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柴崎岳  青森山田高校の10番、日本の10番

  • 2009/12/31(木) 00:42:55

明日のフル代表への第一歩。全国高校サッカーがいよいよ開幕する。注目校としてそして優勝候補として僕はタレント揃いの青森山田高校を推したい。

柴崎岳。




U−17ワールドカップでは10番を背負いボランチの位置から攻撃を組立てチームの司令塔として活躍した。確かな足元のテクニックと広い視野、敏速で的確な状況判断、精度の高い正確無比なクロスにスルーパス、高い戦術理解力を生かした質の高いプレーで、その能力は世界レベルのボランチだと世界中から高評価を得た。青森山田中3年時にU−15日本代表に選ばれて以来、日本代表の10番はずっと彼のものだったそこれからずっとそう続くだろう。

世界を見据えた天才が目指す高校チャンピオンのタイトル。

狙うには十分な戦力が整っている。青森県予選の準決勝、決勝と2試合続けて5得点をあげた脅威の決定力を誇るセンターフォワード野間涼太。昨年までウイングポジションのサイドアタッカーだったがチーム事情によりセンターフォワードにコンバートされると身体能力を活かしたポストプレーに磨きがかかり得点の起点になり自らも得点をするストライカーに急成長を遂げた。中盤の右サイドには高速弾丸ドリブラーの異名をとる遠藤竜史が努めボランチ柴崎からのタクトに見事にこたえる活躍を見せる。強引すぎる感のあるドリブルも攻撃の緩急をつけるにはとてと素晴らしいアクセントを与えている。中盤の左にはテクニック十分のドリブルとスルーパスを見せシュートの精度もかなり高い三田尚希が努める。左サイドにはU−17日本代表のサイドバックも務める中島龍基が果敢な上がりを時折見せ攻撃のオプションの一つとして十分に機能している。大型センターバックにキーパーも高校生レベルでは日本代表クラスの素質をみせ、どこにも穴がないように思える。

不安材料があるとすれば夏にひざの前十字じん帯断裂という大けがを負った柴崎とダブルボランチを組む椎名伸志の怪我の回復具合とフィジカルの問題か。回復が遅れるようなら大きな戦力ダウンになり兼ねないが選手層の厚いチームならではの一年生の台頭などチーム力は全国トップレベルである。

タレント揃いのチームが大きく機能すると圧勝で勝ちぬけるかもしれない。今大会は是非、青森山田高校の10番、柴崎岳に注目してもらいたい。



高木美帆

  • 2009/12/30(水) 00:05:34

ゴルフの石川遼や野球の菊池雄星らスーパー高校生が注目されたがバンクーバーではスーパー中学生の活躍が見れそうだ。
北海道の中学3年生・高木美帆。





男子顔負けの身体能力を持つ高木美帆が代表予選会の3000mで3位に入りオリンピック出場がほぼ確実になった。中学生のオリンピック出場となればスケート界初の快挙であり4年前、浅田真央を苦しめた年齢制限の壁も誕生月の関係で辛うじてクリアしている。これも天性の運なのかもしれない。

1m63cmで57kgのまだまだ華奢な体格だが全日本ジュニア選手権で全種目優勝するなどこのクラスでは敵知らずの状態だった。バンクーバーの出場など眼中になかったそうだがトップクラスの選手たちのオリンピック出場をかけた本気の戦いの中で自分がどれだけできるのかを試す気持ちで出場した今大会で見事、表彰台に上がり記録もオリンピック出場標準記録を大きく上回り結果を残した。

高木美帆。スケートの申し子のような天才ぶりだが実は彼女の存在は別のスポーツで知っていた。学校ではスケートではなく男子サッカー部に入部している。しかもその素質は男子の中に入ってもずば抜けており全国レベルの実力で全国有望選手の指定まで受けている。女子サッカーも世界レベルだけにサッカー協会も今回の出来事に複雑な思いなのだろう。全日本代表の沢が「20年いや30年に一人いるかいないかの天才」と表現した天才サッカー少女だけに「サッカーの高木美帆」という認識をしていた僕だったがスケートがまさかここまで凄いとは思っていなかった。本当に”天才”なのかもしれない。

ズバ抜けた素質の持ち主であろう高木美帆のスケート見た関係者は驚きを隠せなかったという。小学生の時に500mを3本走ったら3本目には最初に走った時より5秒も早くなっていたという。一日で5秒も早くなったのだ。もちろん小学生レベルではトップレベルの選手たちより既に2秒ほど早かっったのだ。天才的なボディバランスを活かしたコーナリングのうまさが特徴なのだが教えてもなかなか飲み込めないデリケートな部分をたった3回走っただけでものにしてしまったのだから凄いの一言だ。

確かに今のレベルではバンクーバーオリンピックで結果を残すのは難しいかもしれない。しかしまだ2か月もある。そな短時間で課題を修正し飛躍的に記録を伸ばす可能性もある。その先4年後のソチオリンピックで結果を残す為にも出場して雰囲気をつかんでおくのも財産になろう。本当に楽しみな逸材である。

報道陣に囲まれた高木は「五輪の思い出は特にありません。長野は3歳だしトリノとか見ていないし…分かりません」と淡々と答えた。更に高校の入試予定日が来年2月12日で五輪開幕前日なのを知り「そうなんですか? 日程変わりませんか?」ととぼけて見せた。

15歳のスーパー中学生・高木美帆。是非覚えておいてもらいたい。



松本哲也

  • 2009/12/29(火) 00:11:36

「平成の青い稲妻」「原チルドレンの出世頭」「Mr.天秤打法」この人の通称は沢山ある。巨人のセンターのレギュラーをしっかり獲得した感がある松本哲也。

170cm、65kgの小さな体はプロ野球選手の中でも最小クラス。育成枠出身野手で初めてゴールデングラブ賞を獲り、新人王もとった才能溢れる25歳である。選手層の厚い巨人の中においてひと際小さい体ながら外野のレギュラーを守り続けたのだから本当にたいした男である。

山梨出身の松本は小・中学生まではラグビー選手だった。叔父さんが日本代表で父親も日本リーグのトップクラスの選手だった影響だろうが小柄な体ながらスピード感がありあたりに負けないフィジカルも持っていた。しかし体の小ささに悩んだ結果、ラグビーの道を諦め高校から本格的に野球を始める。スピードを活かした守備範囲の広さと盗塁には早くから定評があったものの高校生の球に全く手が出ず自慢のスピードを活かせない打撃だった。それでもなんとかバットに当てようとする気持ちとバットにさえ当たれば内野安打になる俊足でチームには欠かせない存在ではあったそうだが全国的にも全く無名の選手だった。

東都大学リーグの当時2部に降格していた専修大学に進学した松本は4年間チームの誰よりも多い練習量をこなし、まさに「努力の人」とチームメイトに崇められるほどで朝晩のランニングにはじまり全体練習をこなした後でも素振りにティー打撃と黙々とこなし続けた。4年生時にはキャプテンを務め、チーム久々の1部復帰に貢献するなど活躍したもののまだまだ全国的には無名選手だった。

