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石川佳純

  • 2010/05/21(金) 00:12:52

世界卓球選手権団体戦がいよいよ開幕する。特に女子は5大会連続のメダル獲得に挑戦することになる。福原愛、平野早矢香、石川佳純が中心となり過去4連続獲得している「銅」メダル以上を目指す。

最新世界ランキング29位の高校2年生17歳・石川佳純に期待している。

山口県出身の高校3年生。単身、大阪の名門・四天王寺高校に通いながら「ミキハウス」に在籍している。中学3年生で史上最年少の全日本選手権ベスト4入りし、高校一年生で史上初のインターハイ、国体、選抜、全日本ジュニア選手権の4冠を制しジュニア世代では日本では敵無し。世界ジュニアランキングも堂々1位の実力者である。





昨年、横浜で行われた世界選手権個人戦で香港の帖雅娜(ティエ・ヤナ) に勝ち、ユー・モンユー(シンガポール)と世界ランク1桁経験者という超格上を撃破し続け、福原愛以来のシングルスベスト8に進出した。準々決勝では優勝した当時世界ランキング1位の張怡寧(チァン・イーニン) と接戦を演じ、世界女王から「近い将来、石川は中国にとって大きな敵になるだろう」と言わしめた。




硬軟自在のボールタッチや幅広い打球点、試合を諦めない強い気持ちが石川佳純の持ち味だが、フォームに大きな欠点を残していた。フォアハンドの強打を打った後に体が大きく開いてしまい、フォアハンドのラリー戦ではボールに力が伝わらずスピードやパワーが大きく落ち、簡単に抜かれてしまうのだ。
勿論、その欠点は本人も承知済みで克服に向けこの一年トレーニングを積んできた。そして克服したのだ。グリップを以前より強めに握り、よりコンパクトなスイングに変えた事でラリー中でもスピード負けしない様になった。

予選リーグではヨーロッパ最強の右のドデアン、左のサマラという両エースを擁するルーマニアと同組になった。ドデアン、サマラ共に長身からの強烈なドライブ攻撃を軸に果敢に責めてくる。石川の成長を見るには格好の相手となりそうだ。チームランキングが格下でもロシア、ベルラーシ、スロベキアとヨーロッパの強豪が集まった予選。日本の目標はあくまで打倒・中国だが、石川の出来次第では予選突破も簡単ではない。世界ランキング8位のエース福原愛が徹底マークされるであろう今大会での石川佳純の活躍はこれからの日本女子卓球界の命運を握ると言っても過言ではない。





ロシアで更なる輝きを放ちそうな「石川佳純」という名前を覚えておいてもらいたい。

森将貴  千代大海の後継者

  • 2010/05/20(木) 02:32:14

その昔、九州一の”やんちゃ”者と言われた千代大海が引退した大相撲の世界にまた一人、九州一の”やんちゃ”者と名が通った男が入門してきた。元関脇・貴闘力の大嶽親方率いる大嶽部屋に入門した森将貴。

身長1m75cm、体重150kgの体を活かし中学生時代から喧嘩に明け暮れ「九州一の”やんちゃ”者」と噂されていた。森将貴が中学3年生時に後援会の紹介で大嶽親方自ら入門を口説きに行ったが「相撲なんかに興味がない」と入門を断った。喧嘩が原因で少年鑑別所に入所した後も大嶽親方は諦めず入門を口説いたらしい。しかし、その気のない森将貴は少年鑑別所を退所し中学卒業しても高校に進学もせずに仕事にもつかずただただ遊びほうけていたらしい。

そんな両親を含め手のつけようがなかった「九州一の”やんちゃ”者」の目を覚ます

かつて「九州一の”やんちゃ”者」とうたわれた千代大海が引退しテレビで千代大海を取り上げる”特番”を目にしたのだ。かつて今の自分と同じ「九州一の”やんちゃ”者」が更生し、たどりついた大関の地位。親孝行の一念だけで努力を重ね大関まで辿り着いた千代大海の生き様を目にし自分と重ね合わせた。「迷惑をかけっぱなしの両親に、俺を見捨てなかった両親に立派な姿を見せたい」と一念発起し自ら大嶽親方に電話をかけた。

「尊敬する千代大海が大関なら僕は横綱を目指す」と言い切った森将貴。金髪もちゃんと染め直し尊敬する”先輩”をを超える事を誓ったがその道のりは険しく大変なものだろう。相撲未経験の17歳がこれから味わう挫折は想像を絶するものだろう。「親孝行」の一念だけで大関”に上り詰めた千代大海の凄さをこれから目の当たりにしていく事になるだろうが挫けず頑張ってもらいたい。

