにこの一件で5年以上の禁固刑が科せられるらしいがもう更生する事はできないのだろうか?

天才的才能を武器に世界を席巻したあの男に胸をときめかしていた僕としてはなんとも悲しい末路にしか見えない。残念な思いでいっぱいである。

甲斐拓哉  東海大三高 プロ注目のピッチャー

  • 2008/07/10(木) 13:31:25

今年も多くのドラフト候補と呼ばれる高校生達を目にする季節がやってきた。今年一押しの投手がそのベールを脱いだ。この男の搭載しているエンジンは明らかに違うと思わせた長野の東海大三高・甲斐拓哉投手だ。






無理をしなくてもコンスタントに140キロ台マークしMAX147km。ただ球速が速いだけではないビシッとミットに突き刺さる球の勢いや球威も兼ね備えたボリューム感もある球質はまさにこの男のエンジンの違いを象徴する。小・中から全国中に名をとどろかせていた投手は肩や肘に不安が残るがプロでも十分に通用する素質にほれぼれする。

近年の高校生で140kmを投げるピッチャーは決して少なくないが先発でコンスタントに140キロ台をけして力を入れないでも投げ込んでこられるポテンシャルの高い投手は中々出会うことは出来ない。
つまり勝負どころで力を入れればいつでも140キロ台中盤〜後半の球速は叩き出せる投手なのだから凄い。変化球は、カーブとスライダー。その殆どはスライダーとのコンビネーションで投球が組み立てられている。スライダーのキレはプロでは通用しないかもしれないがストレートとともにその精度を磨けば面白い球になりそうだ。

牽制球もうまくフィールディングもうまいしバッティングにも非凡なものを感じる。しかし小・中・高とスター扱いで成長してきたつまり「おやまの大将」的な性格がどちらに転ぶかが今後の課題ではないだろうか?負けん気が強く基本は真っ向勝負という心行きはまさにプロ向きの性格だろうしフィジカルも問題なくポテンシャルも高い性格もプロ向きとまさに言うことなし。だがプロ世界にはこういう人たちだけが集まる世界であることを今から心のどこかに置いておいてほしいと思う。

甲斐の負けん気の強そうな顔立ちは、この夏の主役はオレだと言わんばかりで
試合後「スライダーはまだ投げる必要がない。きついな、と思わない限り投げたくない」と強気なコメントを残す悪童ぶり。「プロ1本で行く」と今から進路を宣言した剛腕に」期待は高まる。

信州が生んだ剛腕、あだ名が「ダルビッシュ2世」甲子園とプロが君を待っている。

セルヒオ・アグエロ  アルゼンチンの至宝

  • 2008/07/09(水) 14:17:15

オリンピック男子サッカーの注目国にアルゼンチンがいる。
2005年と2007年のU−20(20歳以下の世界選手権)で連覇した世代の選手がチームの中心で優勝候補NO,1の呼び声が高い。
注目はアルゼンチンいや世界の至宝、バルセロナのメッシだろう。出場するかどうかはわからないが出たなら確実にアルゼンチンの戦力になるだろう。そのメッシよりよりも将来を嘱望されている選手がいる。是非、覚えていてほしい。「セルヒオ・アグエロ」スペインのアトレチコ・マドリードに所属する20歳のフォワードだ。







アルゼンチン国内リーグ(プリメーラ・ディビシオン)の最年少出場記録をあのマラドーナから奪った若き天才。2007年のU-20で得点王とMVPを獲得しアルゼンチンの優勝に貢献しその年のFIFA世界最有望選手賞まで獲得した逸材である。

14歳でアルゼンチン国内リーグのしかも名門中の名門であるインデペンディエンテのトップチームに召集され15歳になってすぐに出場するなど早くからその才能は認められ満を持してスペインに渡った。

170cmそこそこと小柄ではあるが抜群のスピードと天才的なバランス感覚そしてフィジカルも強く決して当たり負けしない所も凄い。足元のテクニックはもはや世界一とも言われ「神の域」とまで言われる高速ドリブルで相手をかく乱し瞬く間に決定機を演出する下がり目のいわいるセカンドトップでなく本来大型選手が務めるセンターフォワードとしてもプレイできるほど限られたスペースでもテクニックを駆使した突破が可能でシュートコースを瞬時に判断する力に優れている

これほどのセンスを持つ天才フォワードにありがちな自分で仕掛け、持ちすぎて逆襲にあうというようなエゴイズムも持たずテクニカルで突破もできるが、味方へのアシストを選択する等利他的なメンタリティーも併せ持ち誰と組んでもフィットする柔軟性も持っている。





