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世界一のマドンナJAPAN  

  • 2008/08/31(日) 14:15:03

『マドンナJAPAN』というチームを知っているだろうか?オリンピックで大躍進した女子ソフトボールでも女子サッカーでもない女子のチームがある。「野球」である。

第3回目を迎えた女子野球のワールドカップが四国、松山で行われていた事をご存知の方は少ないのではないだろうか?そんな大会に日本は見事初優勝したのだ。過去2回はいずれも準優勝だったので地元に利を生かして優勝した事になにも不思議は無いがそれでも凄い事には違いないのでここで紹介したいと思う。
予選リーグを5戦全勝で勝ち上がった日本は決勝でもカナダ相手に11−3という大差で勝利を収め優勝したのだ。
好調な強力打線もそうだがピッチャーもなかなかのもので予選ではわずか4失点と優勝に大きく貢献した。




好調投手陣を支えるのが元西武のエースだった新谷ピッチングコーチの存在ではないかと思う。
憧れのプロ野球経験者、それもバリバリの優勝経験チームのエース級の教えとならばアドバイスを貰えただけで嬉しいだろうし褒められたらますます自信を持てるというものだ。ひねくれた独自の野球論を持つ男子とは違って真新しいスポンジのような吸収力で新谷の意見を受け入れているそうだ。当の新谷も何も急に女子のコーチを引き受けたのではなく自らも埼玉の尚美学園大という所の女子野球部の監督を務め今年の全国女子野球選手権で優勝させるほどの手腕を見せていたのだ。

男子さながらの徹底した指導法でわずか6人しかいなかった大学のクラブをわずか3年で日本一にまで押し上げたのだからたいしたものではないだろうか?その大学の教え子の中から5人も選出された事と今大会の指揮を執る監督の大倉氏の大学の後輩という縁で日本代表入りをした新谷はそこでも男子相手と変わらぬ接し方で見事投手王国を短期間の内に作り上げたのだ。

登板前の調整も完全に本人に任せ、どの投手にも『負けたらお前のせいだ』と話し選手に任せる。自身がプロ野球という荒波でもまれた経験を集約して教え込んでいく。プロ生活に裏打ちされた高い意識が選手たちを押し上げているように思う。

同じ野球でも男子のオリンピックのメンバーからは感じれなかった「責任」を女子からはヒシヒシと感じた。

本当に優勝おめでとうございます



オリンピック後述? 無惨な負け方 マラソン

  • 2008/08/30(土) 16:07:19

今大会で残念な結果に終わった種目は沢山あったけれど男女のマラソンほど無残なほどに世界と遅れを感じた種目は無かったのではないだろうか?

シドニーの高橋尚子にアテネの野口みずきと連覇を遂げていた女子でさえも全く世界と戦えなかった。悪夢はレース1週間前から始まっていた。エースで文字通り連覇を託された野口が足の故障を理由に欠場が発表された。選手はギリギリの所で戦っているし極限まで追い込んで調整しているので練習中に起こしてしまった故障に関して野口を責めるつもりは一切ないし皆さんも誤解の無いようにしていただきたい。

ここで問題にしたいのは「補欠」の存在である。

日本陸連は選手3人+補欠を一人選んでいたはずだ。
その選手はどこに行ったんだ?名前すら出てこないではないか?選考レースで敗れて補欠に甘んじたらそれで終わりなのか?補欠はこういったアクシデントの時にこそ輝くのではないだろうか?聞くところによると「補欠」に決まった選手はそれ以来マラソンの練習を一切していなかったとは何事だとさえ思う。

もっと言うと日本陸連は選んだらそれで仕事は終わりなのか?国の威信をかけてメダルを獲りにいくのなら選手の調整具合を逐一報告を受け万が一の場合に備え「補欠」の「補欠」まで要しておく必要は無かったのか?

更に故障(外反母趾)をかかえたまま出場した土佐選手にも苦言を呈したい。
確かに野口の欠場を受け自分もとなると日の丸を汚すという選手としての意気は解らなくでもないがそれでも走れないのであれば何も思い出作りに北京まで行って無様な負け方を披露しなくても良かったのではないだろうか?


もっと情けないのは男子である。


昔は瀬古・宗兄弟に始まり、中山、谷口と世界に名だたる名ランナーを輩出したマラソン王国と言われ間違いなくマラソンの中心は日本にあったはずだ。
なのに今やメダルはおろか入賞すらもできないほど世界との差が広がっている。しかも数年前から。なのに出場予定の3人は「粘って粘ってメダルを」と訳のわからない夢物語を語り「レースのペース配分が予想と違った」だの「もう少しスローペースで入ると思っただの」「自分の方が先にばててしまった」だのおおよそ世界との大きな差を知らなかったようなコメントを残していた。結果、完走者の中で最下位になるほどの惨状であった。

ゴール後のコメントは「体調は良くなかったが最後まで完走できてよかった」とまで。素人が初参加したホノルルマラソンの後の感想かと耳を疑った。
呆れて物も言えない。

日本陸連の危機感の無さが選手に蔓延し、当の選手も全く世界を見ていないというこのような状況でマラソンに参加するのを止めてもいいのではないかとすら思ってしまう。

しっかり反省し再起を目指してもらいたい。

関連ブログ 日本男子マラソンに苦言 男子マラソンに金メダルはない

オリンピック後述? 胸をはれる棚ぼた 400mリレー銅メダル

  • 2008/08/29(金) 10:58:19

黄色人種は絶対的に不利と言われた男子短距離に日本史上初めてオリンピックのメダルをもたらした。
アメリカ、イギリス、イタリア、フランス、ナイジェリアといった強豪国が次々と予選でバトンパスに失敗し敗退していく中、棚ぼたと言われようがラッキーと言われようが4人は笑顔で表彰台に立った。

勿論、棚ぼたやラッキーを否定するつもりは一切ない。しかしリレーは個人の能力+バトンパスの上手さでスピードを競う競技であるわけだからバトンパスを成功させた日本が否定されるいわれは全くないと思う。

アンカーの朝原が、祝福の打ち上げ花火のようにバトンを天高く投げ上げた。
日の丸をまとう4人のメンバーは、男泣きしながら世界新で金のボルトらジャマイカ勢と肩を並べてウイニングランを見せた。歓喜に沸く4人を見て涙をしたファンも沢山いただろう。

「最高の舞台で、最高に気持ちがよかった」朝原が末続が塚原が高平が涙をふいて笑顔になる。4人の力を結集して掴んだメダルは世界記録を更新したジャマイカチームが掲げる金メダルよりも輝いて見えた。
外国の強豪チームは互いに手を伸ばしながら前走が上からバトンを渡して距離を稼ぐオーバーハンドパスだが、日本は距離は近いがミスが少ないアンダーハンドパスを選択。「普通に走っても遅い東洋人がアンダーパスを選択するなんて」と馬鹿にされ続けたが我が道を信じ貫いた日本がリレーに力を入れ始めたのは意外と古く、個々では体格や筋力に優れる海外選手に歯が立たなくなり、
集団で勝負する道を選んだ。

皆さんは今回が棚ぼたで掴んだ銅メダルと思っているだろうが日本のリレーチームは世界選手権と五輪で今大会も含め7大会連続の決勝進出だった。これは強豪のアメリカやジャマイカなどの国でさえも成し得ていない記録である事を知ってもらいたい。今回のメダルは地道な努力を続けた日本人にくれた陸上の神様からの最高のごほうびだったように思う。

末続が言った。「苦しい時代を戦い抜いた先輩達にささげるメダルである」と
朝原も言った。「ここまで僕がいっしょに走ったすべてのリレーメンバーに感謝したい」とその気持ちが後輩たちに引き継がれ更なる進歩を遂げるのではないだろうか?



