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橋本到(はしもと・いたる)

  • 2010/04/27(火) 11:57:28

開幕からエースのグライシンガーを故障で欠き、代役のオビスポ、抑えのクルーンを欠き、ここにきて左腕エースの内海も登録抹消など投手陣に大きな不安を残しながらも首位をひた走る巨人。不安定な投手陣を支えているのは強力打線だ。大砲だけを並べていた過去の強力打線ではなく走れる1,2番の坂本・松本コンビに小笠原・ラミレス・阿部ら中軸を打ち、長野・脇谷ら若手がリメークしたチャンスを復活した高橋由が返すというバランスの良さ。現在は控えに甘んじている亀井やイ・スンヨプに谷らバックアップ陣も豪華なメンバーが出番を待っているのだ。各球団が憧れるバランスの良さであろう。

そんな攻撃陣をひっぱりここまで打率(423)、盗塁数(12),得点(29)はいづれもリーグトップ、守備でも抜群のスピードで幾度となくピンチの芽を摘んできた昨年の新人王・松本哲也が左太ももを痛め登録抹消になってしまった。好調巨人の一番の立役者を故障で欠くことになった。穴埋めにはルーキー長野、左の好打者亀井、俊足堅守の鈴木らが努めるようだが冷精を装っている原監督も頭が痛いところであろう。

そんな思いを払しょくしてくれるかもしれない2年目の選手を紹介したい。巨人以外の他の11球団だったらもっと早く一軍デビューしひょっとしたらレギュラーを取っていたかもしれない逸材が橋本 到(はしもと・いたる)である。

橋本 到(はしもと・いたる)。




高卒2年目の20歳は170cmの小柄。身長はくしくも松本哲也と同じである。50mは5秒台後半で走る快速。遠投も楽に120mは投げる強肩の持ち主。高卒ルーキーイヤーだった昨年は2軍とはいえ「一番・センター」のレギュラーをしっかり掴みほぼフル出場した実績を持つ。バッティングはまだまだ一軍レベルにはほど遠いが走塁と守備に限れば十分一軍で通用するレベルである。代走や守備固めだけは松本哲也の穴を十分に埋められるはずである。

今季からは一軍での出場機会を求めて内野守備にも挑戦している。仙台育英高校時代は「東北のイチロー」と騒がれた天才打者はその器用さも買われ内外野守れるユーティリティープレイヤーを目指している矢先に巡ってきたチャンス。いきなりレギュラー獲得は難しそうだが一軍のスピードを含めたレベルを体感できるだけでも十分であろう。まだまだ発展途上の20歳の出番が今から楽しみである。

セレッソ大阪vs名古屋グランパス

  • 2010/04/26(月) 07:04:05

久々にJリーグ(セレッソ大阪vs名古屋グランパス)を生観戦してきたので観戦記を書きたいと思う。結果から言えばアウェーの名古屋が後半ロスタイムに玉田のフリーキックが決まり1−0で勝利した。点数、点差以上に見ごたえのある試合だった。

名古屋は玉田が怪我が癒えて4試合ぶりの先発するもセンターフォワードのケネディを欠き高さに不安を残す。しかも開始早々にFWマギヌンが故障しMF小川にチェンジし完全に高さを失ってしまう。対するホームのC大阪は播戸がこちらも久々の先発出場で香川と2トップを組み前半から熱いプレイを見せる。

前半からC大阪は攻守の切り替えが早く播戸、香川と次々と前線に飛び出しシュートを連発させる。キーパーのキム・ジンヒョンの正確なロングフィードからMF家長を経由し乾を起点にしFWにパスを出す。C大阪の攻撃はスピーディだったが普段の名古屋のディフェンス陣ならそんなに難しい対応にならなかった筈だがこの日の名古屋はブルサノビッチと三都主が全く守備機能せずに一気にデッドゾーンにボールを運ばれ何度も最終ラインを突破された。

楢崎の絶妙なポジショニングと判断力がなかったら前半で2失点、一試合通じて4失点していたかもしれない。特に名古屋ディフェンス陣の足が止まった後半は決定的な場面を何度もしのいだ。播戸の強烈なヘディングシュートに反応したと思えば家長の強烈なミドルシュートをパンチング、アマラウの無回転のシュートも冷静にキャッチ。香川の決定機は香川のミスに助けられた。香川のゴール前での大きなミスも楢崎の存在感がそうさせた物と思えば楢崎のこの日の集中力と凄さには敬服する。
ちなみに楢崎が浴びたシュートは全部で18本。ファインセーブ連発で流石は日本の正ゴールキーパーと思わせる働きだった。この日のマッチMVPは楢崎で決まりだろう。

名古屋の攻撃陣に目を向けると前半はあまり見れなかった右DFの田中隼麿の攻撃参加で再三チャンスを作ったもののクロスの精度が低くなかなか決定的なシーンを作れないでいた。左サイドはDF阿部が最高列で釘付けだった。原因は左MFの三都主の運動量、スピードが乏しく簡単に突破され阿部のケアが必要だったのと闘莉王の前線への上がりからの戻りが遅く最高列のケアが絶対必要となったせいだ。
復帰初戦の玉田は全体的にスピードに欠けディフェンス陣を振り切る事が出来ず中々、前を向いてプレイを出来なかった。
金崎夢生もまだまだチームにフィットしていないのか連携が悪く中央でも仕事が出来ない時間帯が多かった。つまりこの日の名古屋の攻撃の起点は右しかなかったのだ。沈黙していた名古屋の攻撃陣が動き始めたのは後半23分から。つまり三都主が交代退場してからだ。ストイコビッチ監督がやっと重い腰を上げたのだ。前半早々にマギヌンの故障退場が若干、ゲームプランを狂わし三都主の交代機を遅らせたのだがここまで無失点できたのだからストイコヴィッチ監督も楢崎さまさまであったろう。
更にブルサノビッチをFW巻に代え金崎を中盤の低い位置に下げた事で守備陣が安定し玉田ももう一つ高い位置でプレイし始める。

