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やはり早稲田は強かった

  • 2009/01/15(木) 03:35:03

ここ数年、大学ラグビー界の頂点に君臨し絶対王者として牽引したのは紛れも泣く早稲田大学だった。しかし今季はリーグ戦でよもやの2敗を喫し2位に甘んじた。その威信をかけてリベンジを誓った大一番。大学選手権決勝。相手はリーグ戦「53連勝」で途切れさせられた因縁の相手、帝京大だった。

リーグ戦ではスクラムで完全に押されフォワード戦で完全に支配され自慢のバックス陣は全く機能しなかった。しかしそこはさすが王者・早稲田。きっちり修正してきたスクラムで互角以上に戦い慌てた相手にミスを連発させた。類まれな集中力を全員が発揮し大一番に20−10というスコア以上の大差を感じさせ圧倒した。ディフェンス面でも基本の低く激しいタックルで早めに相手の突進を止め集散も早く相手にラグビーをさせなかった。

これが史上最多の15回目の優勝を目指す早稲田と初優勝を目指した帝京との歴史の差なのか?両校には点差ほどの実力差があったとは到底思えない。あったとすれば試合開始から終了するまで継続された集中力の差だったかもしれない。昨年の日本一チームに比べ実力はスピード、パワー、チームワークなど全てにおいて劣っていた早稲田が優勝した理由を挙げれるとするとやはり伝統の力、勝負勘そして何より勝利に対する執念が他校より数段勝っていたという事だろう。

今思えば試合前のウオームアップで勝負あったのかもしれない。メンバーに入れなかった控えの4年生全員がスーツを泥だらけにしながらタックルバッグを持ち、タックルを受け止めていた。そんな控え部員に試合さながらにぶつかる悲壮感さえ感じさせるレギュラー陣。試合後「試合に出られない4年生が僕らに託してくれていると思うと、涙が止まらなかった」とキャプテンは声を詰まらせた。対して帝京陣営は半ば余裕を感じさせるアップを繰り返し中には歯を見せている選手までいた。リラックスしているといえば聞こえはいいがやはり勝負前に油断があった事は否めないだろう。 

「今回の優勝は昨季より2倍苦しんだ分2倍うれしい。FW戦は自信があったし魂を込めた早稲田らしいラグビーができた」と話した笑顔の中竹監督が宙に舞い日本一の時だけ歌われる部歌『荒ぶる』が誇らしげにこだました。
改めて早稲田大学の強さを改めて感じた一戦だった。

国定周央  3代継承されたラグビーセンス 天才の苦悩

  • 2009/01/09(金) 13:39:03

高校ラグビー生活最後のノーサイドの笛が彼の耳にはどのように響いたのだろうか?近年高校ラグビー界を牽引したきたロイヤルブルーを身にまとった背番号11は高らかに拳を突き上げジャージの胸の校名を何度と叩き笑顔をみせた。
王者の復権を誇らしげに誇示するかの如く。
公式戦25連勝、新チーム結成以来公式戦無傷の戴冠となった常翔啓光学園。立役者は紛れもなく背番号11の国定周央だった。

174cmで70kg。
近代ラグビーにおいては細身で華奢な体格。しかしバネのような全身から繰り出されるステップに相手は全くついていけない。前半11分に強烈で鋭すぎる程のステップを刻み2人抜きの先制トライ。同24分には自陣30メートルで相手ボールをいとも簡単にインターセプトしそこから70メートルを疾走した。後半19分には中央付近からディフェンスが密集している狭いサイドを華麗に駆け抜け相手ディフェンスを完全に置き去りにする3つ目のトライ。組織だったプレーを重んじる啓光学園フィフティーンの中で唯一個人プレーを許されている天才が華麗に舞いその真価を発揮した。

天才の血は紛れもなく受け継がれていた。

国定ファミリーに流れる黄金のDNA。
祖父は東京の名門目黒高校で全国制覇5度を成し遂げた名将である。
卓越した戦術眼は高校ラグビーの父とも呼ばれた。父は明治大学出身で日本代表にも召集された快速ウイング。そんな家庭環境で育った天才は自らの意思でラグビーを始めた。その才能は中学生当時から開花し天才の名を欲しいままにしていた。