大学卒業後は巨人の育成選手としてプロ野球生活の第一歩を歩み始めるが周囲はまさに青天の霹靂並の驚きのドラフト指名だったそうだ。確かに「足」だけはプロのレベルだったが「守備」は下手ではないが並クラスぐらいで「打撃」にいたっては高校生レベルと揶揄される程の選手だっただけに巨人からの指名は育成枠とはいえ周囲を驚かせた。

入団後はキャンプやオープン戦でその足の速さと守備範囲の広さ、なによりひた向きな野球に対する姿勢が原監督の目に留まり関係者の反対を押し切る形で選手登録された。

そして今季、開幕から一軍ンい定着した松本は追い込まれてもファールで粘る打撃技術と的確なチームバッティング、ガッツ溢れるセンターの守備でチームに貢献しまさに大活躍だった。バスター気味に構える独特のバッティングフォームは松本がプロの投手のスピードや変化球の曲がりになんとか対応しようと創意工夫したフォームで必至でボールに食らい付く姿勢が良く現れたフォームだ。「天秤打法」と呼ばれるその打ち方こそ高校、大学と誰よりも多い練習量をこなし、プロの世界で生き残る道を研究し続けた末に編み出された「松本打法」である。

巨人の一時代を築いた名外野手に「松本匡」という選手がいた。通称「青い稲妻」。くしくも同名の大先輩に憧れ青い手袋とリストバンドを付け躍動する「平成の青い稲妻」こと松本哲也。来季以後の更なる活躍に期待している。




中野友加里

  • 2009/12/28(月) 01:05:37

4年前のトリノオリンピック選考会を兼ねた全日本選手権。グランプリシリーズで大活躍する浅田真央の陰に隠れていたものの中野友加里の成長は著しく、年齢制限に引っ掛かる浅田を尻目にオリンピック代表の座をほぼ手中にしていた中野だったが最終選考の全日本選手権で村主がまさかの大逆転優勝をさらいオリンピック代表の座も村主の手に落ちた。この時流した中野の涙は印象的だったがコメントがさらに印象に残っている。「今季は自分でも出来すぎだったしまだまだオリンピックの出られる資格はなかった。悔しいが次回のバンクーバーでは出場だけでなくメダル候補と呼ばれていたい」





そう誓った日から中野は日本の常にトップ3に君臨し続けた。浅田真央、安藤美姫につづいての実力者で安定感ではトップとも言われ常に日本女子フィギュア界をひっぱてきた存在だった。日本の3番手と言っても世界でもトップ10には十分に入る実力者であり勿論バンクーバーオリンピックのメダル候補でもあった。

「世界最高のドーナッツスピン」と称されるなどスピンの回転速度や切れ味、軸のぶれなさなどまさに芸術の域にまであると言われている。ビールマン姿勢から軸足を変えてキャッチフットレイバックスピンへ移行する高難度の足換えコンビネーションスピンを披露したり片手のビールマンスピンを見せるなど中野のスピンは本当に凄い。しかし、中野=スピンの様なイメージさえあるが実はアクセル・ルッツ・フリップ・サルコウ・ループ・トゥループの6種類の3回転ジャンプを跳ぶ事のできる世界中でも数少ない女子選手なのである。極端に難しいジャンプ構成を組む選手として知られその構成点は韓国のキム・ヨナをはるかに上回る。





そんな中野だが今季、大事なオリンピックイヤーは肩の故障などもあり少々出遅れた。故障をおして出場した大会では精彩を欠き、常連だったグランプリシリーズの表彰台も登れないまま鈴木明子の勢いに完全に飲み込まれてしまった。浅田真央の不調がクローズアップされていたが実は中野の方が深刻だったかもしれない。

勢いでオリンピック候補にまでなった4年前と全く逆の立場で迎えた全日本選手権、最終選考会。最高のパフォーマンスでショートプログラム2位につけ代表に王手をかけた中野だったがフリーの演技で得意の3連続ジャンプに失敗し惜しくも3位に沈んだ。2位に躍進した鈴木との差はわずかに0.17.ジャンプにして2回転が3回転になっただけで十分に逆転できる点差。4年間の思いを体いっぱいに使って表現してくれたしそのパフォーマンスは最高だった。しかし勢いの前にわずかに及ばず屈してしまった。

「五輪を目指すのは今回が最後。この気持ちは4年後まで続かない」静かにそして淡々と出てくる言葉の数々。引退を決意したかのような言葉の数々に今回にかける熱い思いを感じた。中野友加里はもう見れないのだろうか?寂しすぎるのだが・・・・




ジェレミー・アボットと佐藤有香コーチ

  • 2009/12/27(日) 00:25:54

「豚だって空を飛べるはず」バンクーバーオリンピックの男子フィギュアスケートの金メダル候補、アメリカのジェレミー・アボットの座右の銘である。

全米ジュニアのチャンピオンになり彗星のごとく現れたジェレミー・アボットだったがシニア初年度は全米選手権の予選に失敗するなどなかなか芽がでない選手だった。そんなジェレミー・アボットが全米選手権本戦で優勝しさらに見事にグランプリシリーズファイナルに優勝するなど一躍、オリンピックの金メダル候補に躍り出た陰に日本人コーチの存在がある。

佐藤有香。

日本人女子フィギュアスケート界で伊東みどり以来2人目の世界女王になった天才スケーターだ。正確無比なスケーティング技術で世界を制した佐藤はオリンピックでは1992年のアルベールビルで7位、変則開催の1994年のリレハンメルで5位と惜しくもメダルを逃しているもののともに入賞した実績を持つ。
引退後はプロフィギュアスケーターとして人気を博し活動する一方でジュニア選手の指導や育成、振り付けにも携わってきた。

スケート先進国のしかもトップクラスの選手を指導する日本人は少ないというか佐藤有香以外いないだろう。

ジェレミー・アボットはジュニア時代から10数年に渡って一人のコーチに従事してきた。しかし沢山の選手のコーチを兼任していた為か指導ポイントがぶれ始めジェレミー・アボットは伸び悩んでいた。そんな時にジェレミー・アボットはジュニア選手に基礎中の基礎を丁寧にかつ熱心に教える佐藤を見て会話を交わし自ら「コーチになってくれ」とお願いしたという。トップフィギュアスケーターが五輪を目前に控えてのコーチ変更は異例中の異例でまさに決断だった。とうの佐藤有香も「突然すぎて驚いた」というように突然の依頼にとまどったらしいがその情熱に押されて快く引き受けたそうだ。しかし佐藤はジュニア選手の育成、指導には定評があったもののトップスケーターのしかも男子のコーチなどした事がなくオリンピックイヤーという時期もありコーチ就任当初はマスコミにも批判され苦悩したそうだ。


演技の不安定さがアボットの最大の課題であり弱点であったが佐藤有香が口癖のように説く「基礎の大切さ」に心酔し練習態度にも大きな変化を見せ始めアボットも佐藤の事を「成功に至るまでの作業と規律を知っている人」と完全にリスペクトしているようだ。

今シーズンはグランプリシリーズのスケートカナダで優勝し、連覇を狙ったグランプリ・ファイナルでは失敗したものの4位に入り実力の片りんを見せつけるには十分な活躍だ。技の正確性や表現力に大きな進歩を見せたと評判も高く悲願のオリンピック金メダルもしっかり射程圏内にとらえている。その活躍の裏には佐藤有香コーチの仕事があることを皆さんに知ってもらいたい。

ちなみに佐藤有香の両親は佐藤本人は勿論、あの荒川静香を育てた名コーチで現在はオリンピックの日本代表が確実視されている小塚のコーチである。ともに金メダルを狙うアボットと小塚の対決はまさに親子の代理戦争という事になる。そんな事を思いながら男子フィギュアを見ても面白いのではないだろうか?