やっと名古屋の形になり始めたら玉田の体のキレも嘘のように戻ってきた。再三ドリブルで中央への切れ込みを見せる。ロスタイムのフリーキック獲得も玉田のドリブル突破をたまらずC大阪がファールしてしまい獲得した。やはりここ一番の玉田の突破力は切れ味抜群だ。この切れ味を出せるのは日本では数人しかいない。

この日の出来だけで見れば名古屋よりC大阪の方がよかった。この試合はC大阪が勝ってもよかった。しかもリーグ戦でC大阪が名古屋より下位に甘んじている状況も理解できない。

今季からJ1に昇格しここまで苦戦しているC大阪だが負けはしたもののこの日の戦いはもっと上位に食い込める戦いだった。ゴール前のスピードとシュートの精度が上がればの話ではあるが・・・

八木かなえ  重量挙げ界にアイドル誕生

  • 2010/04/25(日) 00:05:41

女子重量挙げ界の新星高校生アイドルが今、注目を浴びている。抜群のルックスとともに実力もウナギ登りで注目されているのだ。兵庫県の県立須磨友が丘高校に通う八木かなえがその人だ。





中学生までは体操選手で全日本ジュニア選手権に出場したこともある有望な選手だったが高校入学と同時に初めて重量挙げに出会う。同校の顧問が全日本の監督をも務めた事もある横山信仁氏で同校も過去に幾多の高校チャンピオンを輩出した女子高校重量挙げ界では名門高校だったこともあり入部を決意し重量挙げを始めたのだ。

全国大会出場を目標に日々、過酷なトレーニングをこなし体操選手だったこともあり軽量で華奢な体格は一変、体はみるみる内にたくましくなり、筋肉もついた。抜群の身体能力も加味して実力をぐんぐん伸ばし入部から数か月たったころには全日本ジュニア選手権を制しアジアユース選手権も制するなど関係者を驚かすほどのポテンシャルを発揮していた。数多くの高校チャンピオンを育てた実績を持つ横山監督でさえ「素材はこれまで見てきた女子の中では断トツ!」と断言する程だ。






高校生で日本史上2人目の快挙で出場した世界選手権でも物怖じすることなく高校新記録を樹立し初出場で10位に入る健闘を見せロンドンオリンピックの候補として世界デビューを飾り世界レベルで注目を浴び始めた。

このクラスにはアテネ、北京両オリンピック代表の三宅宏美が日本の絶対王女として君臨し勿論、大きな壁となるだろう。さらに同じ高校生で八木かなえが世界選手権で樹立した高校記録を塗り替えた水落穂南という選手もいる。ライバルの出現は大いに歓迎だろうし競技を続けるにおいて大事な事である。八木かなえの自己記録がトータル164kgである。当面の目標は水落穂南が持つ高校記録のトータル168kg、さらにその先には三宅宏美が高校生当時(53kg級)で出したトータル185kgがある。経験不足や伸びシロを考えれば十分視界にはいっている記録だろう。ちなみに北京オリンピックでの優勝記録はトータル212kgなのでまだまだ先は長いし世界のトップレベルまでは遠いが十分狙える逸材だと僕は思っている。




アイドル級のルックスと力強さのギャップは近い将来もっともっとマスコミに登場するはずだ。

八木かなえという選手を是非覚えておいてほしい。

ブライアン・デービス  優勝以上の価値があった自己申告

  • 2010/04/24(土) 00:28:01

タイガー・ウッズの復帰でにわかに活気が戻ってきたアメリカのゴルフ男子ツアーでちょっとした嬉しい事件があった。

サウスカロライナ州ハーバータウンGLで行われたベライゾン・ヘリテイジとうトーナメントの最終日は通算13アンダーでジム・フューリックと悲願のアメリカツアー初優勝を目指すイギリス出身のブライアン・デービスが並びプレイオフに持ち込まれた。36歳のブライアン・デービスは昨年のアメリカツアーで賞金ランキング43位の中堅プロであるが優勝を一度もしていない。昨シーズンも賞金ランク43位とはいえ出場32試合の内13試合に予選落ちしてしまう。今季もここまで9試合出場し4試合予選落ちしている。そんなブライアン・デービスが初めて迎えたビッグチャンスとなった今大会。

プレーオフの相手は百戦錬磨のジム・フューリック。プレーオフを戦ったのはハーバータウンGLの18番ホール。ブライアン・デービスが放った第2打はグリーン左に大きく曲げ岩場の方へ、ハザード内に打ち込んでしまった。ボールは岩場と岩場の間の砂地にありハザード内ではあるがなんとか打てる所にあり九死に一生に見えた。入念なジャッジの上、ブライアン・デービスが手にしたのはウェッジ。優勝への執念を持ってチャレンジした第3打は見事グリーンを捉えた。まだまだ勝利の神様はブライアン・デービスを見捨てていなかったように見えた。

しかしブライアン・デービスは自ら「バックスイングの際(触れてはいけないルースインペディメント)に触れてしまった」と競技委員に自己申告をし2打罰のペナルティを自ら受け入れフューリックの優勝を祝福したのだ。

ゴルフでは「ハザード内ではボールを打つ前にクラブが障害物(ハザード)に触れてはいけない」というルールがある。ハザードとはバンカーや池である。バンカーではアドレス時にクラブのフェイスが砂に付けてはいけないのだ。競技委員がビデオで判定した所、岩場の間の砂地にあるボールを打つ前に砂地から突き出ていた葦のよなものに僅かにクラブが触れていたように見えたそうだが、ゴルフはあくまで自己申告の紳士のスポーツである。対戦相手のフューリックでさえ「本当にペナルティを犯したのか?」と首を傾げるほどでビデオ判定でもはっきり分からない程度のミスを自ら認め悲願の優勝をフイにしたブライアン・デービスの行動はまさに紳士だった。

