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山口和男   怪我と頭部死球に沈んだ剛腕

  • 2009/12/21(月) 09:11:41

また一人、期待されながら結果が出なかった悲運のエースがユニフォームを脱いだ。

2002年に158km/hに当時日本最速のスピードボールを投げ一躍日本球界にその名を轟かせた男「山口和男」。スピード一辺倒でグイグイ押すタイプの速球派は強引な投げ方も災いしてか度重なる肩の故障で手術も経験した。スピードボーラーからの脱却を目指し試行錯誤も続けた。スピードを押し殺してでもコントロールを重視する投手、強いてはプロの世界で長く投げられる投手を目指したのだ。しかしその後は思うような結果が出ずクローザーの座も追われくすぶり続けた。





そんな矢先にあの事件が起こる。仰木監督のもと再起を期したこの年、セットアッパーを任された山口は交流戦で投げた1球が清原の頭部を直撃し清原を激怒させ日本中の野球ファンから冷ややかな目で見られるようになる。その後スグに2軍に降格になり復活を目指したものの忌まわしい事故が頭をよぎるのかコントロールに不安を残し思い切って腕を振れなくなりスピードも140kmそこそこまで落ちコントロールも特に内角には全然投げられなくなってしまった。精神的なものだろうが球界のスーパースターの頭に直撃させてしまった後遺症は重症だった

その後、投げた2軍での試合でも終始コントロールに不安を残しファーボールを連発しては簡単ンいストライクをとりにいった所を痛打される悪循環であった。登板した試合でなんと1イニング76球を投げるという珍記録を作ってしまう。プロ野球の先発ピッチャーが完投した時の投球数は約120〜130球で1イニングに換算しても15球前後である事から76球という球数がいかに多いか解っていただけるだろう。翌年、清原とチームメイトとなった際に清原本人から「あれは事故」と言われ一件落着し、復活に向けてアクセルが戻ったかに見えた矢先、今度は千葉ロッテの里崎の頭部に当ててしまいまた精神的な病に陥ってしまった。

勿論、ぶつけようとしてわざと投げた訳では無いだろうが2度も頭部に当てた後遺症は投げた本人にも大きな影響を与え続けたのだろう。その後のチャンスもものに出来ず今季終了後についに戦力外通告を受け引退してしまった。

球界一のスピードボールがあっても簡単には生き残れない厳しいプロの世界。スピードボールを投げるというのは天性の肩の強さが必要で山口はまさに天才だったのだろう。しかしもっと大事なメンタル面に弱さを露呈し精神的な病に陥ってしまうと天才でも生き残れないのもこの世界の掟である。

MAX158km/hという記録と山口和男という名前だけは忘れずにいたいと思う。



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