これは末おそろしい選手になると思ってから3年。いよいよオリンピックという世界舞台に登場する。世界が彼のプレーに釘つけになる日がもうそこまで迫っている。

ボストン・セルティックス   NBAチャンピオン復活

  • 2008/07/08(火) 15:35:48

NBA(アメリカプロバスケットボール)のチャンピオンにボストン・セルティックスが22年ぶりに返り咲いた。

過去関連ブログ? ボストン・セルティック NBAにもボストンに風が吹くのか

過去関連ブログ? ボストン・セルティックス 快進撃止まらず 

過去関連ブログ? NBAプレーオフ

開幕当初からはっきりと優勝を公言していた僕としては嬉しい限りである。NBA史上最高の優勝回数を誇る名門もここ数年はプレイオフにも進出出来ない低迷が続いた。昨年に至ってはカンファレンス最低の24勝58敗と大惨敗し過去の栄光を忘れきったお荷物チームにまでなり下がっていた。

今季は大黒柱であるピアーズをサポートするメンバーにとケビン・ガーネットやレイ・アレンなどスター選手を次々と補強し名門復活を期したがそれでも下馬評ではベテラン揃いのメンバー構成で怪我や疲労で最高のパフォーマンスは
継続できないだろうし個人主義者が多いことからチーム内紛を起こして空中分解必至で昨年以下の成績もありうるとされた

しかし、個人主義者達は開幕してすぐにチーム主義者に変貌し圧倒的なディフェンス力でチームを連勝に導いたのだ。生え抜きのピアーズがファイナルのMVPを獲得した時のインタビューの第一声で「信じられない」と言った。実感だろう。組織だったディフェンスシステムの確立とそれを忠実に実行したスター選手たちの結晶が22年ぶりのチャンピオンだったのだろうが一年前にこの結果を誰が予想しただろうか?

チーム一丸となって「チャンピオンリング奪回」の目標に向かった時それは実現するんだと改めて教えてもらった最高のシーズンだったコートサイドでピアーズ、ガーネット、アレンら3人のボストン・ニューBIG3が抱き合い、泣き崩れる中、3人ともが万感の表情に。ニューBIG3の中で唯一低迷期を知り、その低迷期を人一倍責任を感じ続けていた生え抜きスターであるピアーズが涙をながしながら「これで偉大な先輩たちに加われた。最高だ」最後に残した言葉に感動した。

中島一貴  雨の中島、納豆走法再び

  • 2008/07/07(月) 11:34:24

中島一貴。




言わずとしれたあの中島悟の息子であり偉大な父親と同じ道をたどり現在F1の世界で戦うドライバーである。

幼少時代からカートの世界では有名な天才児として活躍していた一貴は「親の七光り」という言葉をとことん嫌い、「自分の力だけで親父を超える」というのが口癖だったらしい。
父・中島悟は本田宗一郎(本田の創業者)に溺愛されMr.ホンダっ子とまで呼ばれホンダの支援を受け長くF1界、カーレース界に君臨してきたがその息子・一貴はホンダの誘いを断り自ら後発のトヨタレーシング学校に入門する。偉大なる父親への反抗と非難する声が大きかったが「自分の力で」という一貴の心意気に賛辞の声も大きかったのも事実だった。

その後、めきめきと力をつけ、着実にキャリアをステップアップした一貴は2008年とうとう念願のF1フル参戦のシートを得るまでになった。
やっと偉大な父・中島 悟に追いついた瞬間だった。圧倒的なスピードや芸術的なコーナーワークを見せる世界のトップとはまだまだ力量に大きな差は感じるが親譲りの粘りある”納豆走法”で着実にポイントをゲットしている姿にやはり親子なんだなと懐かしい気持ちにさせてくれる。

近年のF1は金満チームだけが莫大な開発費をつぎ込みマシンの開発に努め、そうでないチームはトップチームの数年前のエンジンやシャシーを改良して戦うという図式だ。無論、マシンの力量は顕著な差として現れドライバーのテクニックや技術では到底埋めることのできない差があり、ドライバー自身もいかにトップチームにスカウトされるかを考えながら自らのマシンを操っている様にさえ見える。自らのチームの開発費をかけないマシンを自らのドライビングテクニックで金満チームに一泡吹かせてやるというような気概を持った選手はいないように思う。

ドライバーの差で埋まるほどの小さな差でないことは本人はもちろんファンもみんな感じているのだ。そんな現在のF1界に風穴をあけるべく自分チームのコントラクターポイント(チームポイント)の為に精一杯”納豆走法”を続けてもらいたいものだ。