だが、日増しに高まる周囲の期待に耐えられなくなり啓光高校進学前「ラグビーを辞めよう」とまさかの退部希望を口にした。

『“血の重圧”から逃げたい』という一心だったのだろうが天才の苦悩は続いた。天才が心に葛藤を抱えながら過ごした2年間名門・啓光高校は大阪予選で敗退し続けた。
「挫折」を味わった天才を目覚めさせたのは中学時代から「花園」を「全国制覇」を目指してきた同級生だった。
天才・国定の苦悩を知る同級生は少しでも国定を楽にさせようと懸命に練習を重ね国定を鼓舞し続けた。監督もチームメートも国定の完全復活が全国制覇の絶対条件という事は知っていたはずだ。合言葉は「国定と全国制覇」そんな同級生に答えるかのように迷いを吹っ切った天才は高校生活最後の花園で輝きを放った。

「続けてよかった。100%以上のプレーができた。みんなに3年間ありがとうと言いたい」

仲間に救われた3年間を最高の結果で答えてみせるのも「天才」のなしえる技なのだろうか?

卒業後は父も通った明治大へ進学が決まっている。

今季低迷し苦杯を舐め続けた明治の復活の切り札として大きな期待をされている。また期待からくる重圧と戦わなければならない4年間だろう。
しかしその重圧を跳ねのけ更なる進化を遂げた天才が輝く姿、大学ラグビーの聖地国立で躍動する姿がいまから待ち遠しいかぎりである

楕円形のボールを操る遺伝子、黄金のDNAを受け継ぐ“天才”よ頑張れ!

新・山の神 柏原竜二

  • 2009/01/03(土) 16:51:08

第85回東京箱根間往復大学駅伝競走は東洋大学が初の優勝を遂げ幕を下ろした。優勝の大本命と目されていた駒沢大学がまさかの13位でシード権を失うなど今年も波乱があった上、各校のレベルが一段と上がり戦国駅伝となり見てる者を魅了した大会だった。

そんな中、ビックリする様な選手が彗星の如く現れた。東洋大のスーパールーキー柏原竜二である。




永遠に破られる事のない記録とされた山の神「今井正人」が残した記録を一気に47秒も更新するとんでもない記録が達成された。
首位早稲田大から離れる事約5分の差でスタートしたスーパールーキーは監督の指示を無視する程の快速で走り出した。
誰が見てもオーバーペースで入ったスタートにゲスト解説していた今井正人さんも「一年生で怖いもの知らず。これからです・・・」と心配そうに思いやったコメントが印象的だった。
口を半開きにし、みけんにしわを寄せ、表情は苦しそうにゆがむ。「箱根の山登りをなめるな」とばかりにスーパールーキーを苦しめ続ける登り坂。しかしそんな苦悶の表情とは裏腹に快調にピッチを刻み続けいつしか首位早稲田大の背中がはっきり見えるまでに・・・そして一気に首位に立ちそのままゴールを駆け抜けた。

新たな山の神が降臨した瞬間だった。

昨年12月に元部員が強制わいせつの現行犯で逮捕され部長や監督が辞任するショッキングな事件を乗り越え箱根に新たなヒーローが誕生した。
ゴール後の柏原は興奮で目は真っ赤だった。誇らしげに両手の人さし指を何度も突き出し雄叫びを上げながら先輩達の手荒い祝福を受けた。
 
福島県のいわき総合高時代は主要な全国大会の出場経験はなくまったく無名の存在だった。
試合にでてもその性格からか前半から果敢に飛ばしては後半失速し続けた。
高校卒業後は就職をし競技から離れる予定だったが東洋大・佐藤監督代行が視察したとあるレース後に過呼吸で倒れた柏原を見て内臓機能の検査を受けさせた。そこで持病の「貧血」が発覚した。
薬と食生活の改善でその後は持久力がつき飛躍的にタイムが向上した。「3年までに強くなってくれればいい」と熱心に誘われ東洋大学に入学した。入学後もその成長は止まらずこの快挙に結びついたのだ。

新・山の神の誕生は箱根駅伝の新たな伝説を生みさらにその伝説は続くであろう。あと3年つまりあと3回・・・
ゲスト解説の今井正人さんが最後に言った「ビックリしました。化け物ですね。あと3回も見れるんでね。本当に楽しみです」

柏原竜二。

東洋大学のいや箱根駅伝のスターの名を覚えておいて貰いたい


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