オリンピック後述?  「野球」 世界はそんなに甘くない

  • 2008/08/28(木) 12:32:50

「結果としては本当に申し訳ない気持ちでいっぱいですがたまたまこの期間に調子が出なかったと私はとっています」3位決定戦に敗れ金メダルはおろかメダルさえも取れなかった後の公式記者会見で星野監督はこう切り出した。

強がりなのか本心なのかは計り知れないがこの期に及んでこんな悠長な事えを言っているのかと少しあきれてしまった。「国際試合の難しさ」と何度も繰り返したあたりに認識の甘さが伺える気がしてならない。

女子ソフトボールの優勝を受けての準決勝はいらぬプレッシャーを与えたのかも知れない。それを差し引いても日本の出来は酷かったし韓国に比べ明らかにモチベーションやハートの部分で負けていたのではないだろうか?

「普通に投げれば打たれる事はない」と試合前に藤川は言った。
そんな甘いものでなかったはずだ。

しかもオリンピックの決勝トーナメントといえば負けたら終わりの完全一発勝負の場。

各選手が国の威信をかけて死に物狂いで戦いを挑んでくる場所なのだから「普通に投げる」だけでも難しいし投げれたとしても簡単に打ち取れるほど甘くはない事の自覚が明らかに欠如していたのではないだろうか?現に藤川は打たれてしまった。藤川だけでなく日本チームにどこかそのような慢心がなかっただろうか?監督もそうだったのではないだろうか?

韓国を軽視した訳でないだろうが、決勝のおそらくキューバ戦を想定しての先発投手起用にも疑問が残るしリリーフ投手の使い方にも大きな疑問符をつけたい。更に言うと故障の川崎や痛みを抱え続けた新井や病気を理由に合宿も出来なかった村田をメンバーに帯同させたり精神的支柱とはいえ調子の悪かった上原のメンバー入り、不振にあえぐ阿部や村田、G・G佐藤に投手陣では岩瀬の起用など結果論でなく選手起用全般、強いては選手選考の段階から大きな疑問を残したのではないだろうか?

「星野」という名前のもとで納得させられたメンバー構成に誰も意義を唱えなかったのだろう。しかし結果は残酷なものになった。調子の良し悪しでなく名前と実績にこだわった投手起用も仇となった。

「岩瀬」を信じた結果、自信を失っていた投手を失意の底に突き落とす結果となった。日本の絶対的エースであったはずの「ダルビッシュ」を温存した結果決勝戦の敗戦処理をさせる羽目になってしまった。

短期決戦にあまり強くない星野監督がこだわり過ぎた名前と実績が一人のエースと心中する覚悟ができていたソフトボールの斉藤監督、結果論で申し訳ないがその「こだわり」が大きな差を生んでしまった事実は変えられない。

自ら選手として悔しい思いをし続けた斉藤監督の執念とカリスマ性を持ち合わせた星野監督が「なんとかなるだろう」とたかをくくった戦った成果が日本国中を熱くした悲願の金メダルと日本国中を奈落の底に突き落としたメダルなしという結果になったのではないだろうか。

もう一度言いたい。「世界を甘くみるな!」と



オリンピック後述? 悲願の金  ソフトボール

  • 2008/08/27(水) 11:24:07

関連ブログ  いざ、北京へ? 上野由岐子

悲願の金メダルを獲得した女子ソフトボール。その一番の立役者はピッチャーの上野由岐子だろう。
決勝トーナメントを一人で全部投げきって優勝に導いたのだから敬服以外言葉も見当たらない。

しかし上野一人で優勝出来たとも思わない。アトランタで4位と惜敗しシドニーで歓喜の銀メダルを獲得し前回のアテネでは残念な銅メダルと着実に力をつけ今日の金メダルに至った。協会あげての地道な努力と強化が実を結んだ結果に更なる感動を覚える。


アトランタでは世界の名ショートとうたわれた安藤を中心に小粒であったが守りの良い小気味良いチームだった。しかし圧倒的なパワーを武器にしたアメリカやオーストラリア、中国の前に敗れ去った。
4位という結果ではあったが上位とはかなり大きな差を感じさせられた印象があった。当時の監督であった宇津木妙子は外国勢の強さに対する対抗策として大型なパワーヒッターよりもそのパワーを抑えきれるだけの投手力と守備力の強化に努めた。

速射100本ノックや通常の守備位置の半分の距離でのノックなど素様しいほどの徹底したしごきぶりだったが選手は弱音を吐かずに懸命に頑張て金メダルを目指し日々精進していた。

そこに高山樹里という大型の新人投手が現れた。当時の世界最速のストレートと浮き上がるライズボールという魔球を武器にミスパーフェークトと呼ばれた天才ピッチャーだった。そんなエースと鉄壁の守備力を携えて日本は万全の状態で金メダルを獲りに臨んだシドニー大会。予選、準決勝と破竹の8連勝で迎えた決勝戦。またしても王者アメリカの前に屈してしまったのだ。大会通じて唯一の「一敗」が一番大事な決勝戦だった。

そんな悪夢をふり払うかのように挑んだアテネでは高山が完全に研究され尽くし狙い撃ちをされる。そんな日本のピンチを救ったのが今大会北京で一気にブレークした上野だった。しかし世界の壁は厚く銅メダルという結果に終わってしまう。
これを期に宇津木妙子監督は勇退しその後を3大会連続出場でクリーンナップを任され続けた斉藤春香が監督に就任した。斉藤も宇津木イズムを継承しピッチャーと堅い守りで勝ち抜くべく強化を重ね今大会に臨んだ。

以前のブログでも紹介したが「上野」というピッチャーはその後順調に成長を続けたものの、ここ一番で勝てないひ弱さを持ち合わせたピッチャーで今一ひと皮剥け切れないピッチャーだった。そんな上野と心中を決め込んでいた斉藤監督の執念に上野は見事に応えてみせたのである。

投げた上野も凄いが信じて使い続けた斉藤監督、懸命の守りで援護した鉄壁の守備陣、その礎を築いた宇津木元監督、その教え子たち・・・みんなの力を結集した金メダルに心から賛辞をおくりたい。

本当におめでとうございます



北京オリンピック卓球女子団体戦から  福原から見た中国

  • 2008/08/26(火) 02:29:05

女子卓球団体戦から。

メダルが期待された日本女子チーム。しかし、そんなに世界は甘くなかったようだ。




男子、女子ともに銅メダルを獲得し一気にオリンピックが見えてきた世界選手権から約半年。日本も順調に調整を重ねメダル獲得に向け世界を見据え戦ってきたが世界は更にその先を行っていた。地元開催の中国は全く敵なし状態の為残るメダルは銀と銅の2つを男女各5チームほどが争う展開だ。女子は韓国にシンガポール、香港が相手で男子は韓国、ドイツ、オーストリア、香港が強敵として立ちはだかる。