昨日、シルバーストンサーキットで行われた雨のイギリスGPで見事8位入賞し1ポイント獲得した息子の雄姿を生で観た解説者として現地いりしていた父、悟は何を思ったのだろう。


スタート前に声をかけて下さいというテレビ局側のお願いに照れながら「無事で帰っておいで」と声をかけた姿はお父さんに戻っていた。そんな父親を前に「わかってるょ」と照れくさそうに返事する息子、一貴。なんとも微笑ましい人間ドラマがその一瞬から感じ取れたきがした。入賞し結果を残した息子、一喜を親父に反抗した若かりし自分を思い出し今のF1界の悪しき流れに立ちむかい続けてもらいたいという意味で心から応援している。

ダラ・トーレス

  • 2008/07/06(日) 12:57:32

ダラ・トーレス。





今、41歳で一児の母である彼女はかつての水泳界のトップヒロインだった。そして今も。






14歳でロサンゼルスオリンピックに初出場してからソウル・バルセロナと3大会連続でオリンピックに出場し水泳大国アメリカのスター選手だった。

25歳の若さで惜しまれながら引退してから8年経った2000年のシドニーオリンピック前に電撃復活。しかもブランクを感じさせずに金メダル3個を獲得し一気に再ブレークしたという変わった選手だ。その後スグに引退し結婚、出産と普通の家庭を築きながら趣味で水泳を続けていたらしい。

趣味程度に続けた水泳で年齢別のマスターズ選手権で新記録を連発し「40歳オーバーのオリンピック選手に!」と周囲の声に後押しされる形でアメリカ国内予選にエントリーした。そして見事優勝し5度目のオリンピックの切符を手にしたのだ。

しかも自己記録を8年ぶりに更新するなど決してまぐれでないところを実証した相手は前回アテネのメダリストで世界ランク1位のあのコーグリンを下しての優勝だから恐れ入る。

徹底した体調管理で衰えするなど努力をしたのだろうがそれでも凄い!あのアメリカの国内予選をトップで通過するのだから勿論オリンピック本番でも金メダルの最有力候補に名乗りを上げたのだ。
表彰式で子供を抱えて笑う顔はお母さんの顔だ。確かに老けた感は否めないが全身の筋肉の張りはとても41歳のお母さんには見えない。北京の表彰台に子供と立っている姿がうっすら目に浮かんだ楽しみである。

ロジャー・フェデラー   ウィンブルドンの貴公子

  • 2008/07/04(金) 12:29:37

正確無比なストロークに強靭な精神力、天才的なボールコントロールに強烈なサービス・・・とどれをとっても世界のトップに君臨するテニス界の王様がロジャー・フェデラーだ。




ウィンブルドン6連覇に挑む彼を止める選手は出るのだろうか?クレーコート(土のコート)の魔術師ナダルがその筆頭だろうが実力ではやはりフェデラーの方が上だろう。グラスコート(芝のコート)では63連勝と圧倒的な強さをほこる王者の強さの秘訣に迫ってみたい。

6年前のウィンブルドンの1回戦でアンチッチに敗れた試合がフェデラーのグラスコートでの最後の敗戦となっておりそれ以来グラスコートでの試合では連勝記録を63に伸ばしているフェデラーは、それでも当時無名選手との初対戦でのあの敗戦がいまだに心に残っているという。

当時からウィンブドンはフェデラーの為の大会と騒がれ期待されながらよもやのノーシード選手に一回戦負けを喫した。「あの敗戦はどこの国の選手かどんなテクニックを持っているかランキングが何位であるかに関係なくどんな対戦相手も見下してはいけないということを教えてくれた。相手がある程度のテクニックを持ち合わせていないとき僕にはそういった傾向があったと思う。

時々、彼らが受けるべき敬意を欠いていた」と赤裸々に語ったフェデラーはこの敗戦以来「悪童」と呼ばれあのマッケンローの後継者と言われたテニススタイルががらりと変わった。

これを人生とテニス人生に価値のある教訓とし前人未到の6連覇に向かっているのだ。「実力者が油断をしなくなったとき本当のチャンピオンになる」ウィンブルドン5連覇を成し遂げた先駆者であり当時絶対王者として君臨したボルグがフェデラーに残した言葉だ。

今年もその「言葉」を胸にウィンブルドンのセンターコートに戻ってきたフェデラー。今季は度重なる故障でここまで4大大会をひとつも取れずにツアーでもわずか2勝しかしていない明らかな不調だ。しかしこの男はウィンブルドンの王者なのだ。きっと復活し今週の日曜日には堂々と優勝カップを掲げるのだろう。