観客の観戦マナーが問われる昨今、プロのプレイヤーが率先してとった今回の行動は見習うべきものだ。

ブライアン・デービス。悲願の優勝という記録は残せなかったが、紳士スポーツのトップに立つプロとして潔い言動は優勝以上の価値があるように思える。

ファン・アントニオ・サマランチ

  • 2010/04/23(金) 07:56:10

良くも悪くも”商業オリンピックの今日”を作ったファン・アントニオ・サマランチIOC(国際オリンピック委員会)の元会長で現名誉会長が心臓疾患の為に永眠についた。89歳だった。

「アマチュアスポーツの祭典」という位置づけだったオリンピックに大きな改革に挑んだサマランチ元会長の21年とは・・・

14年に及びIOCの委員、副会長を歴任し1980年モスクワオリンピック時に第7代会長に就任する。オリンピック史上初めて民間企業から協賛金を募り巨額の収益を上げた1984年ロサンゼルスオリンピック。

就任時のモスクワオリンピックでは旧ソ連を中心とした東側諸国とアメリカを中心とした西側諸国との冷戦のあおりを受け、アメリカを中心とした西側諸国の参加ボイコットで政治的にオリンピックの存在意義を問われ始める。更にモスクワオリンピックの前の1976年に開催をしたカナダ・モントリオールオリンピックでは競技場建設、選手村、交通網の整備などで多額の赤字が発生しオリンピックの存続事態が問われていた。

赤字の開催地負担軽減を念頭に暫定的にとサマランチが取り入れた処置が民間企業の力の導入だった。テレビ放映権やオリンピック・パートナーと呼ばれる世界の一流企業限定の協賛金などで存続を危ぶまれたオリンピックを地域振興、国の発展、国力増強の活力となる商業オリンピックとして再出発させた。そうなれば「金のなる木」になったオリンピックを舞台に黒い噂も後を絶たなくなった。オリンピック開催地にと立候補する都市が乱立し始め裏金が堂々と飛び交うオリンピック招致合戦。開催地決定の投票権を持つIOC委員への手厚い接待は歯止めが利かなくなっていた。1998年長野冬季オリンピック開催に躍起になった日本も例外ではなかったようだ。サマランチ会長も1992年に開催された出身地スペイン・バルセロナへの招致に多額の裏献金を得たというのは今となっては暗黙の事実とされている。

さらにアマチュアスポーツの祭典のオリンピックにプロ選手の参加を認め世界最高峰のスポーツ大会という位置づけを明確にした。バスケットボールのNBAドリームチーム参加などオリンピックの存在意義は大きく増した。プロ選手の参加は多くのファンを引連れてスポンサー獲得に大いに利用されたのもまた事実だ。

IOCの規約を改定してまで長期的に会長職に君臨するもののオリンピック招致に絡むIOC委員の金銭授受問題の責任をとり辞任してしまった。

悪いイメージしかないようにも聞こえるが4年に一度、夏、冬の両オリンピック同年開催を1994年のリレハンメル冬季オリンピックから2年おきに夏、冬交互開催にし「オリンピック」への関心を常に世界中から集めることにも成功し、発展途上国や新興国にも積極的にオリンピック参加を働きかけオリンピック開催するたびに参加国が増え続けるまさに世界一のスポーツの祭典という地位を確固たるものにもした。緊張が続いていた韓国と北朝鮮の南北同時行進(シドニーオリンピック)を実現させるなど平和への寄与も忘れてならない。

良くも悪くも”商業オリンピックの今日”を作ったファン・アントニオ・サマランチ。ご冥福を心から祈る次第だ。




リンク栃木の偉業 田臥の働きとファン

  • 2010/04/19(月) 05:23:45

リンク栃木の偉業 田臥の働きとファン

創部3年目のリンク栃木の劇的な逆転優勝劇で幕を閉じたバスケット日本リーグ(JBL)。リンク栃木の優勝を支えたのは日本バスケット界の開拓者・田臥のここ一番の集中力と経験値の違い、そして地元密着型プロチームを支えたファン、サポーターの力だった。

「レギュラーシーズンとプレーオフでは田臥君の動きが違った。まったく別人だった」ここ3年全日本選手権とリーグの2冠を守り続け日本代表の柏木や竹内ブラザーズの公輔らを擁しレギュラーシーズンも圧倒的な強さで一位通過した絶対王者アイシンの鈴木ヘッドコーチが舌を巻いた試合後の第一声だった。

優勝請負人として高校時代の恩師に乞われて帰国した元NBAプレイヤー。入団当初はチームの客寄せパンダ的な扱いを受けた事もあった。エースの川村を潰すのではないか?という疑問も持たれた田臥だったがファイナル3試合の活躍はそのすべてを払拭するのに十分すぎる活躍だった。

徹底的にチーム黒子役になりきりフルタイムで相手マークをかく乱し続けた。往年のスピードは衰えたもののテクニックとパスセンス、献身的な守備意識はまぎれもなく田臥のプレイだった。前述のアイシン鈴木ヘッドコーチも「川村だけをマークしろと指示した僕のミス」とはっきり敗因を認めた。しかしファイナル3試合に限って言えば田臥を徹底マークしていてもアイシンは負けていただろうと思わせる程、田臥の出来は良かった。優勝請負人としてのプライド、元NBAプレイヤーの格の違いを十分に見せつけてくれた。




これまでは日本リーグの歴史を踏まえ企業チームが勝者に名を連ねてきたJBLでプロチームが初めて優勝するという歴史を大きく切り開いたことになった。3年前に「5年で日本一」という目標を掲げ「チーム・ファン・地域一体チーム」というコンセプトで立ちあがった新興チームはそのチームコンセプト通りの活躍で予定よりも早い3年で日本一に輝いた。

