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小山 雄輝

  • 2010/10/24(日) 12:48:28

早稲田の斉藤・大石・福井の三羽烏に速球派右腕・沢村ら大学の投手が注目される今年のドラフト会議。

関西のしかもかこにプロ野球選手を一度も輩出していない中央球界では無名の天理大学から隠し玉としておくには惜しい逸材がいる。

小山 雄輝。

細見ながら187センチの長身から投げ下ろす最速149キロ右腕に、各球団のスカウト陣は大きな将来性を見いだしているようである。

タイプ的には西武ライオンズの岸に似ているかもしれない。長身もさることながら身体的特徴として手が大きく右手中指の先から手首まで22センチもある。
片手で硬球5個を持つことができるというメジャーリーガー並みのフィジカルである。長い指を使い投げ込むフォークは身長の高さとあいまり急角度に落ちる絶対的な武器である。

フォークのほかにカーブ、スライダーなど駆使する本格派右腕でそういう意味からも”岸2世”と呼んでもでもいいかもしれない逸材である。

手の大きさだけでなく大学では2年まで50メートル6秒0を誇る俊足内野手としてプレーし身体能力の高さは折り紙つきである。
投手転向後の経験が浅いことから今後大きく成長する可能性を秘めたプロのスカウトが気にする「のびしろ」をまだまだ持っている選手だけにドラフト下位でも必ず指名される選手ではないだろうか?

不安定だった球筋を安定させるため 上半身主導の投球フォーム修正に着手したところすぐに成果を見せ、以後着実に成績を伸ばしたあたりはフィジカルの高さに加え「のびしろ」を感じさせるには十分な逸話である。

阪神大学リーグでやっと一部に昇格したようなチーム初のプロ野球選手の誕生はいよいよ現実味を帯びてきたかもしれない。

小山 雄輝。

覚えておいてもらいたい

復活を期す拓大 岡田正裕監督

  • 2010/10/22(金) 14:01:16

毎年、もうそんな季節になったか?と考えさせる秋の名物に箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)の予選会がある。

前年度の大会で10位までのシードを獲得できなかった関東の大学がこぞってこの一発勝負の予選会にその1年間の集大成をぶつけに来るのだ。各校12人がエントリーし上位10人の成績(タイム)の合計が各校の成績となり上位9校が晴れて正月の箱根を走る権利を得るというまさにサバイバルな予選会である。

名門がまさかの敗退をしたり、新進気鋭の学校が初切符を虎視眈々と狙っていたり、この予選会をきっかけに大学長距離界のスター選手へ上り詰めた選手もいる。

今年も過去4度の優勝を誇っている大東大が11位と敗れ連続出場が43回で止まるなど波乱も相次いだ。
そんな予選会に一際目立った学校を紹介したい「オレンジ軍団」こと拓大である。
すっかり箱根駅伝の常連である拓大だがここ数年はシードを獲得できずいつも予選会に回っては冷や冷やの通過を強いられている古豪である。昨年に至ってはまさかの予選会敗退という屈辱を味わっている。今季に賭ける思いは相当強かったのだがそんな名門を率いたのが駅伝界、長距離陸上界では有名な岡田正裕監督である。

今季から指揮官として拓大を率いたのは亜大を82回大会優勝に導いた名将・岡田正裕監督、又の名を「地獄トレーニングの鬼軍曹」。

岡田正裕。

自身の現役引退後にニコニコドー監督就任しあの松野明美を見出し育てた名監督である。

99年からは母校の亜大監督となり、06年に初優勝に導いたのだ。08年から九電工の女子陸上部を指導していたが拓大から三顧の礼で迎えられたのである。

拓大再建を託されて今年2月に就任した岡田正裕監督は合宿寮の廊下に、無造作に出されていた家具をすべて室内に撤去させ身の回りの整理整頓を心がけさせるなど、生活環境から見直して改革を進めたという。
徹底的な選手の生活を管理し食事の量、姿勢に至るまで全て規律を求めそれまであった”拓大の自由な部風”を一変させた。

選手が「地獄だった」と振り返るのは夏合宿だ。
“質より量”が岡田流。ペースを落としても徹底的に距離を踏む。故障者を減らしてチームの足並みがそろった8月の熊本・阿蘇合宿では猛暑続きの20日間の合宿で全員が820キロを走破した。起伏あるコースで早朝30キロ、夕方20キロ。

亜大時代に本戦で17位から1位までを経験している岡田監督は「今の状況なら7位だ」など常に“物差し”を示して箱根への意識を植え付けた。

日に日に岡田イズムがうえつけられた選手達は自信と実力を着実につけ今予選会も見事トップ通過を果たした。
各校が死にもの狂いで戦いに来るこの予選会で2位との差を合計タイムで4分以上つける大差での圧勝だった。

