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松平康隆

  • 2012/01/04(水) 11:12:23

日本バレーボール協会名誉顧問の松平康隆氏が2011年の大みそかに肺気腫のため亡くなった。国際バレーボール連盟副会長、アジア・バレーボール連盟会長、日本オリンピック委員会(JOC)の要職を歴任するなど、バレーボール一筋の人生、日本バレーいや世界のバレーボールを変えたレジェンドが静かにその人生の幕を下ろした。

松平氏は東京五輪で、全日本男子チームのコーチとして銅メダルを獲得した。だが、バレーボールが初めて五輪競技となったこの大会、「東洋の魔女」といわれた全日本女子が金メダルを獲得したため、男子はほとんど脚光を浴びることがなかった。監督となった松平氏は、8年後のミュンヘン五輪優勝に照準を合わせ、長期強化を進めていく。大古誠司、森田淳悟、横田忠義らを擁しミュンヘンで悲願の金メダルを獲得したのだ。

松平氏はその昔から都会的なセンスも持っていた。顕著な例がマスコミの利用だ。スマートなバレー選手は女性の人気になる、と雑誌への露出を増やし、ミュンヘン五輪前にはアニメと実写のテレビ番組「ミュンヘンへの道」を企画・監修し、全日本男子の金メダルへの挑戦を同時進行で描くなど奇才ぶりも発揮した。「自分がやっているスポーツに、少しでも多くの人に関心を持ってもらいたいのは当然のこと」といいのけた松平氏は、その後もテレビとのコラボを進めた。

バレーは、毎年のように国際大会が日本で開催される希有な団体競技だが、根底には膨大な放映権料がある。これは、松平氏が日本協会専務理事や会長時代に手がけた戦略の果実だ。こうした手腕でバレーは、日本でも指折りの人気スポーツに成長していった。確かに最近は行き過ぎた傾向があることは否めないがここ日本での世界大会開催を通じバレーボールの聖地になっていることは評価に値することではないだろうか?


日本のいや世界のバレーボール界に大きな功績を残した松平康隆。

今、永眠につく

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