大嶽部屋に入門した森将貴。未来の横綱目指して新たな一歩を歩み始めた。




関連ブログ・・・・ 千代大海

宮下遥

  • 2010/05/19(水) 00:45:22

女子バレーボールの日本代表候補が召集され10月に東京で行われる世界選手権代表へ向けしのぎを削っている。そんメンバーの中に一際あどけない笑顔を見せる15歳がいた。春高バレーでも御馴染の名門高、大阪国際滝井高の一年生・宮下遥だ。身長176cm。ポジションはセッター。




15歳での代表候補入りは史上4人目の快挙である。
高校生といってもれっきとしたVリーグの岡山シーガルスの選手でもある。中学生の時に岡山シーガルスと契約しVリーグでは15歳2か月という史上最年少記録を更新した。
デビュー戦で味方選手と交錯し前歯2本も折る怪我に見舞われながら何事もなかった様にプレーを続行させた。そのハート強さにも驚かされるが技術も折り紙つきである。ジャンプの滞空時間が長くトスを上げる瞬間は空中で止まっているように見え正確なトスを供給できるのだ。日本のセッターとしては176cmは高く、身体能力は既に日本を代表するセッターという逸材だ。




コートを外れるとあどけなさが残る普通の高校生にしか見えない。高校生と言っても普段は岡山シーガルスに帯同している為、学校のクラブにも入れずないどころか登校も出来ず、決して高校生活をエンジョイしているとは思わないが、出席日数不足も日々出される課題を提出する事で辛うじてクリアしている。




岡山シーガルズでは寮生活でバレーボール漬けの毎日だが夜遅くまで学校の課題に取り組み日本代表候補の合宿にも参加する。15歳にしてかなりハードワークだが「日の丸を背負って世界と戦うコートでは、年齢も学校も言い訳にならない」と熱い気持ちで臨んでいる。

世界水準の竹下も大ベテランの域である。竹下もまだまだ15歳にレギュラーを明け渡すつもりはないだろうが、後継者の出現はうれしい限りであろう。竹下には世界で戦う為のスピードと駆け引きをしっかり教えてもらいたい。

宮下遥。

将来の日本代表のセッターは君しかいない。頑張ってもらいたい。

田中輝希

  • 2010/05/18(火) 05:03:06

プラチナ世代と呼ばれるU−18日本代表で入団先が注目されていた三菱養和FCに所属する17歳・田中輝希。
ジュニアユースの世代から日本代表のユニフォームを着続け日本の至宝と呼ばれる天才にJリーグのトップチームは早くからラブコールを送り続けた。Jリーグの多くチームからオファーを受け招待選手としてトップチームの合宿に参加するなど田中輝希自身も進路には悩み続けてきた。

180cm、70kgの恵まれた体格からスピード抜群のドリブル突破。
独特のリズムを刻むドリブルと速すぎるフェイント、相手ディフェンスのタイミングを見事なまでに外すキック、足もとのテクニックはとても17歳には見えない。
トップ下か左サイドでのプレーを得意とするがスピード豊かな突破で決定機には相手ディフェンスを一気に置き去りにし前線に顔を出しシュートも上手い。

世界レベルのスピードとテクニック、抜群の決定力を併せ持つ田中輝希の能力は今すぐJ1で通用するだろう。見ているだけで今、一番面白い若手選手の一人である。

今季も浦和や名古屋というJ1の優勝を狙うトップチームが開幕前の大事な時期にもかかわらず最終合宿に招待し熱心に勧誘し、未来の大エース獲得合戦はヒートアップし続けた。
浦和のフィンケ監督も名古屋のストイコビッチ監督もその技術の高さに驚き、フォワードとしての適性やサイドアタッカーとしての適性もテストした上で将来性を高く評価した逸材の選択はどこのクラブなのか?

Jリーグ各クラブは勿論の事、日本のサッカー協会もその入団先には注目していた。

壮絶な獲得合戦の結果は名古屋だった。
悩んだ田中輝希自身を「一緒に戦おう」と直接激励したストイコビッチ監督の言葉が決め手となったらしい。将来の日本代表のエース候補生だけに大事に育てていってもらいたいものだ。

名古屋グランパスに入団が内定した田中輝希。是非、覚えておいてほしい。



福永洋一

  • 2010/05/17(月) 00:23:00

関連コラム★『天才を越えた息子 福永祐一』

悲劇の落馬事故で半身不随の大怪我を負った伝説の天才ジョッキー福永洋一。

1979年3月の落馬事故から早31年がたった。事故以来、公の場には一切顔を出さなかったが出身地の高知県の高知競馬場に天才の血を引く息子の祐一と共に姿を見せてくれた。
経営不振が深刻な地方競馬界に大きな話題をプレゼントしてくれたのだ。高知競馬場で行われた地元の天才ジョッキーを冠にした「第一回福永洋一記念レース」にプレゼンターとして高知競馬場に立ったのだ。