強国の中心選手の大半は元中国人が占めている。日本も例外ではない事だ。間違いなく世界の卓球の中心は間違いなく中国である事は周知の事実だ。

福原が言った「ここまで来たらメンバーと楽しみたい」試合後も「楽しかった。でも勝ちたかった」と。




一見聞くと団体戦を一緒に戦ったメンバーへのチーム愛を感じる発言だが中国選手は絶対そんな事は言わない。

中国選手は「勝って当たり前とは思わない。今日は相手のミスが重なっただけ。自分の卓球が出来ていない」といつも厳しい。地元開催のプレッシャーもあるのだろうがそれでも発言のレベルが反対のような気がしてならない。技術やフィジカルで劣るのならせめてハートの部分で日本は中国より優位に立たなければ絶対に勝てないのではないか?さもすれば負けて当たり前、勝てる訳が無いとはなから諦めている気がしてならない。

ならば何故世界の同じ舞台に立ったのだろうか?死に物狂いで戦っている姿の先に「勝ち」か「負け」があるわけでその姿を見て人は興奮し感情移入し感動するのではないだろうか?
それが真のスポーツマンシップではないだろうか?
「卓球という名の戦争です。」開会式直後に女子の世界ランク1位の張怡寧(チョウ・イネイ)が力強く語った言葉が忘れられない。そんな本当の戦いを見たいのだが・・・・それともそんなに中国勢のレベルは異次元のところにあるというのか?

「ハート」の部分で福原をはじめ日本チームには頑張ってもらいたかった。

関連ブログ 福原愛 福原愛の期待に対する苦悩

シンクロ? 井村イズムと銅メダル  井村雅代

  • 2008/08/25(月) 00:53:46

「井村イズム」という言葉がシンクロの世界にはあるらしい。

井村雅代。




日本のシンクロの母と呼ばれオリンピックの正式種目に採用されてから全ての大会においてメダルを獲得してきた名コーチとしてその名を世界にとどろかせている。歯に着せぬ物の言い方で時には選手に鉄拳制裁する事もいとわない根っからの鬼コーチだった。その名コーチが幾らアイデアを出し選手を鍛え挑んでもどうしても埋まらなかった絶対王者ロシアとの差。その差に限界を感じていた時。

中国から思いもかけない誘いを受けることになった。
「中国は北京オリンピックでどうしてもメダルがほしい。その為に貴方の経験と知恵と情熱が欲しい」と関係者から熱烈なラブコールを受けた。





「裏切り者」「国を売った」と陰口を叩かれた事もあったが意に介せず自分の信念を貫いた。アテネで7位入賞がやっとのチームの再生を託されたシンクロの母は5分の遅刻に目くじらを立て緩慢な練習態度には怒鳴り声が響き渡り時には鉄拳制裁も。中国人コーチと衝突した事もあった。練習方法について意見が食い違っても相手が納得するまで持論を展開し妥協を一切許さなかった。

異国の地で教えた選手たちを試合後次々に抱きしめた。

デュエットでは負けたがチームではライバルの日本を引き離して銅メダルを獲得したのである。4年間で見事にメダル獲得させて見せたのである。珍しく何度も何度も目元をぬぐった。自分を信頼し、すべてを託してくれた人たちに応えたかった。「国なんて関係ない。コーチとして幸せです」。その胸元で、中国の選手たちがかけてくれたメダルが輝いた。歓喜の涙を流す選手たちを横目に「驚きではなく目標だった。だから私はまだ泣いていません」と気丈に笑ってみせた「感動しちゃった」とメダルを誇らしげに掲げる目には間違いなく涙がたまっていた。





自身が設立した「井村シンクロ倶楽部」の門下生を倒しての銅メダルに複雑な思いがないか?ととある記者が聞いていた。井村はゆっくり周りに聞かせるようにこう答えた

「五輪で負けたらそれをバネにしてはい上がり、強い人は自信にしてまた強くなる。それだけ」
これが井村イズムなのだろう。

シンクロ? 守った2人と失った8人

  • 2008/08/24(日) 01:56:16

シンクロといえば一昔は日本とロシアの独壇場だった。今回も「銅メダル」を獲得した。しかし今回のメダルは過去のメダルとはひと味もふた味も違う意味があるようだ。

デュエット決勝のフリールーティンが行われる朝、日本の原田・鈴木組の顔色はすこぶる悪かったと感じた最大のライバルは変わらずロシア組だが日本にはもっと大きなライバルと戦わなければいけなかった。元日本代表の井村雅代ヘッドコーチ(58)率いる4位の中国を僅差で抑え、7大会連続のメダルを死守した。日本人コーチを迎え急躍進したスペインには予選の段階から勝ち目はなかった。
さらに「日本のシンクロの母」と呼ばれ崇められてきた井村雅代率いる開催国中国。古くは小谷美佳子から奥野史子を経て前回のアテネまでオリンピックのメダル獲得全ては井村イズムといわれる井村コーチの教え子達だった。

そんな井村がアテネ後すぐにシンクロ後進国の中国のヘッドコーチに電撃移籍した。

潜在能力がありながら下位に甘んじるシンクロの建て直しに国の威信をかけて井村にコーチ就任を依頼した中国関係者を井村は快く快諾した。「裏切り者」「いくら金を貰ったんだ」と非難の声が相次いだが井村は記者会見で一蹴した。「私のコーチングが世界で認められたんだ。中国を指導して何が悪い?泳ぐのは選手だ。コーチを非難している時間があるのなら選手に激励の言葉をかけてあげてほしい」と。

井村イズムは中国の目覚しい躍進の原動力となり日本との差はみるみる内に縮まり昨年の12月ンおアジア大会では史上初めて日本が中国に負けた。井村は笑っていた「日本はどうしちゃったの?そんなんで世界に臨むの?なめてない?」と。当時の日本のヘッドコーチは辞任し一時は井村に任せて勇退していた金子をコーチに迎え再起を期す日本。

その命運を握って臨んだ北京のプールで日本の2人のマーメードは華麗に舞った。演技後2人のほおに熱い涙が流れた。原田と鈴木はかすむ目で中国を抑え3位にランクされた電光掲示板を何度も確かめた。「自分たちの代で負けるわけにはいかない。」という強い意思が芽生え始め練習に練習を重ねた高速スピンに流石の井村コーチも舌を巻いた。




演技後原田と鈴木は選手通路で井村コーチとすれ違い「おめでとう」と声を掛けられたそうだ。
原田、鈴木ともに基礎を鍛えたのは井村だった。そんな愛弟子の奮起に井村も思わず声をかけたそうだ。デュエットでは井村中国に今回は辛くも勝ったが団体ではいとも簡単に負けてしまった中国の背中、井村イズムを追いかけての戦いが始まっている



内村航平  体操王子

  • 2008/08/23(土) 11:23:37

大きく世界が変わる中「体操ニッポン」の新エース誕生はやはりこの男19歳の大学生、内村航平だ。あの西川・池谷コンビで一世を風靡した以来の10代での出場でメダリストに輝いた。