キム・デギュン 韓国プロ野球からの挑戦

  • 2009/12/24(木) 02:13:22

昨年の北京オリンピックと今季のWBCで大いに盛り上がった韓国プロ野球。そのナショナルチームの4番で国際大会でも大活躍したキム・デギュンが千葉ロッテと契約し来季を日本ですごした後、アメリカメジャーに目を向けている。
韓国プロ野球のFA資格を得ての移籍だけに誰にも文句は言えないが当の本人が思っている程その道は簡単ではないのではないだろうか?韓国プロ野球界全体のそれ以上にキム・デギュン本人の日本での適正が疑問視されている。

キム・デギュンはWBCで韓国代表の4番バッターとして大会通算3本のホームランと11打点を稼ぎ出しベストナインに選ばれるなど世界水準選手と一見はとれるがあくまでWBCは短期決戦であり140数試合に及ぶ日本での活躍に即結びつかないはずである。

東京ドームで松阪大輔から打った強烈なホームランが有名で長距離砲と思われがちだが本人も自覚している通りヒットの延長がホームランという中距離砲タイプである。韓国でもプロ通算(9年間)の打率が3割1分を超えている数字はかなり立派である。ただしこれはあくまで韓国における成績である。韓国と日本のレベルの違いは明白で日本で9年間やっても決してこの数字は残らなかっただろう。更に言うとこんなに近い国にも関わらず文化や食事など生活の大きな違いから体調管理や精神的安定に欠きその実力が発揮できない選手が多い。
過去にも韓国のスーパースターと呼ばれ日本での活躍が大いに期待された選手で結果を残したのは中日に在籍した抑えのソン・ドンヨルと今もヤクルトで抑えを努めるイム・チャンヨンぐらいで両者ともピッチャーである。野手では中日に在籍したイ・ジョンボムやイ・ギョングなど走攻守を兼ね備えた韓国のイチローとのふれ込みで入団したものの満足な成績はあげれていない。更には韓国の至宝・アジアの大砲・ライオンキングなど数々の異名を欲しいままにしたスーパースターのイ・スンヨプに至ってはロッテ・巨人と長年在籍しているものの活躍どころかレギュラー獲得にも至っておらず、実力が疑問視されている。

日本でバッターとして成功するためには技術面では徹底的なスカウティング、データ分析、研究による弱点をついてくる日本バッテリーの周到さとそれを実行できる日本人ピッチャーの技術の高さにいかに慣れるかが大切である。キム・デギュンの場合もWBCで岩隈がみせたように徹底的な内角攻めとフォークボールやアウトコースに落ちる球(スライダー・シンカー系)の球に弱点があるようで日本人ピッチャーはひつこい様にここを攻めてくるはずである。その克服が早期にできないと深みにずっぽりはまってしまうだろう。特に今まで韓国ですスター扱いされ韓国プロ野球では自身の体調や調子が悪くてもそれなりの成績を残せてきたであろうが日本ではそうはいかない。だからこそ十二分な体調管理とさらなる技術の向上に努めなければ結果はでないのではないだろうか?イ・スンヨプもその素質、打撃技術はかなりのものを持っていると思う。しかしその才能を活かしきれないのは精神的弱さと怪我などによる体調管理不足、そしてイ・スンヨプ以上の才能と情報力で臨んでくる日本のピッチャーのレベルであろう。

キム・デギュンが描いている「日本経由メジャー行き」の切符を手にするのはそう簡単ではないはずだがキム・デギュンのお手並み拝見といきたい。

クラブワールドカップ

  • 2009/12/23(水) 10:11:19

トヨタカップからの流れで始まったクラブチームの世界一決定戦。アルゼンチンの名門エストゥディアンテスと決勝で対戦したのは絶対王者バルセロナだった。中盤の核であるイニエスタを欠くとはいえバルセロナの圧倒的優位は動かないと思われた。トヨタカップ時代も含め史上最高のゲームといってもおかしくない激闘になろうとは誰も予想していなかった筈だ。





大会前にエースのメッシを故障で欠き、決勝戦でスタメンに名を連ねたものの明らかに万全ではなかった。タレント揃いのバルセロナにおいても絶大な安定感でチームの陰のエースと言われるイニエスタを故障で欠いてさらにエースのメッシが不調であれば流石のバルセロナも中盤の華麗なパス回しは封印され予想以上に苦戦を強いられる。ボールボゼッション(支配率)は前後半通じて70%近くに達し見た目には明らかなバルセロナペースの様に見えたが実は完全にエストゥディアンテスの術中にはまっていたのだ。エストゥディアンテスはバルセロナにボールを回させてもプレスと最終ラインの押し上げ、3バックから時折見せる4バックへのシステム変更でキッチリ対応しきり特に前半はシュートを1本しか打たせないまさに完封劇を演じて見せた。しかも一瞬のスキをついたカウンター攻撃で1点を先制したエストゥディアンテスは後半もきっちりした守備意識でバルセロナを翻弄した。焦るバルセロナは中盤のパス回しを省略しイブラヒモビッチのポストプレーに頼ったロングフィードが目立ち始める。

皮肉な事にとにかく前へ前へという姿勢を強め貪欲にそしてガムシャラにゴールを目指していくバルセロナの焦りに対し逆に焦りを感じたのはエストゥディアンテスの方だったかもしれない。研究しつくした守備網にかからず常にイブラヒモビッチの脅威にさらされていくエストゥディアンテスのディフェンス陣は疲労困憊になり徐々に集中力を欠いていく。そして世界一まで残り1分に迫った後半44分に今大会のラッキーボーイ的存在ぺドロに同点ゴールを決められてしまう。こうなると延長に入ってもバルセロナは一気呵成に攻め立て完全に足の止まったエストゥディアンテス。この時点で勝負の行方は一目瞭然だった。

エストゥディアンテスは敗れたとはいえ本当に強かった。絶対王者バルセロナに対し誇り高き弱者に徹したエストゥディアンテスの戦術とチームの完成度には本当にびっくりさせられた。エストゥディアンテスが勝つには確かに1−0のスコアしか考えられなかった。しかもそのプラン通りに展開した。だが最後の最後で王者の底力に逆転を許した。それでもベテランのべロンを中心に勇気を持って前線からプレスをかけ最終ラインも決して簡単に下げなかった。チーム内の意思統一がされ球際で激しくそしてひつこくプレーし続け、勝利への執念を全面に出した姿勢には感動すらした。