福永洋一。

ジョッキーになって2年目から9年間、圧倒的な強さでリーディングジョッキー(最多勝騎手)に輝き人気、実力とも日本のトップジョッキーだった。同期に武豊に破られるまで不滅の記録とされた通算の最多勝を記録を持っていた天才・岡部幸雄がいたが、その岡部幸雄でさえ「全くかなわなかった」と言わしめた。もしあの忌まわしい落馬事故がなければ日本の競馬界の歴史は大きく変わっていたかもしれない。そんな騎手だった。

車いすに乗った父を誇らしげに後押しする祐一は改めて競馬ファンの「福永洋一」への声援の大きさに驚き感極まった。あちらこちらから「おかえり」「待ってたぞ!」と声援が飛び交う。表彰式で挨拶に立った祐一は涙を流し何度も言葉に詰まった。そんな息子に代わって車いすに乗った父はファンに向かって手を振ってみせた。

「オヤジが引退してもう30年近くなるのに、たくさんの人が覚えてくれているのがうれしかったです。自分の中のヒーローはオヤジだったんだって改めて思いました。カッコ良かったです。今日は歴史的な日です」今や日本競馬界の人気ジョッキーでありトップクラスの成績を残す息子が久し振りに感じた父の威厳。

この日、優勝した馬を操った騎手は息子・祐一と同じ33歳の赤岡修次騎手。赤岡の出身中学はくしくも福永洋一と同じ。これも何かの縁だろうか?

競馬のオールドファンに堪らない福永洋一の姿。来年も高知に来ると高らかに約束してくれた事が何よりも嬉しい。

ディディエ・デシャン  「マルセイユ」を救った新監督

  • 2010/05/16(日) 00:03:05

松井大輔も所属しているフランス1部リーグ「リーグ・アン」の優勝をトロフィーを奪ったのは低迷期が長かったフランス国内きっての人気チーム「マルセイユ」だった。公式戦の観客動員数ではここ数年、ずっとリーグトップだった「マルセイユ」が18年ぶりに優勝したのだ。




18年前の1992年にフランス代表のキャプテンも務め、ワールドカップで優勝した英雄ディディエ・デシャンがチームの顔となり圧倒的な力で優勝した。フランス国内だけにとどまらずヨーロッパチャンピオンズリーグでも準優勝した。さらに翌年にはフランスリーグを2年連続で制しヨーロッパチャンピオンズリーグでは悲願の優勝を遂げた。

しかし、その年の優勝はフランスリーグでの八百長スキャンダルでフランスリーグ優勝をはく奪されてしまう。リーグでは2部降格を余儀なくされ”暗黒時代”に突入していった。ヨーロッパチャンピオンズリーグの優勝ははく奪されなかったがそのお祝いムードは一気に下降線をたどり”疑惑のチャンピオン"や”CL史上最も恥ずべきチャンピオン”と批判された。

そこからチームは崩壊をし始め降格から2年でリーグ1部「リーグ・アン」に復帰したものの「優勝」はおろか下位に甘んじる長く険しい”暗黒時代”は明るい兆しをみないまま最後の優勝から18年の年月が流れた。

そんなチームの危機を救ったのが今季から指揮をとることになったディディエ・デシャン新監督だ。





移籍が噂されていた次世代フランスの絶対的エース候補生ママドゥ・ニアンを説得し残留を決めさせたかと思えばスペインのレアル・マドリードからアルゼンチン代表DFガブリエル・エインセを獲得したかと思えばポルトガルの名門ポルトからエースのルイス・ゴンサレスを獲得しバレンシアからも元スペイン代表FWフェルナンド・モリエンテスら経験豊富なビッグネームを次々と獲得しチーム再建に着手した。

ディディエ・デシャン監督のカリスマ性と厳格に規律を求めるチーム戦術は初年度からチームに浸透しリーグカップとの二冠を達成したのだ。18年続いた”暗黒時代”を一気に終焉を迎えさせたのだから凄い。

「我々が長く優勝できなかった事は普通ではなかった」「かなり重いプレッシャーから解放された」とディディエ・デシャン監督は安堵の表情を浮かべた。

こちらも低迷が続くフランス代表の次期監督に名前が挙がっているディディエ・デシャン監督は来季、かつて”疑惑のチャンピオン”と揶揄されたヨーロッパチャンピオンリーグのタイトルを堂々と獲りに行く。”CL史上最も誇れるチャンピオン”になるべく挑戦が始まる。