素晴らしい結果をみせてくれた。

個人総合では国内史上初の10代メダリストで更には日本勢の個人総合のメダルは1984年ロサンゼルス五輪優勝の具志堅幸司(現チーム監督)以来24年ぶりの快挙である。

内村は、あん馬で2度落下したが新採点システムの威力を借り集中力とプラス思考で再浮上し銀メダルまで登りつめた
回る、離れる、つかむ。最終種目の鉄棒。内村が見せた3連続の離れ技に会場を埋めた中国人ファンからも、どよめきと驚嘆の拍手が巻き起こった。あん馬の失敗で一時は23位まで落ちた内村だが床が全体で一位になるなど大きく躍進し21人のごぼう抜きを演じて見せた。

インターハイの体操優勝経験者の父親の影響で自然に始めた体操。
「空中で自分の位置がわかるから好き」と公言し360度の空気を感じる事ができる天才。難易度の高い離れ技を恐れない能力は早くから磨かれた。21人抜きを演じた集中力の片鱗を早くも中学時代から見せていた。中学生時代のある試合で、鉄棒の演技中に大きな地震があった。応援に来ていた母親を含め関係者が逃げ惑う中演技中の内村は平然と演技を続け涼しい顔で着地を決めた。「地震は知っていたよ。だから、技を少し優しくしたんだよ」と笑った姿を見て父親は「こいつは本物かもしれない」と思ったらしい。

はにかんだような笑顔、甘いマスクで「体操王子」と人気を集める新鋭は「うれしいけど失敗したし色が金じゃないので4年後は金になるよう頑張りたい。これからの日本体操界を引っ張っていける存在になれればいい」と頼もしい発言もあった。

『海を渡って世界に通用するように』との願望から「航平」と両親が名をつけた。いま、その願い通りの青年になった男はもう次の海を見据えて航海に旅立ったようだ。



柳本晶一  闘将の終焉を見た

  • 2008/08/22(金) 10:30:24

女子バレーの準々決勝がいとも簡単に終わってしまった。
期待された日本の相手は世界ランク1位で名将ギマラエス率いるブラジルだ。

簡単に勝負が決した瞬間日本の選手達は選手たちは落胆しながらもどこか淡々としてるように見えた。
まずは主将でチームの象徴ともいえるセッター竹下佳江のもとへ柳本晶一監督が近寄り右手を差し出し握手を交わす。そして順々に1人1人の手を握り締め、短い言葉を交わした「8年間、同じチームで戦ってきて、練習、合宿をしてきた選手に心からご苦労様といいたい」珍しく闘将の目には涙が浮かんでいた。





2003年に就任。当時はオリンピック出場も出来ないほどの大低迷期をさ迷う救世主を探していた。白羽の矢がたった柳本監督は就任後から「アテネに出場し、北京でメダルを取る」と公言してきた。闘将の涙はその結末を意味していた。
「アテネ出場」という1つの公約は早々に達成されたが、最大目標であるはずの「北京でメダル」は果たせずに迎えた終焉だった。

監督の教えを元に選手自身がアテネの経験を糧にまさに死に物狂いの努力で北京までの日々を過ごしてきたことは間違いない。外国の高さやパワーに対してスピードの強化を求めてきた強化方針には異論はない。むしろ大賛成だった。

柳本監督も自認するように主力選手に大きな変動はなかった。もちろん毎年招集されるメンバーに怪我や体調不良で多少の違いはあるが柳本監督が「私も含めた三位一体の存在」と信頼を寄せる竹下、高橋のベテランコンビを軸に栗原、木村沙織、荒木と世界に通用するスピードプレイヤーを我慢して使い続け順調に育ててきた。

しかし名将ギマラエスは「日本はサーブレシーブが返れば難しい相手になるが今の日本はそこが弱点である。サーブには全力を込めるように指示したんだ。」とベスト8まで残ったチームの内、サーブレシーブ成功率が一番悪いのは日本であった。

天才セッター竹下を中心に様々なコンビバレーを持つ日本がその生命線であるサーブカットが出来ていないなんとも皮肉なデータだった。

順調に勝って当たり前の様な顔をするブラジルと負けてさばさばした感が否めない日本の力の差はもはや埋まりそうにない差にまで広がった現実が見えてしまった。

「出場」を目指すチームと「勝利」を目指すチームの間に存在する圧倒的な力の差を痛感させられた。しかしここから再生するのが時期監督の仕事になるだろう。更なるスピードの強化とレシーブの徹底強化をしてまた世界の舞台に戻ってきてもらいたい。



寺内健  二人三脚 宝塚のやんちゃ坊主と鬼コーチ

  • 2008/08/21(木) 10:27:18

師弟の大きな夢を乗せた秘密兵器の大技は失敗に終わりその夢の終焉を見た。

競泳選手を目指し幼いころから地元の宝塚市のスイミングクラブに通っていた時に遊び半分で飛び板に乗りぴょんぴょんはねる小学5年の寺内選手を見て一人の中国人留学生が「この子は五輪に行ける」と直感した。

その日に本人と親を説得しなんとか飛び込みをやることに決まったが、家族は勿論本人も半信半疑で夢への第一歩が始まった連日4〜5時間の猛練習が当たり前の様に続く。
体が硬い寺内選手。中国出身の鬼コーチは泣きながら柔軟体操する寺内選手の背中に全体重をかけて押した。あいさつをしないだけで厳しく注意するなど選手としてだけでなく一個人として礼儀作法から徹底的に教え込んだ。

指導を始めてからすぐに結果がついてきた。

鬼コーチの直感と指導法は天性の才能を瞬く間に開花させた。初めて日本選手権を制した時、寺内選手はまだ中学2年。しかも飛び込みの練習をして3年で日本一にまで登りつめた。16歳で初めて参加したアトランタオリンピック。

5年で約束のオリンピックの舞台に連れて行った鬼コーチは更なる野望を持つ事になる。「表彰台に立つ事」来日から10年たった鬼コーチは日本国籍を取得し寺内に懸けた。寺内もその強い想いがわかっていた「国を捨てて日本に帰化してまで俺を育ててくれている」

そう思うといつしか「オリンピック」という舞台は2人の共通の夢になっていた。そして2000年シドニー、2004年アトランタと共に8位入賞するなど着実に力をつけ秘密兵器まで手に入れ臨んだコーチの母国「中国」で開催された北京オリンピックで表彰台を目指した。




前半の3本を終え、3位と約15点差の7位タイ。上位を狙って大技、秘密兵器「前逆宙返り3回半」を迷わず選択した。しかし、大きく着水が乱れ逆に順位を落としてしまう。




残りは2本。あきらめない寺内選手は最後まで鬼コーチの指示に耳を傾けた。自分らしい演技を貫くことが2人の信条だった。

4度目の五輪だったが、成績は最低だった。最後の6本目を飛び終えるとコーチが歩み寄った。右手を差し出し、肩をたたきながらこう耳元で言った。

「健、最高の6本だったょ。長く辛い日々をよく頑張ってついてきてくれたね。本当にありがとう」と。
「コーチと一緒にここまで来られて幸せです」寺内選手も涙をこらえられなかった。宝塚のやんちゃ坊主と鬼コーチの夢が終わった瞬間に僕も涙が止まらなかった。