生まれ変わった「オレンジ軍団」が来年の箱根では躍動し旋風を巻き起こしている予感さえさせるこの日の内容であった。

後藤駿太

  • 2010/10/14(木) 01:36:36

先日のこのコーナーで今年の秋のプロ野球ドラフトの隠し玉候補生を紹介したがもう一人是非、紹介したい選手がいる。

群馬の前橋商業の後藤駿太である。

俊足活かした高校生離れした守備範囲の広さにはプロのスカウトも度肝を抜かれたのではないだろうか?
全く無名の高校生が甲子園の大舞台で幾度となく見せるスーパープレイに観客もため息しか出ない感じだった。そんな選手に野球の神様は幾度となく難しい打球をお見舞いし続け後藤駿太はその抜群の野球センスで好捕を重ね観客を魅了した。

この神がかり的なビッグプレーは決して偶然の産物でない事を僕は誰より知っているつもりだ。甲子園への道のりで何度もダイジェスト放送で流れたプレーの質の高さに注目していたのだ。特に群馬県大会決勝戦の前橋工戦で見せた好捕は高校生かどうかすら疑った程だった。


打った瞬間。正確に言うとバットにボールが当たる前にバットスピード、投球され球種、コース・・・全てを一瞬で判断して一目散に打球の落下地点で走り始める。この間、打球の行方、勢い、は一切見ずにあくまで感性で落下地点へ目指して走りこんだ。これはプロの選手でもなかなか出来るセンスではないはずだ。

そして打球の勢いを確認しながらここぞというタイミングでダイビングキャッチを試み。味方のピンチを救った。ダイビングした最後のプレーが注目されがちだがそこはある程度偶然の産物もあるので結果論でなくあの打球であの守備地からあそこ追いついたフィジカル、スピード、センスを称えたい。

「一歩目の速さ」これが後藤駿太の真骨頂である。

これは「判断」という一瞬のきらめきが大きなウエイトを占めるので教えられてできるセンスではない事だけはわかってもらいたい。
本人も「外野は高校から始めたし、経験がひとつもなかった。見て学ぶというより、とにかくやらなきゃいけないという意識がありました」と練習の賜物と強調しているがここは天性のセンスありきで考えて頂きたい。

それだけ彼のプレーはクオリティが高いのである。
当然、プロのスカウトもほっておくはずがなく「守備だけならすぐにでも使える選手」と高校生に太鼓判を押しているスカウトもいる程である。


後藤駿太の売りはそのセンス溢れる守備範囲の広さだけでなく投手をすれば最速147キロを記録する強肩も大きな武器である。

だが、それとともに見落としてはいけないのがバランスのよさ。速く強い球が遠くまで投げられるせんしゅは沢山いる。そんな中でで後藤のすごさはよりバランスの崩れた体勢からでも同じ球が投げられるところにある。これこそ最大の長所といっていいのではないだろうか。
小学生の頃、後藤は毎日夜ごはんも食べずに壁当てに没頭していたそうである。その場所の地面が砂利。足場が不安定なのに加え、軟式球のため、どこに跳ねるかわからない。そのバウンドの変化に対応し、壁に書いた枠にストライクを投げ続ける。そんな事をくり返していくうちにバランス感覚は培われたものだろう。そのおかげか、後藤は一輪車にも乗れるし、左で50m程度ボールを投げることができる。プロでも通用するバランスのよさと体幹の強さが後藤には既にあるのだ。

高校球界、アマチュア球界ナンバーワンといってもいい守備を考えると、打撃はまだまだ力を発揮しきれていない。ここは並みの高校生レベルとは言わないがプロでは相当苦労するレベルであることは否めない。

しかし、そこは天性の野球センスに努力を重ねる事ができる精神的強さも持っている後藤だからこそ克服してくれる気がしている。

「当たり前のことを当たり前にやる選手が目標」
高校生とは思えない大人びた目標設定におどかせられつつもいつの日か「いぶし銀」と言われる偉大な選手になっている可能性を感じる後藤駿太という名を是非、覚えておいてもらいたい

藤谷周平

  • 2010/10/12(火) 20:33:27

早稲田の三羽烏、斉藤・大石・福井をはじめ中央大学の快速王沢村などの大学生を中心に甲子園を沸かせた沖縄興南の島袋や一二三などの入団先が気になる運命のドラフト会議がいよいよ近づいてきた

各球団の編成部はチームの現状と他球団の動向をこれでもかと調査し当日ギリギリまで情報戦を戦うのだ。

そんなスカウト陣を脅かすようなサプライズ指名が今年も見れるのか?見れるとしたらこの選手を挙げたい

藤谷周平

日本の高校、大学とは一切無縁の南カリフォルニア大に所属する全く無名の快速右腕である。190cm以上の身長から投げ下ろす角度あるストレートは150kmをコンスタントに越え大学3年生時にはメジャーのドラフトでパドレスから指名されたほどの実力者である。