秋親  山田秋親の再挑戦

  • 2010/05/15(土) 00:11:15

西村新監督になり開幕から首位争いを続ける好調千葉ロッテマリーンズ。快進撃を支える中継ぎ陣の中に聞き覚えのある投手がいる。山田秋親(登録名は秋親(あきちか))。





かつて関西大学球界を席巻し大学生でプロも参加したシドニーオリンピックにアマチュア球界ナンバー1右腕として出場した。勿論、その年のドラフトでは強烈な争奪戦が繰り広げられた。最速153kmのストレートと切れ味抜群の高速スライダーでプロでも即戦力と前評判はかなり高かった。福数球団からの熱いラブコールを受けた末、山田秋親は特に熱心に口説き続けてくれた福岡ダイエーホークス(現・ソフトバンクホークス)を逆指名しプロ入りした。

ルーキーイヤーのキャンプ中から首脳陣の高い評価を受け開幕ローテーションに入りプロ初登板、初先発、初勝利をあげ順風満帆と思われるプロの世界のスタートを切った。7月には初完封勝利で2勝目をあげ更なる大活躍を期待され新人王もと期待されたがその後は不安定な投球が続き、勝ち星に恵まれず結局2勝どまりとなった。それでも山田秋親に対する期待度は高く翌年も先発ローテーションを任され6敗するも5勝をあげる。大学時代の活躍をみればプロでの活躍は物足りなかったが小さな故障を抱えての登板だった為に故障が完全に癒えれば・・・と思われていた。プロ入り3年目からはチーム事情も重なって中継ぎ、セットアッパーとしてチームに貢献したものの右ひじ、左ひざと毎年のように手術を受け自慢のストレートのスピードも落ち打ち込まれる日が続いた。登板数も大きく減り2008年オフには右肩の故障を発症し再起をかけて自身3度目の手術を受けた。しかしプロの世界はそんなに甘くなく「戦力外通告」を受けてしまう。

それでも野球への情熱は薄れず四国・九州アイランドリーグの福岡レッドワープラーズに練習の環境を借り一人黙々とリハビリとトレーニングを続けた。かつて大学球界NO,1投手と騒がれた男が独立リーグの練習生として再起を期している。これがプロの世界の厳しさというものなのだろうか?

プロ野球復帰を目指し一年間の”浪人生活”を経て12球団合同トライアウトに参加し千葉ロッテマリーンズの球団副代表の目に留まる。この千葉ロッテマリーンズの球団副代表こそが大学時代の山田秋親を熱心に口説き落とした元福岡ダイエーホークスの担当スカウトマンだった。、「このまま終わる選手じゃない」と獲得を決めたのだ。故障し手術を繰り返した右のひじと肩、左のひざのメディカルチェックをクリアして正式にプロ野球界復帰が決まった。

そんな秋親が5月13日の交流戦・横浜戦に登板し味方の攻撃にも助けられ見事勝ち投手になった。実に5年ぶり(2073日びり)の勝利だった。「本当にうれしい。拾ってくれた千葉ロッテの皆さん、打ってくれた野手の皆さん、応援してくれたファンの皆さんに感謝です」と言葉を詰まらせた秋親。地獄から這い上がってきた秋親の事を知っているファンからも鳴りやまぬ拍手喝采。この中で一番喜んでいるのは球団副代表だったもしれない。

秋親。何度も地獄を見た右腕は「感謝」の気持ちを球に込め目いっぱい投げ、プロ野球の世界で再び脚光をあびた。本当におめでとうと心から言いたい。

李佳薇(リ・ジャウェイ) 東南アジアの卓球の女王復活へ

  • 2010/05/14(金) 00:02:00

いよいよ卓球の世界選手権団体戦開幕が迫ってきた。

男女とも圧倒的に中国が強い。特に女子の強さは”絶対”の域である。そんな中国女子をもし倒すとすればこの国であろう。中国の牙城の切り崩しを虎視眈々と狙うシンガポールである。シンガポールといっても元中国人で中国から帰化した選手がほとんど(団体戦のメンバーは全員)なのだが圧倒的強さの中国をもし敗るとしたらシンガポールしかないはずだと改めて思う。

最新の世界ランキングでシンガポール史上最高位の2位にランクされているエースが馮天薇(フェン・ティアンウェイ)だがシンガポールをここまでの地位に高めたのはまぎれもなく李佳薇(リ・ジャウェイ)であろう。