世界の体操界の変化と現実

  • 2008/08/20(水) 13:03:15

北京オリンピックの体操が終わった。
今大会、最も注目していた種目の内のひとつであった。従来の10点満点方式から点数に上限のない新採点方式に移行して初の五輪。
前回アテネで団体金メダルに輝いた日本の”美しい体操”は今の世界には求められていない。ひとつひとつの技の実施の正確さよりもより難しい技をより多く取り入れた構成でという流れが加速した新採点システムで笑ったのは予想通り中国だった。高難度の技を多く持つ中国選手が団体の圧勝を含め個人でも金メダルを量産した。

男子個人総合では日本の内村があん馬で2度落下しながら銀メダルを獲得したし冨田がつり輪で落下するという致命的な大失敗をしながら4位という成績に本人を含め監督も驚いたらしい。「あんなに失敗したら、普通はメダルなんて考えられない」と困惑気味でコメントした具志堅監督が印象的だった。







圧倒的な力を見せ個人総合でも優勝した中国の楊威を含め上位選手でも細かいミスが多かったのは素人目でみてもはっきり解った。技の高度化が進み6種目を通して演技するだけで体力を消耗し集中力を欠き結果として技の実施の精度は落ち失敗が増えることになる。

一つのミスが勝負を分けミスなく6種目をやり遂げる緊迫した個人総合のメダル争いはもはや過去のものになった感が否めない。

精度よりも難度を追求する流れは世界の常識。それは次回のロンドン五輪でも同様だろう。

日本では全6種目を正確にできてこそ体操選手という古来からの考え方が根強く故に冨田を日本史上最高の体操選手と称されてきた。しかし世界はそうは見てくれないしそういう時代は過去のものとされてしまった。今後も世界でトップレベルを維持するには、オールラウンダーよりも特筆したスペシャリストの育成が急務になる。少し寂しい気がするが逃れられない現実のようだ。



劉翔    劉翔の悲劇

  • 2008/08/19(火) 10:44:51

ウサイン・ボルトの衝撃的な走りで沸いた国家スタジアム、通称「鳥の巣」が一瞬にして凍りついた。強い中国の象徴であり国家的スターである前回アテネのチャンピオン劉翔が登場した男子110mハードルの一次予選。




今大会の最大の目玉であり開会式、体操の団体、卓球の全種目制覇と並ぶ超大国「中国」を世界へアピールするはずの劉翔がスタートできずに姿を消したのだ。




「世紀の大波乱」と中国国内では大騒ぎのようだが自国のアピールの為に一人のアスリートがここまで追い込まれた姿を今だかつて見たことがなかった。
古傷であった右アキレス腱の故障を再発して満足にトレーニングを積めなかったのは内外の陸上ファンなら誰でも知っていた事だしキューバの新星で現世界記録保持者のダイロン・ロブレスが絶対有利というのも周知の事実だったはずだ。

しかし、北京オリンピック開催が決まった時からこの種目で世界を制しスポーツ大国の名を欲しいままにしようと計画されたいわば国家プロジェクトはマスコミを使って国民的英雄にしたてあげ故障を抱える劉翔を追い込み続けた通常の大会なら間違いなく棄権を早々と決めるほどの怪我でありながらその故障を隠し続け「大丈夫!僕なら金をとるから心配しないで」と気丈に振舞う姿に痛々しさを感じた。

「どうしようもなかった。そうでなければ、こんな(棄権の)決断はしない」と涙を流し悔しがった姿に罵声を浴びせる観客がいた。
さらに競技場をブーイングで包まれた光景を見て僕は目を疑った思いだ。五輪選手村に入った16日に(村内の医療施設で)磁気共鳴画像診断装置(MRI)検査を受け、かかとに近いアキレスけん最下部に深刻で大きな問題が見つかった」と担当コーチが説明しても納得はして貰えなかった様だ。それでも本人は国の為になにより期待してくれているファンの為に出場を直訴しスタート台にたったのだ。

レース前にウオーミングアップ場で練習中に痛みがひどくなり、医師3人からアイシングやマッサージを受けたが、改善しなかった。劉翔のレースはもうここで終わっていたのだ。

レース棄権後にブーイングを受けるとは本人も思っていなかったのではないだろうか?25歳の若き天才スプリンターはまだまだ先がある選手ではないのか?国の為に作り上げられたスターは存分にその期待に答えてきたではないのか?




なのにこの様な扱いしか出来ない中国という国に絶望感すら覚える。ハートが折れたスプリンターが再度世界のヒノキ舞台にたってくれることだけが唯一の願いだ。あのソウルオリンピックで大失敗し「中国の恥」と罵られ体操界を惜しまれずに去ったリネイの二の舞にならないかだけが心配である。

ウサイン・ボルトの激走  衝撃の9秒間 稲妻を見た夜

  • 2008/08/18(月) 11:19:26

まさに衝撃の9秒間だった。スタートの反応がそれほどよかったわけでもない、風の条件が良かったわけでもなかった。それでも196cmの大男は異次元の速さを世界に示した。9秒69。





自身の持つ世界記録を0.03更新すると共に人類が初めて9.6秒台で100mを駆け抜けた瞬間だ。

北京で見た夢の頂上対決。三強と言われた内の一人で昨年の世界陸上の100mと200mのチャンピオンであったタイソン・ゲイが準決勝で敗れる波乱があった後の決勝戦は世界記録保持者のウサイン・ボルトと同郷で前世界記録保持者だったアサファ・パウエルの一騎打ちの様相を呈していた。

緊迫のスタート前に既に笑っていた男がいた。独特のパフォーマンスでスタート位置につく選ばれし8人の中で一人だけ自信に満ちた笑顔で両手を斜めにかざし、ほんの10秒後に到達するはずのゴールをめがけ矢を放つポーズをとった。




4レーンからスタートしたその大男40mすぎで一気に加速しそのままトップに躍り出ると残り15mから両サイドを見渡し勝ちを確信すると胸の国旗を叩き両手を広げ斜め走りでゴールを駆け抜けた。今でかつてオリンピックのファイナルでこんなゴールをした選手を見たことがあっただろうか?世界一を決める大舞台でこの余裕の勝ちっぷり。さらに15mを流して走って世界記録更新というまさに衝撃的な瞬間だった。

アナウンサーが絶叫していた「世界で一番早い欽ちゃん走りを見ました」と。

一見するとふざけたような走りだったがそれでも世界記録がでるのだから何も文句を言えない。真剣に走り抜けたらと思うと恐怖すら感じてしまう恐るべきスプリンター。

数ヶ月前に「ウサイン・ボルト」の紹介をこのコーナーで書いた。

関連過去ブログ ウサイン・ボルト

その時はいつか世界を席巻するから名前を覚えておいて欲しいと綴ったがこんなに早くそしてこんな衝撃を世界に放ってくれるとは僕も予想はしていなかった。嬉しい気持ちと驚きを隠せない僕は興奮が収まらない。

佐野優子   世界最小最高のりベロ

  • 2008/08/14(木) 01:49:14

日本女子バレーを支える159cmのミニモニコンビをご存知だろうか?一人は勿論世界最小最強セッターの竹下佳江。もう一人は苦労人の天才レシーバーの佐野優子だ。

名門ユニチカの復活の切り札として入部するものの2年で廃部。東レに移籍しVリーグのベストリベロ賞を獲得するなど活躍するがチーム方針とあわず移籍先が決まらないまま強制退部をしてしまい日本協会を困らせた。