創立110年目で初めて世界一の称号を手にしたバルセロナの底力は大いに褒め称えられるべきだろうがエストゥディアンテスのそして南米のクラブチームの完成度もまた大いに褒め称えられるべきだろう。
最高のゲームを見せてもらった。



山口和男   怪我と頭部死球に沈んだ剛腕

  • 2009/12/21(月) 09:11:41

また一人、期待されながら結果が出なかった悲運のエースがユニフォームを脱いだ。

2002年に158km/hに当時日本最速のスピードボールを投げ一躍日本球界にその名を轟かせた男「山口和男」。スピード一辺倒でグイグイ押すタイプの速球派は強引な投げ方も災いしてか度重なる肩の故障で手術も経験した。スピードボーラーからの脱却を目指し試行錯誤も続けた。スピードを押し殺してでもコントロールを重視する投手、強いてはプロの世界で長く投げられる投手を目指したのだ。しかしその後は思うような結果が出ずクローザーの座も追われくすぶり続けた。





そんな矢先にあの事件が起こる。仰木監督のもと再起を期したこの年、セットアッパーを任された山口は交流戦で投げた1球が清原の頭部を直撃し清原を激怒させ日本中の野球ファンから冷ややかな目で見られるようになる。その後スグに2軍に降格になり復活を目指したものの忌まわしい事故が頭をよぎるのかコントロールに不安を残し思い切って腕を振れなくなりスピードも140kmそこそこまで落ちコントロールも特に内角には全然投げられなくなってしまった。精神的なものだろうが球界のスーパースターの頭に直撃させてしまった後遺症は重症だった

その後、投げた2軍での試合でも終始コントロールに不安を残しファーボールを連発しては簡単ンいストライクをとりにいった所を痛打される悪循環であった。登板した試合でなんと1イニング76球を投げるという珍記録を作ってしまう。プロ野球の先発ピッチャーが完投した時の投球数は約120〜130球で1イニングに換算しても15球前後である事から76球という球数がいかに多いか解っていただけるだろう。翌年、清原とチームメイトとなった際に清原本人から「あれは事故」と言われ一件落着し、復活に向けてアクセルが戻ったかに見えた矢先、今度は千葉ロッテの里崎の頭部に当ててしまいまた精神的な病に陥ってしまった。

勿論、ぶつけようとしてわざと投げた訳では無いだろうが2度も頭部に当てた後遺症は投げた本人にも大きな影響を与え続けたのだろう。その後のチャンスもものに出来ず今季終了後についに戦力外通告を受け引退してしまった。

球界一のスピードボールがあっても簡単には生き残れない厳しいプロの世界。スピードボールを投げるというのは天性の肩の強さが必要で山口はまさに天才だったのだろう。しかしもっと大事なメンタル面に弱さを露呈し精神的な病に陥ってしまうと天才でも生き残れないのもこの世界の掟である。

MAX158km/hという記録と山口和男という名前だけは忘れずにいたいと思う。



山村和也

  • 2009/12/20(日) 04:13:45

185cmと長身で期待の大型DFが今、注目されている。流通経大に通う2年生の山村和也が岡田フル代表監督の目にとまり18年ぶりの大学生フル代表入りしとにわかに期待が高まっている。大学2年生ながらU−20代表でしっかりセンターバックのレギュラーを獲得しその素質は現フル代表レギュラーの中沢や闘莉王以上と言われ未来のレギュラー切符は確実とまで言われている。現役時代、アジアの壁と言われアジア最高のセンターバックと称された井原の後継者として注目されている。大学の試合もU−20世代の試合でもJリーグの数チームのスカウトがこぞって見にくる逸材である。





185センチの長身を生かした打点の高いヘディング、 正確なロングフィード、パワーあふれるヘディングシュートなど武器は多彩だ。球ぎわの
強さ、一対一の強さにも自信を持ち、守備だけでなく攻撃の起点にもなれる選手なのだ。長崎の名門・国見高校出身の山村の素質を早くから見抜いた小峰総監督がディフェンダーへの転向を直々に口説きマンツーマンで手塩にかけて指導したらしい。但し、国見高校時代は正確なロングフィードを武器に右のサイドバックを任されていたのだ。大学進学を機にチーム事情からセンターバックの位置に入りさらなる素質を開花させた。センターバックになって1年ちょっとという経験の浅さからかポジショニングの甘さやラインの統率力などに若干の課題は残すがその可能性は将来楽しみで世界水準のセンターバックにかる可能性も秘めている。

「現段階では中沢さんや闘莉王さんのヘッドの強さフィードの精度はレベルが違った。」と本人も語るように現時点ではフル代表のレギュラーは難しいかもしれないが20歳という若さや経験値の低さから急成長すれば10年南アフリカW杯のメンバー入りも見えてくる筈だ。「期待されるのはうれしい。今まで以上に高い意識を持ちたい。」と本人も前向きなコメントで自信をのぞかせている。

山村和也。将来の日本代表のセンターバックを今から覚えておいてもらいたい



日本プロ野球名球会

  • 2009/12/18(金) 13:23:54

野球を志す者の究極のあこがれが「プロ野球」であろう。そしてそのプロ野球の世界で投手なら通算200勝もしくは200セーブ、野手なら通算2000本安打以上を放ったプロ野球選手のみが入会できる最高のステータス。それが「日本プロ野球名球会」である。

この会の会長だったのが伝説の400勝投手、金田正一氏だったが今年の総会にこの人はいなかった。記録を達成したプロ野球選手が金田氏から名球会のグリーンジャケットをかけてもらうシーンは御馴染の儀式だったし、毎年恒例のハワイでの総会ではゴルフに飲み会にとこの人が陣頭指揮をとってまさに名球会の顔として長く君臨していたのだ。

名球会とはそもそも1978年に入会資格を満たしたトップ選手の親ぼく団体として発足したが、81年に株式会社化された。これまでは会長が金田氏で、副会長が長嶋茂雄氏と王貞治氏。株式会社「名球会」も金田氏が代表取締役で、長嶋、王両氏が取締役に就任しまさに日本プロ野球会の大御所3人によるトロイカ体制で一致していたから疑問の余地もなかった。

ところが、近年、金田氏のワンマン運営はエスカレートするばかりで収支の不透明さなどから金田氏を糾弾する声が高まっていた。そこに長年、名球会の会計や事務に携わっていた女性を急遽、解雇しその後釜に据えられたのが金田さんの知人の女性が就任した事件をきっかけにドロドロとした内紛劇があった末にこのたび「辞任」に至ったのだ。まさにクーデターだ。

元巨人の柴田氏や松原氏が特に不明瞭な収支報告に異議を唱え、「おれに任せておけ」と突っぱねる金田氏との対立が表面化しドロドロの抗争始まった。「親ぼく団体としての名球会と株式会社としての名球会の区別がゴチャゴチャ。この際はっきりさせるべき」と詰め寄る若手会員に対し金田氏は『名球会を株式会社化し会員が株を持てるようにしてやったのはわしなのに恩をあだで返しやがって』と“反・金田派”に対し激怒したものの大勢は決していた。追われる形で辞任した金田氏。後任の株式会社代表取締役には反・金田派の急先鋒であった柴田氏が就任し一件落着と思いきや、親ぼく団体の会長は王貞治氏が繰り上げで就任する予定で2重構造が生じてしまう事態になった。