プロチームという選手各自の自覚も他の企業チームとは意識の高さが違っていた。地元密着を掲げ栃木県内で行ったバスケットボール教室やファン交流イベント、講演会などをほぼ毎日こなし、回数の多さは他のチームの10数倍を数えた。県内ではここ3年でバスケットボールを志す子供が飛躍的に伸びたという程その影響力は大きかった。
リンク栃木のホームゲームは勿論のこと、アウェーゲームでも多くのファンが詰めかけ観客動員数はリーグ断トツであった。しかも選手の緩慢なプレイには容赦なくブーイングを浴びせるなどリーグ一熱いファンに支えられた。ファイナルが行われた東京の代々木体育館はリンク栃木ファンで埋め尽くされまさにホーム状態と化していた。
熱狂的ファンを味方につけたリンク栃木の躍進は企業スポーツに依存するバスケットボール以外日本のスポーツクラブ運営にとっても大きな刺激になったことだろう。

田臥を中心としたプロ意識を持った個々の選手が自分の仕事をまっとうしつつ、仲間を信じ続けチームの和を大切にしながら地域貢献をし多くのファンに支えられたリンク栃木。

「優勝」という最高の結果で幕を閉じたリンク栃木の快進撃。その快進撃を支え続けたのはエース田臥のここ一番の集中力と経験値、そしてチームを支えたファン、サポーターの力だった。

優勝報告会、優勝パレードに集まったファンは約10000人だったそうだ。栃木県内でこれだけ盛り上がったパレードは初めてだったそうだ。地域密着型スポーツクラブのリンク栃木が達成した偉業はそれほど凄かったという証明であろう。



Vリーグ男子ファイナル

  • 2010/04/18(日) 05:20:50

レギュラー6人にリベロを加えた7人先発メンバー全員が日本代表かブラジル代表というスター集団。しかも日本代表の中でもエースと言われる2枚看板(福澤・清水)エースを抱えるスーパースター軍団パナソニックがVリーグを制した。


開幕前から優勝の大本命だったパナソニックだった。スター選手の集合チームだと圧倒的な強さを見せる反面、一度チームバランスが崩れると崩壊したようにチームが負けていったり連携やチームワークに大きな課題を見せるチームが多い。開幕前からメンバーが口をそろえて「メンバーがメンバーですから負けませんよ」自信のコメントを残していた。この自信が慢心にならないかと心配していたのだがそれは全く無用だったようだ。

福澤達哉と清水邦広の左右のウィングアタッカーに加えジョンパウロ・タヴァレスという世界最強国ブラジルのエーススパイカー、この3人を操るのが日本代表セッターの宇佐美大輔。名前を聞いただけで楽しみのチームであるがこの編成で昨年は勝てなかったのも事実だ。特に福澤と清水のエースコンビは大学在学時代から内定選手としてフル参戦したにも関わらず勝てなかったのだ。「昨年の様な悔しさを今年は味わいたくない。」「今年は絶対に優勝したい、優勝しなきゃいけない」と日本のエースのプライドにかけてリベンジを誓った二人に慢心という言葉はなかったようだ。

レギュラーラウンドは22勝6敗の圧倒的な成績で一位通過。しかし6敗の内4敗がファイナルの相手で日本代表ゴッツ石島とセンターの松本が引っ張る堺ブレイザーズだった。4戦全敗で完全に苦手チームを作ってしまったのだ。高いブロックに安定した守備力を誇り同じ代表チームで戦っているので福澤や清水の癖も完全見抜いている堺の守備網をくずすのは簡単ではなかったはずだ。しかしセミファイナルとこの日のファイナルと接戦だったがここ一番の場面を制したパナソニック。その原動力はやはり福澤・清水コンビの安定感だった。

日本代表のエースである2人を中心にこれだけ代表クラスが揃うチームは個々の力を過信しついつい「我が」「我が」となりがちでチームバランスを大きく崩し自滅するケースが多い。圧倒的な力を見せつけたかと思えば次戦でいとも簡単にストレート負けてしまう様なチームが多いのだ。しかしこの日のパナソニックにはそんな不安は一切感じられなかった。7人全員がチームメイトを信頼し守備におとりプレーにと献身的にプレイしチームとして機能した。個々のテクニックやパワーではなくチームとしての安定感を感じさせた。堺の出来が悪かった訳ではなかったし戦術に大きな失敗をしたわけでもなかった。それ以上にパナソニックのチームの和が完全に勝っていた。この日の戦い方を見ている限りではパナソニックの時代が続くような気がする。

Vリーグ女子ファイナル

  • 2010/04/16(金) 00:19:20

東レがVリーグ女子史上初の3連覇を達成した。レギュラーシーズンを26勝2敗という圧倒的な強さを見せ続け、セミファイナルも3勝無敗と絶好調のJT相手に戦前は苦戦を予感させた東レ。しかし予想に反して3−0のストレート勝ちで3連覇を達成した。





東レは日本代表のキャプテンでセンターの荒木、オールランドプレイヤーの木村沙織を中心に2年前はドミニカの主砲デラクルス、昨年はアジアの大砲・中国の張紅越という外国人助っ人を絡めたチームだった。しかし今季はアメリカ人のバルボサが助っ人に新加入したがチームにフィットせず期待通りの活躍が出来ずレギュラーシーズンは思わぬ苦戦を強いられていた。その分、木村にかかる重圧は大きく相手チームからも徹底的にマークされ続け仕事をさせてもらえないゲームも多かった。




対するJTは韓国の至宝キム・ヨンギュンを補強し元日本代表のエース山本愛(旧姓・大友愛)らの攻撃力は異次元だった。その攻撃陣を操るのが世界の正セッター竹下という布陣は前年度入れ替え戦を戦ったチームとは思えない完成度と成熟度をもっていた。悲願の優勝を目指すJT優位の下馬評を覆したのは徹底的にJTを丸裸にしたアナリストの分析力と東レの戦術理解度だった。更にチームの中心である木村の精神力だった。