それでも日本代表に無所属のまま参加するなど実力はありながら今一チームにフィットせずその真価を発揮するまでには至らずアテネオリンピック直前にメンバーから洩れた。

その年、活躍の場を求めフランスリーグのカンヌに移籍しヨーロッパチャンピオンリーグに出場など世界最高峰のリーグでベストリベロになるなど日本国内以上に世界でその名を轟かせた。強烈なスパイクは勿論の事変化に富んだ高速の変化球サーブにも対応する器用さとテクニック。小さな体で身長2m以上の大きな体格のヨーロッパの名選手が放つ強烈なスパイクを受け止め正確にセッターに返す。地味ではあるがその働きはヨーロッパは勿論世界を震撼させた。
その後日本の久光製薬に移籍しそこでもVリーグのベストリベロ賞を獲得し日本代表にも当然のように顔をだすようになった。

「頑固な性格とストイックまでに追い詰める練習の虫」

佐野を称して柳本監督はそう呼ぶ。鬼将軍でさえも「リベロだけが安泰や」と全幅の信頼を寄せている。

その昔、日本のバレーボールはレシーブで世界を制したと言われた。そんな日本バレーのDNAを引き継ぐ稀代の名レシーバーは北京で最高の輝きを見せている。栗原の大爆発、荒木や木村の成長、竹下と高橋のコンビなど日本のメダルへ欠かせない要素が沢山あるようだが一番は佐野の活躍だと僕は信じて疑わない。佐野が光り輝いた時日本バレーの真の復活になる事はずである。



惨敗の男子柔道を考える

  • 2008/08/13(水) 21:30:50

男子柔道界が世界の大きな波に飲み込まれメダル獲得総数で史上最低の成績に落ちる事が100kg級の鈴木、超級の石井の登場を待たずして早々と決まってしまった。

「全責任は監督にある。反省している。何かが原因。どのへんで(自分が)腹を切るか考えないといけない」と斉藤監督は辞意をちらつかせた。しかし監督の首を付け替えただけでいいのだろうか?

引き手、釣り手をしっかり持って「一本」を獲りに行く日本古来の武術であったはずの「柔道」は今、世界では誰も追及していない。とにかく「効果」、「有効」をとりに更にはいかに相手に攻めさせず「指導」ポイントをコツコツためていくかを追及しフィジカルを活かしたレスリングのような変則な投げ技でパワーを見せ付ける世界に着実に追い抜かれた感じだ。

全日本柔道連盟のある強化担当コーチはインタビューで「次のロンドン五輪で男子は出場権を獲得できない階級があるかもしれない」と厳しく指摘する。世界とかなり差がある階級がある上、韓国、北朝鮮やイランなどの中東勢にカザフスタンなどの中央アジア勢も日本の上をいく選手が多数いるのだ。

「日本の柔道で世界をとりたい」とこの後に及んで時代遅れな事を言っていた選手が試合後「世界との差を感じた」と情けない一言を発していたのを見て情けない思いがした1回戦、2回戦と早々と姿を消した選手の中には怪我をした者もいれば怪我をおして出場した者をいる。さらに90kgの泉に関しては減量の失敗と試合をする前に負けている散々たる状況だ。選手強化の見直しのほか、けがとの付き合い方やケアの方法などを深く探る必要があるのではないだろうか。

もはや日本古来の武道ではない世界の柔道。存在感を示さなければ取り残され競技の発祥国がどこだったのかさえ誰も気に留めなくなっていく様な気がしてならない。






内柴正人   金メダルおめでとう 

  • 2008/08/12(火) 11:25:04

「世界一強いお父さんになれました。親父ですから。子供にいい所見せれたかな」そう笑った柔道選手。内柴正人。




抜群のセンスがありながら同年代の同階級に野村がいた為に階級をひとつ上げて世界と戦う事を決めた苦労人である。
アテネの金メダルに続く2連覇を成し遂げた男は野村から逃げたとまで言われた階級の文字通り世界一となった。
絶対の野村を持つ60kg級は選手層が厚く世界をリードしていたもののこの66kg級は韓国勢や体格に勝るヨーロッパ勢に押されて世界にリードを許していた階級だった。いわば苦肉の策で内柴の階級を上げさせたのは本人の意思でなく協会幹部のすすめがあったそうだ。勿論60kgで野村に勝ち、世界で一番になる事を理由に固辞してきた内柴。

それでも決断したのは奥さんの「世界一の奥さんだったら階級なんていいよ」の一言だったらしい。前回のアテネ大会の数日前に生まれた愛息は家に飾っている金メダルを見て「パパは一番なんだね」と屈託のない笑顔を振りまいた。
そんな息子が放った「パパは僕の前でも世界一になるよね」という何気ない一言が内柴を奮起させる。オリンピックチャンピオンになって以後、モチベーションの低下から世界選手権やアジア選手権で惨敗、国内でも勝てない日が続き「限界説」が飛び交うほどの不振に陥っていたのだ。
息子の為に息子に世界最強を見せる為に奮起した男は過酷なトレーニングを積みもう一度世界の舞台に立った。「日本の、俺の柔道をすれば負けない」アテネで見せた全試合一本勝ちしかも全試合決め技が違うという離れ業をやってのけたキレやスピードはなかったものの「攻めて攻めて攻めまくる」強気の柔道で「内柴の柔道」を見せ付けた。確かに危ないシーンもあった。残り30秒までリードを許し大逆転を演じた3回戦なんかは冷や冷やしたがそれでも攻める柔道を続けた結果当然の逆転劇だったように思う。

「世界で戦えない階級」と言われ続けた66kgだったが「内柴」がいる限り「世界で一番勝てる階級」となった。世界で一番強いお父さんの称号は内柴正人、貴方のものだ。本当に金メダルおめでとう。



いざ、北京へ? 浜口京子

  • 2008/08/11(月) 12:14:15

金メダルラッシュが期待される女子レスリングの4階級の内金メダル獲得の確率が一番低いとされる階級が浜口京子が出場する72kg級である。オリンピック開催の階級では女子の最重量級がこのクラスである。

全日本12連覇。世界選手権12年連続出場。内、金メダル5個、銀、銅それぞれ2個づつ。つまり12回出場中9回もメダルを獲得した
世界の第一人者である。しかし4年前のアテネの準決勝で負けて以来、世界の頂点には立っていないのだ。

父であるアニマル浜口氏をコーチに2人3脚で世界を目指してきたレスリングの申し子はその勝負時に見せる弱気な一面を克服する事が出来ず世界選手権でも惨敗を繰り返す。限界説がちまたに流れた時も涙をみせるだけで起爆剤になるどころか逆に生気を失ったかのような試合を繰り返しいつしか女子レスリングのお荷物階級とまで言われる始末だった。

天性のレスリングセンスと豊富な運動量を武器に世界を制したあの頃の輝きは今はもうない。
それでも全日本では負けなかったしアジア選手権でも残り数秒からの大逆転のフォール勝ちをみせ北京の切符を辛くも獲得するなど土俵際で残り続け今大会に望むことになった。

地元中国の王旭やブルガリアのズラデバなど浜口のライバルには強敵が揃うが
ここらで一発「世界のど根性娘」の真骨頂をみたいと期待しているのだ。タレント性の強い父の影響でテレビにも引っ張りだこの人気ものだがプレッシャーに弱く、ここ一番では勝てなかった今までの悔しさをバネになんとか奮起してもらいたいと思っている。