これからは親ぼく団体としての顔と株式会社の顔と2つの顔を持つ「名球会」。これからの活動目的もまだまだ不透明でこの先どうなるかもわからない状態だそうだが「名球会」といえば前述したように野球人にとって最高のステータスクラブ。入会を目標にしている若手選手も多いだけに、権威を汚すようなことは起こってほしくないと強く思うのだが・・・名球会自体がどこへ行ってしまうのか予断を許さない状況にやはり寂しさを感じてしまう。
なんとか、一丸となって名球会の運営、ますますの発展に努めてもらいたい。
ちなみに金田氏に解雇された女性スタッフは有能で会員のほぼ全員から頼りにされていたために会長交代と時を同じくして復職したらしい。

摂津正

  • 2009/12/17(木) 10:53:20

プロ野球選手の契約更改が進んでいる。ダルビッシュの史上最年少3億円到達や阪神矢野の超大幅ダウンなど話題も豊富だ。

この更改で一番楽しみにしていた選手がいた。ソフトバンクのルーキー摂津正投手だ。入団一年目の今季、ルーキーイヤー史上最多の70試合に登板し5勝を含む39ホールドポイントを獲得し最優秀中継ぎ投手のタイトルを奪い文句なし満場一致状態で新人王にも輝くなど大活躍だった。

27歳の遅咲きのルーキーを僕は知らなかった。しかし夏場以降のある日に見た小さいテークバックの独特のフォームから繰り出される球の切れ味にびっくりしたのを鮮明に覚えている。
カーブにスライダー、シンカーと球種も豊富だがなにより140kmそこそことスピードはさほど無いのに打者の手元で伸びるストレートのコントロールと球のキレが最大の武器である。コントロールがよくファーボールが少なく試合を壊すことがない堅実派にも見えるが内外角に投げ分けるコントロールのよさに三振をばったばったと奪っていく剛腕タイプな一面もある。元々素質があった選手だったようだが創意工夫し打者のタイミングの取りにくさやボールの出所が見えないフォーム、コントロールの充実などを考え自ら試行錯誤してあみだし自分のい物にしたという独特のフォーム。この野球に対する飽くなき探究心が彼のポテンシャルを支えている要因であろう。しかもポーカーフェイスで常に冷静沈着なマウンドさばきでピンチの場面でも動じないハートの強さも持ち合わせている。
こんな逸材がアマチュア時代は国際大会にも出場していたもののはぼ無名でソフトバンク入団もドラフト5位で入団しているのだから選手の潜在能力というのはほんとにわからないものである。そんなどんな窮地にも動じなかったポーカーフェースが契約更改を終えた日ばかりは感情を抑えられなかったようで報道陣からの問いかけに思わずにっこりしていた。4倍以上の5000万円で契約を更改した摂津の評価は妥当だろうしもっとアップしてもよかったのではと思う程でそれだけの結果を残した選手だった。


来季は今季以上の成績を目標に掲げチームの優勝の為にフル回転することを誓っていたがその目標がまたすごい。「防御率0点台」「0敗」「被本塁打0」と3つの「0」(ゼロ)を掲げた、本人いわく「トリプル0」らしい。今季の防御率が1.43。これもかなり凄いが来季は0点台を目指すらしい。今季2敗(5勝)しているがこれも来季は「0敗」に、さらに今季3本打たれたホームランを「0本」にするという。一見すると大きすぎる夢のような数字と思われそうだが今季の摂津を見ている限り特にオールスター以降の投球を見ている限りでは不可能な数字ではないに思う。 目標に向けて変えることはあるのか?という質問に対し「特にない。結果を残したので貫き通します」と強気なコメントは自信の表れか?大ブレークで多忙なオフを過ごすことになるのだろうがもう既に体のケアを含め軽い練習も始めているらしいし来年早々には自主トレを始めるらしい。更なる飛躍を求めて動き出した摂津正という投手を皆さん是非覚えておいてもらいたい。

ジェニー・ウォルフ

  • 2009/12/14(月) 05:47:14

ジェニー・ウォルフ。




このドイツ人がこの冬、世界中にその名を轟かせることになるだろう。バンクーバーのスケートリンクの表彰台の頂上にはきっとこの人が立っているだろうと僕は確信めいたものさえ感じている。女子500mの第一人者であり絶対女王のジェニー・ウォルフ。今季もワールドカップ7戦してなんと6勝。しかもシーズン序盤で自身の持つ世界記録を2年ぶりに0秒02更新する37秒00をたたき出した。
女性では無理ではないかと言われていた36秒台も完全に射程圏内にとらえたのだ。反応良く飛び出したスタートは抜群のスタートダッシュ力を見せつけ他のライバルを圧倒する10秒19で通過しそのままトップスピードを維持したままコーナーに飛び込み完璧なボディーバランスと抜群のコーナーリングで抜けると低く力強いフォームは最後まで崩れることなくゴールへ。

それでも本人は「連戦の疲れもあるし状態は決して100%じゃない」と平気で言ってのけた。更に「2年前に世界記録を出した時ほど速いとは思わなかったのでリンクのおかげかな」とおどけて見せた。

「スタートの反応もまだまだ改良の余地があるしコーナーリングもベストではない」今年で30歳になるベテランは今なお進化し続けることを忘れないでいるのだ。「オリンピックに向けていいトレーニングができているし順調だ。でもまだまだ完璧ではないわ」と続けたが今季7戦中6勝しているのだから他のライバル達はたまったものじゃないのだろう。

同じ日、同じリンクで37秒50の日本記録得を樹立した小平奈緒や第一人者の吉井小百合や大菅小百合、大ベテランの岡崎朋美らメダルが期待される日本のスピードスケート陣の絶対のライバルであろうジェニー・ウォルフだが、今の段階では日本チームと比べてどうも役者が違うようだ。

ジェニー・ウォルフ。このドイツ人の名前を是非、覚えておいてもらいたい

鹿島アントラーズ  『優勝を確信した「5連敗」』

  • 2009/12/12(土) 10:01:49

Jリーグ史上初の3連覇を遂げた鹿島アントラーズ。春先から13戦無敗記録を樹立するなど首位を独走するもまさかの5連敗で一時は首位の座を明け渡すなど窮地に陥るものの見事に復活し優勝をさらってしまった。

優勝決定後の記者会見語録で面白い言葉を見つけたのでここで紹介したい。

『優勝を確信した「5連敗」』

僕もこの言葉を聞いて「あの試合のあの事だな」とピンときた。

Jリーグ史上初の雷雨中断、再試合の試合の出来事である。後半29分(残り16分)1−3の2点ビハインドの時点から再開されたゲームで驚くような集中力と攻撃力を見せつけたものの結果2−3で敗れ記録的な5連敗となったのだがこの試合が大きなターニングポイントだというのだ。





