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秋親  山田秋親の再挑戦

  • 2010/05/15(土) 00:11:15

西村新監督になり開幕から首位争いを続ける好調千葉ロッテマリーンズ。快進撃を支える中継ぎ陣の中に聞き覚えのある投手がいる。山田秋親(登録名は秋親(あきちか))。





かつて関西大学球界を席巻し大学生でプロも参加したシドニーオリンピックにアマチュア球界ナンバー1右腕として出場した。勿論、その年のドラフトでは強烈な争奪戦が繰り広げられた。最速153kmのストレートと切れ味抜群の高速スライダーでプロでも即戦力と前評判はかなり高かった。福数球団からの熱いラブコールを受けた末、山田秋親は特に熱心に口説き続けてくれた福岡ダイエーホークス(現・ソフトバンクホークス)を逆指名しプロ入りした。

ルーキーイヤーのキャンプ中から首脳陣の高い評価を受け開幕ローテーションに入りプロ初登板、初先発、初勝利をあげ順風満帆と思われるプロの世界のスタートを切った。7月には初完封勝利で2勝目をあげ更なる大活躍を期待され新人王もと期待されたがその後は不安定な投球が続き、勝ち星に恵まれず結局2勝どまりとなった。それでも山田秋親に対する期待度は高く翌年も先発ローテーションを任され6敗するも5勝をあげる。大学時代の活躍をみればプロでの活躍は物足りなかったが小さな故障を抱えての登板だった為に故障が完全に癒えれば・・・と思われていた。プロ入り3年目からはチーム事情も重なって中継ぎ、セットアッパーとしてチームに貢献したものの右ひじ、左ひざと毎年のように手術を受け自慢のストレートのスピードも落ち打ち込まれる日が続いた。登板数も大きく減り2008年オフには右肩の故障を発症し再起をかけて自身3度目の手術を受けた。しかしプロの世界はそんなに甘くなく「戦力外通告」を受けてしまう。

それでも野球への情熱は薄れず四国・九州アイランドリーグの福岡レッドワープラーズに練習の環境を借り一人黙々とリハビリとトレーニングを続けた。かつて大学球界NO,1投手と騒がれた男が独立リーグの練習生として再起を期している。これがプロの世界の厳しさというものなのだろうか?

プロ野球復帰を目指し一年間の”浪人生活”を経て12球団合同トライアウトに参加し千葉ロッテマリーンズの球団副代表の目に留まる。この千葉ロッテマリーンズの球団副代表こそが大学時代の山田秋親を熱心に口説き落とした元福岡ダイエーホークスの担当スカウトマンだった。、「このまま終わる選手じゃない」と獲得を決めたのだ。故障し手術を繰り返した右のひじと肩、左のひざのメディカルチェックをクリアして正式にプロ野球界復帰が決まった。

そんな秋親が5月13日の交流戦・横浜戦に登板し味方の攻撃にも助けられ見事勝ち投手になった。実に5年ぶり(2073日びり)の勝利だった。「本当にうれしい。拾ってくれた千葉ロッテの皆さん、打ってくれた野手の皆さん、応援してくれたファンの皆さんに感謝です」と言葉を詰まらせた秋親。地獄から這い上がってきた秋親の事を知っているファンからも鳴りやまぬ拍手喝采。この中で一番喜んでいるのは球団副代表だったもしれない。

秋親。何度も地獄を見た右腕は「感謝」の気持ちを球に込め目いっぱい投げ、プロ野球の世界で再び脚光をあびた。本当におめでとうと心から言いたい。

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