「弱虫の自分を北京ではしっかり叩きのめしてやろうと思っています」ライバルは自分の心である事を悟って臨む最後のオリンピック。
自分の心に打ち勝った時、父の笑顔とともに得るものは光り輝く金メダルだろう。



いざ、北京へ? 吉田沙保里

  • 2008/08/10(日) 11:20:53

「連勝が119でストップ!7年ぶりの敗戦!大丈夫か北京?」

たった一つの黒星が世界を駆け巡る大ニュースになった。レスリング55kg級に出場する吉田沙保里に試練の夏がいよいよやってきた。





世界最高のスピードとキレ味をもつタックルを完全に読まれ見切られ返し技の餌食になってから6ヶ月。「タックルの女王」はその自分のプレースタイルに迷いはじめた。それでも自分の「タックル」に賭けた。世界一を6年間も守ってきた女王が自分の「タックル」を信じた。「タックルをかわされたのは自分のタックルが甘かったから、油断があったのかも」と公式記者会見で語った目には大粒の涙ふが溢れていた。

オリンピック2連覇へのプレッシャーや確実に女王を追い詰める世界のライバル達の力量、研究に研究を重ねられ対策を練られてきた必殺技。どれも避けられない吉田の前に立ちはだかる大きな壁。

そんな焦りからかオーバーワークになりこの春、全治1ヶ月の大怪我を右ひざに負う。「吉田大ピンチ」と世間は面白おかしく書きたてた。

守ったら私じゃない。タックルは私の武器だし怪我は丁度いいハンデを与えたと思うことにした」強気の吉田はそう笑った。その笑顔は決して満面の笑みではなかった様に思う。2連覇の懸かるオリンピックの前に気づかされた世界との差、そして自らの心の隙、なにより自分の武器。

試練を乗り越えた先に最高の笑顔が待っているはずだ。世界最高の笑顔を見せてくれ

いざ、北京へ? 冨田洋之

  • 2008/08/09(土) 10:49:34

「冨田が描く放物線は栄光への架け橋!」
鉄棒で着地を決めた冨田を見て鳥肌が立ったアテネからもう4年が経った。
悲願の団体金メダルから4年。連覇を目指し臨む北京はそう簡単にはいきそうにはない。
復権を誓う体操王国、地元中国にロシア、アメリカと着実に力をつけ金メダルどころか銅メダルすら危ないかもしれないのが今の現状であろう。
そんな日本チームを引っ張るのは今回もエースで世界最高級のオールランドプレイヤーの冨田だ。




愚直で我が道だけを突き進むタイプの天才肌はその性格ゆえ、しばしば誤解を巻くような言動で関係者を困らせてきた精密機械と称される技の正確性を持つ反面、闘志を全面に出すことを嫌い「注目される事がなにより嫌い」と言ってはばからないチームの最年長になった冨田がなんとチームキャプテンに就任したと聞いた時「まさか?」と思ったのは僕だけではないだろう。

19歳で全日本選手権を冨田本人を押さえて優勝した内村とがっちり握手を交わし「北京でも頼むぞ」と公衆の面前で声をかけた冨田を見た時彼の変化に改めて気づいた。

「これだけ体操が注目されている事は幸せな事。正面からプレッシャーを受け入れて応えたい」代表の記者会見で放った一言は涙がでる思いだった。
究極の美しさを求める冨田の体操は今、世界の流れと逆行している事を冨田が一番知っている。世界は今「F難度」の大技を幾つ演技の中で入れてくるかで得点が変わってくる時代だ。つまり正確性よりもダイナミックな必殺技を持った選手が有利な採点方法に変わっているのだ。

不正確な「F難度」より正確無比な「E難度」の成功を目指してきた冨田には得点がつきにくい世界のシステムと流れ。それでも冨田は技の構成を変えなかった。頑固な冨田が最後まで貫いた自分の体操。

競技終了後に胸に輝くメダルは金ではないかもしれない。それども冨田は何が一番大事かを知っている。それは金メダルを獲得するよりも自分の体操を世界に向け魅せる事であること。北京で冨田の体操を思う存分やってくれ。



いざ、北京へ? 木村沙織

  • 2008/08/08(金) 12:51:55

木村沙織。




「さおりん」と親しまれ日本を代表するアタッカーでありセッターもこなすマルチプレイヤーである。
この夏、木村沙織はどうしても輝かなければいけない理由がある。





東京の下北沢成徳高校で同じ寮生活し公私共に姉妹のように仲の良かった後輩の為に。

高校バレー界を席巻し共に高校生の時に全日本に選ばれた逸材であった2人。
横山友美佳さん。

中国生まれで10歳で来日し日本に帰化した天才バレーボーラーは21歳の若さでこの世を去った。
体調不良を隠してバレーボールに励んだ横山はいつも木村沙織と同じメニューをこなし妹のように後を追った。しかしコートで倒れ精密検査の結果、癌であることが発覚し無念の引退、闘病生活を送っていた。そんな妹を練習後毎日のように見舞い、励まし一緒に生まれ故郷である中国・北京へ行く事を夢にお互い頑張ってきた。

最終予選が始まる前夜に事態は急変する。
前夜のミーティングを終えた木村の元に訃報が入ったのだ。泣き崩れ、自分を見失った木村にチームメートも声を失ったほどだったらしい。翌日、形見のネックレスをし腕時計をバックに入れ会場入りした木村沙織の目はまだ濡れていた。妹の死を素直に受け入れられない姉を柳本監督は先発メンバーから外す事も考えたと言う。

しかし、木村沙織は亡き妹との約束を果たすためコートにたった。その夜の強豪ポーランド戦ではその熱い思いを胸にチームのハイスコアとなる17得点を叩き出し北京への道を自らの手で切り開いた。
「どこかで見てくれている。北京では結果を残す」そう心の中を打ち明けた木村。この夏、木村はどうしても輝かなければならない。日本の為に。そして自分の為に。なにより最愛の「妹」の為に。


関連ブログ 木村沙織 「さおりん」の成長

いざ、北京へ? 上野由岐子

  • 2008/08/07(木) 11:00:07

女子のメダル獲得有力競技にソフトボールがある。
世界最高のピッチャーを擁し宿敵中国、アメリカに戦いを挑む。

そのピッチャーの名は「上野由岐子」




世界最速の125kmのストレートとチェンジアップ、必殺のライズボールを持ち球にし世界NO,1ピッチャーの称号を手にした日本の大エースである。

金属バットをへし折ったこともある剛速球は野球で言うと170kmぐらいの体感スピードのボールを投げ込む真の世界最高のピッチャーである。
しかし上野は「いいピッチャー」とは言われるが「勝てるピッチャー」ではなかった。それが上野の弱点であり、日本のアキレス腱でもあった。技術でなくハートの問題なのかは本人が一番わかっている事だろうがここ一番失投を繰り返し一歩届かなかった悔しい思いを重ねてきた。今季の日本リーグでは配球に神経を使い今までに見たことない集中力で登板した全試合に勝ち投手になり
「一皮むけた」と周囲を驚かせた。彼女は日本リーグでありながら「オリンピックの本番の舞台の気持で投げた」とはっきりと言った。

チームの勝ちよりもオリンピックで日本が日の丸が頂点に立つ為に配球に気をつけ集中力とモチベーションを高めたと言うのだ。こんなはっきりインタビューに答えた上野は見た事がなかった。
世界選手権で中国相手に完全試合をやってのけアテネの切符を手にした時もその期待されたアテネの本番でも3勝2敗と振るわなかった時もどことなく他人事のような受け答えだったあの上野がはっきり公言した北京への準備、そして北京での金メダル。
その剛球と変化球、そして何より「強いハート」を手に入れたエースにますます期待が膨らむ。世界で一番「勝てるピッチャー」になる日はもうすぐだ。



いざ、北京へ? 三宅宏美

  • 2008/08/06(水) 11:22:30

重量挙げに出場する三宅という選手をご存知だろうか?