まずはフィジカル面、精神面の両面においてこの試合、つまり16分間に懸ける思いの強さがライバルで対戦相手の川崎を上まわった事でチームとしての成熟さの違いを見せつけ相手の焦りを誘いその後、常に気持ちを優位に保てたのだ。
この試合、川崎は点差や残り時間を考えたうえでその時のチームの勢いやコンディションの違い、モチベーションの高まりなど楽勝ムードが蔓延しチームの若さも手伝い、この試合自体を重要視してしなかった節がみえみえだった。一方の鹿島は16分間の間に絶対に追いつき、勝ち越しを見越していたし決してあきらめていなかった。いや、本当は半ば諦めていたのかもしれない。しかしそのムードを一変させたのがオリベイラ監督の奇策だった。通常、試合前の練習とは「アップ」という軽いジョギングやボール回しなど気持ちと体を呼び起こす意味合いを指す。ところがこの試合前にはフルコートで30分間の紅白戦を行ったのである。

16分間とはいえこれからガチンコの試合、しかもまければ首位陥落の恐れがありしかも2点も負けている状況での再試合前に紅白戦を行ったのだ。しかもほぼ全力で。これに驚いたのは相手の川崎ベンチと史上初の再試合を見に来ていたJリーグ関係者たちだった。もっと驚いたのは鹿島の選手たちだったかもしれないが・・・。

しかも30分の紅白戦の後、控え室に戻さず軽いランニングをさせ続け体を冷やさぬように運動を続けさせた。何より「気持ち」を継続させたのだ。
この試合、前述したように開始10秒で鹿島が一点を返しさらに残り16分間、怒涛の攻撃力をみせ攻撃型チームの川崎を自陣に引きこもらせたまま鹿島は攻め続けた。結果はその後、失点を許さなかった川崎が逃げ切り鹿島の「5連敗」が確定したのだが、あまりにも違う出来の違いにどちらが負けたのか勝ったのかを見失う程、鹿島は強さを誇示し逆に川崎はチームの未熟さを露呈してしまった。

その後、鹿島は怪我人の復帰もあり、中田浩二、小笠原、青木らボランチが安定し鹿島の専売特許である。前線からのプレスにさらなるスピードと精度が増しディフェンス陣が安定し電光石火のカウンター攻撃をしかけ決定力抜群のフォワード陣が確実に点を取るとさらにプレスが効き始め圧倒的な強さを持って逃げ切る鹿島スタイルが再度確立されたのだ。一方の川崎はナビスコカップの大失態が大きく物語るようにチーム全体に若さを露呈したうえチームの内紛も勃発し自慢の攻撃陣にも焦りが生じたのか格下に勝ちきれずまさかの降格チームに敗れるなど大ブレーキがかかり悲願のタイトル獲得はならなかった。

チームの成熟さが長いリーグ戦を戦う上でもっとも重要な事だと再認識させられた鹿島のしたたかさとオリベイラ監督の奇策はJリーグ優勝、さらに史上初の3連覇に大きく値するものだったろう。

その決定的差を知らしめた「5連敗」はまさに最強で『優勝を確信した「5連敗」』といっても決して過言ではないだろう。




藤森由香

  • 2009/12/09(水) 00:25:24

スノーボードクロスという競技をご存じだろうか?オリンピックの正式種目でもあり女子に関してはメダルを期待できる種目である。その第一人者でそのルックスからアイドル選手として今度のバンクーバー五輪で大ブレーク必至の選手が藤森由香。




まずはスノーボードクロスについて述べてみたい。スノーボードは回転や大回転などのスピード系のアルペン種目とハーフパイプなどのフリースタイル種目に二分され人気も分け合ってきた。その両方をミックスした形で生まれた競技である。誕生当時は「ボーダークロス」と呼ばれていて今でも北米やヨーロッパでは「ボーダークロス」として定着している。

基本的には滑り降りてくるそのスピード(順位)を競うという単純そうであるが途中に超鋭角なカーブやジャンプ台(キッカー)があり雪面があえてフラットに整備されていない所などが設けられスピードだけでなくテクニックも必要とされる。さらに狭いコースを複数人でスタートするため接触が多く転倒も多く速い者が必ず勝つという訳でない波乱性も人気でスノーボードの格闘技とも言われフィジカルの強さも問われる。

オリンピック初開催となったトリノオリンピックの女子決勝でも断トツのトップを快走していた選手が土壇場の最後のセクションでミスをし転倒し金メダルを逃してしまい話題を呼んだ。

そんなスノーボードクロス女子でバンクーバーで活躍を期待された藤森由香が練習中に転倒し腰椎突起を骨折する大怪我を負ってしまった。今季初戦のワールドカップで5位に入賞するなど好調でますます期待されていただけに残念である。ちなみにこの種目のオリンピック初開催となったトリノオリンピックにも出場し7位入賞しているのだがどうも認知度は低いようだ。オリンピック本番まで約2か月での大けがはたしかに致命傷になりかねないが歩行は出来ているようだし持前のガッツでなんとか間に合わせてもらいたいものである。1月中旬には試合に復帰を予定しているらしいが極めて不透明である。しかしあきらめなければゴール直前で波乱が起きるこの競技だけにあせらず諦めずにリハビリに努めてもらいたい。必ず復活しバンクーバーで輝いていると信じているし祈っている。

皆さんもスノーボードクロスという競技、そして藤森由香という選手を是非覚えておいてもらいたい。



藤井秀悟

  • 2009/12/08(火) 00:16:01

藤井秀悟。

別名「伊予の怪腕」この投手を初めて甲子園で見た時、衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えている。
地区予選を連続完封で勝ちあがってきた藤井はその大会注目の的だった。大きく曲がり落ちるカーブに高速スライダー、内外角に見事に投げ分けられたストレートのキレにコントロール。プロ入り即戦力とさえ思った。
さらに打っても4番を務めるなどバッティング技術も相当高く大きな怪我さえなければとんでもない逸材だと思った。

しかしそんな天才・藤井に簡単に野球をさせてくれない。
甲子園のマウンドで投球中に左肘を脱臼し優勝候補だったにも関わらず無念の降板しチームも敗退。自らも投球できずにその年を棒に振った。素材は一級品でも大きな故障をした左腕にプロからの誘いはなく「終わった選手」とレッテルを貼られた。懸命にリハビリに務め回復を期すもなかなかベストな状態には戻らずも野球に対する情熱は衰えず大学進学をするのだった。

早稲田大学進学後は怪我も回復し卓越した投球術とコントロールでリーグ戦通算24勝をあげるなど活躍したものの高校時の躍動する様な投球フォームは成りを潜めダイナミックさに欠け今一物足りない感じだった。
変化球のキレ、曲がりも高校時代に比べれば小さくストレートも走らず投球術だけで勝負するピッチャーになってしまった。ヤクルトに逆指名しドラフトされるも他球団からはそんなにマークされず注目されないピッチャーだった。