今年で30歳になる大ベテランは北京生まれだが14歳の時に中国からシンガポールに移住した。当時から頭角を現していた元世界ランク1位でアテネ・北京とオリンピック連覇を達成する絶対王女張怡寧(チョー・イネイ)と同じ北京の地元チームに在籍し練習パートナーでありながら将来を嘱望されていた才能あふれる選手だった。シンガポール政府のスポーツ担当者に乞われ単身でシンガポールに渡った李佳薇(リ・ジャウェイ)はホームシックになり毎日毎夜泣き続けたそうだ。泣きすぎて腫らした目を見られるのを嫌がりサングラスをつけながら練習に参加したこともあったらしい。ちなみにシンガポール政府のスポーツ担当者は張怡寧(チョー・イネイ)もスカウトしたがすでに中国国家チームに招集されていた為、張怡寧(チョー・イネイ)自身が頑なに断ったらしい。

18歳時にシンガポールの国籍を取得した李佳薇(リ・ジャウェイ)は国際大会で活躍し「東南アジアの卓球の女王」と呼ばれ打倒中国の急先鋒として注目され始める。そして27歳で迎えた生まれ故郷の中国・北京で行われたオリンピックで大活躍したのだ。シンガポールの国民的ヒロインとして開会式では旗手も務めた。





団体戦ではシンガポール史上初めてのメダルとなる銀メダル獲得に大きく貢献しシングルスでも惜しくも3位決定戦で敗れ4位だったものの中国の完全制覇をあと一歩の所まで追い詰めた。「中国にもシンガポールにも感謝しているから複雑な心境だが、メダルを取りたい気持ちはほかの場所よりも強かった」と涙ながら語った試合後のインタビューはまだ記憶に残っている。




北京リンピックの翌年に行われた横浜の世界選手権で更なる飛躍を期待されたが妊娠が発覚し結婚という道を選び大会を欠場した。北京の5つ星ホテルでド派手な結婚式を挙げ両親の前で幸せそうな顔を見せた李佳薇(リ・ジャウェイ)が世界の表舞台に立つ事はもうないのでは・・と残念に思ったものだ。しかし、10月に長男の天睿くんを出産した直後からトレーニングを開始し今では子供を北京の両親に預け合宿に参加し卓球漬けの毎日を過ごしている。「寂しくないですか?」という担当記者の質問に「天睿のことは恋しいですが、彼をシンガポールに連れて戻るわけにはいきません。どうしても訓練に集中できなくなってしまうから」と気持ちは完全に打倒中国に向いているようだ。

そうは言っても最新世界ランキングでは35位まで落ち団体戦で行われるメンバー入りもぎりぎりの当落ラインにいる。出産後の体重もまだ完全に戻ってはいない。それでもシンガポール悲願の金メダル獲得には経験豊かなベテランの力はどうしても必要であろう。李佳薇(リ・ジャウェイ)の復活を心待ちにしている。

ダラス・ブレーデン 亡き母に捧げた完全試合

  • 2010/05/13(木) 00:02:51

イチローが悲願の優勝を狙うアメリカンリーグ西地区。松井が移籍してきたアナハイム・エンゼルス、大型補強でリーグ屈指の強力打線を形成しているテキサス・レンジャース、若手育成システムに絶対の自信を持つオークランド・アスレチックスにマリナーズを加えた4チームでしのぎを削るのだが序盤戦を終え本命視されていたマリナーズとエンゼルスの不振で混戦模様だ。そんな中でオークランド・アスレチックスの若手左腕が起こした奇跡の話です

オークランド・アスレチックスに所属するメジャー4年目の26歳の左腕ダラス・ブレーデン。





5月の第2日曜日はアメリカでも「母の日」とされこの日はアメリカ全土で「乳がん撲滅キャンペーン」が大々的に展開されていた。この日オークランドで行われたアスレチックス対レイズの試合も例外でなく「乳がん撲滅キャンペーン」にちなんで「ピンクリボン」が観客に配られ球場内のあちらこちらがピンク一色に染まった。

アスレチックスの先発は昨年8勝を上げプチブレークし若手エース格に成長したダラス・ブレーデン。





ダラス・ブレーデンはこの日を特別な思いを胸にマウンドに上がっていた。ダラス・ブレーデンは高校時代に乳がんで最愛の母を亡くしているのだ。深い悲しみに襲われたダラス・ブレーデンは一度は野球をやる気力さえ失い練習もさぼりがちになったそうだ。そんなダラス・ブレーデンを救ったのが母方の祖母だったのだ。「貴方のお母さんは私に野球をしている自分の息子の話ばかりしてたのよ」「ダラスはきっと立派なプロ野球選手になるのよ」と生前の秘話をダラス・ブレーデンに話し野球で母親に恩返しするように説いた。祖母もダラス・ブレーデンが野球に没頭できるようと身の回りの世話を一手に引き受けた。