レギュラーラウンドでの対戦成績は1勝3敗。セミファイナルラウンドでもJTがストレートで東レを退けた。過去の対戦でキム・ヨンギョンの徹底マーク作戦で失敗し続けた東レは山本らキム・ヨンギュン以外の攻撃陣を完璧に防ぐことによりJTがキム・ヨンギョンにしか頼れない背景を作った上でキム・ヨンギュンの焦りを誘い続けた。レシーブの位置取りやブロックシステムの変更などチーム内細かく徹底した約束事を東レのメンバー全員が理解し実践したファイナルの戦い方は過去2連覇しているチームの自信というか経験値の違いを感じさせてくれた。逆に戦前の圧倒的有利に反するゲームの展開に焦りを募らせたJTは自滅してしまった。竹下や山本(旧姓・大友)ら世界戦でも経験豊富なメンバーを抱えながらもここ一番の集中力とゲームプランの乱れを修正するのは難しかったようだ。JTを更に苦しめた誤算といえば木村沙織の予想以上の集中力の高さだったろう。




天才的なポテンシャルを持ちながらどこか他人任せでチームの中心、エースになりきれないでいた木村。しかし今季のチームにおいては自分が先頭に立たないという自覚が現れ苦境にもセッターに自らトスを要求する積極性も多く見られた。苦しい場面でチームを率先して鼓舞する木村の姿など見たことがなかった。この日の木村の集中力は今まで見た事がなかった。木村を知りつくした竹下でさえ「木村沙織にやられた」とコメントする程この日の木村はすごかった。MVPも納得である。この日の東レの3連覇は木村沙織の大きな成長という副産物をもたらしたような気がする。




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キム・ヨンギュン

木村沙織 ?

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星野真澄 巨人の秘密兵器左腕

  • 2010/04/14(水) 00:54:48

巨人の育成枠からまた一人スターが生まれそうだ。一昨年の山口、昨年の松本に次ぐ第三の男に星野真澄が名乗りを上げた。巨人ファンの父親が特に大ファンであった元巨人のエース桑田真澄氏から名前をつけたのが星野真澄だ。




育成枠(育成ドラフト1位)から支配下選手に登録され早くも一軍登録された。左のスリークォーターから投げ込まれるキレのあるストレートを中心にカーブ、スライダー、チェンジアップ、カットボールと多彩な変化球を投げ込みしかも全てコーナーにきっちりコントロールされていた。今季からチーム事情で左のセットアッパー山口が先発に回りどうしても必要だった左のセットアッパーを星野真澄が任されそうだったが守護神クルーンの故障の影響で山口がセットアッパーに戻り早期一軍は駄目かと思っていたのだが予想以上の早さで昇格した。





下半身がしっかり出来ていて腕も大きく振れる。堂々としたマウンドさばきは育成ルーキーには到底見えない。140km後半のストレートに右バッターの内角を正確にえぐる変化球。こんな投手が何故、ドラフトでは他球団からノーマークでしかも獲得した巨人でさえ育成枠だったのか不思議に思う。実は星野はプロから注目されていた逸材だった。埼玉栄高校から愛知工大に進み社会人野球、どの時代でもプロのスカウトは注目していた。特に社会人野球時代は即戦力左腕として数球団からスカウトされドラフト入団確実と言われていたが突如、胸の痛みを訴え入院、診察の結果、病名は肺に穴があく気胸。手術をし長期入院を強いられてしまった。この大事な時期の長期ブランクをプロは待ってくれなかった。年齢的にも即戦力にならない星野を獲得する球団はなかった。確かに病気からの復帰後はスタミナも急激に落ちスピードも極端に落ちた。それでも時間をかけ体力を戻しプロの道を諦めきれずに独立リーグでチャンスを待った。巨人のスカウト陣も才能は高く評価するが健康の不安をぬぐい去れずに育成枠での入団になったという。

しかし、その才能はすぐに原監督の目にとまった。キャンプ序盤のブルペンを見て「山口を初めて見た時と同じ印象だ。何故、こんな投手が育成枠なんだ?」と驚いたという。受けたキャッチャーの阿部も「こんなに良いと思わなかった」と驚きを隠さなかった。紅白戦、オープン戦と結果を残した星野は開幕を待たずに支配下選手に登録され早くも一軍デビューを果たした。

狙ったコースに正確無比に投げ込まれるストレートは角度もキレも十分、一軍で通用するレベルの球だ。右バッターのインコース低めに食い込むスライダーは中日の岩瀬を彷彿とさせる。課題は左バッターのインコースを突く球の取得だろうか?シュート系の球を覚えマスターすれば十二分に通用する筈である。

病気に侵され一度は地獄を見た左腕は大きな夢の一歩を踏み出した。巨人の秘密兵器が満を持して新人王を獲りにシーズンを迎える。

中村香織

  • 2010/04/13(火) 13:58:30

世代交代が進み若手が台頭し続ける日本の女子ゴルフ界。世界を見渡せば韓国勢の圧倒的なレベルの高さに離されているものの宮里藍や横峯さくら、上田桃子に有村智恵、諸見里しのぶと続々とヒロインが現れ、近い将来世界で十分戦えるはずである。そんな女子ゴルフ界にまた一人新星が現れた。

中村香織。





小学生時代は器械体操のオリンピック選手を志しジュニアの全国大会でも優勝しオリンピックの強化指定選手に選ばれるなど将来を嘱望されていた。過度のトレーニングが原因で足や腰の故障により体操を断念してしまった。特に腰の怪我は腰骨が大きく削れてしまうほどの大怪我だった。元々運動神経はかなりよく身体能力はかなり高いと評判の中村香織は父親の勧めで12歳で初めてゴルフクラブを握りゴルフの虜になっていく。身体のバネに加え体操で見につけた柔軟性もゴルフのスイングを大きいものにしみるみる内に上達していったそうだ。