それでも野村監督のもと、ヤクルト黄金期を支える貴重な左腕として石井一、山部らと先発陣の一角を形成し活躍した。特に入団2年目の2001年は最多勝をはじめベストナインに選出されるなど他球団のスコアラーを後悔させる最高の働きを見せた。

特に巨人相手にめっぽう強く巨人キラーの異名を欲しいままにした。
ある巨人戦で大量リードをした展開の9回の攻撃でランナーを3塁に置いて打席にはピッチャーの藤井。藤井はボテボテの内野ゴロを放ち全力疾走を見せたのだ。プロ野球選手として当然の行為だが「大量リードでピッチャーは打たない」という悪しき球界の伝統にそむいたとして巨人ベンチから野次や罵声を浴び涙を流して最終回のマウンドに登ったという事もあった。
ただ単純に「野球が好き」「勝ちたい」という一生懸命さを汚された藤井の悔し涙はその後大きな問題に発展したのだった。

その後は肘の故障が再発し手術を度々受けるなど特に好成績を挙げる事なく日本ハムにトレードされ今季FA選手となった。

人間性なのか野球に対してストイックな性格が災いなのかいつも藤井の周りはいろんな問題がおきるようだがあの高校生時代のピッチングを見てビックリした僕は今でも嫌いな選手ではない。

注目の移籍先はどうもかつてのキラー相手で因縁のチーム巨人に決まりそうです。そんな縁も藤井らしい感じがするがとにかく最後まで納得いくまでプレーしてもらいたいものだ。応援している。



ロベルト・カルロス

  • 2009/12/07(月) 10:54:42

ロベカルことロベルト・カルロスももう36歳になったそうだ。ブラジルでも史上最高の左サイドバックと言われブラジルのワールドカップ優勝にも貢献し日本でもすっかりおなじみの選手だ。

もっともブラジルチームよりもスペインのリアル・マドリードの選手としての方が有名かもしれない。銀河系軍団と言われ毎年のように各国のスター選手が補強され移籍してくるチームにおいて10年以上もレギュラーを張り続けポジションの左サイドバックだけは補強の対象にならなかったほどの選手だった。

持ち味はサイドバックでありながらフォワードの選手さながらに前線に進出してはいくつも決定機を演出したり自ら得点を挙げていく。
トップスピードに乗ったら誰も追いつけない程のスピードを持ち全盛期にはオリンピックの100m選手よりも早いと言われていた。
しかもたぐいまれなスタミナの持ち主で攻撃参加したかと思えばしっかり自陣に戻り守備をするなど献身的な一面も持つ。
さらには強烈なフリーキックが有名だろう。軽やかなステップを踏んだ左足から放たれるアウトサイドにかけた強烈な回転とスピードのフリーキックは「殺人キック」と言われ壁役の相手ディフェンダーを何人も病院送りにしたほどの力があった。
常識はずれの軌道とスピードで放たれるボールは物理学者達の研究対象にされたとも言われ試合後審判員がロベカルのスパイクを入念にチェックしたという話は一度や2度ではなかったそうだ。

瞬発力と持久力、フリーキックも世界最高クラスで評価はかなり高かったが、僕は彼のロングスローの球のスピードと距離、正確性も桁はずれで何より凄いのではないかと思っている。
ご存じのようにサッカーのスローインは両足を地面につけた状態で投げなければならないため、そのスローインは極めてむずかしく背筋力などフィジカルがかなり強くないと遠くにそして強い球は投げられない。
そんなロベカルのスローイングは人間技ではないと言われ最長60m以上を投げたこともあるそうだ。60mといえばセンターサークル(フィールドの中央)から投げてキーパーを越えはるかゴールポストを軽く超える距離ということを想像していただければその凄さは理解してもらえるだろう。

36歳にもなり若くからトップレベルで多くの試合に出続けた体はさすがに衰えてきているのは明白だ。それでもまだまだ世界のトップに近いレベルではプレーできるのだろうが・・・そんなロベカルが故郷ブラジルの名門コリンチャンスと契約しあの怪物・ロナウドと同じチームに所属することなった。

ロベカルのセンターリングをロナウドが決める。あのレアル・マドリードで何度も見られた黄金のホットラインがまた見られるかもしれないのだ。

世界最高のサッカー王国ブラジルではあるが国内リーグといえば代表クラスのトップ選手や若手の有望株はヨーロッパを中心に世界各国に移籍していて流石に世界最高レベルのリーグではないが夢のコンビ復活は世界中のファンが楽しみにするところだ。
是非、注目したい。皆さんもロベカルのロングスローに注目してみてはどうだろうか?



キム・ヨンギュン 韓国バレーの為に・・・

  • 2009/12/06(日) 17:37:59

「初めての海外進出は負担になるが、後輩たちのためにも自信を持ってプレーしたい」




韓国女子バレー界の至宝で100年に一度の天才少女と呼ばれるキム・ヨンギュンが韓国の女子バレー選手初の海外移籍選手として日本のJTに入団し早くも活躍を見せている。契約期間は変則のレンタル1年+1年。
一年間のレンタル移籍後更新はJTと韓国の所属クラブ(興国生命)との話し合で延長するかどうかを決めるらしい。

キム・ヨンギュン。

言わずと知れた韓国の至宝は192cmと恵まれた身長を武器に強烈なスパイクを打ち込みその切れ味はジュニア時代からしのぎを削りあう永遠のライバルである栗原や木村沙織を勝る。
しかも192cmの高身長ながらレシーブ力は韓国一と言われチームメイトのリベロの選手が指示を仰ぐほどの実力でせかいでも最高クラスと言われているまさにバレーボールの申し子であり天才である。
キム・ヨンギュンを僕が初めて見たのは4年前の「グラチャンバレー」だった。17歳のルーキーはスピードあふれる攻撃とたぐいまれなボールタッチ、安定感抜群の守備力などをみせ関係者の度肝を抜いた。さらに出場全選手中3位の得点をあげそのアタック決定率は全体2位とい素晴らしい国際デビューだった。あの衝撃は今でも覚えているし今なお、進化を遂げている。
攻撃力よりも驚いたのは17歳にしてあの守備力。サーブカットの正確性に加え相手のアタックに対しての一瞬の判断力に機敏な動き。17歳の若さ、192cmの大型選手では考えられないプレーだった。

そもそも中学生まではセンス抜群でありながら身長がかなり低くチームではリベロでないと試合に出られなかったらしく練習に練習をした成果が急激な身長が伸びた後もそのセンスと練習の成果を活かし即世界レベルになったわけだ。

近年の韓国バレーは宿敵日本に差をつけられタイなどの新興国にも敗れアジアでも苦戦をし続けている。
そんな状況を自ら打破しようと海外移籍を決意し更なるレベルアップに努めようとしている。冒頭のコメントはキム・ヨンギュンが移籍会見で述べた決意である。まだ21歳の天才少女はこれからの韓国バレー界の為に後輩の為にパイオニアになろうとしているのだ。高校卒業後、即韓国の国内リーグのレギュラーになった上デビュー年に個人賞6部門の全てを獲得するなど早くから格の違いを見せつけてきたキム・ヨンギュンがよりレベルの高い海外を目指すのは当然の成り行きだろうがその未来に後輩たちへの思いがこもっているのも凄いと思う。