ピンクのリストバンドをしたこの日のダラス・ブレーデンには野球の神が宿っていた。乳がんでこの世を去った母親の魂がのり移ったような快投。打者27人に対し投球数109球。6奪三振、内野ゴロ7、フライ14.大リーグ史上19人目の『完全試合』。

最後のバッターを内野ゴロに打ち取り大記録を達成した瞬間、ダラス・ブレーデンは誇らしげに天高く人差し指を突きあげた。誰よりもその姿に大きな拍手を送ってたのがピンクの帽子をかぶって試合を見守っていた祖母だった。試合後のベンチ前では祖母と涙ながらに抱き合った。人目をはばからず大粒の涙を流した。

「しばらく楽しめない母の日が続いたけど祖母の前で完全試合を達成できて本当にうれしい。それと母がいる空の下でね」球場全体が涙のスタンディングオーべーションに包まれたことは言うまでもない。


ダラス・ブレーデン。野球の神様に微笑まれた選ばれしピッチャーだ。今後の活躍にも期待している。

三塚優子

  • 2010/05/12(水) 18:47:45

国内女子メジャーの今季初戦サロンパス杯でとんでもない事件が起きた。宮里藍が契約スポンサーの顔を立て強行日程で帰国し参加した注目を浴びていた大会での出来事である。

遅延プレーのペナルティを受けた事を不服として初日の前半9ホールを終えたところでクラブハウス内で観客にも聞こえる程の大声を上げ競技委員に激しく食ってかかり、あろうことか「私的理由」として競技を棄権してしまったのだ。「棄権」というより”キレて”帰ってしまったのだ。

三塚優子。





事件の背景はこうだ。スタートしてから三塚の組は前の組から徐々に遅れだしプロのトーナメントでは異例の1ホール以上の差をあけられてしまった。ファンの為にも競技運営上の為にもこの「遅れ」を問題視した競技委員が三塚の組に「プレーを急ぐように」と警告を出したのが6番ホール終了時。その上で競技委員がストップウォッチ片手に三塚の組に同伴しはじめた。
ゴルフのプレーは一打30秒が目安として競技のスピードアップを促している。特にプロの選手が気を使うグリーン上では60秒以内とい目安がある。しかし優勝のかかった大事なパッティングの時などは同伴競技者の同意を得て時間をかけてもいいとされている。しかし毎度毎度、競技委員がストップウォッチ片手にチェックしている訳ではなく確かに明確なルールではないようだ。最近、観客の観戦マナーについて色々物議をかもしているがプロの選手としての競技マナーとも言える。
8番のショートホールで事件は起こった。結果は三塚が3パットしてしまうのだがその第1パットも第2パットとも三塚は約75秒かかってしまった。難しいセッティングでパターに苦労する選手は沢山いたがここまで遅いと流石にペナルティも止むを得ないか。競技委員はルール以上の時間のかかった第1パットと第2パットにそれぞれ一打づつのペナルティ計2打罰を与えた。

このペナルティに納得が出来なかった三塚優子”キレて”しまった。地元開催のメジャーで歓声も大きかった三塚優子はこの大会に色んな思いを込めて挑んでいた。大会直前に三塚にゴルフの手解きをした最愛の父を亡くし父の遺影をバックにしまい大会に参加していたのだ。気持も分らなくはないのだが・・・。

三塚の言い分はこうだ。「5番以後の遅れは私だけのせいではない。他の同伴者もショットの大きなトラブルになり時間がかかった。巻き込まれた部分もある。確かに8番は時間がかかったようだが予選通過には絶対に外せないパットだったから時間をかけた」と。更に「何で私だけ」と





確かに明確なルールがないのが問題ではあるが競技委員がタイムをチェックしてたのも知っていたはずだし、三塚自身が以前から再三、遅延プレーの警告を受けていたしペナルティを貰った事もあった。ましては大声を出し競技を中断させた上、あろうことか棄権してしまったのはプロとして恥ずべき行為であろう。

さらにはいかなる理由で棄権する場合でも同伴者のスコアカードにサインをしなければその同伴者が失格になってしまう。この日も同伴者がプレーを中断させわざわざクラブハウスにまで戻り三塚にサインをもらいにもらうという最悪の事態が起きている。プレー中断によりさらなる時間の遅れを発生させ同伴競技者のリズムも壊してしまった。まさに最悪で最低の行為を犯したのだ。