片山博視    楽天に待望の左腕

  • 2008/07/03(木) 13:50:51

野村楽天に待望のサウスポーの新星が現れた。
191cmの大男がさらに大きく輝いた。淡路島生まれで報徳学園出身の3年目の片山博視投手がプロ初勝利を初完封であげた。




常日頃から左腕不足を嘆いていた野村監督も大満足の結果だろう。剛速球が武器で「平成の江夏」と呼び声が高く期待されていた逸材もひじの故障で思うようなストレートが投げれなくなって自信を喪失していた感があった。

後輩の田中は一気にブレークし焦りもあったのだろうがさらに無理してけがを悪化させますます自慢のストレートが影を潜めた。がそこは野村再正工場。スライダーを決め球に軟投派に変え見事花を咲かせた。

長身から投げおろす直球は140kmそこそこであるが角度がありキレがある。さらにカーブ・シュートを見せ球にし決め球のスライダーの切れも最高だった。「救世主?そんな大げさな形容の似合わない」と野村監督もおどけていたがやはり嬉しそうだった。「投手の第1条件は強靱(きょうじん)な精神力。片山は持っているように感じる」とさらに期待を膨らましていた。

今はメジャーで苦戦しているが阪神時代に井川慶を辛抱強く使い育てたのは野村監督だった事を思い出し、片山もひょっとすればするかもと僕は期待している。前回登板の阪神戦で打たれはしたものの堂々と投げている感がしていただけにこれから経験を積めば大化けするかもしれない。

ウイニングボールを受け取ると顔いっぱいに笑みが広がった。「まだ実感がわかないです。初勝利が完封って最高ですね」とはにかむ笑顔はまだまだ21歳だったが入団当初より一回りもふたまわりも大きくなった体にさらに期待してしまう。「平成の江夏」と呼ばれた男は故障で剛速球を投げれなくなったが変化球という大きな武器を得て見事に再生した。さらに飛躍してもらいたい。野村監督以上に期待している僕がいる。




女子バスケットボールオリンピック出場ならず

  • 2008/07/02(水) 12:15:43

女子バスケットボールの日本代表が目指した2大会連続オリンピック出場の夢はあっさりと終わってしまった。
スペインで世界最終予選に出場した女子バスケットチームは世界の高さに簡単に屈し出場権を得る事はできなかった。

圧倒的に不利な背の低さが最後まで苦しめた格好だったが残念なのは身長の不利を埋める目新しい戦術が一切見受けられなかった事ではないだろうか。
対戦国が知らされていたはずなのに戦術という戦術がなかったように思われた。相手の圧倒的フィジカルのプレッシャーの前になすすべなく終わった感じが残念でならない。

スピードで対抗するのか完全マンマークで徹底抗戦するのかゾーンで守るのか、内角を捨てて外からのシュートに徹するのか・・・と期待していたのだが
リバウンドは完全に支配されゴール下は大人と子供ぐらいの差を感じさせられ外からのシュートは精度があまりにもひどすぎる。

これで勝ったら申し訳ないぐらいボールを支配されゲームをコントロールされていた。あんなに期待して見ていたのに・・・とファンはがっかりしたのではないだろうか?

今年の日本リーグや全日本選手権を見て酷評した通りの出来に何を準備してきたんだと受苦時たる思いだ。
ベテランが中心のメンバー構成にも不満はあったが本当に準備不足を大きく露呈した感じに苛立ちすら覚える。大神・吉田のダブルガードも機能しなかったし仮に機能してもあれだけオフェンス・ディフェンス両リバウンドを簡単に取られては苦しいのではないだろうか?

身長差・リーチ差があるにしてもなんであそこまで簡単にとられてしまったのだろうか?そしてなんで最後まで修正できなかったのだろか?と思ってしまう。

次回ロンドンに向けて若手にチャンスを与えなかったのにも不満だしベテランで固めるならもっと戦術を徹底させてしかるべきだった反省しても悔やんでももう戻らない。悔しさ以上に怒りがあふれてしまった。残念なぐらいの惨敗からの復活はあるのだろうか?

下の写真の矢野が帰国後すぐにプロ契約を結び新たなスタートを切った。
プロといってもまだまだ確立されていない日本においてはこれから幾多の苦難が待ち受けているだろうがそういう新たなチャレンジこそが若手の励みにもなるし日本のバスケッ界の発展につながると信じている。頑張ってほしい。

そして次回のロンドンには必ず出場してもらいたい。




close