幼少時から渡米しあめりかで人生の大半を過ごした藤谷周平だが日本国籍を持っている為、ドラフト対象者になる。この情報を日本ハムやヤクルトなど数球団がキャッチし既に内偵しているそうだ。

日本球界では無名で、漫画の主人公にすらなりそうなややミステリアスな印象だが漏れ伝わってくる情報によると、藤谷周平が米国で積み上げてきたキャリアは抜群だ。
東京に生まれたものの父親の仕事の関係で渡米。カリフォルニア州のアービン高校では4年間、野球優秀選手として奨学金をもらっていたという。ノーザン・アイオワ大に入学すると2年生からレギュラークラスとして活躍した。3年生だった09年には、21試合に登板して22回2/3で29奪三振、1勝4敗9セーブをマーク。2年時の1セーブと合わせて計10セーブは、同大の史上最多タイ記録となった。しかもその実力を買われて将来を嘱望される選手を取り上げた「トップ・プロスペクト100」にも選ばれた。実力、経歴ともに未知数な部分は多いものの残してきた成績から判断するならば日本の球団で需要の多い中継ぎや抑えとして即戦力となりそうな逸材である。まさに隠し玉という存在である。

ドラフト指名したものの入団拒否されたパドレスの関係者は諦めきれない様子で「日本の球団が確実に指名をするだろう。そして入団するだろう」と話している。

藤谷周平

ドラフト当日にこの名が轟くのは確実ではないだろうか?覚えたおいてもらいたい。


岩瀬仁紀

  • 2010/10/11(月) 03:33:38

今季のプロ野球はセリーグ、パリーグともにレギュラーシーズンを終えいよいよポストシーズンへと進んでいく。大混戦のセリーグを制した中日ドラゴンズ。その立役者に和田や森野といった名前が挙がっているがぼくはやはりこの人の力に改めて敬意を表したい

岩瀬仁紀。




滑るような高速スライダーを武器に常勝中日の絶対的守護神である。今季は42セーブを上げ2年連続4度目の最優秀救援投手のタイトルを獲得しただけでなく大魔神・佐々木、元ヤクルトの高津に次ぐ通算250セーブを挙げ名球会選手に仲間入りするなど活躍が目立った。


しかし、岩瀬のすごさはそこではないのだ。

1999年に社会人からドラフト2位で入団したサウスポーはワンポイントの中継ぎからセットアッパーとその役割と信頼度は地味ではあったが評価が高った。当時、常勝軍団だったヤクルトの野村監督に「岩瀬がいたらどんなチームが楽か?年間10勝以上変わってくる」と言わしめたピッチャーである。

その岩瀬のすごさを語るに一番の数字が入団以来今季も含め12年連続50試合以上登板、6年連続30セーブ以上というとんでもない記録を更新しているのだ。

この数字は岩瀬の鉄腕ぶりが大いにうかがえる数字である事を知ってもらいたい
最近の野球界は「肩」「肘」は消耗品と呼ばれ酷使すればすぐに故障につながり野球人生を短くしてしまう傾向がある。年間50試合とは毎シーズン約3試合に1試合は登板している計算でそれを12年間続けているのだ。

まさに「平成の鉄腕」である。

ストッパー、クローザーは3年連続で勤め上げれば超一流と言われるポジションである。現在でも大きな故障なしに3年以上勤めているのは阪神の藤川ぐらいではないだろうか?

先にふれた名球会の入会規定に200勝か250セーブという規定がある。ここ数年。毎年のようにこの250セーブという記録の是非が問われる。先発ピッチャーが20年近くかけて達成する記録に対し250セーブは基準が甘くないか?というのが大筋の議題である。現に岩瀬は実働7年でこの数字をクリアしたのだからその議論も無駄ではないようである。

そもそもヒットは2000本。投手は200勝というアバウトな基準が間違いではなかったのか?問いたい。

本塁打や打点、盗塁数や連続出場など野球人として誇れる数字は他にも沢山あるのに打者はヒット、投手は勝利数だけが基準とは、はなはだおかしいと思うのだが。

岩瀬が250セーブを達成したからいいもののもっと12年連続50試合以上登板をヒューチャ―してもいいのではないだろうか?

むしろ僕には他人任せてきな部分も多少は感じる勝利数やセーブ数より個人のフィジカル管理も含めた技術や故障しない体、コンスタントに安定した成績を残し続けている事に着目すべきでないだろうか?