「重量挙げの三宅」と言えば思い出す方もいるだろう。叔父にあたる三宅義信さんは東京とメキシコの両オリンピックで金メダルを獲得したし父親の義行さんはメキシコで銅メダルを獲得した名選手だった。

そのDNAを引き継ぐ天才少女「三宅宏美」。

そう女子である。女子重量挙げのトップ選手である。音大出身の母親の影響でピアノが大好きな小学3年生の女の子はシドニーオリンピックから正式採用された女子重量挙げに心を奪われた。両親は揃って大反対し親戚を巻き込んでの大騒動になったらしい。重量挙げDNAを引き継ぐ女の子はそれでも反対する家族を押し切りその長く過酷な道を選んだ。

まだまだ競技人口が少ない事もあってか三宅はすぐに頭角を現し「重量挙げの申し子」と世間ははやし立てた実力が伴わないのに人気が先行する日本の悪い体質に翻弄された18歳はそれでもアテネの切符を手にした。

「競技を始めて8年間の思いをぶつけたい。出場しただけで満足していたアテネとは気持が違う」今回は秘めたる思いで北京に臨む。自己ベストのトータル191kgは日本記録ではあるが世界とは10数kgも差がある。

北京で戦うためには200kgを軽く越えてこないといけないはずだ。200kgと軽々しく言うが彼女の体重は48kg以下クラスに属する極々普通の女の子である事をしておいて欲しい。昨年は故障で一年間,、棒に振ったがようやく故障も癒え心身充実して世界に臨む。

コーチである父の英才教育を受け叔父にも教えを請い母は娘の栄養管理の為学校にまで通った。家族の大反対を押し切って始めた「重量挙げ」はいつしか家族全員の協力を得て世界を目指すところまできたのである。

まさに「重量挙げ一家」の夢と希望を胸に北京の舞台に立つ。北京オリンピック最初の金メダルが決まる種目と言う事もあって注目度は高い。準備は整った。日本史上初の女子のメダルに向けて家族は祈るだけだ。頑張って欲しい




勧野甲輝 小野田俊介   選ばれし2人の未来

  • 2008/08/05(火) 12:32:18

いよいよ開幕した夏の甲子園。予選で敗れたプロ注目の選手達やいろんな思いを胸に散っていった球友達。選ばれし者だけが戦える舞台。それが甲子園。

東西に注目の一年生がいたが今夏は両方とも甲子園で見る事が出来なくなってしまった。
一年生ながら東西の名門校のエースで4番をはるその怪物の名はPL学園の勧野甲輝と早稲田実業の小野田俊介だ。
この2人の名は是非覚えておいてほしい。

甲子園で光り輝くようにと付けられた甲輝は「一人KK」と呼ばれ投げては桑田並みで打っては清原クラスと大会前から注目の一年生だった。ハイレベルな選手が集まる強豪・PLにあっても勧野甲輝は頭ひとつ抜けた存在であった。1年生ではベンチに入ることさえ困難ななか勧野はあの清原以来となる1年生で4番に座ると2本塁打をマークするなどチーム最多の14打点をあげる活躍をみせた。
しかし先発した決勝戦で近大付に敗れ今年の夏を静かに終えた。
「憧れの清原先輩に並んだことはうれしいが技術的にも精神的にも鍛え直さなくてはいけない面が多い。負けたことをいい経験にして、次の大会を目指したい」としっかり前を向いている。

同じく早実の小野田も決勝で日大鶴が丘にまさかの13失点で敗れ怪物の最初の夏が静かに終わってしまった。小野田も同様に「ここまでやれたのも先輩のおかげです。次は絶対に勝ちたい」としっかり前を見据えて来春に向け再スタートを切った。
しかし、PLが敗れた相手の近大付は一回戦で強豪、千葉経法大にあっさり負け早実が大敗した相手日大鶴が丘は鹿児島実業に13点も取られ大敗した。

甲子園とはそんなレベルなのだ。しかし2人にはまだまだ先が長い。2年もある。
甲子園をおおいに沸かせた桑田・清原や駒大苫小牧の田中と早実の斎藤の様な良きライバルが東西の名門で再スタートを切っている。今年の夏の主役にはなれなかったが近い将来きっと甲子園の主役になるであろう2人の今後に期待している。なぜなら2人はきっと選ばれし者だから。

ニューヨークヤンキースの逆襲

  • 2008/08/01(金) 14:30:00

毎年、毎年同じ光景を見ている気がする。後半戦の主役、ニューヨーク・ヤンキースがいよいよ調子を上げてきた。
アンバランスな戦力バランスを諸共せず得意の後半戦の追い込みでメジャーを熱くしている。

松井秀喜にキャッチャーのポサダ、外野手で核弾頭的存在のデーモンと主力級を故障で欠きながらしかも期待の若手投手陣も不甲斐無い結果を残しているのに勝っているのだ。後半戦に入ってすぐに破竹の8連勝するなど勢いが止まらない。
お得意の補強も首をかしげる。
キャッチャーのポサダのかわりにかつてメジャー最高のキャッチャーとまで言われたタイガースのイバン・ロドリゲスを獲得したのはまだ許せるとして今季不振でマリナーズのA級戦犯と言われたDHかファーストぐらいしか守れないセクソンを獲った。更にもうとっくに峠を越えたはずのバリー・ボンズまで獲ろうとしているとかいないとか。
野球とは走攻守でプレーするものだが、今のヤンキースには「打つだけ」の選手が異常なまでに多い。それでも勝ち続けるのだからわからないものである。

そしてもっと解らないのが松井の頑固さである。
膝は相当悪いようだ。巨人時代からの古傷である膝はチームドクターが見ても手術の必要があると判断したほどで監督、GM、オーナーまでが手術し来季の完全復帰を望んでいるというのに頑なに手術を拒んでいる。何を焦っているのだろうか?そんなに焦って今季中のプレーを目指す意味が今一理解できないでいる。

今季の復帰を焦るあまり手術を拒否しチーム関係者にも愛想をつかされまさに四面楚歌状態である。
リハビリを続けていても関係者は誰一人として様子を見に来たり連絡を入れてくる者はいないらしい。それでも固辞する松井に現実は甘くない。チームは今季のプレイオフに向け着実に補強している。「打つだけ」の選手が多いとはいえ松井もその一人だったのだから松井の後釜をどんどん補強しているのだ。もう松井の戻ってくる場所がないかのように。

「いいのかそれで?」と松井ファンなら思うのだろうがニューヨークのファンは今年最後になるヤンキースタジアムでのワールドシリーズ進出の為にマツイの名は完全に忘れようとしている。


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