感情を露にした三塚だったが次の日には神妙な顔つきで大会本部を訪れ正式に謝罪したらしいが日本女子プロゴルフ協会(LPGA)会長の樋口久子氏は「ルールが不服ならプロを辞めなさい」と強く叱責したそうだ。当然と言えば当然のように思う。






確かに今回の三塚優子のとった行為はプロゴルファーとして社会人として恥ずべき行為である事は明白で三塚優子をかばう余地はないようだ。自ら2ヶ月間の出場自粛と海外メジャーの出場辞退、罰金も史上最高額の200万円を課し十二分に反省している姿は評価してあげたい。前途ある才能あふれる選手だけにこの事件を肥やしに更なる活躍を期待している。

劉詩文(リュー・シブン)と張継科(チョウ・ジーカ) 世界選手権への道

  • 2010/05/04(火) 10:25:43

中国女子卓球の次世代の女王候補として横浜世界選手権に出場した劉詩文(リュー・シブン)が絶対王女に君臨居続けた張怡寧(チョウ・イネイ)の結婚、休養の間劇をぬってアジア大会やワールドカップを連戦連勝し世界ランク1位についた。

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以前このコーナーで扱った個人的に大ファンの選手だけに予想以上の活躍にただただ嬉しい思いだ。打球点が早く世界最高と称されるバックハンドと正確無比なフォアハンドのコンビネーションで史上最高クラスのセンスと素質を持ち合わせた19歳は早くも世界の頂点にたった。まもなくロシアで開催される団体世界選手権でも中国のエースとして登場予定だ。皆様にも是非一度彼女のプレーを見ていただきたいと思う。

そんな劉詩文(リュー・シブン)が卓球のみならずプライベートでも中国のマスコミを連日連夜騒がしている。アジア大会女王の劉詩文(リュー・シブン)が同大会男子シングルスチャンピオンで最新世界ランク6位の超有望株の張継科(チョウ・ジーカ)の熱愛報道である。大会期間中に行動を共にするなど中国卓球界では”公然の秘密”だったらしい。




張継科(チョウ・ジーカ)は劉詩文(リュー・シブン)がシングルスに出場したものの張怡寧(チョウ・イネイ)に敗れ3位に終わった横浜世界選手権でダブルスで大健闘の3位、混合ダブルスで準優勝し一気にブレイクした若き天才選手だ。





張継科(チョウ・ジーカ)は1988年2月生まれの22歳で劉詩文(リュー・シブン)は1991年4月生まれの19歳。ともに世界を嘱望される選手だけに中国国内もこの報道には驚きと応援の声に二分されているらしいが概ね好意的な報道がなされているらしい。報道によるとともに国家2軍チームに招集された2004年頃からの交際だそうで約6年の付き合いらしい。劉詩文(リュー・シブン)の担当コーチである元世界チャンピオンの孔令輝(コウ・レイキ)も「若いとか早いとか批判もあるが20歳くらいの女の子が恋愛をするのはごく自然なことだ。もちろん、プレーに影響が出ないことが大前提だけどね」と好意的に受け止めているようだ。









中国における卓球は国家スポーツ、いわば国技である。中国全土から厳しい選抜競争を勝ち抜いたエリート中のエリートを集め日夜、卓球だけに打ち込む。ストイックな環境が選手同士の恋愛を生みマスコミの話題になったきた。選手同士の恋愛を固く禁じ、破った者には国家代表チームから降格処分を受けるなど厳しく統制されていたが最近では選手同士や選手とコーチの熱愛報道が後を絶たない。統制に躍起になっていた国家代表チームの幹部からも「選手の恋仲を引き裂いた」とマスコミに報道されれば国家代表チームのイメージにとって大きなマイナスであろう理由で卓球界のベストカップルとしてイメージアップに貢献してもらうほうが得策という風に考えが変わってきているようだ。

劉詩文(リュー・シブン)にとっても大事なロシアでの団体世界選手権を前にマスコミ報道にナーバスに成りすぎず卓球だけに集中してもらいたいのだが・・・個人的なファンとしては複雑な思いである。

杉原輝雄  ”世界記録”達成

  • 2010/05/03(月) 04:26:46

石川遼の記録的大爆発チャージでの逆転優勝で幕を閉じた国内屈指の名トーナメント「中日クラウンズ」。改めて石川遼の凄さと次世代の世界のゴルフ界への日本代表を感じさせてくれた。日本のツアー新記録となる1ラウンド「58」の猛チャージ。しかも国内屈指の難関コースと称される名古屋ゴルフ倶楽部和合コースの最終日のセッティングであるのだから更に驚かされる。

そんな大記録の裏側でもう一つ偉大な大記録が生まれた事をご存じであろうか?