ゴルフを始めてたった7年でプロテストに合格したのだ。立命館大学在学時もゴルフ部に属しアマチュア界で活躍していたが同世代の宮里藍や横峯さくら、上田桃子に有村智恵、諸見里しのぶらの活躍に刺激され大学を退学してプロテストを受けたのだ。諸見里しのぶらを指導する江連忠に弟子入りを志願するも一度は断られてしまった。それでも諦めきれずに何度も訪ね弟子入り志願した結果、江連忠の弟子である前田純一プロの教えを乞い技術的にももちろん精神的にも成長をみせた中村だがもっとも成長したのがフィジカル面だ。筋力トレーニングを取り入れ高タンパク、低脂肪食を摂取するなど食事にも
意識改革をし更に急成長をみせた。

まだまだ経験不足は否めないがここ一番の集中力や技術の高さはトッププロにも負けない程だ。

先日、兵庫県の花屋敷ゴルフ倶楽部よかわコースで開催されたスタジオアリス女子オープンでマンデートーナメントから出場した中村香織が優勝した有村智恵の3打差の3位と大健闘した。女子史上初のマンデートーナメントからの優勝も期待されただけに残念だったが難コースな上にセッティングが難しかった花屋敷ゴルフ倶楽部よかわコースの後半(バックナイン)で6バーディーの大爆発は今後の活躍を大いに期待させるゴルフだった。トーナメントの最終日、最終組でラウンドし優勝した有村が同世代ということもありかなりいい経験をしたのではないかと思う。今までは同世代の活躍に歯がゆい気持ちを持っていただろうし意識しなかったというのは嘘になるだろう。この日の経験を大きな糧に頑張ってもらいたい。近い将来必ずトッププロの仲間入りをする日がきそうな気がしてならない。



マイケル・ジョーダン  シャーロット・ボブキャッツのオーナーに

  • 2010/04/11(日) 11:37:34

アメリカバスケット(NBA)史上最高の選手はやはりこの人だったろう。マイケル・ジョーダン。




引退してからもう7年が経つがまたNBAの舞台に戻ってくる。47歳になった今でも現役復帰が待望されるなどその人気は衰え知らずのスーパースターがシャーロット・ボブキャッツを買収しの文字通りオーナーになり表舞台に出てくるのだ。元選手がNBA史上初めてチームのオーナーになったニュースは全米を駆け巡り大きな話題となっている。
現役時代から過度のマスコミフィーバーを嫌い引退後も表舞台には極力出てこなかったスーパースターが大きなニュースを引っさげてマスコミの前に現れたのだ。




2006年からシャーロット・ボブキャッツの共同オーナーに名を連ねたものの広告塔ではなくドラフトやトレードに意見を述べ、場合によっては直接手がけるなどチーム運営に陰ながらサポートする立場をとっていた。マスコミに登場しない事を世間では「片手間の仕事」と揶揄する風潮が大勢を占めすっかりカリスマ性が薄れかけていた。そんなジョーダンがボブキャッツの筆頭オーナーからチームを約250億で買収しNBA史上初めて元選手がオーナーに就任したのだ。

マイケル・ジョーダンが買収したシャーロット・ボブキャッツは今年創設6年目にして初めてプレイオフに進出を決めたものの決して人気チームではなく成績が上位である訳ではない。毎年、数億円の赤字を出しているチームなのだ。経営改革は必至で高額年俸選手を放出しながらもお客さんを呼べる若手のスター候補生選手を集めないといけない。若手の低年俸選手中心とはいえチームとして機能させ魅力的で強くならないとお客さんもついてこない。チームが強くなると観客が増え、グッズの販売やスポンサー提供などから資金が集まりスター選手を獲得できるはずだ。しかしのその再建には大変な熱意と労力を擁すはずだ。その先頭に立ちタクトを振るうのはマイケル・ジョーダンである。名選手だからといって名経営者とは限らずマイケル・ジョーダンの名前だけでチームを再建できるとも思わない。

それでもマイケル・ジョーダンは表舞台に帰ってきた。彼なりの勝算があるのだろうか?これからのマイケル・ジョーダン、シャーロット・ボブキャッツの動向に全米中が釘付けである。



フィギュア世界選手権から

  • 2010/04/10(土) 13:42:51

高橋大輔が男子フィギュア日本史上初めての世界選手権金メダルを獲得した。先のバンクーバーオリンピックで銅メダルを獲得した高橋にとって金メダルのライザチェックや銀メダルのプルシェンコが揃って出場していない今大会は大会前からチャンスと言われ、いわば金メダル獲得は義務つけられていたのかもしれない。そんな重圧の中、高橋らしい見事なステップと表現力でオリンピック金メダリストよりも高得点で優勝したのだから凄い。

更に女子ではオリンピック女王の韓国のキム・ヨナを抑え浅田真央がリベンジを果たした。キム・ヨナの明らかな調整不足、スタミナ不足によるショートプログラムの大失敗があったとはいえ浅田は最後までこだわり続けたトリプルアクセルで世界の頂点に返り咲いた。

男女問わず世界のトップクラスの選手はオリンピックに全てをかけ精神的にも体調もピークに持っていくためその数週間後に行われる世界選手権にモチベーションを合わせるのはかなり難しいはずだ。そもそもこの時期に世界選手権を行う意味もよく分らないのだが次回オリンピックへのスタート、もしくはオリンピックで残念な結果を残した選手のリベンジの場と捉えるといいのだろうか?
そんな今大会の男子ではオリンピックで失敗したアメリカのアボット、フランスのジュベールなどが出場したものの4年後のソチオリンピックを見据えた若き新星はまだ時期尚早なのか出場はしていない。今大会は世界選手権史上初めて金メダルがヨーロッパ、アメリカ大陸からアジアに渡るのか?だけが注目の的だったのだがその期待に高橋が見事に答えてみせてくれたのだ。