そんな議論をぶつけたくなるような岩瀬の毎年の様な活躍に改めて敬意を表すとともにMVPは岩瀬のものであると強く信じている。




怪物 ロナウドの最後  

  • 2010/10/04(月) 23:00:04



サッカー界で“怪物”とよばれるFWは誰か?と聞かれれば大多数の人が「ロナウド」の名を挙げるだろう

1998年のフランスワールドカップでその輝きを放ったものの決勝戦のフランス戦でプレッシャーからか体調不良に陥り大失態を犯してしまったものの4年後の日韓ワールドカップではその存在感たるや全世界のフットボーラ―の心を鷲つかみにしたのだ。

スペインの名門バルセロナでヨーロッパのサッカー界に強烈なインパクトを与えた後イタリアの名門インテルに渡りさらにはレアル・マドリードで銀河系軍団の一役を担い度重なる故障、しかも選手生命の危機に瀕するような大きな怪我に見舞われながらも不死鳥のように戻ってきては世界中のファンを魅了した。

今は地元ブラジルに戻りコリンチャンスでプレーしている。

契約更新の席上「これが最後と決めた」という言葉を残しファンを驚かせた”怪物”ロナウドだが今年の9月でもう34歳になった男をファンは温かくその最後を見送る事になるのだろう。

サッカー史上最高のFWの一人と呼ばれ“怪物”の異名どおり、その希有な決定力で多くのDFを恐怖に陥れた天才の中の天才の勇姿を目にできる時間は残念なことに残りわずかなのだ。

少年時代から草サッカーの場で頭角を現し地元チームの数チームから誘われ
町が分断する騒ぎまで起きたほどの神童だった。

なんと14歳の時にブラジルのユース代表チームに招集を受ける。16歳でクルゼイロに入団。
ブラジル全国選手権で14試合12得点という記録を残しその名はブラジル中はおろかヨーロッパでも轟き天才は17歳で海を渡る。
17歳の時にオランダの名門PSVへ移籍し1年目にいきなり得点王を獲得。17歳のブラジル人が屈指のレベルを誇るオランダで簡単に一年目で得点王に輝いた。
2シーズンでリーグ戦42ゴールという驚異的な記録を残しバルセロナから高額の移籍金で引き抜かれるとスペインの地でも1年目で得点王のタイトルを手にする。
そして翌1997年にはインテルへと移籍。96年に続き、2年連続でFIFA年間最優秀選手に選ばれるなど、選手として絶頂の時期を迎えていた。

しかしインテルでの2年目にロナウドは右ひざのじん帯を断裂。翌年4月に一度は戦列復帰を果たすが再び同じ箇所を痛めてしまう。2度に渡る選手生命を脅かすほどの大怪我と20カ月にも及ぶリハビリ期間。
「ロナウドはもう終わった」そう考える人間も少なくはなかったし実は僕も
そうだった。

2002年の日韓ワールドカップ直前に電撃復帰を果たすと体重増加によるコンディション不良をマスコミに叩かれながらも大会得点王に輝く大活躍でブラジルの通算5度目の世界制覇に貢献し
”怪物”は不死鳥のように舞い戻ってきたのだ

レアル・マドリードへ移籍後も怪我と戦かいながらもコンスタントに成績を残し
チームの優勝に大きく貢献し再びイタリアの名門ACミランへ移籍したものの
左ひざの腱を断裂する大けがに見舞われ流石に復活は無理と判断され契約を解除されてしまった

”怪物”ロナウドの名はこのままフットボーラ―界から完全消えてしまうと思われた。

そんなファンの絶望感に天才は三度、ピッチで答えを出す道を選択しブラジルの名門・コリンチャンスで輝きを取り戻したのだ


往年の爆発的で驚異的なスピードこそ失われたものの、天性のゴール嗅覚と圧倒的な決定力を生かしコンスタントにゴールを重ね続けた。

やはり“怪物”である。

 
3度のFIFA最優秀選手賞と2度のバロン・ドール、クラブでの3度の得点王に加え、先に触れたワールドカップ得点王と、個人タイトルだけを取っても輝かしい栄光に彩られているロナウドのキャリア。

そんな彼がいまだ手に入れていないタイトルの一つがコパ・リベルタドーレス。

南米最強クラブの称号である。

26試合を消化した時点でブラジル全国選手権で2位につけるコリンチャンス。
このまま彼らが4位以内をキープすれば、ロナウドはコパ・リベルタドーレス2011への出場権を得ることができる。
そして、彼がコリンチャンスの一員として同大会を制すことができれば、
怪物”の最後の大舞台は恐らく、日本で開催されるクラブ・ワールドカップとなるだろう。

怪物の伝説は日本で終わるのか?
ならば是非、見届けたい。
そう思うサッカーファンは少なくはないはずである。


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