関西ゴルフ界のドンと呼ばれ72歳になった杉原輝雄がギネスブックに申請するような偉業を達成したのだ。今年で51回目を迎えたこの大会に第1回大会から出場し続け同一トーナメント連続51回出場という”世界記録”を樹立したのだ。日本ゴルフツアー機構の小泉直会長が「ゴルフ界への貢献度は大きい」と語り今オフの特別表彰とギネスブックへの登録申請をする意向を早々と示し敬意を表した。

アーノルド・パーマーのアメリカマスターズ50回連続を抜いた記録なのだが72歳になった杉原輝雄は来季以後も出場を希望しておりまだまだ記録が伸びるようだ。
杉原輝雄自身はアーノルド・パーマーと比べられた事について「比較しては相手に失礼」と謙遜し「スポンサーさんの努力で大会が毎年行われている事に感謝したい」といかにも杉原輝雄らしいコメントを残している。大会主催者から記念のトロフィーと金一封を贈られたのだがこれはもっと賞賛されるべきすごい記録である。第1回大会から出場し続けているわけだからまさに「大会の生辞引き」というわけだ。

杉原が前立腺がんを患いながら闘病しつつ参戦し続けて手にした世界に誇れる勲章。医者からの手術のススメを断り続けゴルフに邁進しツアーに参加し続けている。ゴルフの為に人生をささげた”ドン”ならではの挑戦である。

「皆さんが待ってくれているので、体調面や車の運転にも気をつけて頑張ります」「石川遼君の次に大きな声援もらったしね」と茶目っ気たっぷりのコメントにも杉原輝雄らしさを感じる。

予選突破を目指して臨んだ2日目の11番パー4で残り140ヤードの第2打を直接カップインさせるスーパーイーグルでファンの大歓声を浴びた。結局はその後大きくスコアを落とし予選落ちに終わったが「52回目もそれ以降もクラウンズだけでも頑張りたい」と早くも来季の大会に切り替えていた。

10代の高校生プロが誕生し活躍したかと思えば72歳でも現役で同じティーグランドに立つ。ゴルフの奥深さと杉原輝雄の凄さを改めて感じた出来事である。まだまだこれからも第一線で頑張ってもらいたい。



福島千里? 進化し続けるエース

  • 2010/05/02(日) 09:32:38

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陸上女子短距離のスーパーヒロイン福島千里の進化が止まらない。福島千里が臨んだ女子100mの今季初戦でいきなり自身の持つ日本記録を0秒03更新する11秒21を樹立した。

過去2シーズンで目覚ましい進化を遂げた福島千里がまた一歩世界に近づいたのだ。オフシーズンのトレーニングを計画通りにこなし自信を持って今大会に臨んだがいきなり日本記録更新とは恐れ入った。

筋力トレーニングに重点を置きながらも所属チームが契約している栄養士のアドバイスを受け食事も改善しはじめた。練習中の昼食も栄養バランスを計算しつくされたお弁当を持参し外食を止めたそうだ。体重は昨シーズンのBEST時より2kg以上増えたが脂肪分は一切増えず筋力として身についた。しかもハードトレーニング後の疲労回復のスピードが体感できる程、体質改善がされていた。チームの監督、コーチ陣も体幹のパワーアップに驚きを隠せないほどの成長を遂げたオフシーズン。
技術的にも大きく変わった点がある。昨シーズンまででは最大2m10cm間隔だったストライドのマーキング走が今シーズンでは既に2m20cmを記録し飛躍的にストライド幅が伸びたのだ。これも腰回りの筋力向上が成せる技である。ストライド幅が延びれば100mを駆け抜ける間の歩数が少なくて済むようになり女子100mのトップ選手で1歩少なくなると約0,1以上のタイムを縮めることができると言われ条件さえ揃えば記録更新は現実を帯びていた。

チームの監督は「11秒00台も夢ではない。しかも今シーズン中の記録達成もあるのでは」と自信のコメントを残している。11秒00台で走れれば世界のトップ10に入ってくる記録である。日本人女子選手が世界大会での準決勝、決勝進出を想像できる所までいくという事だ。今シーズンの最大目標になるであろう11月のアジア大会でのピークの為の初戦で日本記録をマークした福島千里。オフシーズンの肉体改造も実を結び自信が確信に変わったこの日、いよいよ本格的に世界挑戦への道が始まったのだ。

2年後のロンドンオリンピックをしっかり視界に捉えた福島千里はレース後「今後すべてのレースがロンドンに続くという気持ちで臨みたい」。世界挑戦への道はまだまだ遠いが道は確実に見えているようだ。





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