女子はオリンピック期間中に母親を亡くしながらも銅メダルを獲得したカナダのロシェットは出場していないもののオリンピック4位のアメリカの17歳・長洲未来やロシアの若き妖精こちらも17歳でソチオリンピックの星・マカロワなど将来を嘱望される選手も出場し意味のある大会になった。しかし浅田をはじめ日本の安藤美姫や鈴木明子を含めキム・ヨナも調整不足、モチベーション低下は明白だった。



オリンピックではメダルの行方と共に男子の4回転ジャンプ、女子のトリプルアクセルなどジャンプの回転数や技の難しさを問うスポーツとしての存在意義と表現力などを競う芸術性との挟間でフィギュアそのものの今後の方向性に関し大いな物議を醸していた。

「4回転を跳ばないでチャンピオンになるのは嫌なんです」と言いきった高橋。4回転を回避し安全策に出れば悲願の金メダルのチャンスがあったオリンピック。オリンピックでは4回転を跳んだものの正確性を欠いたプルシェンコが敗れ正確無比な3回転ジャンプと基本に忠実なスケーティングを見せ芸術性に優れたライザチェックが勝った。これに端を発した「4回転ジャンプは必要か?」という物議に高橋は今大会でも必要論を唱えた。今大会でも4回転ジャンパーの出場が少なく、数少ない4回転ジャンパーが次々と失敗し順位を落とす中、金メダル最優秀候補だった高橋は4回転を跳んだ(史上初の4回転フリップ)。ジャンプは着氷したものの回転不足を取られた。正確に言えば”失敗”だったのだ。優勝はしたが、オリンピックでの得点を上回ったが・・・

ここで僕なりの意見をまとめておきたい

フィギィアスケートがスポーツである以上ジャンプの回転数、難度は選手が切磋琢磨して上げなければならないのは絶対である。勿論、男女問わずである。それは体操やシンクロナイズドスイミングと同じであるはずだ。しかしこれらの競技が採点方法の根幹に「美の追求」がある以上、技の凄さや派手さだけを競う競技でない事も理解しないといけない。僕は試合では不正確で不安定な4回転ジャンプよりも正確で華麗な3回転ジャンプを見たいと思う。4回転でも失敗すればそれは「失敗ジャンプ」という考え方だ。より高度なジャンプ(技)をより正確に跳べた方に重きを置くべきと考えている。決して4回転が不要と言っている訳ではない。できれば更に進化し5回転、6回転(物理的に無理だろうが・・・)というスーパー技も見てみていたいが、それ以上にコンビネーションジャンプやステップ、スパイラルにスピンなど全てに華麗でスピーディーで完璧なプログラムを見たいと思う。

山崎福也

  • 2010/04/08(木) 07:10:43

沖縄の興南高校の優勝で幕を閉じた春の甲子園。大会前から評判の左腕、島袋投手の熱投に打線が奮起、日大三高のミスも重なり延長12回でケリをつけ初優勝に輝いた。島袋投手を今大会NO,1と推していた僕としても嬉しい結果だった。延長12回198球を投げ抜いた精神的タフさに加え最後まで140km台のストレートを投げ込める体力にも驚かされ優勝投手にふさわしい活躍だった。もし大会MVP(最優秀選手賞)なる賞があれば間違いなくこの島袋のものだろう。夏には更に成長した姿を見せてもらいたい。

敗れた日大三高から優秀選手賞を捧げる事ができるのなら満場一致で山崎福也投手だろう。決勝戦での粘り強いピッチングもさることながら大会を通じて放ったヒットの数が13本と大会記録に並ぶ活躍を見せた。2年生だった昨年の夏もファーストで甲子園の土を踏んでいたとはいえ落ち着いたバッターボックスでの振る舞いは今後、ピッチャーよりバッターとしての大成を期待させる素質の持ち主だった。

山崎福也。





高校入学時の健康診断で小児脳腫瘍が発覚し即、手術を勧められるが手術後は野球どころか後遺症の可能性も残る確率はかなり高く、命も危ぶまれた難度の高い手術だった。全国の名医と呼ばれる医者の元を訪ねては「手術後に野球がしたい」と直訴し続けた。北海道大学病院まで訪ね先生の「大丈夫」という言葉を信じここでの手術を決意したそうだ。
ちなみに全国数十か所の病院を訪ね「大丈夫」と断言されたのは北海道大学病院だったそうだ。6時間におよんだ大手術で腫瘍はすべて取り除かれた。懸念された後遺症もなく手術は成功だったが野球が全力で出来るかどうかはこの時点では全く分からなかったそうだ。ここから医者も驚いた程の驚異的な回復をみせ、この年の夏には他の部員と同じ練習メニューをこなせるようにまでなった。

山崎福也が陰で行ったであろう努力は並大抵のものではなかった筈だ。父親は元プロ野球選手で兄も埼玉の聖望学園で甲子園で準優勝するなど野球一家のDNAは福也にもたぐいまれな素質を与えていたとはいえ練習量は誰にも負けなかったらしい。
中学生時代から熱心に誘ってくれた日大三高の小倉監督に病気の報告をし入学を辞退しようとした山崎福也に監督は「待っているぞ」「一緒に甲子園に行こう」と励ました。そんな監督の為にも、心配をかけた家族の為にもそしてあの子の為にも山崎福也の行った練習は死に物狂いだった。





彼は素直にそして静かに語った「野球ができる幸せを感じてます」。彼は泣いていた。決して負けた事だけで泣いている訳ではない、野球がまた出来た事だけに酔っている訳ではない事を僕は知っている。手術後、定期検査に訪れる病院で同じ小児脳腫瘍で苦しむ中学生と知り合った。地元、日大三高のファンで高校球児を夢見る中学生に甲子園出場の報告に病室を訪ねたある日、病室は面会謝絶でその少年は数日後、静かに息を引き取った。