韓国の至宝キム・ヨンギュンを日本のVリーグで是非、生で見てもらいたい。それだけの価値がある凄い選手である。

木田優夫  村上ショージを師匠に持つ男

  • 2009/12/04(金) 11:04:10

木田優夫。




巨人を皮切りにオリックス→デトロイト・タイガース→オリックス→ロサンゼルス・ドジャース→シアトル・マリナーズ→ヤクルトと渡り歩き途中、解雇や戦力外通告、交通事故に野球浪人と話題にことかかない大ベテランピッチャーだ。

巨人時代からその明るくひょうきんな性格とひょうひょうとした面持ちでバラエティー番組に引っ張りだこの人気選手だった。特に趣味の漫画は野球以上のセンスと言われる程の才能で毎年、個展を開く程でプロも真っ青の実力らしい。





巨人時代に夜遊びをフライデーされた時の見出しに「巨人・木田は球は速いが帰りは遅い」と書かれ球団関係者もついつい笑ってしまったというエピソードはあまりにも有名か?さらにデトロイト・タイガースの入団会見では紋付き袴で鉢巻をし「ロボコップに会いに来ました」と笑いを誘った。

そんな木田も野球の成績は?というと高卒2年目に12勝を挙げMAX156kmの快速とフォークボールで奪三振のタイトルをとるなど注目された年以外は今一の成績に甘んじていた。肘の故障、手術などもあり半ば戦力外選手扱いでオリックスへトレードされ再起を誓ったがあまり活躍することなくFAで海外へ行くのである。
もちろん、メジャーもそう簡単に活躍できる程甘い世界ではなく中継ぎを中心に投げ1勝は挙げるものの特に目立つことなく解雇されオリックスに戻ることになる。

持病の腰痛と肘の状態、球団との練習方法や配置の問題で確執が表面化し1年の浪人を経て再び海外へ活躍の場を求めることになる。外見や言動からは想像もできないほど野球に対して「頑固」である木田は調整方法や練習方法など頑なに自分流を貫き特に日本球界、マスコミからバッシングされることも度々あるがそれでも考え方を曲げないところは感心すらしてしまう程である。
巨人時代に伸び悩む木田を見た首脳陣が天性のバッティングセンスを買って「打者転向」を真剣に打診したが頑なに固辞し結果、トレードされたこともあった。

腰の状態もよく期待された年に交通事故に見舞われるなど不運も重なったが海外でも結果は出ず、ヤクルトに復帰することになる。
この時も木田復帰を強く訴えた古田監督に批判の目が向けられるなど木田の評価はあくまで低かった。プロ野球ファン獲得、ヤクルトファン層拡大に躍起になる古田監督の意思に誰よりも同調し積極的に行動したのは木田だった。自腹をきってファンを無料招待したり得意の漫画で似顔絵を書くサービスを行ったり、個人的に野球教室を開いたり、ブログを開設しファンとの距離を極端に縮めるなどその行動はアグッレシブだった。
更に懸念された年齢からくる衰えを感じさせることなく予想以上の活躍を見せなんと16年ぶりにオールスターに選出される大活躍だった。ちなみにこの16年ぶりという記録はプロ野球最長で今後、抜かれることはないのではいかと言われる程の快挙であったことは言うまでもない。

辛い経験を乗り越えた生粋の頑固野球人はこのたび日本ハムに移籍することになった。自身8球団目の新天地での年俸は入団時と変わらない1000万円。41歳になる大ベテランは中継ぎ、ローテーションの谷間の先発要員としてフル回転を期待されている。入団が決まった木田は「北海道に行くと師匠の村上ショージさんとあまり会えなくなる。
それだけが心配」と笑いを誘った。どこまでもひょうひょうとした木田節は健在だったが最後の花道をと決意に満ちた表情には確固たる自信がみなぎっていたように見えた。来季の活躍に期待したいところだ。



亀田興毅  内藤大助との一戦から

  • 2009/12/03(木) 07:51:04

亀田興毅と内藤大助の一戦は「弟の仇打ち」や「世紀の大失態のみそぎ」などいろんな因縁が絡み合い注目を浴びた試合となった。
薬師寺と辰吉の一戦を彷彿させる日本中のボクシングファンを巻き込んだ試合は意外な試合経過をたどりそして亀田がその決着にケリをつけた。




亀田は湧き上がる周囲の期待とは裏腹にいつも以上に冷静にそしてクレバーに戦った。過去のボクシングスタイルから一変し決して熱くならず12Rを計算通りに運ぶ試合運びに更なる進化を見た気がした。判定の点差も4〜6点の差がつき誰が見ても勝者は明白な結果だったがその点差以上の強さを感じたのは僕だけではなかったはずだ。

徹底したアウトボクシング。距離をしっかりとってガードを上げカウンターパンチの可能性を常に内藤に意識させ続けた12R、36分間だった。
内藤は年齢(35歳)が注目されているがそのひょうひょうとした感じからは想像もできないほどハードパンチをもちこのクラスでは今でも世界最高クラスで亀田のそれをはるかしのぐと言われている。
しかもノーモーションからのフックや独特の間合いで打ってくるトリッキーなパンチは相手の不意をつく効果的なパンチでKOの力はいまでも衰えていない選手だ。そんな内藤に対し亀田は徹底的にガードからはいり内藤の得意な距離に入らず実にうまい試合運びをしていく。

試合前にいつも以上の豪語とパフォーマンスで挑発し続けた亀田は若さを武器に徹底的に打ち合うと思われたしファンもそれを期待した。何より当の内藤自身がその展開を想定し開始早々から自ら仕掛け空回りしてしまう。
そんな展開にありがちなファンからのブーイングが一切なく逆に亀田を褒める声が多いのは亀田の技量の凄さと計算され研究しつくした亀田の分析力、対応力の凄さがその声を封じたと言っていいだろう。

内藤は常々「ファンの喜ぶ試合を」と口にする。『ファンの喜ぶ試合=打ち合いそしてKO劇』とする内藤は有言実行したファイトだったが亀田は「昔はケンカと思っていがボクシングはゲームです」と23歳の”浪速の闘犬”は成長の言葉を残した。亀田のこの試合に対する「勝利」に対する執念とその先を見据えた目標が内藤を完全に凌駕したのだ。

残念ながら内藤はこの一戦をもって引退を決意することになるかもしれないし再起は難しいかもしれない。その内藤を破った亀田はその先をしっかり見据えている。日本人初の3階級制覇を視野に次のステージに旅たつのだろう。

「試合前はいろいろ言ったけど素直にありがとうと言いたい」と内藤に感謝の言葉を述べファンは勿論、父親に母親に感謝を述べた亀田は人間的にも一回りもふたまわりも成長を遂げた。

そんな亀田に立ちはだかる大きな敵がタイの英雄・ポンサクレック。次回はこのポンサクレックとの対戦が義務つけられている。新たなパフォーマンスを見せた亀田の進化はまだ始まったばかりなのかもしれない。




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