「野球ができる幸せを感じてます」その涙は山崎福也だけのものではない気がしてならない。

中村悠平  ヤクルト期待の若手捕手

  • 2010/04/07(水) 07:42:25

ヤクルトのキャッチャーといえば野村元監督に育て上げられたID野球の申し子・古田敦也だろう。古田が長年正捕手を務めていたせいもあるのだろうが、なかなかその後のキャッチャーが育ってこないのがヤクルト低迷の大きな原因である。業を煮やしたフロントはFAで横浜の正捕手だった相川を獲得するなど育成よりも補強を選んだ。キャッチャーといえば配球は勿論のこと、キャッチング、スローイングなど沢山の才能を求められるし更にバッティングまでとなれば大変な事であろう。そんな難しいポジションに待望の古田の再来、古田2世と呼び声の高い逸材がヤクルトに現れた。

高卒から2年目19歳の中村悠平だ。





福井県出身の中村は地元の名門福井商業で一年生からレギュラーキャッチャーを務め甲子園にも出場し活躍した。
高い身体能力を誇りキャッチャ―ながら50mは6秒フラットで走り遠投でも軽く120mを投げる。毎年、某スポーツ用品メーカーが高校球児を対象に行っている体力測定でトップの成績を残すなどプロのスカウトからも高い評価を受けた。何よりプロのスカウト陣をうならせたのはキャッチャーの素質の大きな目安となるホームから2塁までの送球に要する時間だ。プロのトップレベルで2秒を切ると高評価のタイムである。古田や城島の超一流クラスで1、7秒のタイムに対し中村は高校時代から平均1.8秒をマークしスローイングのスピード、強肩は即プロレベルだった。懸念のバッティング面でも高校通算3割5分以上の打率を残し20本もホームランを打つなど非凡な才能を見せていた。

一年目から2軍のレギュラーキャッチャーを務め、常時出場しながら配球を勉強しプロのスピードに慣れレベルアップを図った。ルーキーイヤー後半戦には相川の故障もあり早くも一軍デビューを果たす。その試合で巨人のスピードスターで今や球界一の俊足で影の盗塁王と呼ばれる鈴木尚広の盗塁を見事に刺し周囲を驚かせた。試合後、巨人の原監督も「あのプレーには驚いた。」と評価した。ちなみに2軍とはいえシーズン打率3割をマークするなど素質はプロでも開花しつつある。

今季は一軍のスピード、レベルについていけるようにもう一回り成長を期待される。経験を積まなければならないポジションだけに急成長は難しいだろうがその素質は十分に感じさせる逸材だけにヤクルト首脳陣も我慢して使い続けてもらいたい。

開幕一軍は成らなかったが開幕後相川の不調もあり早くもこの時期に一軍にお呼びがかかった。今シーズン”台風の目”と言われているヤクルトに期待の新戦力が本格的に一軍デビューしそうである。

中村悠平。

近い将来、ヤクルトのいや日本最高のキャッチャーになる可能性のある選手だ。

平林岳 メジャーを目指す審判員

  • 2010/04/06(火) 14:53:24

ベースボールの本場アメリカ・メジャーが今や世界中の野球人の憧れであろう。海を渡った日本人プレイヤーも少なくない。野茂、イチローの活躍に刺激されてか日本プロ野球の成功者が更なる高みを目指して挑戦する者もいれば日本球界で挫折した者が新天地を求めて挑戦したり、アマチュア球界から日本プロ野球を経験せずにいきなり世界デビューを志しマイナーリーグから挑戦している若者まで沢山いる。言葉の壁やボールの違いや文化の違いなどから実力通りに力を発揮できずに夢破れて表舞台を去る選手も沢山いたが今や日本人プレイヤーのレベルは世界トップレベルで、どの球団からもどのポジションでも必要とされている。

そんなメジャーの舞台に挑戦し日本人初の快挙を遂げた人が今日の主役である。メジャーでジャッジすることを夢見てパリーグ審判部長の肩書を捨ててまで挑戦したひとりの審判員、平林岳さんである。





2005年に海を渡り長く研修の日々を過ごし言葉の壁や細かいルールの違いに戸惑い、ルーキーリーグから1A、2A、3Aと着実にステップアップした平林岳さんは今年初めてオープン戦とはいえメジャーの塁審を務め球審まで務めた。夢のメジャー審判員にまた一歩しかも大きく近づいたのだ。





日本人審判がメジャー昇格となれば凄い事である。これはマイナー契約の日本人プレイヤーがメジャーに上がる事の比ではない位難しい事であるのだが・・・。日本では大きく報道されることもなく世間に知られていないのが残念でならない。もし公式戦で一試合でも審判を務めるようなことがあれば即、野球殿堂入りをしてもいい程の快挙であることを知ってもらいたい。言葉(英語)の習得に始まりルールや文化に違いを克服しながらプレイヤー以上に競争が激しい狭き門である。
そもそもアメリカメジャーの公式戦開催数は決まっている。強固な審判組合により審判の高額な報酬や参加する試合数などが保障されており定年がなければ引退勧告もない。日本の野球界では審判はあくまで脇役扱いだがアメリカ球界では相当なステータスでありその権威と地位は選手以上に保証されているのだ。2Aから3Aに昇格した時も2Aの審判が怪我をして急遽空きが出たところに丁度空いていた平林氏が就いただけで怪我をした審判には申し訳ないがラッキーだった。そこから大きなミスする事なくその地位をキープしている平林氏もかなり凄いのだがそんなラッキーがないと簡単に昇格できない世界である事を覚えておいてもらいたい。





平林氏の当面の目標は「バケーション・アンパイヤ」である。3Aに所属しながらもメジャー審判の休みが重なった時の助っ人的役目だが、ここもかなりの競争率で簡単になれるものではない。その一歩がオープン戦の審判である。アメリカの野球ファンは試合が公平かつスムーズに進行されない事を一番嫌い、その役目はひとえに審判にゆだねられている。だからこそ高い報酬が約束されいるのだがオープン戦といえど審判の競争は半端なものではない。

大きな夢に向い孤軍奮闘する平林氏がメジャーの審判に立つ日を心から応援している。


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